S001 夕紀と那月 01

 強い光に慌てて目を閉じる。

 数秒後、恐る恐る目を開けると、そこはどこかヨーロッパの路地裏を思わせる街並みだった。……テレビの旅番組で見た。海外旅行、したことないし。

 ふぅ、と息を吐き、周りを見ると側に立っていた人と目が合う。

 少しだけ印象が変わっているものの、十二分に私の友人の面影を残したその顔。

「那月?」

「夕紀? ――よかったぁぁぁ~~。一緒になれましたぁ」

 ホッとした、そして少し泣きそうな顔で抱きついてくるその人を私も抱き締める。

 バスで隣に座っていたから、きっと近くに居るはずと、そう期待して側の人魂に引っ付いて良かった!

 こんな所に一人で放り出されたら、正直、心細くてたまらないよぉ~~~。

「よかったぁ。ホント良かったです……。悠は……いませんよね?」

「うん……席、離れてたから……」

 普段からあたしと那月、悠は3人で居ることが多かった。

 那月とは小学校から、悠は高校に入っての知り合いだけど、何となくフィーリングがあったので、すぐに仲良くなったのだ。

 ……悠は尚や知哉と遊ぶことも多かったから、やっぱり一番仲が良いのは那月だけど。

 くっ! リア充め! イケメンを2人も独占しやがって! 爆発しろ!

「夕紀? どうしました? 悠がいないから不安?」

「あ、ううん。大丈夫。大丈夫」

 むしろ自分が不安そうな顔で私を覗き込んでくる那月に、あたしは慌てて首を振った。

 ふぅ。危ない。暗黒面に落ちそうだったぜぃ。

 でも悠はどっちが本命なんだろ? なんとなーく、尚の方に距離が近い気がするけど……。

「ねぇ、悠って、尚と知哉、どっちが本命だと思う?」

「ええっ! それって、今考えることですか!?」

 おっと、そうだった。つい。

「うーん、知哉くんでしょうか? なんとなく、対応に遠慮がない気がします」

 それでも答えてくれる那月、大好き。

「えー、でも遠慮なさ過ぎじゃないかな? 好きな人だともうちょっとこう……なにか……」

 恋愛経験値が少なくてよく解らないけど、ツッコミとかキツい気がする。

 好きな人相手だと、もうちょっと遠慮しそうだけど……。

「そこはほら、素直になれない乙女心とかですよ」

「乙女心……」

「そう、乙女心。……悠に、乙女、心。う、ん? 何か違うかも」

 なんだか微妙な表情になって首を捻る那月。

 悠って可愛いし、女子力も高いんだけど、あんまり乙女って感じじゃないんだよねぇ。

 少なくとも私たちの知っている範囲だと。

 どっちかと言えばカッコイイ系の女子。女子にもてるタイプ。

 幸い、尚たちと仲が良いから、あんまりそっち系の女子は寄ってこなかったけどね。

「って、違います! 今そんなガールズトークしている場合じゃありませんよ!」

 おっと、そうだった。

「――いやいや、那月に平常心を取り戻してもらおうとしてだよ、うん」

「そんな感じじゃなかった気がしますが……まあいいです。それより近くに他の知り合いは……いないみたいですね」

 軽く周りを見回しても、知り合いはおろか、現地の人らしき人もいない。

「表通りに移動して、どこかのお店に入って相談しましょ」

「それは良いですが……大丈夫でしょうか?」

「ふっふっふ。安心して! 私、【異世界の常識】を持ってるから!」

 キャラメイクの最後に5ポイント余って、どうしようかと思っていたら良いのがあったんだよね。

 外国に行く以上の異文化コミュニケーションになるんだから、きっと役に立つはずと思って、取ったのさ!

 おかげでどういう振る舞いをしたら怪しまれないかも解るし、喫茶店……というか、食堂なんかの物価もバッチリ。

「いえ、それを選んだのはナイスだと思いますが、そうでは無くて、お金」

「……あ。くっ! しまった」

 物価が解っても、お金がなかったら意味が無いじゃん!

