066 間取りを考えよう
「ついに、私たちも土地を手に入れました! 拍手! パチパチパチ!!」
ディオラさんから土地の権利書を受け取り、部屋に入った途端そんなことを言って拍手を始めるユキと、それにお付き合いで手を叩く俺たち。
「何か、感動が薄~い!」
せっかく付き合ってやったのに、俺たちの対応が不満だったのか、ユキが両手を上下に振って不満を露わにする。
「いや、だって、『ついに』ってほどじゃないだろ? まだ1週間ほどじゃないか」
「確かにそうだけど。そうだけども。『危険な森に分け入り、希少なキノコを採取したり、3メートルを超す巨大な魔物を何匹も斃し、その稼ぎで土地を手に入れた』と言ったら、少し感動的にならない?」
「それだけ聞くと確かにその通りですが……案外、オークの危険度が低かったのが原因でしょうか」
危険を乗り越えて手に入れたって感じじゃないから、感動も薄いのだろう。
もし仮に、これが『バイト代を300万円貯めて買った』とかならメチャメチャ感慨深かった気もする。いや、普通のバイトならそうそう貯められないか。高校生のアルバイトで1人あたり60万円も稼ぐのはかなり厳しい。
「ま、経緯はどうあれ、これでオレたちも地主だな」
「え、トーヤって痔主だったの? 俺は違うぜ?」
「そうそう、こっちの世界にはウォ○ュレットがないから大変で――って、痔、違うわっ!」
ちなみに、ウォ○ュレットが無いのは本当。
ただし、思ったよりもトイレ事情は悪くない。
宿にあるトイレは錬金術で作られた物で、排泄物は自動的に焼却処理されるらしい。
ゴミが無くなるわけではないので、極々たまに
臭いの面でも殆ど気にならないので、俺たちとしてはかなり助かっている。
大半の一般家庭の場合は普通のくみ取り式なので、やはりそれなりの臭いはするらしい。
「ユキ、土地を手に入れたのは確かに嬉しいんだけど、それを喜ぶ前に家を建てないと。時期も押し迫ってるし」
「あ、そうだよね。そのへんのことは大工さんに聞いてるから、簡単に説明するね」
ユキは以前、アエラさんの看板の件で大工のところに行ったとき、家を建てることについても尋ねておいたらしい。
それによると、一般庶民が日本みたいに細かい打ち合わせをして家を建てることは、殆ど無いのだとか。
そもそも家を建てるときに細かい図面を描かないし、わざわざ家の模型を作ってくれたりもしない。もちろん、コンピュータ上で3Dの間取りを見るなんて事もできない。
予算と大まかな間取り、必要な部屋や施設を大工に伝え、後は基本的にお任せ。足りない部分や必要な施設は、大工が勝手に作ってくれる。
「家を建てる楽しみが減るけど、仕方ないのかなぁ?」
説明しながらも少し不満そうなユキと、同意するように頷くナツキ。
「そうですね。私、マイホームを建てるときには自分好みの壁紙やインテリアを選んだり、システムキッチンやバスルームを選ぶのが少し楽しみだったんですが……」
「私たちの場合、この世界の家の常識を知らないからね。あんまり細かく注文を付けると、あって当然な物が無いということにもなりかねないから、仕方ないでしょ」
まぁ、日本でもデザイナーズマンションやらハウスの一部には、『絶対生活し辛いだろ、これ』という物もあった。
見るだけや数日滞在するぐらいなら良いのだろうが、日々の生活のことは無視してデザインだけを考えたとしか思えない物が、普通に存在していたのが驚異で脅威である。
きっとあんな物件を買う人は、金に余裕があるんだろう。今後数十年も生活する場所なのだ。普通の人は「気に入らないから」、「生活し辛いから」と買い換えることはできないのだから。
「ま、どちらにしてもこの世界にシステムキッチンもユニットバスも存在してないんだから、どうしようもないだろ」
「壁紙の類いもな。カーテンや家具は選べるわけだから、そこは自由にすれば? 金はかかるだろうが」
「また稼がないといけないですね。そういえば、まだ家を注文できるだけは貯まってませんよね?」
「ユキ、代金は前払い、一括なの?」
「ううん。普通は多くても半金程度みたいだよ?」
「それなら大丈夫ね。金貨600枚は出せるから、予算としては最大で1,200枚程度ね。正直、資金自体はマジックバッグのオークを売り払えば十分に出るわけだから、心配も無いしね」
「そういえば、それがあったな」
すでに結構な数のオークを貯蓄してあるので、仮に家が完成するまで、雨で狩りに出られなくなったとしても、全く問題は無い。もちろん、そうなると家の工事も進まないわけだが。
「それじゃ、家は可及的速やかに注文するとして、どんな家にするか全員で考えましょうか」
「そうですね。私はさほど希望はないのですが、アエラさんの店ほどではなくても、機能的な台所は欲しいですね」
「オレは個室。贅沢を言うなら、室内で訓練できるような場所があれば良いが」
「あたしは――」
そんな感じでそれぞれが意見を出し合い、採用したり、却下したりしながら決めたのが以下のような内容である。
・個室+客間で計8部屋
・錬金術などに使う研究室兼作業室が4部屋
・設備の整った台所
・ダイニングとリビング、それに応接間
・風呂桶の設置可能な広めの洗濯室
これだけは盛り込んでもらい、後は俺たちの話し合いの中で却下された要望も一応伝え、予算の範囲内でお任せということにする。
