88:SS(2)こじらせお姉さん、ゲームで恋愛を学ぶ。

 これはまだ、裕介くんと恋人同士になる以前のこと。


 その日の深夜、私――

 花江美織は、自宅マンションのリビングに一人きりで、ローテーブル上に置かれたノートPCと向き合っていた。


 電源を入れて起動すると、インターネットブラウザのアイコンをクリックする。

 Web検索で探して飛んだ先は、PCゲームのダウンロード販売総合サイトだ。

 画面上に複数表示されたリンクのひとつから、目当てのカテゴリーへ移動する……

 そこは、所謂いわゆる【美少女ゲーム】を専門に扱っているページだった。


「――さて、どれをプレイするのが良さそうかな……」


 私は、居住まいを正すと、ゆっくり深呼吸した。


 ノートPCの画面をのぞき込み、トップページ上のコンテンツを確認していく。

 期待の新作、話題の注目作、売上ランキング、メーカー別作品紹介など……。

 華やかな美少女イラストと共に、沢山のゲームタイトルが表示されている。


 そのどれもが、男性消費者を中心購買層に想定して販売されている作品だ。

 内容自体は多種多様だが、可愛い女の子が登場する点で共通している――

 そうして、このサイトで購入可能なタイトルは、往々にして性的表現を含んでいるんだよね。

 つまり、世間的には「成人向け」とか「R-18」といった区分に属する年齢制限指定付きのアダルトなゲーム。通称エロゲーともいう。

 まあ年齢制限と言っても、二八歳アラサーの私にはいちいち気にする必要もないことだ。

 ええそうお姉さんは大人ですから! 彼氏居ない歴と年齢がイコールなだけで! 


 …………。


 こほん、何はともあれ。

 そんな大人な私が本日、PCゲームのダウンロード販売サイト……

 しかも、男性ユーザーを主要購買層とする「美少女ゲーム」が紹介されているページを閲覧しているのには、無論それなりの理由がある。


 いや、とか言いつつ男性向け作品でもイケる系女子オタクなので、日によっては単に遊びたいエロゲがあるからってだけの場合もあるんだけど、それはさておき。



 私は、無数のゲームタイトルを眺めながら、若干考え込んでしまった。


「うーん。どのゲームを参考にすれば、裕介くんが喜んでくれるんだろう?」


 ……そう、私が今エロゲを購入しようとしているのは、大好きな「裕介くん」のため。

 裕介くんは、今年の二月に知り合った七歳年下の男の子だ。まだ正式にはお付き合いこそしていないけれど、何度か街の駅前で会ったりして、最近かなり仲良くなりつつある。

 この調子なら、生後二八年余り続いた彼氏居ない歴に終止符が打たれる日が来るのも、間違いなく近い(確信)。


 然らば交際に至った場合を想定し、きちんと将来に備えておくべきだよね。

 祐介くんの恋人(予定)として、どうすれば彼氏を喜ばせられるのか――

 私は、それをエロゲの中で描かれる恋愛から、学び取ろうと考えたのです。


 だって予習は大切だよ? 

 これでも高校は進学校だったから、わりと勤勉さには自信があったりする。夏休みの宿題も、計画的にこなして提出するタイプだったし。


 まあ「だからって、何も美少女ゲームを恋愛の参考にしなくてもいいのでは?」という意見があるのは、当然わかっている。ああいう娯楽作品(※しかも男性消費者を楽しませることに特化したもの)で描かれる恋愛は、リアリティが薄いものも多いぞ、と。


 しかしながら、私は逆に問いたい。

 本当に男性向けの娯楽作品が、男性を喜ばせるために作られたものだとするのなら。

 その作中で描かれる恋愛を再現できれば、もしや確実に男性を喜ばせられるのでは? 

