第11話オークションという名の鍔迫(つばぜ)り合い
「え~、さきほど言ったように、当商品はオークションで販売致します。値段は――」
市場の一角が静まり返る。現物を見られない位置の人にも噂が広まっているようで想像以上の人が集まってきている。
「値段は300万シエールからになります!! 銀行もあるので現金で払える方に限ります。ではオークション始め!!」
市場がどよめいた。値段を言ったら多くの人が帰るのではとファイセルは思っていたが、誰もその場を立ち去らない。
買うかどうかは別として、いくらの値になるかが気になるのだろう。これなら売れるとファイセルは確信した。
「300万シーエル!!」
挙げた手だけが人ごみの向こうに見える。
「はいっ!! 300万!!」
景気よくポンと大金が宣言される様に市場は異様な熱気に包まれた。ファイセルも市場の人達もみんなヒートアップしていく。
「350万で!」
もうどこの人が落札価格を叫んでいるのかわからない。
ここ一番で冷静さを失いかけていた自分をファイセルは戒めた。落ち着いて仕切りなおす。
「みなさんお静かにお願いします!! 落札希望者の方が近くに居たらこちらに通れるように道を開けてくださるようお願いします。では350万シエールから!!」
「380万!!!」
またもや人ごみの向こうから手が上がる。ここまで三人とも別人のようだ。一気にそんな大金を払える人がこれだけいるのかとファイセルは驚いたが、これだけ大きな市場なら何人かの資金を合わせて買おうとする商人グループなども混ざっているのではないかと思った。
「400万でどうかしら!!」
今度は女性の声だ。装飾品やインテリアなどに使うのだろうか。
「440万!!」
落札価格がうなぎ上りに上がっていく。最低予想価格だったとはいえ、300万シエールどころの騒ぎではない。
「460万!!」
徐々に宣言している人の声が近くなってくるのを感じる。四方から競り落とそうとする人たちが集まってきているようだ。
「はい! 460万!! これ以上の方はいませんか?」
「480!!」
最終的に競りに参加している人は全部で4~5人いるようだった。
「490じゃ!」
前の人が宣言するとすぐにそれ以上の額が提示される。だがもう十分だ。そろそろ潮時だなとファイセルは思った。
「500!!」
「550万だ!!」
一気に50万も上げてきた。ここで切り上げるのが妥当と判断し、ファイセルが声をかけた。
「はい! そこまで。550万シエールの方が落札です!!」
市場は大きなどよめきに包まれて拍手と歓声、指笛などがこだました。その中を人波をかき分けて身なりの良さそうな青年が売り場にやってきた。
年齢に不相応の高級そうな装飾で身を固めていて、見るからに富豪といった感じだった。オークションの熱気が冷め、すこしずつ人が散り始める。
「私はジャバラドラバッド=ドレッドラ。君の名は?」
すこし訛りがあるが、流暢なライネン語だ。訛っているという事はライネン語が主流となっている国内や周辺国以外からから来た人という事になる。名前も風変わりで、国内ではまず聞かない名だ。
「僕はファイセル・サプレです。もしかして、北方砂漠諸島郡……ジュエルデザートの方ですか?」
浅黒い肌と、国内では珍しい銀髪、そして体中に身に着けている宝石のアクセサリーから予測を立て、青年に尋ねてみる。
「よくわかったね。学生さんみたいだし、学校で習ったのかな? 私は北部砂漠諸島郡の3番目に大きな島からきたんだ。貿易商をしていてね、ライネンテ国の珍しい物を向こうに輸入しているんだよ」
――北部砂漠諸島郡とは多くの島からなる国家で、国土の9割を砂漠が占めるという名前通り砂漠の国家だ。
その砂の中には大量の宝石類が混じって埋まっており、大変裕福な国家として知られている。そのため通称『ジュエルデザート』と呼ばれ、独自の経済圏を築いている。
ライネンテとの交易も盛んで、特に魔力を急速に補給できるマナジェムなどの宝石が多くやりとりされている。
