021 保存食で稼ごう……?

「あ~~、見落としてたわねぇ……」

「だな。値段しか考えてなかった」

「『良い物なら高くても売れる』なんて、日本でも成り立たないんだから、無理があったな」

 やや遅くなったため、少し早歩きで森に向かいながら反省会をする俺たち。

「最初に需要と客層を考えるべきだったな」

「そうよね。コンビニでデパ地下のお弁当を売っても売れないわよね」

 立地にもよるだろうが、たとえば通学路にあるコンビニなら、確実に売れ残るだろう。

 実家がコンビニのヤツも「場所や天候、季節、客層も含めて、よく考慮して仕入れを決めなければ利益は出ない」と言っていた気がする。

 その時は「へー、そーなんだー」と適当に聞き流していたが、商売はどこの世界でも簡単では無いと言うことだろう。

「どうする? 乾燥ディンドル作り、続けるか?」

「ん~、2人はどうしたい?」

 かかる手間に利益が見合うかどうかだが――

「一番負担なのはハルカだから、決定は任せるが、ちょっとモチベーションは下がったかな」

「オレは干し肉作りを増やすことに一票」

「干し肉は売れないだろ。第一、俺は肉だけは嫌だぞ?」

 そもそも、美味い干し肉になるかどうかすら判らないのだ。

 大量に仕込んだは良いが、出来映えが悲しい物だったらショックが大きい。

「私としては続けた方が良いかな、と思うけど。普通に売るよりも高くなるのは確かだし、モチベーションの方も購入できる携帯食を考えたら、上がらない?」

「……あぁ、爆上げだな」

「……多少のことなら目をつむれるぐらいにな」

 携帯食――俺たちが非常食として持ち歩いているそれは、冒険者が野営するときに普通に食べる食料で、保存性と携帯性の高さに関しては優秀である。

 その代わり、味に関しては劣悪で、そのスバラシイ味はなんとも表現しにくい。

 あえて口にするなら、紙粘土を食べているような気分になった、とだけで言っておこう。

 俺たちは今のところ、泊まりがけの仕事を受けていないため必要としていないが、受けるようになれば何らかの方法を考えざるを得ない。

 それまでに俺が高性能のマジックバッグを完成させれば問題解決なのだが、そう簡単に作れるわけがない。

 ひょいひょいと魔法の能力が上がるほど、この世界は優しくないのだ。

「昼食だけでも自前で用意できればその分お金も貯まるし、取りあえずは3分の1はそのまま売却、後は乾燥させてその半分も売却、でどうかな?」

「俺は構わないが、ハルカは大丈夫か? 昨日もかなり辛かっただろ? 干し肉の方もあるし」

「そうねぇ。辛いと言えば辛いけど、干し肉の方はディンドルの季節が終わるまで塩漬けのままという手もあるしね」

 ハルカの言うディンドルの季節とは、ディンドルが収穫できる期間のことである。

 天候などよって異なるがおおよそ1ヶ月ほど。

 ディオラさんの予想によれば、今年はあと1週間から2週間の間で終わる可能性が高いらしい。

 そうなれば確かに魔力の問題は解決する。

 その代わりに、樽の問題は大きくなる。

 親父さんに譲ってもらう約束は取り付けたが、1週間分の樽があるかどうか、その樽を俺たちの部屋に置けるかどうか、そこが問題である。

「ま、ハルカには魔法を使うとき以外は休んでもらって、それ以外の作業は全部オレたちでやれば多少はマシになるんじゃないか?」

「できるのはそれぐらいしかないか」

「ゲームと違って、スキルポイントを消費して魔法を覚えるってわけにもいかないしな」

 レベルアップでポイントが貯まる、とかなら色々とやりやすいのだが、さすがに邪神さんもそこまでのアフターサービスは提供していないらしい。

 もう一度会えれば聞いてみたいこともあるのだが、愉快犯的なことを言っていたから、多分無理だろうなぁ。

「トーヤは完全に無理なんだよな?」

「そうね。獣人が魔法を覚えるのは難しいというのが常識ね。多分それが魔法の素質の有無なんでしょうね」

