第7話二者、いや三者択一だよ



ファイセルはチームメイトに夏休みの予定を聞いてみた。



「アタシは課題意外特に用事はないね~。実家が恋しい気もするけど、寮の方が過ごし心地いいから今回は帰省しないかな」



 ラーシェは料理を頬張りながら真っ先にそう答えた。



「私は実家から学校に通っているので帰省の必要はないですね。勉強しながら教会のお手伝いでもしようかと考えています。あとはやっぱりミドルに向けて戦闘向けの特技や呪文を覚えないといけないのは頭が重いですね。何がいいんですかね?格闘?薬品?」



 アイネは中等部に向けて今後の特技や呪文の修得に悩んでいるようだった。



「格闘かぁ。アイネがあたしやザティスと組手するだけでも大けがすると思うけど。あ、自分で回復すればいいのか」



 ラーシェが無茶な案を閃いてアイネに振る。



「無茶言わないでください~。ザティスさんのオウンヒールじゃないんですから! 皆さんからアイディアを募集してるので、いい案があれば教えてください」



 リーリンカがメガネを上げながら微妙な表情でアイネにアドバイスした。



「薬科は薦めないな。今から構成式やら材料やらを把握するのは困難を極めるぞ。しかも薬品生成は付け焼刃では役に立たん。それに、お世辞にも薬科が戦闘に向いているとは言えんしな」



 皆で案を出し合っている中、ザティスが思いついたように言った。



「俺と同じ専攻の奴でヒーラーながら格闘で戦える奴がいるからやっぱ近接魔術師専攻あたりが妥当じゃねぇかなぁ。噂によりゃ人体の傷をふさぐのが得意な奴は逆に傷を開ける能力にも優れてるらしいぜ。個人での戦闘にも向いてるしな。休みの内に見学でもしてみるといいぜ」



 なんだかんだでザティスのこういうところは頼りになるなとその場のみんなは思ったようだった。



「ありがとうございます。ザティスさんが言うと説得力ありますね~。ところでザティスさんは休暇中どうするんですか?」



 ザティスは古酒を飲み干しながら少し考えていたが、すぐに答えた。



「俺も特に予定っつー予定はねぇな。基本的には寮で過ごしてちょこちょこ学院のコロシアムにでも喧嘩売りに行くかなって感じだ。もはやストリートファイトじゃ歯ごたえがねぇんで学院の上級生相手あたりにだな。おっと、あと課題か。確かグリモア5冊の精読でレポートつったっけかな?そんなん酒飲みながらでも楽勝だからな。課題のうちに入んねーよ」



 それを聞いてラーシェが少し恥ずかしそうに頼んだ。



「ザティスさ、そんなに暇してるんならあたしのグリモア解読の課題、手伝ってくれないかな?どうもこればっかりは苦手で……。特に今回ばかりは自力でどうにかできなさそうなんだよ」



 ザティスは豪快に笑いながらこれを快諾した。



「おめぇまたグリモアでつまってんのか……。ま、どうせ暇だし?可愛い可愛い不出来なチームメイトの頼みとあっちゃあ手伝ってやってもいいぜ。コロシアム集合なら気兼ねねぇだろ。コロシアム荒しの片手間に手伝ってやるよ!」


「さっすがザティス先生!! 話がわかる~!」



 ラーシェは肩の荷が下りたように満面の笑みでザティスをおだてた。



「お前、デキるんだか、アホなんだかわからんな……コロシアムでもミドルとやりあっても遜色がないし」



 リーリンカが褒めているのか、馬鹿にしたのかよくわからないような一言を言い放った。



「まぁグリモア解読は留年して散々やったし、コロシアムに関してはそんじょそこらの連中とは踏んだ場数が違うし、第一留年せずに進学してりゃ連中と年齢的にゃ大差ねぇだろ。にしてもアホとはなんだアホとは。そういうリーリンカ様々はどう過ごされるんですかい? よほど有意義な休暇を過ごされるんでしょうね?」



