第2話 ギルドの朝


 アリストのギルドは、基本的に二十四時間営業なの。

 ここがこの国で一番大きなギルドということもあるけれど、獲物を持ちかえる冒険者のために、いつも戸口は開けてあるんだよ。


 ギルドの活動が始まるのは、夜明け少し前。早朝は、比較的遠くの森へ魔獣を狩りに出かける冒険者が集まって来るの。


 ああ、冒険者についても説明した方がいいね。

 この世界で『冒険者』と言えば、魔獣狩りや採集をする人なの。


 魔獣はマナが凝縮して生まれるモンスターよ。

 増えすぎると森から出て人を襲うから、絶えず討伐とうばつする必要があるの。

 だから、冒険者はとても大切な仕事ね。


 採集は、草や木の実、キノコを採るのだけど、それは薬師さんや錬金術師さんが作る薬やポーションの素材となるの。

 ポーションは、病気の人やけがをした人の治療に欠かせないでしょ。

 冒険者って、やっぱり大切な仕事だね。


 ギルド一階、待合室の壁には、討伐依頼のコーナーと採集依頼のコーナーがあって、冒険者はその中から自分に合った依頼を受けるの。


 冒険者のランクは、鉄から始まり、銅、銀、金と上がっていく。

 比較的大きなこのギルドでも、金ランクは二名しかいないのよ。

 だから、ほとんどの冒険者は、銅ランクか銀ランクね。


 ちなみに、私をここのギルドに住めるようにしてくれた方のランクは、なんと黒鉄くろがね

 このランクは、金ランクよりさらに上で、一つの世界で一人いるかどうか。凄いでしょ。


 ああ、最近売りだし中のパーティが帰ってきたわね。

 このパーティは、若くして全員が銀ランクなの。ウチの稼ぎ頭ね。


「キャロ、お早う」


「お早う、ブレット。今日も早いのね」


 ブレット君は、二十過ぎで細身だけれど鍛えられた長身なの。

 革鎧を着て長剣を腰に差していて、カッコいいんだよ。

『ハピィフェロー』って言う、このパーティのリーダーも彼ね。


「お早う、キャロ。ギルマスの仕事には慣れたかい?」


 優しく話しかけてくるのは、白い杖を持った魔術師のナルニス君。

 小柄な彼は、噂によると様々な魔術が使えるらしいわ。

 彼は貴族の出身で、宮廷魔術師の試験に受かったのに、わざわざ冒険者を選んだっていう変わりダネなの。

 色白で女の子に間違われちゃうくらいカワイイの。


「キャロちゃん、おはよ!」


 次に声を掛けてきたのは、燃えるような赤髪をしたビーチさん。

 がっちりした体格で、ブレット君と同じくらい背が高いの。前に、彼女が男の冒険者を腕相撲で負かすところを見たわ。

 背中に大きな剣を背負っているけど、あんなのが振りまわせるのかしら。


「ギルマス、今日もよろしくね」


 生真面目な感じの小柄な女性は、弓師のミースさん。

 城下で毎年開かれる弓の大会で、出場すれば優勝という成績を残してるの。

 彼女が参加する時は、お城の騎士が弓部門への出場をとり辞めるそうよ。


「お早うさん!」


 最後に声を掛けてきたのは、タンク役のダン君。

 タンク役と言うのは、攻撃を防ぐ『とりで』の役割だそうよ。


 天井に頭がつくほどの巨体で、大きな盾を背中に背負ってるの。

 私なんか、あの盾に押しつぶされちゃうわ、きっと。

 田舎の出身で、朴訥ぼくとつな気のいい青年なの。


「ワイバーンの目撃情報が入ったって、本当かい?」


 ブレットは情報通ね。


「ええ、『霧の森』を通過中のキャラバンからの報告が一件。ダートン近くの街道沿いでの目撃が四件あるわ」


「『霧の森』とダートンの街ってことは、北東と南西か。ずいぶん広い範囲に散らばってるってる……あまり、いい傾向じゃないな」


「私もそう思うわ。今のところ、人を襲ったっていう報告は受けてないけど、用心するに越したことないわね」


 ナルニス君が口をはさむ。


「討伐依頼はどうなってるの、ギルマス?」


「このことは国もずいぶん警戒していて、銀ランク以上の依頼が出ているわ」


 それを聞いて、ミースさんが依頼書の貼ってある壁に行く。

 一番上に貼られた、新しい依頼書をくりかえし読んでいる。


「有益な報告一件につき、パーティごとに銀貨三枚。討伐は、一匹につき金貨三枚だそうよ」


※地球の価値に換算すると、銀貨一枚一万円、金貨一枚百万円


「一匹で金貨三枚ぽっちとは、国は危機感が足りないな」


 ブレット君がしかめ面でつぶやいてる。

 でも、これには私も賛成。ワイバーンは竜の亜種と言われるぐらいで、もの凄く強いの。

 当然、Aランクの魔物よ。Aランクと言えば、金ランクの冒険者でも五人で掛かる必要があるくらい。

 命がけの討伐になるから金貨三枚では少なすぎるの。


 結局、『ハピィフェロー』のみんなは、この町から南西方向にあるダートンの街へ向かうことになったみたい。

 四件の目撃情報があった所だね。


 彼らが出ていくのと入れちがいに、他の冒険者たちが続々とギルドに入ってくる。


「キャロちゃ~ん、お早うー」

「お早う」


「お早う、天使ちゃん」

「お、お早う」


「あー、キャロちゃん見ると、朝から心が洗われるわ~」

「……」


 ま、まあ、いろんな挨拶をする冒険者がいるわね。良くも悪くも変わり者が多いのが冒険者なの。

 でも、気のいい人がほとんどなのよ。

 命懸けの仕事だからかしら。少なくとも、ここのギルドには、イジメをするような陰湿なタイプの人はいないわね。


 ああ、あのテーブルの人たち? 

 あれは、ギルドで朝食をとっているの。街で食べるより少し高いけど、この時間に開いてる食事処は他にはないからね。


 ギルドには、調理専門のスタッフもいて、夜明けから深夜まで二人ずつ三交代で食事を出しているの。


「おっ! こりゃ、ハーフラビットじゃねえか。久々に食ったぜ。なかなかいいもんだな」


 冒険者が料理を褒めると、キッチンのカウンターからシェフが顔を覗かせる。


「嬉しいこと言ってくれるねぇ。活きのいいのが何匹か入ったんでね。

 ハーフラビットは、活きが良くねえと旨くねえからな」


 シェフは元冒険者で、討伐中に足を怪我して転職した人よ。

 ハーフラビットは、森の中で獲れる魔獣で、討伐依頼だと一番簡単な部類に入るわ。

 昨日、鉄ランクと銅ランクの初心者パーティが獲ってきたの。


 討伐依頼は討伐しただけでも報酬が出るけど、素材を売ればさらにお金になる。

 冒険者の大切な収入源ね。

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