013 初めてのお仕事 (5)

「――さて」

 部屋に入って暫し。おもむろにハルカがお金の入った袋を取り出すと、それを上に掲げ、にっこりと笑った。

「無事に約18,000レア、稼ぐことができました! はい、拍手!」


 パチパチパチパチ!


 俺たちもその袋を見上げ、2人して盛大に手を叩く。

「これで俺たち、この世界でも生きていけるな!」

「ああっ! これはオレたちが稼いだんだもんな!」

 もちろん、これだけの金額で暮らしていけるわけではない。

 それでも自分たちで稼ぐことができると証明されたのは、非常に安心できる。

「あー、オレ、なんかすっげー嬉しい。というか、感動? 社会人が初任給貰った時とか、こんな感じなのかな?」

 満面の笑みでトーヤが歓びをあらわにしているが、おそらく俺も似たような表情だろう。

 こちらに来てから硬い表情が多かったハルカも、今は笑顔で報酬の入った袋を抱えている。

「私もバイトとかしたこと無いからよく解らないけど、ここまでの達成感はないんじゃない? こっちは命が掛かってるからね!」

「そういえば、俺もこれが初めての給料なのか……。今まで稼いだお金なんて、親の手伝いで小遣い貰っただけだからなぁ」

 俺たちの高校は基本的にバイト禁止だったので、俺たち3人とも働いたことが無い。

 なので、ある意味これが初任給とも言えるんだよな。

「しかし、予想外に稼げたよなぁ。一日で18万円ぐらいだろ? 3人で一日1,000レアあれば暮らしていけるから、そんなに苦労しないんじゃないか? 案外こっちの世界、らくしょーかも?」

 ほえほえとした表情のままトーヤがそんなことを言うが、それと訊いたハルカは急に表情を厳しくした。

「甘い! トーヤ、甘すぎるよ! その計画性のなさが生死を分けるのよ!」

「そ、そうなのか?」

 非常に強くハルカに否定され、トーヤがオドオドとした表情を浮かべて訊ねる。

 それに大きく頷き、ハルカは説明する。

「まず、この世界に社会保障なんて無い! 失業保険も、傷害保険も、社会保険も、健康保険も、生活保護も無い! 怪我して働けなくても誰も助けてくれないし、年を取っても同じ。年金なんて無いんだから、それまでにお金を貯めて、家を買うなり、農地買うなり、ライフプランを考えておかないと後悔することになるのよ!!」

「お、おう……」

 ハルカの力の入った説明に、たじたじのトーヤ。

「いや、ハルカ、言いたいことは解るが、それは夢が無くないか?」

 さすがに可哀想なので、俺もフォローしてみるが、そんな意見はハルカにばっさりと切られた。

「夢? それって食べられるの? 私は嫌よ、街の片隅でやせ細ったあなたたちが野垂れ死んでいくのは」

 さらっと自分を除外しましたね、ハルカさん。

 いや、まぁ、ハルカなら何とかしそうだけどさ。

 女性の方が現実的というのはホントなのかもなぁ。

「私も別に夢を追うのは否定しないわよ? トーヤが獣耳のお嫁さんもらうのも、獣耳ハーレム作るのも。でも、それは生活の保障があってこそ。順番を間違えちゃいけないわ。いい!?」

「「はい!」」

 このハルカには逆らっちゃいけない。

 俺たちは視線で通じ合うと、2人してこっくりと頷いた。

「よろしい! 実際、一線で活躍できる期間はそう長くないわ。30代になれば体力は衰えるし、40代ならなおさら。理想はあと20年程度で、その後の40~50年分の生活費や医療費を貯めることね」

 うわーお。

 想像以上に夢がないぞ?