「エルフは大丈夫なんだろ? ナオ、水魔法を覚えたらどうだ?」

「うっ……」

 簡単に言うなよ~~。

 すでに覚えている【火魔法】のレベル上げもできてないのに。

 助けを求めるようにハルカを見ると、ハルカは苦笑して言った。

「私の場合、光、風、水、ついでに錬金術も素質を取ったからね。ナオは火魔法の素質は持ってないし、素質を持ってる時空魔法は難しいから、仕方ないんじゃないかな?」

「だよな!」

 さすがハルカ、優しいことを言ってくれる。

 だが、ホッとした表情を浮かべる俺に、ハルカは悪戯っぽい笑みを浮かべ、付け加える。

「でも、覚えられないことはないはずだから、私も含め、一度基礎の魔道書でも買って勉強してみた方が良いかもね」

「……はい」

 いくら何でも「勉強したくありません」とも言えず、俺は素直に頷いた。


    ◇    ◇    ◇


 乾燥ディンドルの販売価格は1つ800レアに決まったらしい。

 1日に収穫できる数が300あまり。100個ほどを自分たち用に確保し、残りを生と乾燥で販売すると、なんと1日10万レア前後も稼げる。

 最初、1人1,000レアしかなくて汲々きゅうきゅうとしていたのが嘘のようである。

 その代わり、俺たち全員、毎日ヘトヘトになるまで働くハメになっているのだが。

 やはり、特にハルカの負担が大きく、俺たちができる部分はすべて受け持っても、干し肉に手を着けられる状態ではなかった。

 初日から10日、俺たちは3度ほど場所を変えて収穫を続けていたが、1日に収穫できる数が200個を下回ったのを区切りとして、ディンドルの採取に区切りを付けた。

 実際にはもう少しの間は続けられそうだったのだが、流石にハルカの疲労が目に余るようになったため、俺とトーヤが半ば強引に決めたのだ。

 収入こそ減ることにはなるが、正直、ハルカも含め、やっと休みが取れることにホッとした表情を浮かべたのだった。


 ゴブリン?

 ああ、出てきましたね、3日目で。

 全く杞憂でしたけど。

 まず強さ。

 多少小賢しいものの、基本的にはタスク・ボアーの方が強いので、大した問題では無い。

 更に人型に関して。

 これまた、全く問題なかった。

 何というか、あんまり人っぽく感じなかったのだ。

 二足歩行して武器のような棒きれを持っているだけ。人に近いというなら、まだニホンザルの方が近く感じる。

 顔の骨格とかが全く違うからか?

 ある意味安心、だが人型に慣れるという意味では失敗。微妙な結果である。

 対人戦の経験を積むために、誰か講師を雇うことを真剣に検討すべきかもしれない。


 ディンドルの季節が終わった翌日からの数日は、仕事は休みにして休養兼、干し肉作りに充てた。

 樽から肉を取りだして水洗い、ザルに並べてハルカが【乾燥】をかける。

 ハルカはそのまま部屋に戻って休息、俺たちは乾燥した肉を袋に詰めてから、ハルカが元気になるまで自主練をする。

 これの繰り返し。

 完全な休養とは言えないが、外に出ているとほぼ常に【索敵】を使っている状態なので、それが不要なだけでも精神的には十分な休養になるのだ。

 自主練に関しても、休み休みで、翌日に疲れが残るような運動強度ではないので、休養と言っても良いんじゃないかな?

 何というか、正直、何もしない不安感の方が強いんだよな。

 トーヤが欠かさず訓練しているのも、きっと同じ思いなのだろう。

 簡単に言えば、「ヴァイプ・ベアーが2匹出てきたらどーすんの?」である。

 多分死ぬ。いや、ほぼ間違いなく死ぬ。

 走って逃げる?

 いや、無理だから。熊、スプリンターだから。

 本気で追いかけられたら、短距離走の世界記録保持者でも勝てないから。

 アレに出会わなければ俺たちも、もーちょっとのんびりと、異世界観光とか楽しめたのだろうか?

 もしくは危機感を持てずに、あっさりと屍をさらすことになっただろうか?

