060 にょきにょき

 昨日の雨とは一転、今日は朝から綺麗な青空が広がっていた。

 森へ向かって歩く俺たちの足取りも、心なしか軽い。

「雨が降ったし、キノコ、たくさん生えてるかな?」

「そう簡単に生えるものじゃないと思うけど、天候的には生えやすくなる時期なんでしょうね、やっぱり」

 俺にとってのキノコと言えば、スーパーで買う人工栽培の物で天候なんて関係なかったが、天然物となれば、やはり影響は大きいのだろう。

 テレビのニュースで、『今年は天候不順で松茸の価格が――』とか聞くことはあっても、庶民の俺には全く関係の無い話だったからなぁ。

 松茸自体はもらって食べたことはあるが、俺の感想としては「確かに美味いが、あの値段を出すなら肉を食う」という感じである。

「そういえば、昨日調べて解ったんですが、オークも結構お金になるみたいですよ?」

「そうなのか?」

「はい。ゴブリンに比べれば魔石も高いですし、肉が売れますから」

 売れるのか、オーク肉。

 どんな外見かは解らないが、俺の想像するオークの外見なら、あまり食べたくは無いなぁ。

「オーク……『くっころさん』か」

「バカ! フラグを立てるな。マジになったらどうする」

 バカなことを口走ったトーヤの頭に突っ込みを入れる。

 ギャグなら「くっころ、くっころ」言っていられるが、身内に被害が及ぶと可能性があるならシャレにならない。

「くっころ? 何ですか、それ?」

 さすがに『くっころ』が通じるのは一部の人種だけだよなぁ。むしろナツキが知っていたら驚く。

 かといって詳しく説明するのはハードルが高い。俺の羞恥心的に。なのでややマイルドかつ迂遠な表現で……。

「あー、オークに女性が襲われることもあるのかな、と」

「襲われるのに女性も男性も無いと思いますが……。いえ、もちろん体力的には女性、子供の方が危ないでしょうけど」

 そう言って首をかしげるナツキ。

 意味は正しく伝わっていないが、問題は無い。頷いておこう。

「コイツらが言っているのはそうじゃ無くて、性的に襲われるのかって事よ」

「性的……えっ?」

 せっかくごまかせたと思ったのに! ハルカの冷たい視線と、ナツキの驚いたような視線が痛い。

 ユキは……面白がってやがる。こっちは解っていた可能性大だな。

「あんなの、普通に考えてあり得ないでしょ。違う生物なのよ? それで生殖可能とか、どんなスーパー遺伝子を持ってるのよ、ゴブリンやオークは」

 『スーパー遺伝子』……言い得て妙である。

 そう考えれば、人間相手に可能なら、猿や猪、そのへんでも全然オッケーそうである。

「しかし、『あんなの』って、ハルカは知っているんだな」

「あ、バカっ!」

 引っかからなくて良い部分を指摘するトーヤを止めようとするが、時すでに遅く――

「えぇ、ナオの部屋で見たわ」

 やっぱり忘れていなかったしっ!

「ぐはっ! い、いや違う! あれはトーヤので」

「あ、てめぇ! 俺を巻き込むな!」

「事実お前のだろうが! いいからやってみろって、あのゲームを渡したのは!」

「そこは事実でも黙っておくのが友情ってもんだろ!」

「ばーろー! 一蓮托生だ!」

 俺も男、ちょっと喜んだのは否定できないが、きっかけを作ったトーヤを許しはしない!

 『くっころ』言い出したのも、ハルカにツッコミを入れたのもトーヤなのだからして。

「はいはい、醜い争いをしないの。どっちの持ち物でも同じだから。結局やったんでしょ? 2人とも」

「「うぐっ」」

 そりゃやるさ! 年齢的に正規手段じゃ手にできないゲームが手元にあったら!

