S006 トミー立志編 (2)

「宿に向かう……前に、腹ごしらえと買い出し、しようかな」

 ハルカさんたちには果物をたくさん食べさせてもらったけど、時間はすでに昼もかなりすぎている。

 お腹も空腹感を訴えてきているし、何か安い食事でも……。

「ピンキリだけど、肉はやっぱり少し高い。でも、畜産業がないならそんな物かな?」

 もっとも、畜産業があったとしても、なかなか安いお肉なんて食べられないだろうけど。

 人間が食べられない牧草なんかだけで育てるならともかく、普通に食べられるトウモロコシやイモを食べさせるなら、それを人間が食べた方が効率が良いもの。

 基本的に哺乳類を育てるのは効率が悪いみたいで、国連は『最も効率の良いタンパク源は昆虫』なんて事を言っていたりする。

 でも、さすがに昆虫をそのまま食べるのはハードルが高いから、もうワンクッションぐらい欲しいよね。昆虫を餌にして育てた動物や魚とか。効率的にはどうなんだろうね?

 あれ? そういえば、絹の産地で蚕のさなぎを餌に鯉を養殖して、その地方では鯉がよく食べられている、という話があったよね?

 おー、なんて効率的。桑を育てて実は食用、葉っぱは蚕に。蚕は絹を作って不要な蛹は鯉の餌に。鯉はそのまま食料に。無駄がない。無駄がないよ!

 蚕の蛹を食べていても、魚ならあまり抵抗はないし。

 ――蛹それ自体を食べる人もいるみたいだけど、ね。

「うー、そんなことを考えると不安になってきた」

 昆虫食それ自体を卑下するつもりはサラサラないけど、自分が食べるとなると話は別。生理的に受け付けない。

 元の世界でも、地域によっては当たり前に昆虫料理が出てくることもあるので、このあたりの屋台にそれが無いとは言い切れないんだよねぇ。

 見て判る物なら避けられるんだけど。もし見て判らないのなら、むしろ絶対に教えないで欲しい。気付かなければ問題ないのだから。

「でも、今日はパンと果実水にしておこうかな」

 忘れていれば気にせず食べられるけど、今この状態では絶対に『これには入ってないかな?』と考えながら食べることになる。それはちょっと避けたい。

 屋台の中でも格安な、ライ麦パンと果実水のセットで10レアの所を選び、購入。齧り付く。

「うん……お腹は膨らみそうだねぇ」

 ほぼ水の果実水とパサパサで味気ないライ麦パン。大きさだけは手のひらサイズあるので、水と一緒にお腹の中に詰め込めば空腹感は紛れる。

 多分、種類としては黒パンということになるんだろうけど、思ったより硬くなかったから、味を我慢できるならそう食べにくい物でも無いかな?

 栄養価的にはビタミンが不足しそうな食事だけど。

「さて、着替えは買っておかないといけないよね」

 日雇いのお仕事の多くはガテン系みたいなので、服が汚れることはほぼ確実。

 作業服を貸してくれる可能性はほぼゼロだろうし、着替えを用意しておかないと困ることになる。

 僕はコップを屋台の人に返すと、古着屋や雑貨屋の場所を聞き、そちらに向かった。


    ◇    ◇    ◇


 古着屋で見繕った作業服は、思った以上に高かった。

 洗濯を考えればせめて2着は欲しかったし、ある程度丈夫そうな服で僕の身体に合う物となるとほぼ選択肢がない。

 それでも幸運だったのは、僕のサイズの服が他の服と比べるとかなり安く、処分価格で売られていたことだろう。

 バリエーションもなかったし、ドワーフの客がほぼいないのかもしれないなぁ。

 まぁ、今は実用性さえあれば、デザインなんてどうでも良いから、安くて助かったんだけど。いや、それでも十分高かったんだけどね。

 他には雑貨屋で頭陀袋と下着も買った。古着に比べれば安かったけど、この時点で所持金は半分以下になっていたから、ハルカさんに借りたお金がなかったら詰んでいたよ、ホント。

「永井君たち、どうやったんだろ? 僕みたいにお金を貸してもらえる人なんていなかったんだよね……」

 僕の場合、所持金が4倍になってやっと少し余裕がある程度。

 彼らは3人居たから、3倍だけど人数も3倍だったわけで。

「きっと、苦労したんだよね……」

 それなのに僕が安易に『クラスメイトだから仲間に入れて』と言ったら、気を悪くするのも頷ける。だってあの時、僕は明らかに頼るつもりだったんだから。助け合うんじゃなくて。