 やばい。これぞ逆転の発想、かつ我ながら名推理……。



 と、かくいうわけなので、ここは念入りに美少女ゲームを選ばなければ。


「やっぱり、まずは人気が高そうな作品から漁っていこうかな?」


 人気が高いということは、それだけ需要があって、好きな男性が多いゲームだということでもある。参考にして失敗する可能性も、それだけ少ないはずだよね。


 私は、一人で勝手に納得すると、マウスカーソルを画面上部へ動かした。

[売上ランキング]のリンクをクリックし、サイトのページを切り替える。

 今月ダウンロード販売数の多かった作品が、集計順に沿って表示された。


「えっーと。第一位『幼馴染と同棲チュウ!!~甘々えっちに育った女の子は好きですか?』、第二位『LaLaLAND(年齢制限リメイク版)』、第三位『無人島にクラスメイトの女の子たちと新しい国を作ったら王様になった~お嫁さんが九人のハーレムでも独裁国家なら問題ないよね!』――うーん、どれもちょっとピンと来ないなあ~……」


 ていうか人気上位作、個別の作品紹介をチェックしてみた印象だと、ヒロインが主人公と同い年かプラスマイナス一、二歳ぐらいのゲームばっかりだなあ。


 いやそりゃ主人公とヒロインは同年代の方が「普通」っぽいのは、理解できるけどね。

 でも私は、裕介くん(※七歳年下)との恋愛が進展した際の参考にしたくて、エロゲをプレイしてみようと考えているわけですよ。

 そこを踏まえると、今月のランキングに掲載されているような作品は、研究資料としてあまり適切じゃない気がする。


「……メインヒロインが年上のエロゲってないのかな?」


 私は、ノートPCの前でぽつりとひとちた。

 うん、やはり参考にするなら「年の差恋愛物」でしょう。

 私と裕介くんの関係性を考慮して、それがベターだよね。


 サイト内検索ページへ移動し、サーチボックスに単語を打ち込む。

 キーワードは「お姉さん」「年上ヒロイン」「年の差」などなど。

 何度か組み合わせを変えつつ、検索を繰り返すと――

 画面上には、ずらずらと該当するエロゲが表示された。


「どれどれ、上から発売日が新しい順に――『年上カノジョの作り方~ほらお姉ちゃんとイチャイチャしよ?』『姉姉姉!!~お姉さん三人に囲まれて甘やかされまくるお話』『お姉ちゃんな先生のえっちな放課後個人指導』『人妻恋愛旅情』……ぅほおおおおーぉぉ、きたきたこれだよ私が求めていたものは――!!」


 ささやかな興奮を覚えて、ノートPCの側へ身を乗り出す。


 年上ヒロイン物のエロゲは、思ったより沢山存在していた。

 おまけに全体的にユーザーレビューの平均点が高いものが多い……

 やっぱり年上ヒロイン物の美少女ゲーム、典型的な「万人受けはしないが一部にコアなファンが根強く付いている」傾向のジャンルっぽい。うんうんわかるよお姉さん、こういうのはわりと詳しいから(※前職のゲーム会社勤務で得た市場調査知識)。


 とはいえ年上ヒロインをキーワードに絡めて検索すると、人妻物(未亡人含む)作品まで候補に上がってきちゃうのかー。そこはちょっと違うような気もするけど、将来結婚したら私も人妻になるからついでに履修しておくべき? 

 ま、いずれにしろ今日のところは正統派のお姉さんエロゲをプレイするつもりだけど。



「うーん、とりあえず無難に一番レビュー数が多いのにしておこうかな」


 私は、画面上のゲームタイトルをクリックし、商品ページをたしかめる。


 作品名は『やさしいお姉さんは、僕の素敵な管理人さん~はなまる荘年の差恋物語』。

 主人公が暮らすアパートの管理人さんが年上ヒロインという、ある意味で非常に鉄板な設定の作品らしい。ユーザーレビュー数は七三件で、平均四.六点(五点満点)。

 実際にプレイした人たちからは「非常にイチャラブな内容でシリアスな要素も重過ぎず、安心して楽しめます」「お姉さんキャラ以外のキャラも登場するけど、基本ヒロイン一強の純愛物」「拙者も優しいお姉さんに色々管理(意味深)されたい人生でござった……」などというような感想が寄せられている。


 ――よし、これにしよーっと! 