 こういうときは――。

「そう! 何か売って――」

「なにをですか?」

 そう言って両手を広げる那月。

 その服はこのあたりの平民が着るような、ある意味粗末な布の服。荷物は何も無い。

 おかげで目立つことはないだろうけど、元の世界の物を売って資金を得ることもできない。

「せめて服だけでも元のままなら、ポケットに手鏡とか、売れそうな物もあったのに……」

「ポケット……あ、夕紀、この服、ポケットに何か入っていますよ!」

 そう言って那月が差し出したのは数枚の硬貨。

 慌ててあたしもポケットを探ると、同じ硬貨が10枚出てきた。

「これ、大銀貨だ! えっと……およそ1万円分ぐらいあるから、食堂に入るには十分だよ! 普通の食べ物の物価は安いからね!」

 牛丼1杯分ぐらいの値段で普通に食事ができる。

 逆に高級品は凄く高いけど。

 流通が発達していないから。

「じゃ、早速行くよ! 那月。お茶しながら作戦会議だ!」

「――ちょっと待ってください」

 歩き出そうとした途端手を引っ張られ、蹈鞴たたらを踏むあたし。

「いきなり食堂とか入って大丈夫ですか?」

「一応、【異世界の常識】があるから変なところに入ったり、ぼったくられたりはしないと思うけど?」

「いえ、そうでは無く。お金。2人合わせても2万円? それだけしかないんですよ? 収入が得られるまでなんとかなりますか? 衣服……は涙をのんで我慢しましても、宿泊と食事は必要でしょう?」

「………そうだった」

 元の世界と比べ、相対的に宿泊費や食費は安く済むにしても、大銀貨20枚ではギリギリまで切り詰めても10日も保たない。

 宿代と食事だけでもそうなのだから、他に必要な物が出てくれば余裕はもっと無くなる。

 そのあたりを実際に物価などを含めて那月に説明すると、那月は渋い顔で大きくため息をついた。

「これは、どこかのお店で腰を落ち着けて相談、とかしている場合じゃありませんね。安全そうな場所ならどこでも良いですから、そこで相談しましょう。ここは、路地裏みたいですから少し不安です」

「うん、そうだね。まぁ、路地裏って言ってもそう危ないところじゃないと思うけど、取りあえず表通りに出よっか」

 見た感じ、スラムなんかではないから、いきなり襲われたりするほど危なくは無いと思うけど、人目が少ないことは確か。

 あたしは那月の手を引いて表通りっぽい方向へ歩き出した。


    ◇    ◇    ◇


「そうですね、まずはどのようなスキルを取ったかを話し合いましょう」

「うん、そうだね!」

 どうやらあたしたちが転移してきたこの街は、川辺に作られた小さな港町みたい。

 街の一辺が川に面し、そこに港が作られていた。

 その港と街までは少し離れていて、その間は広場のようになっている。

 多分、増水時の緩衝地帯じゃないかな?

 あたしと那月が相談の場所に選んだのは、そんな場所。

 会話を他人に訊かれたくないけど、人目に付かない場所に行くのは不安。

 ここなら見通しが良く、人が近づいてきたら解るし、他人にも見える。

 その上、2人で座っていれば川を眺めているだけに見えて、そんなに不審じゃない。

 悪くない選択だよね。

「それで、どうすればスキルを確認できるのですか?」

「えっとね、まず、この世界の人はスキルを認識してないの」

「……え? 私たち、スキルを取りましたよね? なのに?」

「うん。あたしの【常識】ではそうなってる。あれかな、人生途中で転移するから、邪神の人が才能を選ばせてくれたのかも?」

 元の世界には魔法なんてないし、逆にこっちの世界では役立たない技能もある。

 そのままのスペックで転移させられると、スポーツを頑張っていた人と、英語をひたすら勉強していた人、明らかに前者が有利すぎる。英語を使えたところでこの世界では何の役にも立たないのだから。

 それを考えて、能力の割り振りをスキルの取得という形でやり直させてくれたのかも知れない。

「しかし、それは困りましたね。スキル、全部は覚えてないんですが……」

「あたしは大体覚えてるかな?」

 【スキルコピー】のせいでほとんど取れなかったからだけどね。

「私は……【ヘルプ】とあと半分ぐらいは覚えてますが……あ、ちょっと待ってください……なるほど」

 突然そんなことを言った那月が、少し視線をさまよわせて納得したように頷く。

 「なるほど」とか言われても解らないんだけど。

「どうしたの?」

「夕紀、ステータス、って言えば良いみたいです」

「え? 何で?」

 あたし、そんな知識無いんだけど。

 なんで那月が解るの?