 どちらかは判らないが、今俺たちは生きていて、それなりの生活を送れている。

 つまり、俺たちはそう間違っていない。

 それで良いのだろう。


    ◇    ◇    ◇


「いやー、やっと部屋が広くなったな!」

「そーね。トーヤが調子に乗るから……」

 都合3日、俺たちの部屋を専有していた塩漬けの樽がとうとう無くなった。

 当初の想定をオーバーし、部屋の中は樽で埋まり、俺たちが歩くことすら苦労するほどになっていた。その一番の原因は、言うまでも無くトーヤである。

 最初の数日こそ1日1頭のみにセーブしていたが、ディンドルが終わるまで乾燥作業は放置と決まってからは、近くに居れば脇道に逸れても狩りに行き、2頭になる日もあった。

 しかも、狩ってきた猪はトーヤが自分で処理するものだから、文句も言いづらい。

「これでやっと臭いに悩まされずに済むな」

「ええ。正直ちょっとキツかったわね」

 部屋の中で大量の肉を処理するのだ。

 しかも、処理した肉は塩漬けにされて部屋に溜まっていく。

 いくら【浄化】をかけても、どうしても臭いがするのは避けられなかった。

「でも、結果は上々だろ?」

「それは、そうだけど」

 何かドヤ顔でトーヤが言うが、確かにできあがった干し肉は美味かった。

 そのまま囓って良し、軽く焙って良し、スープに入れてもまた良し。

 親父さんにも評判が良く、樽の代金以外にも多少譲ることになり、結構な金額を手に入れることになった。

 ちなみに、トーヤが最初に少量だけ作った脂付きの評価は、『食べられなくはないが、ない方が美味い』という順当なものだった。

 手抜きをせずに脂を取り除いて正解である。

「だが、美味いのはハルカのおかげだろ? なぜトーヤが得意げ?」

「――たくさん作ろうと決断したオレ、えらい」

「その分私は苦労したんだけど……ま、トーヤも肉の処理を頑張ったんだから、良いんじゃない?」

 視線を逸らしてそんなことを言ったトーヤを、ハルカが苦笑して肩をすくめ、フォローする。

「さすがハルカ、解ってる! あ、そうだ。何かオレ、【解体】スキルが生えてた」

「え、マジ!?」

「ああ。レベル1だが」

「まぁ、頑張ってやってたものねぇ。でも、私たちの中で初めてよね、新しいスキル」

「そうだな」

 ここ半月、結構真面目に訓練や仕事を熟しているのに、俺たちのいずれも、新しいスキルはもちろん、スキルレベルの上昇すらなかったのだ。

「結構やったからなぁ。のべ何十時間も肉と向き合い続けていたぜ、オレ」

「でも、比較的簡単そうな【解体】がレベル1になるのにこんなにかかるなんて……現実は甘くないって事かしら」

「あ! いやいや、待て待て。トーヤ、お前、【棒術】が生えてただろっ!」

 苦肉の策で鉄棒を使い始めて、比較的すぐに生えてきたスキル。

 最近は剣を使っているからすっかり忘れていた。

「――あっ! そうだよ、あったよ、新スキル。使わないから忘れてたぜ」

 はっはっは、とのんきに笑うが、自分のスキルぐらい覚えていてくれ、トーヤ。

「ナオはまだレベル上がってないのよね? 【索敵】とか結構使ってそうなのに……」

「だよなぁ。結構頑張って訓練してるのに、【槍術】も上がらないしなぁ」

 【索敵】は街の外にいるときには、ほぼ常に使っているため、使用時間で言えばダントツである。

 感覚的には最初より使い勝手が良くなっているのだが、レベルの値自体は変化していない。

「動き自体は良くなってるんだから、無駄じゃないでしょ? 普通は数値として見える物じゃないんだから、あまり気にしないで良いわよ」

「……俺、昔、ステータスが可視化できればトレーニングに身が入るとか考えたことあったんだが、見えたら見えたで何の成果も出ていないと言われている気がするな」

「あ、それは俺も思ったことある。ゲームみたいに、スキルごとの経験値表示、あれば良いのにな!」

 おお、それは切実に欲しい。

 自主練していても、本当にこれでいいのか悩むことが多いのだ。

 一応、最初よりスムーズに戦闘が行えるようになっているので、無駄ではないはずだが。

「『スキルレベルはほとんど上がらない』と考えてた方が気楽だと思うわよ?」

 一般的にはスキルが認識されていないので、最高レベルは不明なのだが、魔道書に載っている魔法の最高レベルが10なので、それに倣うなら他のスキルも10ということになる。

 魔法の場合はレベル10の魔法を使える人はほぼゼロで、一生を魔法に捧げてもそこまで到達できないのが普通。

「レベルが低いときは上がりやすいと思うけど、ある程度になったら年単位で必死に訓練しないと無理じゃないかなぁ、とね」

「半月程度で、結果を求めるなってことか」

「最初よりは強くなってるんだから、結果は出てるでしょ? それがステータスに反映されて無くても気にしなくても良いんじゃない? ってこと」

「ま、たまーに確認するぐらいで良いだろ、ステータスは。できるようになったからスキルが表記されるのであって、決してその逆じゃない」

 当然だが、トーヤの解体技術が上がったから【解体】スキルが表記されたわけで、スキルが追加されたから上手く解体できるようになったわけではないのだ。

「ゲームだとレベルアップの段階で強化されるが、ここだと少しずつ上達して、ある一定段階でレベルの値として反映されるんだろうな」

「当たり前と言えば当たり前だが……やっぱりゲームっぽくはないよな?」

「邪神の言うことだしね。でも、ある意味良いんじゃない? ゲームっぽくない方が無茶せずにすむでしょ?」

「あ~~、確かに。経験値とか見えたら、絶対経験値を稼ぎたくなる」

「同感! ゲーマーのさがだよな」

 経験値が見えるのにレベリングをしない?

 あり得ないでしょ。

「現実には死に戻りなんて無いからね。あなたたちの性格を考えると……私は邪神に感謝すべき?」

「いやいや、流石に自分の命がかかっていればやらないって」

「本当に? 『もうちょっとでレベルが上がるから、あと少しゴブリンを狩ろうぜ!』とか言い出さない?」

 俺はトーヤに視線を向ける。

 交わる視線。

 繋がる心。

「…………ところで! 明日からはどうするんだ?」

「露骨に話を逸らしたわね……」

 いや、だって!

 そう言っている俺、もしくはトーヤの姿が目に浮かんだんだよ!

 ゲーマーなら欲が出ても仕方ないよな?

 多分、9割のゲーマーから賛同を受けられる意見だと思う。

 適当だけど。

「まあ良いわ」

 少し呆れたようにため息をついたハルカは、表情を改め、少し躊躇ためらいながら真面目な顔で口を開いた。

「明日――もしくは数日中に、この街を出たいの」

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