第15話お父さんのゴーレム
少しの間、ボーッと空を眺めていると土手の下から声がした。
「おーい、兄ちゃん、大丈夫か~?」
リーネは水に身を隠した。ファイセルは身体を起こして返事を返す。
「ああ、なんとかね~! でも自力で土手から降りられない。またゴーレムに手伝ってもらえるかな?」
土手の下の少女はゴーレムに命令し、ゴーレムを振り返らせて土手の上のファイセルを掴み、決壊しそうだった土手の前に下した。
すぐに男たちや少女がファイセルを取り囲む。みんなから大声で褒め称えられ、胴上げまでされてしまった。
「マントの下のその制服、あなたはリジャントブイルの学生さんだったのか。道理であんな不思議な事ができるわけだ!!」
一人が制服に気づくと他の男たちも感心したようにファイセルを見つめた。
「こりゃお礼をしなけりゃいけねぇな。村のみんなからの謝礼金と、村の資金を合わせてこの剣士さんに金を払わんとな!!」
ファイセルは貯金がまだ540万シエールも残っていたことを思い出し、謝礼金を辞退した。
「あ、ああ、謝礼金はいらないですよ。お金を受け取るのはなんだか悪いし、それにみんなが助かればそれでいいと思いましたし」
いくら命を懸けて村人を救ったからとはいえ、お世辞にも景気が良くなさそうな村からお金を受け取るのは心苦しく思えた。
「いや、貴方様には対価を受け取る資格があります。きっと遠慮なされての事なのでしょうが、それでお金を受け取られないと言われれば我々もかえって心苦しい物です。是非、謝礼金を受け取っていただけるようお願いします」
村人にそこまで言われてしまうとその気持ちを無下にするわけにもいかず、結局ファイセルは謝礼金を受け取ることにした。
そう話しているうちにも男たちとゴーレムが総出で土手の修復にあたりだした。ゴーレムが両手で大量の土をすくい、水の流れを塞ぎつつ、土手を再構築していく。
「にしてもこんな立派なゴーレムが村にいるとは思わなかったなぁ」
ファイセルはゴーレムを見上げながらつぶやいた。魔法都市のミナレートではたまに見かけるが、これだけ田舎の村にこの大きさのゴーレムがいるのはとても珍しい。指示を与えている少女から話を聞こうと声をかける。
「このゴーレムは君が作ったのかい?」
少女は振り返ってしばらくこちらをみた後、首を横に振った。
「病気で死んじゃったお父さんの作った形見なんだ。私がよく工房に出入りしてて、小さいころからこのゴーレムと遊んで育ってきたの。父さんが亡くなった今は私の言う事しか聞かないんだ。私の事、わかるのかな……」
あどけない少女の切なげな顔を見てファイセルは故郷の妹の事を思い出した。元気でやっているだろうか。
家族も妹もこちらの心配をしているかもしれないと思い、人命がかかっているとはいえ無鉄砲の行動をしたことがなんだか申し訳なく感じられた。そのため、なんとしても無事に帰らねばと改めて心に誓ったのだった。
水量さえ少なくなれば修復は容易だったのか、崩壊しそうだった土手には山のように土が盛られ、ゴーレムによってガッチリ固められた上に周囲から運んできた岩で塞がれた。
通常の川程度の水量を残したまま、自然ダムはしっかり埋め固められた。
「ほんじゃ帰るべぇ!! 剣士さんと一緒に祝杯を上げるで!!」
男衆は手を上げて喜びの雄叫びをあげた。少女はゴーレムのおろした手の上に飛び乗り、そのままゴーレムが彼女を肩に乗せた。
「ほら! 剣士さんも!!」
そばかすの良く似合うお転婆な少女だなと思っているといきなりゴーレムに掴まれ、肩の上に乗せられた。
少女は慣れたもので、器用に肩に座っていたがファイセルはグラグラしていて、バランスをとるのがやっとだった。おまけにゴツゴツしていて座り心地が悪い。
ズシンズシン足音を立てながらゴーレムは男達と森の中を歩いた。村に帰ると女性たちが満面の笑みで一行に走り寄った。
抱き合うもの、手を握り合うものと喜びようは様々だ。お互い顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きあって生還を喜び合っている。
村に入るとゴーレムは立ち止まり、掌を上にして少女を乗せている方の腕を地につけた。腕の傾斜を駆け下り、少女が一目散に母親らしき女性に抱きついた。
「お母さん!!」
「ああ……!! ミルル、よくぞ無事で!! あなたまで失ってしまったら私はどうすればいいのかと!!」
2人は無言でしばらくの間、熱い抱擁を交わした。