 それでも別れ際には3,000レアも貸してくれたわけで。返す当ても無い相手に。

「……うん、頑張ろう」


 ギルドで紹介された宿屋は、控えめに言ってもボロかった。

 100レア払って案内された部屋は10人ぐらいが雑魚寝するような部屋で、自分のスペースはせいぜい1畳あまり。渡されたのは毛布一枚で、正直臭かった。

 出てきた食事も何とか食べられる程度の物で、とても食事を楽しむ様な物では無い。

 何とか流し込むように食べた後は早々に眠りにつき、翌朝はできるだけ早く起きて再び朝食を流し込み、やや駆け足で冒険者ギルドへと向かった。

 まだ薄暗いギルドの前にはすでに数人が列を作っていたので、慌ててその後ろに着く。

 全員がじろりとこちらを見てきたので、愛想笑いを浮かべてみたが、効果があったのか無かったのか、特に何も言われることは無かった。

 それから1、2時間ぐらいは待ったかな?

 僕の後ろにもかなりの人が並んだ頃、冒険者ギルドの扉が開き、先頭の人から順に中に入り始める。

 正直、もっと雑然として我先にと奪い合いになるのかと思っていたけど、全くそんなことはない。並んでいる人たちの風貌が結構柄が悪い――歯に衣着せず言ってしまえばチンピラみたいな感じなので、ある意味、非常に違和感がある。

 もっとも後ほど、『騒ぎを起こせば、すぐに排除されて仕事が貰えなくなる』と聞いて納得したんだけどね。この世界の冒険者ギルドは結構厳しいみたい。

 『冒険者同士の争いには関与しません』なんて事は無くて、少なくともギルド職員の目があるところでそんなことをすれば、あっさりと降格、除名されてしまうとか。ギルドもある意味信用商売だから当然かも知れないけど。

 現代の人材派遣会社でも派遣した人が問題を起こせば、当然派遣会社の方に苦情が入るだろうし。

「次の方」

「はい」

 早起きして並んだだけあって、すぐに僕の番が回ってきた。

 前の人の真似をして、用意していたギルドカードをカウンターに置く。

「おはようございます。トミーさんは賃金の高い肉体労働、で良いですか?」

「はい、筋力には自信があります」

 担当してくれたのは、昨日も受付に座っていたお姉さん。

 パラパラと求人票をめくり、2枚の求人票を差し出した。

「こちらは3日しか仕事がありませんが、給料が高いです。こっちは10日間仕事がありますが、最初の物よりは安くなります。どちらにしますか?」

 どちらも工事現場の肉体労働みたいだけど、ここは前者一択で。

 せめて宿のランクはもう少し上げたい。切実に。

「こちらでお願いします」

「解りました。でしたらこちらの求人票を持って、現地に向かってください」

「はい」

 差し出された求人票を受け取ると、素早く待避。

 後ろには強面の人たちがずらっと並んでいるから、邪魔をするわけにはいかない。

 内心ビクビクしながら、無言で並ぶそんな人たちの横を通り抜け、求人票に書いてある現場へと、僕は向かった。


 工事現場の作業は少々キツかった。

 少々? うん、少々。

 正直に言えば、周りの人たちに比べると余裕があったんだよね。

 これがドワーフ故か、それとも【頑強 Lv.3】、【筋力増強 Lv.2】、【鉄壁 Lv.2】あたりのスキルのおかげか。

 身長の低さだけはどうにもならないから、それが必要な作業はできなかったけど、それを補ってあまりある筋力を発揮したおかげか、現場監督からもお褒めの言葉を頂いた。

 中でも評価されたのが杭打ち。

 工事現場だけに何カ所も杭を打つ機会があったんだけど、一度担当した後は、すべて僕に作業が回ってくるようになった。最後には『杭打ちのプロじゃないのか?』とまで言われるようになったんだけど、これって多分、【鍛冶】スキルの恩恵だよね?