マナジェムは学院生ならだれでも使うような代物なので、学院内ではジュエルデザートといえばラマダンザ、ノットラントに並んで認知度が高い国でもある。
道理でそんな大金を一度に払えるわけだとファイセルは納得した。
「いやぁ、私の国には海竜の涙はないんだよ。だからアクアマリーネは海外でしか手に入らないんだ。今回競り落とせたのは非常にラッキーと言えるね。もっとあっさり買えるかと思ったんだけど、意外と苦戦してしまったね」
青年は柔らかな表情で笑った。
「では、銀行にお願いします」
カルツ・バザールで店を畳んでいると売り場を貸りたおじさんが寄ってきた。
「アンタ……スゲェモン持ってたんだな。邪険にしちまって悪かったな」
ファイセルはマントを脇に抱えながら立ち、気にしていないという意思を手を振って伝えた。
カルツの主要な通りの銀行で魔法局・金融課の運営する銀行にジャバラドラバッド氏と入る。
「いらっしゃいませ。どういったご用件ですか?」
銀行員の男性が窓口に現れた。
「私の口座からファイセル・サプレ君の口座に550万シエール振り込んでくれないか?」
「16万5千シエール手数料がかかりますがよろしいですね?」。
ファイセルは今回の一件ですっかり金銭感覚がマヒしてしまった。10万シエールなんて今までは大金だったのに、550万を前にするとまるで駄菓子を買うような感覚に陥る。
「よし、振り込んだ。確認してくれ」
ファイセルは隣の口座で残金を確認した。
――"ファイセル・サプレ サマ ソウキンウケトリ 5,500,000シエール"
550万シエール……本当に振りこまれている。すぐに我に返ってジャバラドラバッド氏の方に向き直る。
「では、これが落札品、アクアマリーネになります」
確かにジャバラドラバッド氏の手にウロコが渡った。
「取引成立だな」
銀行を出ると『ライネンテタイムズ』と書かれた腕章をした女性がこちらに近づいてきた。
「あのー、噂ではアクアマリーネが発見され、オークションにかけられたという話なんですが、あなたがたが出品者と落札者ですか?」
ライネンテタイムズとは国内で一番シェアの多い新聞社で毎日の情報を取材しては配信している会社だ。
記事の内容は魔法局・地理課の地図のように術網の書かれた用紙に配信される仕組みで国民の6割程度が読んでいるとされる。
どこから騒ぎを聞きつけたのか、取材班が更にこちらに近づいてくる。腰のアクアマリン色の水で噂の人物だと気づいたようだ。
「そ、そうですけど」
ファイセルはたじたじになりながら答えた。
「取材料は支払いますので記事にさせていただいていいですか?」
ジャバラドラバッド氏は構わないといった顔をして首を縦に振った。
「僕は……匿名ならいいですよ」
大金を手にしたのが不用意に他人に知られるのは安全面の上で避けたかった。チームメイトにこんなことが知れたら連日にわたってファイセルのツケで飲み食いされかねない。
クラスメイトまでぶら下がってくる恐れもある。そこらの人達に飲食費をおごった程度では痛くもかゆくもない貯金額なのが余計に恐ろしい。取材班に根掘り葉掘り聞かれたので細かいところをぼかしながら取材に答えた。
「ありがとうございました。では取材料の10万シエールをお二方に」
謝礼を受け取り、取材は終わった。これだけの取材で10万もらえればまぁいいかなとも思えた。さすがにこれならトップニュースにはならないだろうなどと考えながらスタッフに匿名にしてもらうように念を押した。
「早ければ明日の朝刊には載ると思います。是非読んでくださいね!!」
ファイセルは定期購読していなかったのでどこかの宿屋か店先で買ってちょっと見てみればいいかなと思った。
「それではファイセル君、私はそろそろ行くことにするよ。なんだか君にはまた合いそうな気がする」
「ええ、また会えたらいいですね」
ジャバラドラバッド氏が伸ばしてきた手を握り返し握手した。手を振りながら彼は通りを歩いていき、やがて人の流れに消えた。
ファイセルは一旦銀行に戻り10万シエールをおろし、手持ちを20万シエールにした。旅の資金はこの程度で十分だと判断して、椅子に腰かけた。