 合う、合わないは別にして、手元にあっても起動しない奴がいたら、それは思春期の男じゃないね! 断言する。

「そもそも、99%同じ遺伝子でも無理なのよ? あり得ないわよ。もちろん、本来の意味で食べられることはあるでしょうけど」

 それはそれでキツいな。人生の末路がオークの腹の中とか。

 だが、確かにハルカの言うとおりではある。

「いや、もしかするとアイツら、実は単為生殖なんじゃないか? ゴブリンの牝が存在しないという設定もそこに理由が……」

「つまり何か? あの行為は生殖行為じゃ無くて、つまりは――寄生蜂みたいな産卵行為。孵った暁には中から食い破って――」

「うわぁぁぁ、止めてくれ! 想像しちまったじゃねぇか!!」

 俺の生物学的考察をトーヤが遮り、頭を抱えた。

 お前が言い出したんだろうに。

「コラコラ、そろそろ止めなさい。ナツキがドン引きだから。それにこの世界じゃ関係ないから」

「おっと、すまん。忘れてくれ。色々まとめて」

 俺がトーヤから借りた物も含めてな。

「えっと、はい。2人とも健全な男性ですし、少し特殊な趣味も、個性だと思いますよ。受け入れられるかは、ちょっと、ですけど……」

「待ってくれ。理解を示さないでくれ。逆にいたたまれない。フィクション、フィクションだからな? 現実の趣味嗜好とは全然別の話だからな?」

 例えばエロマンガでロリなキャラが好きだからと言って、現実のロリコンとは全く違うし、妹キャラや姉キャラが好きでも現実の妹や姉はノーサンキューな人は普通に居る、いやむしろ大多数だろう。

「そうそう。現実との混同なんて――」

 俺の意見に同意するように頷いていたトーヤだったが、急に言葉を止め考え込んだ。

「どうした?」

「いや、よく考えたら、オレ、獣耳の嫁さんを――」

「今ここで言うなぁぁぁ! 確かにお前はフィクションを現実にするつもりかも知れないが! それとは全然別の話だから!」

 日本でマジで「獣耳の嫁さんをもらう」とか言っていたら痛いヤツだが、この世界ではごく普通のことである。今ではトーヤも獣耳なのだから。

 比較すること自体がおかしい。

「ナツキ、安心して。ナオの持っている物、大多数は普通の物だから」

「そうなんですか?」

「えぇ。知られると人生終わるような特殊性癖は無いと思うわ」

 自信満々に頷くハルカに、俺はなんと言うべきだろう?

「……ここは、理解して貰えて嬉しいと言うべき?」

「オレとしては、もっと上手く隠せと言いたいな」

 おかしい。トーヤから借りたアレの時は追及されたが、それ以外で見つかった記憶は殆ど無いのに。

 実は見つけても黙っていただけだった……?

