忍び寄る悪意

第21話~中級魔術師総隊長の指示

 スタスタと早歩きで足を進めるジェス。彼の表情は、少し緊張していた。

 すれ違う者には軽く頭を下げ、目的の部屋に向かう。その者達は、チラッとジェスを見ていた。普通ならジェスはここにはこない。


 ジェスが今いるのは、魔術師の館の三階だ。


 この館の一階は魔術師達が集う場所で、ちょっとした連絡受付などがあり、二階には会議室など、部屋がいくつもある。

 そしてジェスがいる三階は、魔術師上層部の部屋がある。中級魔術師と言えど、若いジェスがいる場所ではなかった。


 ジェスは、中級魔術師総隊長に呼ばれ向かっていた。普通は、直接会って話す事などジェスの立場だとない。

 妖鬼の件ではないはずだ。ジェスは処罰されなかったのだから。

 一体自分は何をしたのだろうと思い、総隊長の部屋の前に立つ。


 「はぁ。緊張するな……」


 一度深呼吸して、ジェスは扉をノックする。


 「あの、ジェスです」


 「入りなさい」


 ジェスは、失礼しますと扉を開け入室した。


 部屋を入ってすぐ右手には、ディスクがあった。

 そこにジェスを呼び出した、中級魔術師総隊長のアルドヘルムは、座っていた。彼は何かを小さな木箱にしまうと立ち上がった。


 「そちらへどうぞ」


 アルドヘルムにしたら正面、ジェスからは左手にある応接セットに促される。豪勢なソファーが向かい合わせにセッティングしてあり、これまた豪勢なテーブルを挟んでいた。色は黒。シックな感じだ。


 言われた通りジェスは、そのソファーに腰を下ろす。その向かい側にアルドヘルムも腰を下ろした。


 アルドヘルムはジッと、髪の色と同じ緋色の瞳でジェスを見つめる。

 ジェスは一気に、緊張感が高まる。


 「こんなお願いを私からするのは卑怯な気がするのだが……」


 そこまで聞いて、自分が何かしでかした訳ではなかったとジェスは安堵する。


 「ディルクの面倒をお願いしたい」


 「は?」


 つい間抜けな声がジェスから漏れた。

 何故ここでディルクが出て来るのか。しかも何故、総隊長であるアルドヘルムがそんな指示をだすのか。ジェスは混乱していた。


 本来は小隊が組まれ、さらにその中で班が組まれるので、そういう指示は小隊長がする。今ジェスが所属しているのは、第十七小隊でディルクと一緒だ。そして、ほぼ彼と班が一緒だった。勿論、ディルクの面倒を見る為である。


 ディルクは、能力が高いが人に合わせるのが苦手で、しかも相手は全員年上だ。

 中級魔術師ともなれば、三十代以上が大半で、ジェスでも若いにのにそれより下なのだから面白くないだろう。


 その為、ちょっとした事で言われ、ディルクはその倍で返す。口が達者なのですぐに喧嘩になるのだ。その度にジェスが間に入る役割だった。


 そしてとうとう何か大きな事を起こしたらしい。中級の一番トップ直々に言い渡された!


 「あ、あの……ディルクは一体何をしでかしたのでしょうか?」


 そう問うジェスの声は震えていた。


 妖鬼の件は何とかなったというのに、一体何をしたんだという所だ。

 レネとマティアスク以外お咎めなしとなった。と言ってもレネは、初級魔術師に格下げになっただけですんだ。

 マティアスクは、村長を下ろされ代わりに補佐だったソイニがその地位に就く事になった。なのでリズも無事、下級魔術師になれた。


 「いや特に何かしでかした訳ではないんだが……」


 そう言って、アルドヘルムはジェスにお願い事を話し始めた――


 下級魔術師になった者は、二、三日、講習を受けた後、直ぐに仕事を任される。その一番初めの仕事は、中級魔術師が一緒について、彼らの仕事のサポートをする。

 サポートと言っても、『見届け人』として見守るだけ。余程でなければ、口も手も出さない事になっており、彼らの仕事ぶりを報告するのが役割だ。


 今回、下級魔術師になったリズが仕事始めとなった。勿論、誰かが見届け人として、ついて行く事になるのだが、それにディルクが見届け人としてついて行くと言い出した。

 そう言うだろうと、小隊長も手を打ってあった。

 下級魔術師に降格になったレネを同じ班にした。二人だけの班だが、レネは中級魔術師の実力があるので問題はない。そうディルクを説得するも失敗した。


 彼は事もあろうに、今ジェスの目の前にいる中級魔術師総隊長であるアルドヘルムに直談判じかだんぱんに行くと言い出し、小隊長ともめにもめた。

 本来なら家族が、見届け人としてついて行く事は認められない。


 困った小隊長は、アルドヘルムに相談した。なんとそれが昨日の夜だった!


 見届け人としてディルクが行くとなれば、誰かをつけなくてはいけない。家族の彼だけではダメだからだ。だが、ディルクと一緒に行ってもいいと言う奇特な者などいない。頼むとしたらジェスだけだ。


 だがジェスは、休暇を取っていた。色々あったので、自主的に謹慎的な意味もある。

 だからこうなっていた事は知らなかったが、そうなるだろうとは予測はしていた。ただ、ここまでとは考えてはいなかった!