(あぁ、まだお昼過ぎか。なんて濃い1日だ。まだ日も暮れないのに滅茶苦茶疲れたな。……でもまだ宿に入るのは早いし、そもそもカルツで止まる予定はない。今日の内に出来るだけ南下しなければ……)
疲れ切ってしばらく椅子に座りこんで少し眠っていたが、昼間食べたカルツヘビのおかげか再び体力と気力が戻り始めてきた。力が湧いてくるような感覚がある。
目をさまし、その場で地図をカバンから取り出して開いて次の村までの水源を確認する。道中の道から外れた場所に池が二つほどあるようだった。
(今度は名前が書いてあるからイレギュラーな水源じゃないな)
そうしているうちにファイセルの体力はほとんど回復していた。
(マジックアイテムでもないのにすごい効果だなカルツヘビは。特に意識して食べたわけじゃないけど)
椅子から立ち上がって旅の続きを始めた。カルツの街自体は大きいが、都市と言うほどではないので通り抜けようとすればミナレートより早く抜ける事が出来る。
特にやり残したこともないので足早にカルツを発った。街から出て、ビンを三回コンコンと叩く。
「海竜様のウロコは売れましたか?」
リーネがすぐに反応して水面に現れる。
「ああ、バッチリだったよ!! リーネのほうは大丈夫だったかい?」
ファイセルとリーネはお互いの状況を交換し合いながら街道を再び歩き始めた。ミナレート、カルツ間に比べ、少し通行する人が少なくなったのが感じられる。
目標の池はどちらも大して街道から離れておらず、すぐに水質チェックすることが出来た。
「う~ん……ここらへんの水もまだ特に変わった感じはないですね。飲料水などに使っても害のない水だと思います」
アクアマリンの水の色が普通に色の水に薄められ、目立たなくなってきた。
「きっと中央部は毒の沼とかがあって、それが雲になる事で病気が流行ったりするんじゃないかとおもうんだけどな」
ファイセルはそう推測しながら池のあった森から抜け、街道に戻った。カルツを2時ごろ出発し、2つ目の池をチェックし終わった頃には日が傾いて夕方になりかかっていた。
「ふぅ、次のノール村まで2時間ってところかな。なんとか夜になるまでには着けるだろう」
薬品類が重い。はたから見たらまるで薬売りだ。リーリンカの心遣いは非常にありがたいのだが、いかんせん長距離を歩くには重過ぎた。
出発準備の時に考えていた軽装での旅は経験則と言うだけあってファイセルに適していたが、重い薬品を持って強行軍するのはやや無茶だった。
(疲労回復薬とかあったな。飲んじゃおうかな。あとは余分な薬を売ってしまうのもアリといえばアリかもしれない)
すぐにリーリンカが不機嫌そうにむくれる様子が脳裏に浮かぶ。やっぱり薬品は大事にとっておくべきだなと思い直し、とぼとぼと歩いていく。次第に街道が狭くなってきて、畑が多くなってきた。
冬季に育つモッチ麦だろうか。北部穀倉地帯に入ったようだ。ここまで来るとミナレートのような気候に影響を与える魔法はかかっておらず、季節間の寒暖の差や、降水量の違いなどがハッキリしてくる。
このあたりは春季と冬季が交互に繰り返す地域であり、裏赤山猫の月でミナレートが暑くなるのとは正反対に冬季に向かって寒くなり始める頃だ。
割と涼しく、薄着だと寒そうだが出発時に持ってきたアルマ染めのマントと制服のおかげでちょうどよい。金色の畑に、道のわきには花が咲き、水車小屋が音を立て回っている。長い事ミナレートにいると忘れてしまいがちなのどかな風景だ。
ここまで来ると人気も少なくなり、旅人や商人ともたまにしかすれ違わない。カルツには西方向に伸びる王都ライネンテに繋がる街道があるので、大抵の行商人はそちらの街道に移ってしまうからだ。
中央地帯は治安も悪く、モンスターも強い。キャラバンでも結成しなければ通り抜けられないのだ。そのため、一人旅の旅人や商人を見かける事は少ない。
畑の真ん中にあるノール村に付いたのは7時近かった。カルツヘビで回復した分の体力も底を突き、既にヘトヘトだった。