予算としては、金貨1,200枚。前金で半分、完成時に残りを支払う契約とする。
良くなるのであれば、多少の予算オーバーは可だが、要相談。
日本ではまず無理だが、こちらでは物価が違うので、そう無謀な要求でもないらしい。
俺たちの感覚からすると、土地、建物に関しては結構安いんだよな。そもそも家の作りが全然違うので、比べること自体がおかしいのだが。
まぁ、所詮素人の俺たちでは可能、不可能を判断することは難しいので、明日相談に行って、詳しい話を詰めることになるようだ。
◇ ◇ ◇
翌日は
「付いてくる?」とは聞かれたのだが、ファッションやインテリアが絡んだときの女性のバイタリティーについては、日本で良く理解している俺たち。当然のごとく固辞して、自由時間を選んだ。
「さてトーヤ、どうする?」
ハルカたちを見送り、ひとまず部屋へ戻った俺たちはベッドに腰掛けて、予定を話し合っていた。
「どうしよっかなぁ……。せっかくだし、俺たちが買った土地、見に行くか? あそこなら広いから、思う存分、模擬戦ができるぞ?」
「トーヤ……すっかり脳筋になっちまって……前はもうちょっとマシだったのに、種族に引っ張られてるのか?」
俺がそんなことを言って泣き真似をすると、トーヤが苦笑して頭をかく。
「う~~ん、以前に比べると、確かに身体を動かすのが楽しくなった気はする。元の世界なら今みたいに格好良く剣を振ったりできなかったしな! あと、上達しているのが解るのが楽しい」
「あぁ、それは解る。俺も槍を上手く扱えると楽しいから」
きっと男なら理解してもらえる感覚だろう。
カンフー映画とか見ると、つい真似したくなってしまうあの感覚。映画やマンガの登場人物みたいなことが実際にできるんだから、力も入ろうものである。
「ま、一番の理由がサバイバルなのは変わってないが。オークでもオレ1人で数匹に囲まれたら、多分死ぬしな」
「俺たち、人間だしな。剣を振り回して、衝撃波で『ずばぁぁぁん』、みたいなことはできないよな」
「そういうのはナオたち、魔法使いの領分だろ」
「いやー、俺の魔法だと、当分は無理だなぁ。詠唱時間も必要だし」
正確に言うなら、詠唱は必ずしも必要は無い。
一応、魔道書には詠唱呪文が載っているのだが、それは魔法のイメージを固めるための補助みたいな物で、俺たちは基本的に呪文名しか唱えない。
むしろそれすら必要ないのだが、トリガー的に発声して、ミスを無くすために使っている感じだろうか。イメージ的には剣道で『めぇぇぇん!』とか叫んで打ち込むようなものである。
で、あるなら、ハルカの持つ【高速詠唱】のスキルは無意味かと言えば、そんなことはない。素早く呪文を唱えられるという効果があるのはもちろんだが、むしろそれは副産物で、呪文を唱えなくても、魔法の構成から発動までの時間が短くなるのだ――おそらく。
なぜ『おそらく』なのかと言えば、比較しようが無いからである。
俺やユキに比べ、ハルカの魔法の発動が早いのは確かなのだが、単純にハルカの方が魔法を使うのが上手いだけで、【高速詠唱】スキルは関係ないという可能性も否定はできない。
俺たちも練習することで、発動時間を短くできていることも、その可能性を否定できない一因である。俺かユキに【高速詠唱】のスキルが生えれば解るんだがなぁ。
「そう考えると、魔法って結構地味だよな」
「分類するとすれば、俺たち、まだ下級魔道士って感じだしな」
そんな分類があるのかどうかは知らないが、レベル3では精々その程度だろう。
「でもトーヤ、獣人でも別に魔力が無いわけじゃないんだろ? もしかしたら、剣に魔力を纏わせて、『魔法剣!』とか『魔刃! ズバババッ』とかできるかもしれないぞ?」
錬金術で作った魔道具の中には、使用者の魔力を使う物もあるが、そういった物でも魔法を使えない人間や獣人が使うことはできる。
つまり、その大小はあれ、魔力自体は誰でも持っているのだろう。
「う~む、できるのか? オレ、魔力を感じることはできないんだが……どうやるんだ?」
「いや、解らん。俺の場合、最初から魔法が使えたから、その発動時の感覚で『魔力』を掴んだところがあるし」
もし、いきなり『魔力の感覚掴め』と言われても解らなかったことだろう。
何度も魔法を使い、何となく『魔力』という物を理解した上で、『魔力を操作する』という感覚を何となく覚えたのだ。
教えろと言われて教えられるような物でも無い。
「なんとかならないのか?」
「何とかと言われてもなぁ……そもそも、獣人が魔力を使って、『魔法剣』みたいな事ができるか調べる方が先じゃないか?」
「……それもそうだな。図書館なんて無いし……よし、困ったときのディオラさん。聞きに行こう」
そう言って立ち上がったトーヤを追いかけ、俺も慌てて立ち上がる。
「忙しそうなら、止めろよ? 仕事中なんだから」
「解ってるって。忙しそうなら、資料室で資料でも読むさ。先日途中だったやつ」
宿に1人で残っていてもやることもない。
仮にディオラさんに話を聞けなくても、資料を読む方が時間の使い方としては有意義だろう。
俺は軽い足取りのトーヤと共に、冒険者ギルドへと向かったのだった。
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