 目当てのゲームが決まったので、電子マネーポイントを使用して購入する。

 ゲームデータをダウンロードしたら、そのままノートPCにインストール。

 タイトル画面を立ち上げ、ニューゲームと表示された文字をクリックした。


「さあ、早速プレイ開始しちゃうよぉ~!」


 私は、うきうきしながらマウスの左ボタンをクリックしていく。


『やさしいお姉さんは、僕の素敵な管理人さん(通称あねかん)』は、極めてシンプルなノベル形式のゲームだ。プレイヤーは、メッセージウィンドウに表示される会話文を読み進め、途中で適宜選択肢を選びながら物語を進行させる。それによってストーリー展開やエンディングが変化する、という王道タイプの作品だった。


 ゲームは、主人公がひょんな事件がきっかけで家族と離れ離れになり、アパートへ入居することになるところからスタートする。

 プロローグパートは、本作のヒロインであるアパートの管理人さん(年上お姉さん)と出会い、主人公にとっての新生活がはじまったところで終了。

 軽快な主題歌と共にオープニングムービーが流れたあと、ゲーム本編へ突入する。


「むふー。それにしてもこの管理人さん、なかなか可愛いですな~」


 画面中央に表示された立ち絵を眺めながら、自然と口元が緩んでしまった。


 管理人の円居まどい花子はなこさん(年上ヒロイン)は、おっぱい大きなゆるふわ女子。

 おっとり優しい性格で、何だか妙な親近感を覚えてしまう。こんな可愛いお姉さんなら同性の私でも推せる、ていうか可愛さが尊いことに性別の境なし! いいよね? 


「もぉーこんな可愛いお姉さんに色々管理(意味深)されることになったりしておいて、もし他の子と仲良くなったら有罪ギルティ確定だよ。ちゃんと花子さんを幸せにしなきゃ……」


 一人で画面に向かってブツブツつぶやきながら、ゲームを進行させていく。


 物語は序盤、はなまる荘での何気ない日常シーンを中心に展開していった。

 そんな中で要所要所に発生するイベントを経て、ヒロインの好感度を稼ぐ。

 すると時折、ご褒美的に専用静止画スチルが表示されたりして、だんだん主人公とお姉さんの親密さが深まっていくのがわかった。


 手料理のハンバーグを作ってくれる花子さん、膝枕をしてくれる花子さん、大きな胸の谷間に主人公の顔が埋まるぐらい強く抱き締めてくれる花子さん、さらにはお風呂へ一緒に入ってくれちゃう花子さん、などなど――……


「――はあはあふうふう……。こ、これはまったくもってけしからんゲームだなあ……こんなにおっぱいおっきいお姉さんとイチャイチャばかりして……。お姉さんだってお姉さんのふわふわおっぱいでいっぱいおっぱいしたいもん……!」


 徐々にお姉さんがおっぱいでゲシュタルト崩壊してきちゃったけど、主人公とヒロインの関係から目が離せなくなって、私は自然とマウスクリックする手が早くなる。


 やがてゲームが中盤を過ぎると、物語がひとつの山場を迎えたみたいだった。

 悪役の地上げ屋がアパートへ押し掛けてきて、入居者全員に立ち退きを強要しようとする展開になったんだよね。管理人さんも当然困って辛い目に遭うんだけど……

 さらにゲームを進めると、主人公が巧みに立ち回って、大家さんや地域住民の皆さんの協力も得つつ、最終的には地上げ屋の撃退に成功! 

 いやーお約束の流れではあるけれど、人情ドラマっぽいシナリオで感動しちゃった。

 そうして、ついにはヒロインの花子さんも、はなまる荘と自分を救ってくれた主人公に対する好意を、どうしても抑え切れなくなってしまったらしい。



―――――――――――――――――――――――――


花子「あのね、私……もうおばさんだけど、

   どうしてもキミへの気持ちが止まらないの。▽


  「こんな私でも、抱き締めてくれる……?  ▽


―――――――――――――――――――――――――



「はわあああもちろんだよ花子さあああ――ぁんんッッ!! 大好きッ!!」


 思わず涙目になって、私は絶叫してしまった。


 それからメッセージウィンドウ内にある「強く抱き締める」という選択肢をクリックすると、画面が暗転する。

 BGMが変化し、ベッドの上に横たわるヒロインのCGが表示された。


 ――お、おおお……!? とうとう来てしまった……えっちなシーンだ……!! 


