065 マイホーム(土地だけ)
完全版のマジックバッグを手に入れてから、俺たちの行動は少し変化した。
森へ入ったら獲物を探し、斃し、かっ
帰還時間までこれの繰り返し。
獲物の運搬可能量や劣化に左右されることがなくなったので、時間いっぱい活動できるようになったのだ。
狙いは基本、金になるオーク。見つければタスク・ボアーも。
大した金にならず、魔石の回収に手間がかかるゴブリンなんかは、側に居ない限り無視。たまに斃すときも俺とユキで頭を吹き飛ばしている。そうすると、魔石が簡単に回収できる代わりに、何回かに1回は行方不明になるのだが、時間を掛けるよりは良いよね、と許容範囲ということになった。
マジックキノコに関しては見つければ回収するのだが、歩き回ったエリアに対して回収できた数はかなり少ない。松茸並みに高いのも頷ける希少さである。
薬草は、ほぼ回収しなくなった。ナツキが【薬学】の練習のために採るのみで、あまり金にならないので売却はしていない。
なぜここまで戦闘に重点を置くようになったかと言えば、もちろんマジックバッグが手に入ったこととお金が必要な事もあるのだが、『可能ならキャラレベルを上げる』という方針を決めたことにある。
これまでもキャラレベルを上げて安全を確保したい、というのは全員共通の思いだったのだが、安全性の面で疑問があった。安全を確保するために危険を冒すというのでは本末転倒である。
だがここに来て、比較的安全に狩れてお金も儲かる獲物が出てきた。狩った後で肉を放置することになるなら躊躇もするが、全部持ち帰れるのだ。狩らない理由があるだろうか?
そんなわけで、俺たちはかなりの数のオークを狩った。オークにとっては災難だろうが、遭遇頻度はあまり変わらないし、魔物なので誰からも苦情は出ない。
今では一度に4匹までなら、危なげなく対処できるようになったので、マジックバッグに確保してあるオーク肉も結構な数である。
さて、そんなオーク肉だが、さすがにギルドに大量に持ち込むと面倒事になる可能性があるので、一度に売るのは4匹までとしている。
当初はマジックバッグから出して持ち込める量だけにしようか、という話もあったのだが、マジックバッグを完全に隠すのは難しい――というか利点を捨てることになるし、面倒ということで、マジックバッグを持っていること自体は隠さないことにした。
とはいえ、俺たちがマジックバッグを作れると知られるのは困るので、1つ古ぼけた鞄を調達、それをマジックバッグにして、肉を売る際にはそこから取り出すようにしている。
ディオラさんには、『エルフの知り合いから借りている』と伝えているし、冒険者の過去、その他についてあれこれ詮索すること自体がマナー違反なので、多分大丈夫、と思いたい。
マジックバッグを狙って襲ってくるような奴らがいたら……頑張って撃退するしかないだろうなぁ。
牽制するためにも、もう少しギルドランクを上げておくべきかもしれない。比較的治安の良いこの街でなら、多分大丈夫だとは思うんだが。
◇ ◇ ◇
「ハルカさん、上手く行きましたよ。金貨300枚でお売り頂けるそうです」
ディオラさんからそう伝えられたのは、マジックバッグが完成してから数日後のことだった。
お願いしていた土地の仲介、それが上手く纏まったらしい。
「え……それ、大丈夫なの?」
相場では金貨400枚弱。それが一気に金貨300枚まで下がっている。
ハルカがやや不安そうな顔で聞き返したのも仕方ないだろう。
「はい。今後、ギルドから紹介できる方は居ないかも、と伝えると諦め――ごほん。決断して頂けました。あの辺りはほぼギルドの管轄ですから」
良い笑顔で脅迫――もとい、説得内容を教えてくれるディオラさん。
ギルド幹部は伊達じゃないらしい。
「ホントに大丈夫!?」
「はい、問題ありません、本当に。そもそも無理があるんですよ。借りる人がいるなら、建物がなくなるようなこと、あると思いますか?」
そういえば、住む人がいなくなって家が老朽化、崩れた、みたいなこと言っていたな。
「建物がなくなったら、今度は土地だけで貸したいと言われても、借りる人なんて紹介できませんよ」
確かに。建物付きでも借り手が居なかった場所なのだ。
土地を貸すから自分で家を建てて、と言われても、それを受け入れる借り手を探すのはかなり厳しいだろう。
