S007 トミー立志編 (3)
トーヤ君に案内されて辿り着いた宿は、比較的街の中心に近いものの、少し路地を入った解りづらいところにあった。
誰かに紹介でもされないと気付かない場所にありながら、食堂はすでに多くの人で賑わっている。常連が多く居るか、地元の人向けなのかな?
「まぁ、座ろうぜ。親父さん、コイツにエールと俺は水、それに適当につまめる物を」
カウンターに座ってそう言うトーヤ君の隣に僕が座ると、すぐに目の前にエールのジョッキが置かれた。
これがあのエール。美味しくないとは聞かされていたものの、やっぱり少し頬が緩む。
「頂きます」
「おう。頑張って飲め」
ジョッキを取り上げて一口。
……ん? 確かにそんなに美味しくないけど、言うほど不味くも無いよ?
お酒っぽさはないけど。って、それは【蟒蛇】のせいかな?
「どうだ?」
「いや、美味しいとは言わないけど、飲めなくないよ?」
苦笑しながらそんな風に聞くトーヤ君に、僕は首をかしげながら答えた。
「マジで? ちょっとくれ。……やっぱダメだ。何だ? 種族特性か? それとも、トミーが味音痴?」
「味音痴って酷いなぁ。でも、種族特性って?」
「別に大した物じゃないぞ? 例えばエルフは木の上でのバランス感覚が優れていたり、オレみたいな獣人だと力が強くて鼻が利くとか、そんな感じ。ドワーフなら酒が美味く感じるとかかと思ったんだが」
「それ、ありそうだよね」
アルコールが入っていれば、それだけで美味く感じるとか。
「ま、気に入ったなら飲めば良いさ。大して高い物じゃないし、真面目に働けば普通に飲めるようになる。個人的には、事前に飲む量を決めておくべきだと思うが。止め時が解らないだろ?」
「酔わないならそうですよねぇ。【蟒蛇】、案外意味が無い上に危険ですね」
「それも一種の『地雷』だろうな。自分で気をつけられるだけ、マシだけどよ」
「はい、気をつけます」
『
体調の変化は本来危険信号なのに、それがオミットされたら、限界を超えるその瞬間まで普通に飲めて、超えた瞬間に死ぬとかありそうだし。やっぱり【蟒蛇】は地雷だったんだよねぇ、これ。
「ところで、トーヤ君はなぜあそこに? 僕に何か用があったんですか? それに、てっきり他の街に行ったとばかり」
「ああ、行ったぞ。用事がスムーズに終わったから速攻で帰ってきただけだ。まだ当分はこの街を拠点にするんじゃないか?」
「あ、そうなんですか。……そういえば、トーヤ君、ヤスエさんって人、知ってますか? 多分クラスメイトですが」
「ヤスエ? 誰だっけ? ――そいつがどうかしたのか?」
「あ、いえ、一度ニアミスしただけですけど、どうも【スキルコピー】を持っていたみたいなので」
僕がそう言うと、トーヤ君は少し考えてポンと手を打った。
「もしかすると梅園か? 下の名前覚えてないんだが」
「梅園さん? ……言われれば、そんな気がします。会ったことあるんですか? こちらに来て」
「ああ。俺たちのスキルをコピーした後、喧嘩を売って走って行ったぞ」
「え、ハルカさんに? 度胸あるなぁ」
僕なら怖くてそんなことできない。特に、数日前の別れ際、『敵には容赦しない』と笑みを向けられた今となっては。
「あれ? でも、【スキルコピー】って相手のスキル名とレベルが解らないと使えませんよね?」
「そうだな。ご丁寧に、俺たちのスキルを聞いてきたからな」
「それで教えてあげた、と。あの、その時点で相手が【スキルコピー】を持っていること、ほぼ確信してますよね? 特にハルカさんなら」
「ご名答。第一、ハルカには【看破】があるから、当然解っていたな」
「それでいて全部教えてあげた、と。特に不利益は説明せずに」
「ああ。いや、スキルレベルの無いものはいくつか省いていたかな?」
「それでも【看破】を持っていると伝えれば、バレていると相手も気付きそうな物ですけど」
それでも何も考えずにコピーしたわけ? 梅園さんは。
コピー持ちに素直に教える時点で不自然に思わなかったのかな? それともすごくお人好しだとみられていた?
「うーん、ハルカとしては試したんじゃないか? 梅園が自分のスキルを誤魔化していたことは解っていたし、【看破】を持っていると伝えれば、態度を変えるかも、と」
「実際は勝手にコピーして喧嘩を売った、ですか」
その時点で素直に謝れば許してくれて、助けてもらえたかも知れないのに。
う~ん、梅園さんって結構バカ?