 「はぁ……」


 話を聞いたジェスは、大きなため息をつく。

 もしかしたら行く事になるかもしれないとは思っていたが、まさか総隊長に呼び出される事にまでなるとは想像もつかなかった。


 「で、急で悪いが、お願いしたい。これが指示書。で、こっちが仕事内容だ。悪いが一緒にお願いしたい。あ、時間は知っているか? 午後からだ。急いでほしい。本当は昨日お願いしようと思ったのだが、こちらも色々忙しくてな」


 「え! 午後!?」


 時間を聞いてジェスは驚いた。すぐに戻って支度をしなければ、間に合わない!


 「わかりました。お手数をお掛けしまして申し訳ありません」


 テーブルに置かれた書類を手に持ち、ジェスは立ち上がると深々とお辞儀をした。


 「宜しく頼む」


 「はい」


 ジェスは力強く返事を返すと、失礼しますと部屋を出た。


 スタスタと歩くジェスだが、総隊長の部屋に向かっている時とは違って、歩き方が力強い。


 「なんで僕が、ディルクの事で謝らなくてはいけないんだ!」


 ジェスは頭にきていた。わかってはいる。ディルクがかなりのシスコンだって事は! リズの事になれば引かない。

 けどルールぐらいは守ってほしい。レネも一緒なのだから心配ないだろう。


 ジェスは、これからのリズの仕事の事を思うと、ため息しか出て来なかった。ディルクが手も口も出すのは、目に見えていた。それを止めるのが自分の役目だからだ。


 「本当に勘弁してほし……った!」


 ドンっと人にぶつかった!


 T字になっていて、ぶつかって倒れそうになった手をグイッと引っ張られ、ジェスは転倒は免れた。


 「すみません。ありがとうございます」


 「おや、ジェスさんではありませんか……」


 「え? あ、何でここにゼノさんが?」


 ぶつかった相手はゼノだった。彼は研究者だ。

 村に来た時は、白い魔術師の服だったが、今日はどちらかというと動きやすいポケットがいっぱいついた服装をしていた。色も黒っぽい。


 格好が全然違ったので、声を掛けられるまで、ゼノだとジェスは気が付かなかった。


 「この通路で、研究室の棟と繋がっているのです」


 後ろを振り向き、ゼノはそう言った。

 研究室がある研究室の棟は、魔術師の館のすぐ隣で玄関の真裏に建っていた。こちらの建物には、一般の魔術師が立ち入る事はない。


 「繋がっていたんだ。知らなかった……」


 「私としては、あなたがここに居る方が驚きですがね」


 「ですよね……。はぁ……」


 ゼノの言葉にジェスは溜息で返す。その様子に、ゼノは眉を顰める。


 「どうしました? 何かありましたか?」


 普通はこんな所に居ないのだから、呼び出しをくらったのは説明をしなくてもわかる。しかも総隊長クラスに呼び出されたのだ。


 「それが、リズの仕事始めにディルクがついていくと言い出して、そのせいで何故か僕が総隊長に呼び出されて……」


 別に話さなくてもいい。けどジェスは、誰かに愚痴りたかった!

 気心が知れた相手でもないが、口は堅いだろう相手。


 「あなたも大変ですね。総隊長に呼び出されるとは。では今回は三人で行かれるのですね」


 「いえ、レネも一緒です。それだけが救いです」


 レネもまた、ディルクの面倒を見ていた。ただ彼女の場合、マティアスクの孫という事もあり、ジェスとはまた違い、いずれS級になる実力者として扱われていた。なので押し付けられる様な事はない。


 「おや、そうなのですか。でもまあ、気心が知れた同士でリズアルさんも緊張せずに初仕事出来るのではないですか?」


 「そうですね……。あ、もしかして、アルドヘルム総隊長の所に行くのですか?」


 ふとジェスはそう思った。


 「おや、何故そう思います?」


 この階には、中級以外に下級、上級、S級の総隊長の部屋もある。また特殊部隊の部屋もあり、ゼノがそう聞いてもおかしくはない。


 「あ、いえ。僕が部屋に伺った時に、小さな木箱に何かをしまっていたようなので、マジックアイテムなのかなと思いまして。それをゼノさんが回収に伺うのかと……」


 「なるほど……それはどういう物でしたか?」


 「え? 丸かったかな……あ、水晶だ! 片手サイズ程の水晶!」


 「そうですか……」


 ゼノの反応に違ったのかとジェスは思うも時間がない事を思い出す。


 「すみません! これで失礼します。午後一で出発ですので……」


 「お気を付けて」


 ジェスは軽く礼をすると、速足で階段に向かった。そして一気に一階まで駆け下りる。それから、建物から外へ出た。

 とそこで、ある事を思い出した!


 「あ! ゼノさんにお礼を言うのをすっかり忘れていた!」


 妖鬼と魔女の事件が解決してから、ゼノとは一度も会っていなかった。自分達に下された結果は驚くほど軽かった。次に会ったらお礼を言わなくてはと思っていたのだ。


 「はぁ……。何やってんの僕」


 またため息を一つついて、自宅へとジェスは飛び立った。

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