CASE.3-25

 「お前の師匠はお前が27年前に現れたからおかしくなったと言っている。あのジジイとどんな関係がある」

 真鍋はDNA鑑定書を二つ突き付けて問い質した。

 「ジジイとは誰のことだ?俺はオーナーとはもっと前に会っている。俺のことじゃないだろう」

 「それは知っている。俺が聞きたいのはお前は本当に人間なのかってことだ。まさかシェイプシフターとかクローン、アースⅡの人間とか言うなよ。どうして同じDNAの人間が二人いるんだ?」

 真鍋は短気に机を叩きつけた。

 智沙には真鍋の言った説のほとんどが理解できないでいた。だが、この阿部に何を聞いても答えは出ないことは分かっていた。答えはそのどれでもない渕上による仕業なのだから。

 「俺にはあんたが何を言っているかわからない」阿部は本気で訴えた。

 「わからないやつだ。俺はこの後始末をどうやって収めるか聞いたんだ。俺が解決した事件だ。俺にはどうやって事件を終結させるかの決定権があるんだ」

 「ちょっと待って、聞いていません。いつ、どこから真鍋さんが事件に関わりましたか?手柄を主張する気はありませんが、それはあんまりです。終結させる決定権なんて私たちにはないはずでしょう」

 真鍋の野心は油断も隙も無い。汚かろうが手段を問わず手柄が欲した。

 「さあ、知らん。いいか、俺がいたからこの事件は解決できた。阿部力男、いくらお前が国民的英雄だとしても俺は容赦なくお前の悪事をすべて説明する。すべてだ。あることないこと全部。お前を国民的恥さらしにしたっていいんだ」

 明らかな喧嘩腰に阿部は鬼の形相で真鍋を威嚇した。

 その威嚇をせせら笑うかのように真鍋は見返した。

 「死んだ女の子の服を脱がせたんだ、そのあと楽しんだんだろうな。実に気持ち悪い男だ。それに元カノの遺体と生身の彼女とを一緒に味わったんだろ。遺体はどんな反応をしたんだ?彼女は嫌がらなかったのか?」

 「ひどい。どうしてそんなこと言えるのよ」

 智沙は真鍋を完全に見下した。いくら取り調べで相手の動揺を誘うためだとしてもその冒涜はあんまりで聞き捨てならない。

 「何だよ?」震えている阿部に真鍋は顔を近づけた。

 カッと見開いた阿部は真鍋の顔に唾をひっかけた。

 瞬発的に真鍋は阿部のジャケットの肩をつかみ頭突きをお見舞いした。

 相手は拘束されているので手出しはできないと油断して力を抜いた瞬間である。阿部の両腕が真鍋の顔面に飛んできたのだ。両手は前で手錠により拘束されているだけだったから肩の稼働領域は思いのほか広かったのだ。

 真鍋には悪いが智沙の胸はすっとした気分だった。

 すぐに二人の男が阿部を取り押さえに来た。彼らの登場と一緒に渕上が現れた。

 久々に見た渕上は顔にひげを蓄えていた。

 「今までどこにいたのよ」

 その質問に渕上はジェスチャーだけで外への誘導を示した。

 取調室が見える別室へと移動した二人は阿部の様子を見ながら久々の会話を交わした。

 「あなたどっか変だったよね。まるで私を避けるように、いったいどういうことよ」

 いつからかは正確には思い出せないが、ここ最近はすれ違いどころか、まともに顔すら見せていない気がした。

 「黒木をこの世界に連れてきたことがショックだったんだよ。黒木がとかじゃなく今まで一度だって誰かを現在に連れてくることなんてできなかったんだ。でもそれがなぜかできた。どうしてだ?そう思ったらどうしてもある可能性が頭から離れない」

 「その話ならこの間あなたから…」

 「僕はしてない。辛峠町から帰ってきて以来ちゃんと会話する機会はなかったはずだ。…いや、でも君がそんな勘違いをしたとは思えない…」

 渕上はあごに手を当てて考えるしぐさをしたが、それはすぐに解かれる。

 「待てよ…まさかまた未来から僕が来たんだな」

 「だって、どれがあなたかなんてこっちは突然目の前に現れたあなたを対処しなければならないのよ。それに」

 「わかったよ。未来の僕が何をしたにせよ、それ以上の発言は控えてくれよ」

 智沙は危うく同じ間違いを繰り返しそうになった自分を反省した。未来の渕上が何をしようとしていたかは今は問題ではない。問題はその話を現在の彼に言ってしまうことなのだ。