 ザティスが絡んでくるのを煩わしそうにしながらリーリンカも予定を語りだす。



「……今月前半で課題の合成薬生成の課題を片付けて、月末には帰省する予定だ」



 リーリンカはなんだか歯切れが悪そうにそう答えた。



「なんだ、フツーじゃねーか。おめぇの出身はどこだっけ?ロン…何とかだったな。」



 ザティスは頭を捻って地名を思い出そうとしている。



「ロンカ・ロンカ。東部アルディ領の街だ。貧しい街の多い東部の中では数少ない中規模の街だ。交易路の途中にあるんでな。東部の事情はお前らも実習に行ったことがあるだろうからわかるだろうが、ロンカ・ロンカはあれより幾分かマシだ」



 リーリンカはあまり自分の故郷の事を話すのは気が向かないようだった。貧しい東部にあるからだろうか。



 ファイセルはロンカ・ロンカには行ったことないが話を聞くになんだか故郷の街と少し似ているなとシリルを思い出した。



「リーリンカは別に朝早く出るわけじゃないんでしょ?もしだったら見送りするけど?」



 ラーシェが気を利かせて言った。



「いや、お前らに手間を取らせる気はないからな。遠慮しておく」



 リーリンカがそういうとラーシェとアイネがリーリンカを挟んでペタペタとボディタッチしだした。



「もー、変なとこ意地っ張りって言うか、水臭いんだから」


「ほんとですよ~。リーリンカちゃんはいつも遠慮してばっかじゃないですか~」



「だからちゃんづけはやめてくれないか……」



 リーリンカは急に馴れ馴れしくされてどぎまぎしているようだった。



「お、お前ら酔っぱらってるだろ。こら、変なところをつつくな!」



気づけば女子の間で華やかに宴の席が盛り上がっていた。



 リーリンカの表情は昼間に比べて和らいでいて、ふさぎ込んでいる様子はもうなかった。女子二人につっつかれながら笑っている。



 ファイセルはひとまず安心して、遠巻きに女子の輪を見ながら料理を味わっていた。



(う~ん……ナメクジは食べた事なかったけどこれは中々……銀色のメタルスープもいい感じだ)



女子の輪のそばにいたザティスが追いやられるように移動してきてファイセルの隣にどっかりと座り、何やら耳打ちをしてきた。



「おい少年、もうすぐエレメンタリィも終わってメンバーが解散するわけだが何かやり残している事はないだろうか。なぁ少年よ」



 宴もたけなわでザティスは泥酔とかいかないまでも結構酔っているようだった。古酒独特の匂いが鼻を突く。オーダーも何回か回って来て古酒を数杯飲んでいるはずだ。



「やり残している事……なんだろうね。僕は精一杯やったと思うんだけど」



 ファイセルは”やり残している事”について全く心当たりが無く、肩をすくめて言った。



「バーカ! お前、こんな美少女がチーム内に二人も居るなんて事がミドルになってもあると思うか? ねーだろうがよォ。お近づきになるラストチャンスを少年はみすみすのがすってぇのかい? クラスが変わったら今より会える時間はぐーんと減っちまうんだぜ?」



何かと思えば昼に引き続きまた色恋沙汰の話だ。興味が無いわけではないのだが、かといってそれほど関心があるわけでもない。とりあえず現状では恋愛に発展しないであろう現状をザティスに伝えてみる。



「う~ん……仮に告白したとしてもみんなにフラれると思うんだけどな。僕はザティスと違って男としてさえ意識さえされてない気がするよ。可愛げがあるとか、母性をくすぐるとかそんな言われ方ばっかだしね」