「ちなみに、どのような趣味か訊いても?」

「そうね、ナオは確か――」

「さぁ! 気を引き締めていこうぜ! なんと言っても初めて行く場所だからなっ! なぁ、トーヤ」

「お、おう、そうだな! 油断は禁物だよな!」

 これ以上話を続けるとマズい。

 そんな当たり前のことを改めて認識した俺は、トーヤの背中を叩いて森へと足早に向かう。

 俺の耳には、決して後ろで3人が話している内容なんて聞こえていない。

 あぁ、全くな! メイドさんとかセーラー服とか聞こえるのはすべて幻聴なんだ。そうに違いない。


    ◇    ◇    ◇


「これは……思った以上に成長が早いんだな?」

「ああ。キノコってこんなもんなのか?」

 新しいエリアに行く前に、一昨日採取した場所を訪れた俺たちは、そこに生えているマジックキノコを見て少し困惑していた。

 一昨日の時点ではまだ採取対象になっていなかったキノコが、今では軒並み5センチ超え。大きい物では7センチに迫る大きさになっている。

 つまり、僅か2日間で2センチ以上も成長したことになる。

「私もキノコの栽培はしたことありませんので解りませんが、環境が良いと一気に大きくなると言う話は聞いたことがあります」

「あ、あたしはある。キノコ栽培。と言っても、家の中で作れる家庭用の栽培キットだけど。あの時は、最初はゆっくりだったけど、育ち始めると一気に大きくなったなぁ」

「じゃあ、キノコってこんな物なの?」

「おかしくは無い、かな? でも、今生えているのを採っちゃったら、当分は生えてこないと思うけど」

 当たり前だが、成長が早いからと言って、ドンドン生えるような物では無いようだ。

 環境が合えば数週間後に、基本的には翌年まで待たなければいけない。

 しかもマジックキノコの場合、倒れてから1、2年の木に生えるらしいので、来年もこの木に生えるとも限らないわけだ。

「しかし、この成長速度なら、あと3日ほどおいておけば、一気に値段が10倍近くになるんだよな?」

「10センチ超えか……計算上はそうだが、そんなに上手く行くか?」

「何か落とし穴ありそうよね。そんなに簡単なら、高くならないでしょ」

「食べられちゃうのか、成長速度が遅くなるのか……どっちかかな?」

 簡単に10センチ超えを達成できるなら、あの値段はあり得ないよなぁ。

「どうする? 採るか? 置いておくか?」

「難しいですよね。数日置いておいて10倍になるか、それとも無くなってゼロになるか。多分、確率としてはゼロの方が高いと思いますが」

「それじゃ、多数決で。今採取すべきと思う人!」

 手を上げたのは、俺とハルカ、それにナツキ。

「堅実タイプとギャンブラーに分かれたか」

「ギャンブラーってほどじゃ無いだろ? 一応、理由もあるんだぜ?」

「ほう?」

「ほら、一昨日、ヴァイプ・ベアーを斃しただろ? このへんがアイツの縄張りなら、このへんに食べに来るヤツはいないんじゃ無いか?」

「確かに、食べるのがヴァイプ・ベアーだけならそうかも知れないが……他の動物、それに同業者もあり得るだろ?」

 ルーキーで2パーティー、それ以外で何パーティー居るのかは解らないが、可能性が無いとは言えない。このへんで出会ったことは無いんだがな。

「ユキの方は?」

「あたしは特に……ただ、多少食べられたとしても少しは残るかな、と」

「あのサイズの熊が食べたら、根こそぎだと思うけど。仮に小さい物は残す知恵があっても、10センチを超える前に食べるでしょ」

 ヴァイプ・ベアーが大きく育てて食べるなら、もっと採れるだろうしなぁ。

「ま、一応多数決を採ったし、ここは全部収穫して移動しましょ」

「はい」

 そうして5センチ以上のマジックキノコを採取して移動した2カ所目。

 そこは少し予想外の光景が広がっていた。

「全滅、ね」

 5センチ以上はもちろん、それ以下の物まで綺麗に無くなっている。

「これは、動物の仕業ですね。囓り取った跡があります」

 ナツキが指さしたところを見ると、俺たちが採取したところとは明らかに違う。

 軸の部分が中途半端にちぎれ、石突きが残ったままになっている上、木の方にも傷が多く付いている。

「これ、ヴァイプ・ベアーの仕業かは解らないけど、さっきの所では採って正解だったみたいだね。さすが自然、争奪戦が厳しいよ」

「うむ、それじゃ急いで3カ所目に移動しようぜ」

「そうだな」

 そしてやや足早に移動した3カ所目。こちらは問題なく残っていたので、採取。

 1カ所目と同様、5センチ以上を採取すると残りはごく僅かなので、もう一度採取に来る価値があるかどうかは微妙である。

「それなりには採ったけど、金貨20枚程度よね、これだと。頑張って新しい物を探しましょうか」

「そうですね」

「それじゃ、オレが先頭、ナオがその後ろで索敵を重視。移動優先で薬草の採取は程々に、で良いか?」

「おう」

 トーヤの方針に全員が同意し、俺たちは探索範囲を広げて歩き始めた。

 

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