「私は【ヘルプ】を取りましたから。これは、多少のアドバイスも貰えるスキルですから――って、と言うことは、夕紀は【ヘルプ】を取ってないんですか!?」

「う、うん」

 急に顔色を変え、慌てたように言う那月。

 あれ、20ポイントも必要だったし、キャラメイクの時にしか使えないと思ったから、即座に対象外にしたんだけど。

 今、那月がやったみたいに、こちらに来てもアドバイスを貰えるのは確かに便利そうだけど、あたしには【異世界の常識】があるんだし必要ないよね?

「夕紀、良いですか? スキルの中にはすっごく危ない物ありますから。間違っても、【スキル強奪】とか【スキルコピー】とか取ってませんよね?」

「………」

 バッチリと。

 え、なに? これってヤバいの?

 【異世界の常識】もあるし、【スキルコピー】もあるから、この世界でもなんとかなるさ。

 那月も守ってあげるよん。

 とか思っていたあたし、実はすっごいピンチなの?

 那月の顔を見るに、すっごいマジっぽい。

 自分の顔から血の気が引いていくのが解る。

 ヤバい、ちょっと目眩が。

「夕紀、落ち着いて。まずはステータスでスキルを教えてください」

「う、うん。『ステータス』。――あれ?」


-------------------------------------------------------------------------------

 名前:ユキ

 種族:人間(17歳)

 状態:健康

 スキル:

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 ステータスっぽいものは表示されたけど、スキルには何も表示されない。

「ねぇ、スキルは表示されないんだけど?」

「……え? そんなはずは……え? 私のスキルも消え……戻った? バグ?」

 そう那月が言った瞬間、あたしのスキルも表示される。

 何かウェブサイトの読み込みに時間がかかったみたいに。

 那月の方もちょっとおかしくなったみたいだし、なんか神様ネット的な物の回線でも細いのだろーか。

「これは、もしかすると……。となれば、最初にやるべき事は……うん。そうですね。まず、ユキのスキル教えてくれますか?」

「えっとね――」

 ステータス画面を直接見せることはできないみたいなので、それを読み上げていく。


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 【スキルコピー】   【異世界の常識】   【魔法の素質・土系】

 【魔法の素質・火系】 【魔法の素質・水系】 【魔法の素質・時空系】

 【土魔法 Lv.1】    【頑強 Lv.1】     【看破 Lv.1】

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「なんだか、疑問のあるスキル構成ですが、他に危ないスキルはないみたいですね」

 あたしがスキルを伝え終わると、那月はちょっとホッとしたように息を吐いた。

 それを聞いて、あたしもホッと胸をなで下ろした。

 危ないスキルばかりと言われたら、本気で絶望するところだったよ。

「【スキル強奪】ではなかったので助かりました。コピーの方なら使い方次第ですから」

「だって強奪って泥棒みたいだもの。コピーもちょっと良心は咎めるけど、まだマシかなぁ、って」

 凄く便利そうだなぁ、とは思ったけど、人の努力や才能を奪ってしまうのってやっぱりちょっとね。

 強奪の方が必要ポイントが低いだけに、かなり心が揺れたけど。

「よかった。夕紀のその良心が命を救いましたね」

「……そうなの?」

「ええ。あとで詳しく説明しますから、【スキルコピー】は絶対に使わないでくださいね?」

「そこまで言うなら使わないけど、今じゃなくて、あとなの?」

 命を救ったとかそこまで言うなら、すぐに説明して欲しいんだけど……。

「それより先にやるべき重要な事があります」

「ほう?」

 真剣な顔で言う那月に釣られ、あたしも真面目な顔で聞き返す。

「まずは、1時間ほど、街の大通りを散歩します」

「――はい? え、散歩? 聞き間違いじゃなく?」

「ええ、散歩です。あとで説明しますから、取りあえずは私を信じてもらえませんか?」

 間違いじゃなかったらしい。

 この状況で散歩が重要とか、何を考えているの?