正直、助かった後でも今回の自分の選択はほとんど自殺行為であり、適切でなかったとファイセルはくよくよしていたが、村人や親子の喜びようを見て自分の決断に自信が持てた。
同時にここぞというときに現れた優柔不断な自分を少し打ち破れた気がして、達成感に溢れていた。
「んじゃぁ、剣士さん、酒場に行ってくだせぇ。宴会の準備をしますんで!!」
村人の男からファイセルに声がかかる。それを聞いてミルルがゴーレムに命令し、ファイセルを肩から下した。母親と抱き合っていたミルルがこちらをむいて手を振る。
彼女に手を振り返しながら案内されて酒場に向かった。早速、男衆が酒を飲み始めているが、どう見ても古酒である。
(げ……飲まされすぎると旅に支障がでるぞ……なんとかやり過ごす手はないものかな)
「おー来た来た!! 剣士さんここここ!!」
よりによって酒のみ連中の真ん中に座らされて古酒が目の前に置かれる。チビチビ飲んでいると村の男達は不満そうだ。
「若ぇんだからもっとグーッといきなよ!! 男がすたるぜ!!」
まともに飲むしかないかとファイセルが覚悟を決めようとしていた時、酒場の扉が思いっきり開いた。
「バカモン!! 命の恩人に無理に酒を勧める奴があるか!! どう見ても困っておられるだろ」
老人がそういいながらこちらによろよろ歩いてきた。男たちの反応から見て、どうやら長老のようだ。白い髭を蓄えていて、癖なのか髭をいじりながらしゃべりだした。
「あ~、貴方様が村を濁流の危機から救ってくださった剣士さまですな? いや、水を操れるという事は魔法剣士様ですかな」
薬売りでもなければ、剣士でもない。ましてや魔法剣士でもないのだが、傍から見た印象がどんどん勝手に移り変わって肩書が変わっていく様子がなんだかおかしくて笑えてくる。
思い返せばまだ今回の旅で一回も自分の得意な魔法をを使っていないことに気づいた。ここまでの旅はほとんどリーネのおかげで成り立っているのようなものであるし、勝手にあれこれ思い込まれるのも無理はない。
「この一帯は北部と中央部の境にあって、昔から水害が多い土地でして例の天然ダムも水があふれる事はたびたびありました。ですが、決壊寸前まで至ったのは村の歴史を見てもこれが初めてでして。きっと中央部に雨が降らない分、その雨雲が追いやられてこの辺りに大雨が振るのです。これは年々顕著になっている傾向なので、今後は厳重に天然ダムを管理しようと思います」
ファイセルはうなづきながら、こういった点をオルバ師匠に解決してほしくてわざわざ魔法局の人が来たのだなと悟った。
確かにここまで大災害が起こりかねない状態になるならば急な対策が要求される。ラウス村の一件も師匠に報告しておかねばなるまいとファイセルは軽くメモをとった。
「今、村人から謝礼金を集めているところです。特に何もない村ですから通り抜ける予定だったかとは思いますが、せめて謝礼金が用意できるまでゆっくりお過ごしください。あと、お前たちは剣士さんにあやまりなさい」
男衆が申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、結構ですよ。頭を上げてください」
また酒場の扉があいて、さきほどのゴーレム使いの少女、ミルルがやってきた。
「お兄さんって剣士っぽくないよね。人を斬るような顔してないもん」
すかさず長老は少女の耳を引っ張り上げて注意した。
「いたた、あいだだだだ!!」
彼女の顔は痛みで引きつった。
「これミルル!! 失礼な事を言うな!! この美しい紫のマントに腰から下げた勇ましい剣、水のご加護を受けた水筒。 どっからどうみても魔法剣士様じゃろうが!! それに酒場には入るなと言っておる!!」
やはり勘のいい人には見透かされてしまうものだなとファイセルは密かに思った。確かに直接、剣で人やモンスターを斬ったことはないので、意識していないところで物腰が剣士のそれとは違って見えるのだろう。
長老は引っ張っていた耳を離して、呆れたようにため息をついた。それにしても、長老の話からするにやや話を盛られ過ぎである。そんな大それた”魔法剣士様”などではないのだが。
「はぁ、ミルルが大変失礼な事を言いました。申し訳ない」
長老が深く頭を下げた。
「ほらお前も!」
隣りのミルルも頭を下げさせられていた。
「いや、いいですからそんなに謝らないで」