ファイセルは我ながら説明していてなんだかガックリきたのを感じた。そう、自分には男らしさと言うものが欠如しているのではないかとは常に思っている。



 こういう時にそれが隠せないレベルで露呈してしまうのだ。その反面、無闇に男らしく無い分、女子から警戒されないというメリットもあるのではとも思うのだが。



「おォ?いつになく弱気だな少年。精鋭を率いるリーダーと言えどそういうところはまだまだお子様だなァ」



 ザティスがグラスをこちらに傾けながら煽ってくる。男らしさの塊のような存在のザティスには内心少し憧れているところあった。



 ここまで荒っぽく、ちょいワルのようにはなりたいとは思わないが、腕っぷしと決断力と頼りになるところなどはやはり男らしい。そのためか噂によればなんだかんだでモテるらしいし。



「ザティスこそ、そんな事言うからには誰かに興味があるんじゃないの?」



 普段、驚くほどチーム内の女子の好みについて言及しないザティスに向けて好奇心で質問を返してみる。



「このチーム内で?無ぇ無ぇ。あくまでおめーの事を心配してアドバイスしにきてやってんだ。で、どっちだ?」



 余計なお節介を……と思いながらもファイセルは真面目に考えて答えをだそうとした。



「う~ん、強いて言うなら……う~む、甲乙つけがたいね。あ、甲乙とは言ったけど、リーリンカも一応候補に入れてやってよ……」



 結局、決めかねたので微妙に話の方向をそらす。



「おっとまさかのリーリンカ。あんなグリグリメガネの幼児体型のどこがいいんだか」



 ザティスの心の声で「あり得ねェ趣味だな」と今にも聞こえてきそうな反応だ。



「ああ見えても意外と優しい所あるんだよ」


「ほ~ん……」


ザティスがニヤリと笑う。



「じゃあ改めて。三人から選ぶとするなら!?」


「う~ん……」



 改めて聞き直されるとは思わなかったファイセルはまた考え込んだ。何とかしてやり過ごせないだろうかと考えているとまたザティスが腕で小突いてくる。



「だ~っ、これだから優秀不断君は困るぜ。お前4年前からずっとそんなんじゃねェか」



 彼がこの手の話を振ってくることはしばしばある。そのたびに適当な理由をつけてそれをかわしてきたのだが、今回も良いかわし方というか言い訳を思いついてファイセルはザティスの顔を見て考えを改めるように促した。



「ザティス、よく考えてみなよ。こんな調子で女子たちが僕たちのどっちが好みかなんて話してると思う? 多分一度たりとも有り得ないでしょ? つまり、そういうことなんだと思うよ」



ファイセルの的確な一言にザティスは軽く口をあけたまま絶句した。まるで急所に強烈な一撃を浴びたかのように。



「……あんだよ。男の本能を焚きつけたらおもしれーんじゃないかと思ったのによォ。あー、これで乗って来ないってのが既に男らしくねーんだわな」



 言いたい放題言われているのは若干気になるがまぁ端から真剣な話ではなく、そんなところだろうなとファイセルは思ってフォローを入れる。



「そういうのはシラフの時に話しかけてくれたら真面目に応じるよ……」



女性陣は終始楽しそうだったが、それに対して男性陣はなんだかお粗末な気分になって打ち上げは終わった。



(やり残した事か……ザティスの言う事も一理ある。もし今のメンバーと中々会えなくなってしまうとしたら今の環境が恋しくなるのだろうか。でも誰が好きかなんて特に意識してないしなぁ……)



 チームメイトと別れてそんな事をぼんやり考えながらファイセルは寮に帰った。



「さて、気を取り直して。明日からは本格的な旅になる。明日に備えて早く寝よう」



 自分に言い聞かせるように一言つぶやき、ドアノブをさすって鍵を開け、部屋に入った。



「ふぁ~、お帰りなさい。遅かったですねぇ」



 ライトがつくとリーネが反応して水面に現れた。口に手を当てて眠そうにあくびをしている。



「明日は早いよ。水質チェックって言う大事な仕事だから頑張ろうと思う。リーネも頼りにしているよ!」



「は、はい! 一緒にがんばりましょう!!」



 そう言葉を交わして服を着替えてからライトを消し、ファイセルとリーネは眠った。



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