あまり広くない村で宿屋を見つけるのは容易かった。疲れた足取りで呼び鈴を鳴らし、宿の中に入って休むことにした。
ファイセルの入った宿屋は平屋で木造りのログハウスだった。木造の家に泊まるなんてかなり久しぶりだななどと思う。カウンターに居るおばあさんにチェックインを申し込んだ。
「あ~、いらっしゃい。旅のお方。一泊夕飯朝食付きで4000シエールになりますじゃ」
ミナレートでの宿屋の相場は一泊7000シエールからだが、ここまで田舎に来るとさすがに相場が下がる。ファイセルは財布からお金をだし、手渡した。
「はいはい。確かに。もう御夕飯の時間ですから食堂にいらしてください」
部屋の鍵を受け取ったが、ファイセルはお腹がすいていたので荷物を持ったまま食堂に向かい、席が余っていたので二人掛けのテーブルに一人座った。
食堂には数組の商人らしき団体が居る。宿は老婆一人で切り盛りしているようで、器用に両手にお盆を乗せて食堂に一人で食事を運び込んでいる。
料理しながら鮮やかな手さばきで配膳をこなしていく。ファイセルはその様子を感心しながら眺めていた。
「おまたせしました。ノール村自慢のモッチ麦のピザにパスタ、ゲテゲテ鳥のソテーですじゃ」
自分のテーブルに運ばれてきた料理に舌鼓をうっていると宿屋の老婆が声をかけてきた。
「お客さん、勇ましいねぇ。剣士さんですかい」
そういえば自分が剣を差しているのを今まですっかり忘れていた。いくら使う気が無いとはいえ、うっかりしすぎだ。
はたから見たら薬売りと言うよりは冒険者の剣士に見えるかもしれないななどとファイセルは思った。
もっとも、剣を持ってきた狙いはそこで、チンピラに絡まれにくくなったり、野盗のターゲットから外れるなど色々メリットがある。まぁ、威圧感を与えてしまうケースもままあるのだが。
「剣士さん、さらに南へいくのかい? やめておいたほうがいいよ。お客さんの話によると”ヨーグの森”で恐竜が増えてるらしくってね。キャラバンが足止めを食らってるらしいんんじゃよ。冒険者を雇って駆除しようとしてるらしいんじゃが、敵わないみたいでねぇ……」
出た。案の定、今回の旅で屈指の危険度のヨーグの森関連の問題だった。森にはアテラサウルスという大人の男性の背丈くらいの恐竜が住んでいる。
連中はグループで狩りをして人も襲う。毎年死傷者が絶えない危険な場所だ。4年前、ファイセルがシリルを旅立って学院の試験に向かうときに通った時、深い傷を負わされた苦い思い出の因縁の地でもある。
「おばあさん情報ありがとう。僕はヨーグの森を抜けなければならないので、とりあえず、森の様子を見てこようかと思います」
老婆は目をこすってから細目で、ファイセルの身なりを再度見た。
「なんじゃ、アンタ、リジャントブイルの子じゃないかい。アンタなら何とかなるかもしれないねぇ。早く行っておやり」
国内でリジャントブイル魔法学院の生徒と言えば下手な軍人や冒険者よりも腕が立つと定評があり、このように腕っぷしを必要とする人助けを頼まれることも少なくない。
そういった頼みを断らず、解決してきた先輩たちがいるからこその学院生への信頼なのだが。制服を着ている以上、学院生であるとアピールしているのも同然なので、本当に面倒事が嫌な場合は制服を着て旅をしない。
それでも学生服で旅をする生徒が多いのは学院生として矜持と言えるだろうか。
(う~ん、本場のモッチ麦料理は最高だったな!)
ファイセルは風呂からあがり、薄着のまま部屋のベッドに横になりながら夕飯の味を振り返った。横になっているとすぐに眠気がやってきた。肌寒くて布団にもぐりこむ。
リーネは今日の水質チェックを終えた後、夕方ごろ幻魔界に行ったままだ。なにやら未だに混乱は続いているらしく、忙しいようだ。
(あ~、今日は本当に色々あったな……明日は早朝からじゃなくて7時頃起きよう)
ファイセルもリーネもぐったり疲れて深い眠りに落ちた。
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