「賃料を金貨2枚なんて安値にしたのも、借りた人が家を建てた後、適当な時期に追い出して家を手に入れようとしたのかも知れませんが……。ギルドを仲介に入れておいて、そんなこと許すわけ無いんですけどね」
呆れたようにため息をつくディオラさん。
口調から察するに、相手はちょっと困った人なのかもしれない。
「あ、やっぱりそのへんがギルドを通した方が安心なんだ?」
「そうですね。特にハルカさんたちみたいな若い人だと、
そのあたり、後ろ盾がない俺たちは不利である。
若干の手数料で手間が省けるなら、それは必要なコストとして割り切るべきだろう。
「でも、なんで人が入らなかったんだ? 値下げすれば借りる人はいそうなもんだが」
そんなトーヤの疑問に俺も頷く。
あそこに普通の家が建っていれば、多分俺たちは借りただろう。
もちろん、あまりに高いとダメだが、周りと同じか少し高い程度なら忌避する理由もない。
「あそこは広いですからねぇ。広い庭が必要ない人にとっては『無駄に』広いだけです。周りの狭い家と同程度まで下げれば借り手もいたでしょうが……」
持ち主としては『周りよりも広い家なのに同じ賃料にはできない』と考え、それ自体は間違ってはいないのだが、結局借りる人がいなければ家はどんどん荒れていく。
そして、持ち主がギブアップして値下げする頃には荒れすぎていて、周りより安くしても補修費用がかかるので入る人はいない。
結果、更に荒廃は進み、家は崩れ落ちる。
「一番マシな方法は、適当なサイズに土地を分割してから、それぞれに家を建てて貸し出すか、売り出すかだったんでしょうが、そこまでの決断もできなかったんでしょうね、お金もかかりますし。それに、それで上手くいったかどうかも微妙なんですよ」
ラファンの街は人口が流入している街というわけではないので、家の需要自体が少ないらしい。ゼロではないので、売買はされているのだが、問題の場所は人気のないエリア。
そこで新築の家を複数軒売り出したところで売れる可能性は低い。そうなると完全に赤字である。
ディオラさんはそのあたりのことも話し、『不確実な投資をするより、確実に手に入るお金の方が良いでしょう?』という方向で説得したらしい。
「ありがと、ディオラさん。家も建てないといけないし、安くなるのは正直助かる。後でお金とお礼、持ってくるから楽しみにしてて」
「いえいえ、お礼なんて~~、気持ちで良いんですよ? 気持ちで」
そう言いながらも頬が緩んでいるディオラさん。
俺たちが交渉しても上手く纏まったとは思えないし、ちゃんとしたお礼は必要だよな。
「さて、ディオラさんへのお礼だけど、乾燥ディンドル、50個ぐらいで良いかしら?」
宿へ一度戻り、金貨300枚を数えて別の袋へ取り分けていると、乾燥ディンドルを取りだしたハルカがそう言った。
「金貨100枚分も下げてくれたんだよね。もっと渡しても良いんじゃない? いくら乾燥ディンドルが高くても、市場価格、金貨1枚もしないんだよね?」
「それはどうでしょう? 金貨100枚分の物を渡すなら、私たちにはディオラさんに値引き交渉を頼んだ意味がなくなりますよね? ディオラさんも値引き分をそのまま受け取るのはまずいんじゃないですか?」
ユキは少ない、ナツキは問題ないという意見か。
そんなユキにハルカが衝撃情報を伝える。
「ユキ、乾燥ディンドルの市場価格、金貨1枚程度はするのよね、実は」
「え、ホントに!?」
ユキが驚きに目を見張った。
高いよなぁ、信じられないぐらいに。尤も、味の方も信じられないくらい美味しいのだが。少なくとも俺は、元の世界でこのレベルのドライフルーツは食べたことがない。
「そう。高級果実を特殊な手法で乾燥させてるからね。ギルドへの売値は800レアだったから、単純に換算するなら、売値としては金貨40枚分の価値ね。あと、土地の相場としては『金貨400枚も出せば十分』って言ってたから、値引きは100枚に満たないはずよ。そして、ディオラさんに渡すのはあくまでも『お礼』だから」
「俺もハルカに賛成かな。俺たちとディオラさん、双方に利益がある、そのくらいのお礼で良いだろ」
それには、値引き分の半額ぐらいのお礼が適当なんじゃないだろうか?
ほら、日本でもお香典とか、お見舞いをもらうと、半返しをするし? ……ちょっとちがうか。
ま、そんなワケで俺たちは、乾燥ディンドル50個と金貨300枚で結構広い土地を手に入れたのだった。
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