 言ったのが那月じゃなかったら、絶対無視していたよ、ホント!

「解った。あたしは那月と一緒に歩けば良いの?」

「はい。せっかくですから、この世界の常識について話しながら歩きましょう」

 ニッコリと嬉しそうに笑う那月に促され、あたしたちは本当に1時間あまり、街中を散歩することになったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ――とある男。


 視界が戻った瞬間、俺は素早く周りを見回す。

 どこかの広場。いかにも異世界という街並み。

 俺は慌てて路地裏に飛び込み、物陰に身を潜めた。

 異世界で成り上がるには、はっきり言ってスタートダッシュが物を言う。

 それもクラスメイトに見つからないようにして、如何いかに上手くやるか、だ。

 だってそうだろう?

 チートスキルを持っているクラスメイトは、どう考えても危険な相手だ。

 中でもヤバいのは、【スキル強奪】だろう。

 せっかくポイントを使って得たスキルを、ごっそり奪われるのだから。

 【取得経験値2倍】は欲しかったが、強奪を取るとポイントが足りなかったし、便利そうなだけにクラスメイトで取る奴もいるだろう。

 そいつから上手く奪えれば何の問題も無い。

 外見関係もスキルになっているわけだから、それらを奪って美形になることも期待できる。

 外見がスキルとか意味が分からないが、取れるんだからそういう事なんだろう。

 だからこそ俺は全ポイントを使って【スキル強奪】を選んだ。

「一番のターゲットは、やはりクラスメイトだろうな。今なら近くにいるはずだ」

 有用なスキルを持っていることはほぼ確実だが、時間が経つとどこか別の街に移動する可能性もある。

 あたりの人物から無差別に奪ってやっても良いが、強奪のようなチートスキルが何の制限もないとは考えにくい。

「説明にはなかったが、可能性としては……抵抗される可能性があって1人には1回のみとか、1日に使える回数の制限とかか?」

 だとするならば、無駄には使えない。

 こちらが使えない時に、強奪持ちのクラスメイトに出会いでもしたら終わりだ。

 集めたスキルをすべて奪われる恐れすらある。

「方針としては、クラスメイト優先で使っていくのが正解か」

 ほぼ確実に有益なスキルを持っているのだから、ボーナスキャラみたいなものだ。

 しかも、下手をすれば他のクラスメイトと奪い合いになるし、一度しか出現しないあたりもそれっぽい。

 本当はすぐに探しに行きたいところだが、俺自身が先に見つけられる可能性があるなら下手に動けないよな。

「近くに転移してきているなら、人通りの少ない路地裏は歩かず、この広場のような所に来る可能性は高い。今は待ちだ」

 そう小さく呟いて物陰からあたりを観察すること、数十分。

 十数メートル先に見覚えのある女が2人現れた。

 あいつらは……紫藤と古宮か。

 よく東と3人でつるんでいるグループで、男子の中でも人気が高い女子達。

 東と古宮が美人系、紫藤がかわいい系だが、その中でも東はちょっといないレベルだから、仲の良い神谷と永井は男子からのやっかみが酷い。

 まぁ、2人とも人当たりが良いだけに、本気でハブにされることはなく、からかいレベルでしか無いんだが。

 だが、異世界に来たとなれば、状況は変わってくるよな。

「東がいないのが残念だが、ちょうど良い。最初はあいつらからやるか」

 はっきり言って、スキルが無くなれば、この世界で生きていくのはかなり厳しいはずだ。

 そうなった時に優しい言葉でもかけて、助けてやればいい。

 これから俺はドンドン強くなる。

「俺に依存させればこっちのもんだ。ここは日本じゃねぇんだから、ゆくゆくは奴隷も買って……ふひひ」

 スキルの使い方は感覚で分かる。

 2人を見つめてスキルを行使。

 ――直後、俺の意識は闇に包まれた。

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