嘘がばれていることに気付かなかったのかな。それともコピーしてしまえばどうとでもなると思ったのか……。
「勝手にコピーするだけなら、ハルカにとって『どうでも良い相手』だったかも知れないが、コピーした後にわざわざ喧嘩を売って逃げていったからなぁ……。まぁ、正直、オレとしては怒りよりも呆れの方が強いんだが」
「【スキルコピー】の実態を知っていれば、ほぼ道化ですもんねぇ」
冒険者ギルドでも受付のお姉さんにイチャモン付けていたし……う~ん。
「僕は冒険者ギルドで彼女を見かけたんですけど、トーヤ君たちがこの街を拠点にするなら鉢合わせることがあるかもしれませんね。関わり合いになるのが面倒なら、気をつけた方が良いかもしれません」
「そっか、サンキュ。しかし、ちょっと面倒いなぁ、時々ギルドには用事があるから」
「皆さんにはお世話になりましたし、僕ができることならやりますよ? 僕は面が割れてないですから」
「あぁ、いや、申し出はありがたいが、仕事の報告は自分たちでやらないといけないからな」
「そうですよね。出過ぎたことでした」
「いや、気持ちはありがたい。それに、さすがに梅園でも『勝手にコピーしたスキルが使えない』なんて俺たちに文句を言ってくることはないだろ」
「さすがにそれは無いでしょう。誰かが教えなければ、使えない理由も解らないわけですし」
あんな梅園さんが、誰か【ヘルプ】持ちのクラスメイトに素直に話を聞けるかなぁ。
知り合えるかどうかと言う根本的な問題もあるけど。
「まぁ、梅園のことはともかく、オレが来た用事だよ」
「そういえばその話でしたね。借金の方はもう少し待って頂ければ……」
今の所持金なら返せないことはないけど、返してしまうと結構厳しいんだよね。
「それはどうでも……良くはないが、急ぎはしないさ。お前の所に行ったのは、仕事ぶりを見るためだよ。実は昨日も見ていたし」
「えっ! そうなんですか? 全然気付きませんでした」
昨日はまだそんなに余裕が無かったからなぁ。
「一応、見つからないようにしてたからな。真面目に働いているみたいだな?」
「はい、自分なりにですけど」
所詮素人だけど、手を抜いたり怠けたりしたつもりは全くない。
慣れていないからこそ、人一倍働いて、やっと一人分ぐらいのつもりで熟したつもり。
現場監督からの評価も悪くなかったし、それで良かったのだと思う。
「お前が腐っていたり、手を抜いた仕事をしていたら関わるつもりはなかったんだが、案外真面目みたいだから、一つ提案だ」
「提案……なんでしょう?」
「トミー、お前、ショベルを作ってみる気は無いか?」
一瞬、何を言われたのかよく解らず、首をかしげ言葉の意味を理解して、やっぱり首をかしげる。
「ショベル? え、ショベル? ごく普通の? パワーショベルとかではなく?」
「いや、そりゃパワーショベルが作れたらすげーけど、それは無理だろ?」
「はい、無理です」
少なくとも油圧システムが必要だもの。
油圧の原理ぐらいは知っているけど、油の漏れないピストンやホースが必須だから、簡単に作れる物じゃ無いと思う。
「だろ? ごく普通のショベルだよ。さっきの現場でもショベルが使われていないの、気付いたか?」
「……そういえば無かったですね?」
穴掘りの道具は鍬。掘り出した土は
ちなみに、JIS規格では穴を掘れる方がショベル、雪かきとか土を掬う用の物がスコップと分けられているけど、地域や業種によって色々呼び方があるみたいだから、ちょっと解りづらいよね。
「ショベル、あったら売れると思わないか?」
「そうですね、あったら作業効率も上がりますし、売れるでしょうね。でも、どうやって作るんですか? いくら鍛冶スキルがあっても簡単にはいきませんよ?」
ゲームなら鉄鉱石を拾ってきて、炉で加工したらインゴット、それを叩けばアイテムに、と簡単だったけど、現実はそうはいかない。
鉄鉱石を鉄にするための炉と燃料、鉄を加工するための炉と燃料、その他の道具類も必要になる。そもそも鉄鉱石自体簡単に手に入るとは思えないし。
それらの問題を解決してショベルを作れたとしても、どこで売るのかという問題もある。そのへんの露店で売ったところで売れるのかな?
「いくら何でもそこまで考え無しじゃないぞ? 知り合いの鍛冶屋に話を付けてきた。鉄や施設はそこのが借りられる」
「えっ!? 職人がそう簡単に貸してくれるんですか!?」
簡単にレンタルできないから大変、とか言ってなかったっけ?
「簡単、じゃないぞ? それなりに付き合いがある相手と交渉して、条件を付けて認めてもらったわけだから」
トーヤ君ははっきりとは言わなかったけど、どうもかなりの額の武器、防具を購入している鍛冶屋に頼み込んだみたい。
上手くショベルができたら、それの販売権なども約束しているみたいだけど、よく解らないものの『販売権』程度で融通を利かせてくれるかな?
