1.2 私の人生論は頓挫した。ついでにクイズも頓挫した。


「残念でしたー。いやー、今回は特別大サービスとして大ヒントまで見せてあげたのになぁ」



 私は最高にいたずらが決まったときのようないたずらに可愛らしいくも美しい彼女の笑顔を瞬時に保存し、それから考え始めた。私がどこで間違えたのか。私の人生はどこで間違えたのか。他人と同じような幸せを願っていただけなのになどという人並みの幸せを考えてみたが、想像がつかなかったのでそこで私の人生論は頓挫した。ついでにクイズも頓挫した。



「どこで間違えたんでしょうね……」



 昼食として平らげた菓子パンの袋二つと具のない塩だけのおにぎりを包んでいたアルミホイルを丸めた金属が突っ込まれたコンビニ袋を手で押さえている先輩の手を見る。そしてその手をまるで豊平川と石狩川が合流するかのように美しくも無防備に投げ出された素足が挟んでいる。私の視線は残念なことに、ぼんやりとした思考と共に焦点が川底まで見える素足に当てられていた。すると、私が食したおにぎりを包み込んでいたアルミホイルを丸めて作られた球体の金属がビニール袋から転がりだし、そして川の合流地点へと回転を速めていったのである。



「もうっ。ちゃんと見ていたくせに」



 先輩は転がってきた私の昼食包装用金属球体を公立高校指定女子制服に手を突っ込んで取り出そうとしてそこで手を止めた。おそらくそのスカートと芝生の間にはアルミ金属球体を握りしめた先輩の手がある。そして、その奥に出題されているクイズの答えがあるのである。そう、私が先輩に出されているクイズとは



「今日のパンツの色は――」



 何色でしょうか。



「そ、そうか――!」



 私は過去の私をもう少し重要視すべきであった。そう、答えをすでに過去の私は知っている、いや彼女が言ったとおり見ていたのである。ああ、嘆かわしきや。どうせ今回も正解を出せるはずがないと思って適当に答えた私の大馬鹿野郎! 私は慎重な性格であると七十三行前で述べていたではないか。私は文字通り頭を抱えた。



「あっ、気付いた?」

「……ええ」



 私は空を見上げた。そういえば数分前もそうであった。私は空を見上げていたのだった。



 私は今日の天気が妙に好きだった。程よく青空があり、程よい気温で程よく白い雲が程よい速度で流れている。昼休みがのどかである象徴であり、午後の授業のすべてを忘れたくなるほどのどかさを感じさせた。……今の私が忘れたいのは数刻前の自分であり、数刻前の自分が忘れたかったのは午後の試験によることは言うまでもない。



 数刻と言ってもそれはたかだか十分ぐらいの時間である。一刻も刻んではいない。その数刻の定義さえ満たせない数刻前に、私はある程度広い我が高校で唯一自慢できる中庭の隅にひっそり生えている木に寄り添って互いに孤独を埋めながら昼食を取っていた。そして彼女は襲来してきた。



 初めは共に昼食を取りたいとおっしゃるので、ただ、この木の孤独を紛らわすのに一助しているだけですと私は答えた。私もこの木と昼食を取ると言い張り、雰囲気の流れで私は先輩と昼食を取ることになった。さらに会話の雰囲気による流れで私のことを何も知らない、過去のことを知りたい、そういえば家族がいないことは知っていたり云々。これらの解答を渋った結果として先輩は私に胸元を開いて脅迫。現在に至っている。



 そう。私はここで彼女の下着を目にしているのである。通常女性の下着は上下セットであると思われることを踏まえれば……ああ! 待てば甘露の日和ありの千載一遇とは、まさに今日であったのだ。



「……ピンクを履いているのですか」

「さあね」


「……ピンク色を履いていらっしゃるのですか」

「さあね?」

「……本日はピンク色のパンツをお召しになられて――」

「はい、残念でした。また明日!」



 私は三度目の空を見上げた。空は先ほどとほぼ変わらない。結論も今日はもう駄目であることは変わらない。



 回答権は一日に一度だけという約束だ。



 そして私は約束を必ず守る男である。それが形式的な社交辞令であると理解していても、それでも約束は守る男である。それによってよく冗談が通じないと勘違いされ、真に受けたことを大いに引きの目で見られた私が孤独になって行ったこともある。この過程が中学時代を作りだしたのかもしれないと、今気が付いた。



 そう、今ではダメなのである。では、明日ならばどうか。今日が駄目ならば明日頑張ればいい。きっと明日は言い一日が訪れるなどという統計学を完全に逸脱した発想に私は従いたくはない。今日がその日であってほしいのだ。今、願いが叶ってほしいのだ。



 過去を振り返れば自らの思い通りにいかない社会の不条理と非常によって泣く泣く潰えた私の運命にまで至ったかも知れない夢や願いの数々を思い出してしまう。また、未来に目を向ければ叶えてやることができなかった己の想いのために努々努力を怠ってはいけないことを思い知らされる。駄目なものは駄目で、明日に希望があっても今日は駄目なのである。次回に可能性があっても今回は駄目なのである。その事実はとても大きくて、ただただ重たい。



 私だって意中の相手のスカートの中身が今日はどうなっているのかと、連日連夜毎日毎食妄想と想像でどこが膨らんでいるのか、と己のどこかと同時に膨らませていたいわけではない。そう、決してない。ああ、私と先輩が結ばれる日はいつ来るのであろうか。到来の有無も分からない可能性と空想だけの一日を待つのは思ったよりも遠くて辛いものである。



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