ファイセルはこの村であまりにも自分に対しての扱いが丁重になりすぎていて、かえって居心地が悪くなっていた。このまま下手に滞在していたら魔法剣士を称える像とかを建てるとか言い出さんばかりの勢いだ。
長老たちには悪いが、早めに立ち去るべきだと確信した。この関係はお互いにとって良くない。特に必要以上におだてられるのが苦手なファイセルにとっては余計に都合が悪かった。
タイミングよく、謝礼金らしき袋を持った男性が慌ただしく酒場に入ってくる。
「ああ、魔法剣士様、酒場におられると聞きまして来ました。これが謝礼金です」
ファイセルはお辞儀をして袋を受け取った。中身は覗かずにバッグに入れる。
「この小さな村でわしらの出せる謝礼金は決して多くはありません。命を救われたのですから、全財産を差し上げても足りないくらいなのですが、どうかこれでお許しください」
長老はまた深く頭を下げた。酒場の皆も頭を下げる。
「ありがとうございます。僕は帰郷の途中故、早く家族に元気な姿を見せないとなりません。短い間ですが、お世話になりました」
ファイセルも頭を下げて、お互いにペコペコと頭を下げ合うお辞儀合戦になってしまった。酒場から出て、街の出口に立つと村人総出で送り出してくれた。
ロックゴーレムが手を振っているのが一際目立つ。ゴーレム使いの少女との思いがけない出会いだった。
天然ダムから更に上流に歩いていくと川は再び街道と合流した。大きくて古ぼけた歴史を感じさせる木製の道しるべが分かれ道に立っている。
「この分かれ道が王都ライネンテ方面、つまり北西に繋がる最後の分かれ道なんだ。ここはもう不毛な中央部の北。モンスターも凶暴で強くなるし、ここからが一番注意しないといけない地帯になるね。まさかヨーグの森に行く前に死にそうになるとは思ってなかったけど」
順調だった旅に暗雲が立ち込め始めたのをファイセルは感じた。
「でも川沿いを走るファイセルさん、なかなかカッコよかったですよ。ああいうの男らしいっていうんですかね。あの調子で行けば怖い物はないと私は思います!!」
リーネが場を和ますように無邪気に励ました。まさか妖精から男らしいと言われるとは思わなかったが、そう言われるのは初めてなので正直嬉しかった。思わず照れるて頭を軽く掻いた。
「男らしい?えへへ、そうかな」
緊張感が一気に和らいだ。まぁなんとかやっていけるだろうとファイセルも思考を切り替える事ができた。
「ところで、さっきもらったこの謝礼金、いくら入ってるんだろうね?」
ファイセルは看板の根元の岩に腰かけてカバンからずっしり重い袋を出して中身の金額を数えはじめた。
「50万シエールも入ってる!! やっぱこんなにもらうのは悪いなぁ」
なんだかモヤモヤした気分だが、もらったものだからありがたく使わせてもらおうと割り切る事にした。合計で手持ちが70万シエールもの大金になった。
これは万が一スリや野盗に会うとまずいなと思いながら荷物や衣服のあちこちに分散してお金を隠す。
今までのカルツ以降の村には銀行が無かったが、幸いケルクには銀行があったはずだ。そこでお金を預ける計画を立て、再び立ち上がって歩き出した。
「とりあえず、今日はまだ陽も高いし、ケルクの2つ隣の村くらいまでは行けると思う。そしたら噂のヨーグの森だよ。そういえば、最近、水質チェックの回数が減ったね。水源が少ないのかな?」
リーネはうなづいて説明し始めた。
「確かに水源がぐっと減りました。ラグランデ川は安定した水源なのですが、そこを外れると一気に水分が乏しくなるのを感じます。しかもやや物を溶かす性質の混ざった水が多いです。そういった水が集まったり、雨として降ったりすると周辺では森は枯れ、荒地になり不毛の地となると思います。きっと中央部に入ってから荒地が多いのはそのせいです」
荒地は不浄な土地でモンスターが好んで住み着く厄介な地形だ。地図を見ると街道が荒地に囲まれている箇所もいくつかある。そう言った場所では好戦的なモンスターの奇襲に警戒せねばならないだろう。
「さて、じゃあ今日の内に出来るだけまた歩くよ」
リーネはしばらく意識を集中していたようだが、すぐに水源の情報を教えてくれた。
「ここからは池や湖以外の細かい湧水があちこちにあるのを感じます。できるだけ拾いながら進みましょう」
「わかった」
ファイセルとリーネは点々とする湧水をマークしながら、ケルクへと向かった。
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