お得意様の頼みだから無下にできなかったという感じなのかもしれない。
「それから、トミー、お前、鍛冶師になりたいんだろ? ディオラさん――ギルドの受付嬢に聞いたぜ?」
あのお姉さん、ディオラさんと言うんだ?
トーヤさんと知り合いだった上に、事前に聞き込みもしてたのか。
ただ何となく仕事場を見に来ていたわけじゃないんだね。
「ええ、そうですが……個人情報保護、無いんですね」
「まぁ、無いな。保護して欲しければ、それに足る人物になるしかないだろうな。ディオラさんはお前よりも俺の方を信用……ってほどじゃないかな? 付き合いが長いし大した情報でもないから、オレが聞けば教えてくれる。それだけのことだよ」
「うぅ、世知辛いです」
「本当にマズい情報はディオラさんも教えてくれないさ。たぶん」
「たぶんですか」
「知られたくない情報は漏らさないことだな」
「うぅ……はい。それで、それがどうかしましたか? 『ほぼ無理』って言われてしまいましたけど」
少なくとも何年かは。冒険者ランクを上げるのはかなり難しそうだし、仕事で紹介を受けられるほど信用を得られるのは当分先のことだろう。
「あぁ。成果とお前の仕事ぶり次第だが、上手くすれば弟子入りできるかも知れないぞ?」
「――えぇっ!!! ほ、本当ですか!?」
「ああ。『考える』と言ってくれただけだがな。お前が真面目にやって、才能の片鱗でも見せつけることができれば、可能性はあるかもな」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし! もし弟子入りできても、ダメそうだったり、怠けたりするようなら容赦なく放り出してくれと言ってあるからな?」
「それでもチャンスが貰えるだけで十分です!」
まだ決まったわけじゃないけど、その門戸にも立てなかった事を思えば、考えてもらえるだけでも十分ありがたいことだよ。
紹介すること自体が半ば保証人になるようなこの世界のことを考えると、感謝しても仕切れないぐらいの恩じゃないかな。本当に。
「ま、それも上手くショベルが作れたら、だ。明日の朝から作業をするから、今日は取りあえず飲んで食え。ここの料理は美味いぞ?」
「はい、頂きます! ――って、ホントに美味しい!?」
宿の親父さんが持ってきた料理をトーヤ君に差し出され、一口食べた僕は思わずそう言ってしまった。
屋台のメシも宿屋のメシも基本不味い、良いのに当たれば不味くは無い。そんなレベルだったので、殆ど期待してなかったんだけど、この料理とエールが良い感じに合う。
「だろ? 今のところ、この街でここより美味いところには出会ってないな。結構安いし、良いところだぜ?」
そういえば、トーヤ君たちはここに泊まってるんだよね。やっぱり高いのかな?
今の宿、安いは安いんだけど、長期間の逗留は厳しそうなんだよねぇ、やっぱり。
「ねぇ、トーヤ君、ここって、一泊いくらなの?」
「ここか? 親父さん、ここって一人部屋ってあるのか? ある? で、いくら? なるほど。部屋代が300、朝夕の食事が80で、桶一杯の湯が15。トータルで約400レアだな」
「え、親父さん答えてないよね?」
トーヤ君が訊ねても、カウンターの中の親父さん、一切喋らなかったんだけど。
「ここの親父さんは無口だからな。頷いて指で3を示していただろ?」
あぁ、それで解ったんだ? 料理とお湯は知ってたんだね、泊まってるから。
単純に考えれば今泊まっているところの4倍だけど……今日までぐらいの仕事があればなんとかなる金額ではあるんだよね。
安心して眠るためには、それぐらい出すべきかな?
「トミー、宿を変えることを考えてるみたいだが、とりあえず鍛冶に関する結果が出てからにしたらどうだ? 弟子入りできるかどうかで変わってくるだろ?」
「あ、そうですね。――もし弟子入りできたら、住み込みになるんでしょうか?」
「どうだろうなぁ……オレが紹介したとは言っても、ガンツさん――あぁ、鍛冶師の人な。その人からすればお前は初めて会う他人だからなぁ。普通に考えれば通いじゃないか?」
「ですよね。いきなり家に泊めるほど信用されるわけ無いですよね。弟子の場合、給料貰えるんでしょうか?」
「この宿に泊まるぐらいは大丈夫だろ。と言うか、上手く行けばそれなりの待遇で迎えられ、行かなければ弟子になれない。その中間は無いと思うぞ」
「――頑張ります!」
「おう、頑張れ。景気づけにもう一杯、奢るぜ? 親父さん、コイツにエール、もう一杯」
その日は久しぶりに美味い料理とそれなりに美味い酒を十分に堪能し、日が落ちる前にはトーヤ君と別れたのだった。
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