「私とナオはエルフだからもっと働けるだろうけど、その分老後も長いし、安全を考えたらトーヤが抜ける前に十分以上の資金を貯めたいわね。トーヤもお嫁さんを貰うなら2倍、ハーレムなら数倍は稼がないとね!」

「そう言われると、大変そうだなぁ……。引退後に食い扶持を稼ぐ方法、考えるべきか? オレ、嫁さん貰えるのかな? そもそも老後、オレ一人でも生活できるのか?」

 目を輝かせて『獣耳の嫁さんを貰うんだ!』と語っていたトーヤが、一転、死んだ目をしている。

 これが定職を持たぬ故の不安感か。

 『自由』ではあるが『責任』はすべて自分にかかる。

 いや、セーフティーネットがないのだから、失敗して行き着く先は、スラムか、奴隷か、死か……。

「なぁ、一般的冒険者って、そのあたりどうなんだ?」

「え? 一般的? えーっと、……聞きたい? 後悔するかもよ?」

 俺がそう聞くと、ハルカはちょっと視線を逸らして、言葉を濁す。

「いや、むしろそんな言い方されると気になるって。言ってくれ」

「そう? では……。一般的冒険者に老後はありません!!」

「はい?」

 どーゆーこと?

 生涯現役とかそう言うアレ?

「老人になる前に死にます!」

「……マジで?」

「うん。マジで」

 マジで夢がねぇ!!

 ある程度成功した冒険者であれば、貯めたお金で悠々自適な老後だったり、村で家と農地を入手して農作業をしながら暮らすという生活を送れる。

 才能がない冒険者の場合は淘汰され、依頼中に死んだり、お金がなくなって奴隷やスラムへ。

 要領の良い冒険者は適当なところで何らかの定職を見つけて就職、冒険者からドロップアウト。

 生活に困らない程度に程々に稼げる一般的な冒険者は、逆に止め時をつかめず、体力が衰えてもずるずると続け、結果として身体が付いていかずに死亡。

 そんな感じらしい。

「そんなわけで、私たちが目指すのはある程度以上の成功。――まぁ、一般的冒険者の稼ぎでも、さっきのトーヤみたいにのんきなことを考えなければなんとかなると思うけどね」

「いやいや、ハルカみたいに堅実なのは少数派だって」

 むしろ大半の若者は計画性がない。

 老後の資金も貯めながら、自分の稼ぎの範囲で生活することができるなら、あんなに消費者金融やカードローンのCMが氾濫していないはずである。

 きっと『俺はそのうちもっと稼げる!』とか安易に考えていると、ハルカの言う『一般的冒険者』になってしまうのだろう。

「ま、そんなわけだから、今現金があるからと安易に使うのは禁止ね。しばらくは私がお財布を預からせてもらうけど、文句ない?」

「そう、だな。多少小遣いは欲しいけど、俺は構わないぞ。なぁ、ナオ」

「ああ。少なくとも余裕ができるまではそれで構わないぞ。――そのうち、自分でライフプランを考えるべきなのかなぁ」

「ふふっ。エルフだから前世とはかなり違うことになると思うけど。良かったら一緒に考えましょ」

 そう言ってハルカは笑った。


    ◇    ◇    ◇


「ところでさ、俺たちの貰ったスキルの中で【看破】と【鑑定】だけ、何か異質じゃないか?」

 軽い水浴びと食事を終えた後、寝るまでの時間、雑談をしていて、ふとそんなことが気になった。

「異質って、なにがだ?」

「なんというか……あまり上手く言えないんだが……」

 他のスキルは修行等で身につけた能力を数値として表していると理解できるが、この2つだけ――厳密に言うなら【ヘルプ】もだが――他のスキルと少し異なる気がする。

 本来、知り得ない情報がAR表示で見えるのだ。

 自身のステータスもAR表示で見えるが、これはキャラメイクした内容を把握するため、邪神がサービスで付けてくれたと思えば、まだ理解できる。本来知っている情報を表示しているだけなのだから。

 それに対し、【看破】はステータスを、【鑑定】はアイテムデータをどこからか引っ張ってきて表示する。

 邪神が言ったように『レベルのあるゲームのような世界』が正しければ、さほどおかしくないようにも感じるが、この世界の常識ではステータスの確認はできないし、存在自体知られていない。アイテムデータもまた同様である。