 評価を上げる役に立っているから良いんだけど、鍛冶師になりたい僕としては、少し微妙な気分。


 仕事は日が落ちる頃には終了となる。

 給金を受け取って宿に戻ると、服を着替えて洗濯して干し、明日に備えてさっさと寝る。

 3度目ともなると美味しくない食事も、栄養の摂取と考えて我慢できるようになった。

 昼食は仕事仲間から聞いた、少しマシな屋台で摂れたしね。

 翌日も仕事内容はさほど変わらないものの、少し慣れたおかげで作業効率もアップ、仕事仲間との共同作業もスムーズに行えるようになってきた。

 そして最後の3日目。

 肉体的にはかなり楽に作業をこなせるようになり、現場監督には『次の工事にも是非参加してもらいたい』とまで言ってもらえた。

 更に、最終日で少し早く仕事が終わったにもかかわらず、『かなり頑張っていたから』と、少し給料に色まで付けてもらえたのだから、仕事の評価としては高かったんだと思う。

「トミー、どうだ? これから飲みに行かないか?」

 そんな風に声を掛けてきたのは、この3日間の仕事で多少仲良くなっていた仕事仲間。

 仕事が終わった後、安酒を仲間と一緒にガハハと笑いながら飲む。うん、なんだかドワーフっぽい。悪くないよ。

「いいですね! それじゃあ――」

「トミー!」

「あれ? なが、……トーヤ君」

 行きましょう、と言う直前、僕を呼ぶ声に振り返ると、そこに立っていたのは、永井君、ではなく、トーヤ君だった。そうそう、トーヤ君、トーヤ君。神谷君はナオ君。忘れないようにしないと。

 ハルカさんはすぐに慣れたんだけど……普段、あまり東さんと呼ぶ機会が無かったからかな?

「ちょっと話があったんだが……」

 トーヤ君がそう言って僕と仕事仲間のおじさんを見比べる。

「あぁ、こっちは構わねぇぜ。トミー、機会があったらまた飲もうぜ!」

「はい、是非!」

 おじさんは軽く笑って手を振ると、そう言って他の人たちと一緒に歩いて行った。

「悪かったな、邪魔したみたいで」

「いえ、顔見知り程度ですから気にしなくて良いですよ。お酒は少し飲みたかったですが」

 せっかくファンタジーな世界に来たのに、未だにエールを飲んでないんだよね。

 ドワーフにエール、定番なのに。

「そういえば、トミーは【蟒蛇うわばみ】とか取ってたんだよな。別に奢ってやっても良いが――」

「ホントですか!?」

「落ち着け。お前、【蟒蛇】のデメリット、忘れてないよな?」

「え、えぇ。酔わないだけで、強くなるわけじゃない、ですよね?」

「そうだな。つまり酔っ払って気分が悪くなることのないお前は、その身体のが解らない」

「確かに……」

 普通は、これぐらい飲んだら気持ち悪くなるとか、翌日覚えていないとかを経験して、飲む量を調節するものだよね。でも、僕の場合それがない。科学的検査ができるなら、血中アルコール濃度を測る方法もあるだろうけど、ここでは当然無理。

「ついでに言えば、酔わないなら、酒を飲む意味、あるのか? ジュースで良くない?」

「うっ……いや、純粋に酒の味を楽しめると思えば!」

 酔いたいからお酒を飲む人もいれば、お酒の味を楽しむ人もいる。酔わずに冷静にお酒の味を判断する、大人っぽくて良いかも。

「アルコールの味、あってこその酒だと思うが、【蟒蛇】の場合、どう感じるんだ……? まぁいいか。ちなみに、エールは不味かった。アルコール分も殆ど感じられなかったしな」

「え、そうなんですか?」

「少なくともビール以下だな。味は……常温のビール、しかも炭酸が抜けた後。それを少し酸っぱくしたような……いや、少し違うか?」

「聞くだけで美味しくなさそうなんですけど」

「あぁ、いや、もしかすると美味いと思う人もいるんだと思うぞ? 酒場では美味そうに飲んでるわけだから。別にオレも、元の世界で酒を飲んでいたわけじゃないし」

 うーん、黒ビールやクラフトビールは常温で飲むと聞いたことあるし、温度自体はさして問題じゃない?

「ま、一度飲んでみれば良いさ。少なくとも俺たちは普段水を飲んでるが。普通に飲めるし、タダだから」

「タダは大きいですね……。でも、奢ってくれるなら飲んでみたいです!」

「なら、オレの宿に行くか。あそこなら料理もまともだし」

「はい!」

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