 両目を見開き、食い入るようにノートPCの画面を凝視する。


 マウスクリックでテキストを先へ送るにつれて、花子さんの着衣が一枚、また一枚……

 と、ちょっとずつはだけていく。

 ゆったりとしたカーディガン、楚々としたトップスが取り除かれ、ロングスカートを脱がせると、ほどなくヒロインのCGは下着姿になった。

 それから最後は、恥じらう花子さんからブラとショーツも取り去ってしまう。


「はあはあ……い、いいよ花子さん、すっごく綺麗だよ……」


 マンションの一室に一人っきりで、エロゲのヒロインに語り掛ける私(二八歳/女性/星澄市在住/職業・イラストレイター)。

 自分でも絶対第三者には見せられない姿だと思う。ていうか若干変態入っている。


 でも背に腹は代えられない。だって、これは愛しい裕介くんのため――

 今後の恋愛で参考にするための、大切な勉強なんだから! 


「――お、おおぅっ!? これたしか主人公は、童貞の設定だよね!? ……う、うわあああぁ……花子さん、初体験の年下男子相手に、いっ、いいいきなり、そんなことを……!!」


 ゲーム内における性的描写の内容を目の当たりにして、息を呑まざるを得なかった。


 しゅ、しゅごい……。花子しゃん、色々とあれこれであんなこと……。

 いや私もえっちな同人誌とかよく読むから、こういう行為は知っているけど。エロゲのキャラもするってことは、やっぱりみんなもしちゃってるのかな……。ゲームの主人公も凄い喜んでるし、私が試したら裕介くんも喜んでくれちゃう……? 


 ――あ、ああっ。でもって二人にも、ついに結ばれるときが……!! 


 尚も手に汗握りつつ見守っているうち、最高潮の瞬間が訪れる。


 そうして、花子さんとのえっちなシーンが終了した。凄かった。

 もっともゲーム自体は、そこですぐエンディングにはならない。

 その後は恋人同士になった主人公と年上ヒロインの日常が描かれ、ひたすら二人が甘々イチャイチャえろえろな毎日を送る様子が繰り広げられた。これまた凄い。

 いやむしろ、ここからが本番とばかり刺激的なダダ甘えろえろシーンが続く。


 ――あああああやばあああ――いぃッ!! でもお姉さんこういうの大好き!! 


 鼻息荒く、さらにイチャラブエロエロシーンを数時間堪能し続けたのち……

 最後は、年上ヒロインの妊娠が発覚し、主人公と結婚してゲームクリア。

 ぐうの音も出ないほどのハッピーエンドだった。



「はあ、花子しゃん凄く可愛かった……。これはお姉さん大好きオタクなら大満足間違いなし、個人的エロゲ史の中でも屈指の名作かもわからないね」


 私は、冷めやらぬ興奮の余韻よいんに浸りながら、画面上に流れるゲームのエンドロールをぼうっと眺めていた。数々のイベントシーンを思い出し、口元がニヤけてしまう。


 エンディング後にゲームを終了すると、しかしすぐ冷静さを取り戻して嘆息した。


「……何だか結局、純粋にエロゲを満喫しちゃったなあ……」


 いやもちろん、当初の「裕介くんを喜ばせるための参考にする」という目的にも、多少は得るところがあったと思う。

 でも途中からは、そんなの無関係に年上ヒロインに感情移入してしまって、わりと色々駄目な感じだった。七割ぐらいは最初の企図を忘れていた気がする。


 ――うーん、このままじゃ良くない。たぶん勉強が不充分だ……! 


 私は、生来の勤勉さにき動かされ、さらなる学習の必要性を感じた。

 これでもお姉さん、中高生の頃にはけっこう優等生だったんだからね? 

 そんなわけで再びブラウザを立ち上げ、ゲームのダウンロード販売サイトへ飛ぶ。

 さあ、次は『年上カノジョの作り方』にするか、それとも『姉姉姉!!』にするか。



 こうして、そのまま私は夜が明けるまで、一心不乱に年上ヒロイン物の美少女ゲームを攻略し続けたのであった――……

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