 俺たちだけにサービスとして付けたスキルと考えるには、邪神の『チートなんか無い』という言葉が引っかかる。

 まさにこのスキルはズルチートではないだろうか。

「うーん、単純に考えるなら、知られていないだけでこの世界はスキル制であり、【看破】や【鑑定】のスキルも習得可能。AR表示とかがあるのも普通、ってのはどうだ?」

「ふむ。酸素発見前にも酸素はあったし、天動説の時も地球は動いていたと」

 それなら確認方法が見つかれば、能力値や経験値が把握できるようになるのだろうか。

「だが、そもそも【鑑定】で情報が分かるってどういうことなんだ? アカシックレコード的な物があって、そっから情報を引っ張っているのか?」

「おいおい、ゲームシステムに疑問を持つなよ」

「いや、ゲームじゃねぇし!」

 オーバーアクションで肩をすくめ、首を振るトーヤに俺はツッコミをいれる。

 いや、それともゲームシステムのような物と認識した方が良いのか?

 でも、『ゲームのような』って言ったのは一応、『邪神』だしなぁ……。

「もしかすると、外付けの【異世界の常識】的な物じゃない?」

 俺が首を捻っていると、ハルカがポンと手を叩き、そんなことを言った。

「……ん? どういうことだ?」

「つまり、【鑑定】を取ることで、一定の知識を勉強したと見なし、その範囲であれば知識を持っている。その知識を引き出したとき、解りやすいようにAR表示している、とか」

 ……えっと。

「すまん、解らん!」

 きっぱりと言ったトーヤに、ハルカはちょっと考えて口を開いた。

「つまり、外部参照じゃない――あ~~、実用面で言うと、いくら【鑑定】を使ってもレベルは上がらないし、今まで【鑑定】できなかった物ができるようになったりもしない。【鑑定】できる物を増やすには、普通に図鑑などを読み込んで勉強するしかないんじゃないかってこと」

「……あぁ、なるほど。つまり、鑑定レベルは『英語検定 2級』みたいな物で、1級にしたければ勉強しろってことか」

「そういうこと。で、覚えていることを、即座に間違いなく引き出せるあたりがスキルの能力じゃないかと」

 例えるなら、単語帳を一度記憶すれば、英文を読んでいるときに特定の単語を調べたいと思えば、ARで英単語帳の該当項目が表示される能力って感じか。

 ある種、記憶力増強系スキルみたいな物で、それだけでもかなり便利だが、それならチートという感じではなくなるな。

「じゃあ、【看破】はどうなんだ?」

 薬草の種類などと異なり、図鑑を読んで勉強してどうにかなるものではない。

「うん……ナオは使ってみた?」

「ああ、ギルドで多少」

 大半の人は強そうと言うことしか解らなかったが、一部に関してはスキルも表示された。

 【鑑定】がアカシックレコード的な物じゃないのなら、こっちはどうなるんだろう?

「こっちも単なる予想なんだけど、【鑑定】と同じように考察するなら、実は【看破】で表示される情報って、正しくないのかも」

「……はい?」

 なら、何のためのスキルやねん?

「つまり、いろんな情報から、例えば『この人は剣をレベル2ぐらいで使いそう』と判断して、それを表示しているだけなんじゃないかな?」

「――自分自身の勘とか、知識とか、経験を文字化しているだけ?」

「そう。剣を持っている、手にタコがある、体重移動が熟練の戦士の物だとか、私たちが経験を積むことで判断できる物をスキルの能力で文字化している、とか?」

 そう言って「もちろん、どちらも単なる予想に過ぎないけどね」とハルカは付け加えたが、良いところを突いているんじゃないだろうか。

「う~む。邪神さん、ゲームみたいな世界って言ったわりに、そういった要素、とことん潰してきてないか?」

「だよなぁ。能力値も経験値も確認できないし。キャラメイク以外、あんまりゲームっぽくないぞ?」

「まぁ、そのキャラメイクのおかげで、私たちが何とか生活できそうなんだけどね」

「おう、それもそうだな。元の身体のまま連れてこられてたら、今日の猪で死んでいた可能性もあるわけだし」

「ある意味、邪神さんに感謝すべきなのかもね?」

 ハルカのその言葉に俺たちは顔を見合わせ、互いになんとも言えない笑みを浮かべる。


 やっぱ地雷があるだけに、素直に感謝はしにくいんだよなぁ。

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