 「それで、今まで何していたの?」

 「それは、まあ、仕事してたさ。一時俊久さんがあの男に拷問を受けて殺される瞬間に立ち会ったり、必要な調べごとをして裏を取りに行ったりしていたさ…」

 なぜか視線をそらそうとする渕上が智沙の目に怪しく映る。

 それを感づいてか渕上は「ああ、わかったよ」とあっさりと非を認め、事実を打ち明け始めた。

 「本当のことを言えば、ずっと酒浸りだった。それも君が思う以上に長い間。普通の時間感覚の数倍増し、ひと月はずっと暗い生活を送っていたさ」

 辛峠町から現場を特区に移してた日から五日ほどが経っている。つまり渕上はこの5日間を何度も遡り自堕落な生活を過ごしていたというのだ。

 「やっぱり変よ。強姦に遭った私でさえ何とか生きているのに、黒木の件の何がそんなにつらかったわけ?」

 「黒木がああやって2年前からこの現在に連れてこられたのなら娘だって連れてこられるんじゃないかって考えたら居ても立ってもいられず、あの子の顔が見たくてあの子が亡くなる数日間を見に行ってしまったんだ。こう、物陰にこっそりと隠れながら妻と子の姿を見ていたんだ」

 思いもよらない深刻さに智沙は真剣に渕上の顔を見ていた。

 「そしたら、やっぱりどうしても事件の前に戻って事件に巻き込まれないように何かできるんじゃないかとか、このまま娘を連れて帰ってもいいんじゃないのか、なんて悪魔の考えが浮かんだよ。妻とあの子を助けたり、連れ帰ってもしたらどうなるかは僕にもわかっている。今の世界は確実に崩壊する。そんなことだけは絶対にしてはならないと僕自身に言い聞かせているんだ。それでも家族が恋しくて仕方なかった」

 「あなたはずるい。私だって会いたくても会えなくなった大切な人はいるわ。それなのに自分だけがつらいなんて思いこんでいるけど、普通の人はね楽しかったトキへ遡ることなんてできないのよ。この瞬間は今しかないの。だからみんな写真に収めたりビデオに映したりして思い出を残しておきたくなるのよ。なのにあなたときたら、時間移動でいつだって大切な日を記録に残せるし、二度と会えない人の元気な姿を拝めるのよ。人は大切な人の声や顔をいつかは忘れてしまうかもしれないという恐怖すら抱きながら大切な人のことを思い出したりするの。タイムトラベルできる能力があったとしても、あなたもみんなと同じように故人をいつくしむべきよ」

 智沙の胸には熱いものを込み上げていた。智沙もまた大切な人を失った一人だった。それだけに渕上の悩みは聞いていてつらかったのだ。

 「君が思っている以上につらいんだ。手を出せば届きそうな、声を掛ければ聞こえそうな距離、そこまで近づけるのに僕は手を差し伸べることも励ましの声を掛けることもできない。救えないものばかり、死にゆく犠牲者を傍らで見ていても何もできないんだ。僕はどうしたらいいんだ?」

 「耐えるのよ。それがあなたに与えられた力の代償だと思うしかないわ」

 智沙は渕上の両肩をつかんで目を見つめた。瞳に移る自分の顔が見えるほどに瞳を見つめていた。

 ガタンという物が倒れるに二人は正気を取り戻し、ガラスの向こうに意識を戻した。

 どうしてこうなった?

 部屋の壁にもたれて座っている阿部の頭には血が流れ、机が横倒れになっていた。

 そして尋問の続きをやっていたはずの真鍋の姿が消えていたのだ。

 智沙は急いで取調室へと駆け戻る。

 「何があったの?」

 意識をもうろうとさせた様子の阿部に聞いてみた。

 「あいつ、事故のこと聞いたんだ。27年前に死んだ子供の話」

 「女児誘拐殺人事件のことよね」

 「嘘言え嘘言えって圧力掛けてくるのが気に食わなかったから本当のこと言ってやったんだ」

 「何言ったの?」

 阿部はだらりと下がっていた両手を上げてカメラを指さした。それは見ろという合図だった。それを最後に彼は気を失った。

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