第2章 扉は固く閉ざされて

 美島佳太は浜松町の自宅マンションで目を覚ました。

 竹下桟橋に近いこのマンションは、もうすぐ「ゆりかもめ」というモノレールの駅が近くに出来る予定だ。

 いつもタクシーで深夜帰宅する時に「竹下桟橋まで」と行き先を告げると必ず運転手に「こんな時間に船が出るの?」と聞かれる。

 確かに周りに何も無いのだ。

コンビニすら、二十三時で閉まってしまう。


 時計を見ると8時半。

 これから30分で支度を終え、十時には青山の外苑前にある会社に出社しないといけない。

 美島の勤務先は中堅レコード会社のビュースター。

 親会社は景星社という出版社で、ビュースターの代々の社長はそこからの出向だ。

 美島は宣伝部の所属で、FMや関東ローカル局を担当し、それとは別に3組のアーティストの総合宣伝担当だった。

 前者は「局担」、後者は「アー担」と呼ばれる。

 今度デビューするコッカトリスも、音源が出来上がったらプロモーションでテレビやラジオ局周りをやらなくてはならない。

 サンプル曲の入ったカセットテープとプロフィールを用意して、各局のプロデューサー、ディレクター、ラジオ局だとDJにも、それぞれ配る作業だ。

 放送で流して貰える事になれば、オープンリールのテープも持って行く。

 その後、CDのサンプル盤が出来上がったら、また同じ事を繰り返す。

 テレビ局にはプロモーションビデオのVHSも。

 これも放送が決まったら「シブサン」と呼ばれる放送用の3/4インチのビデオテープを持って行く。

 東京のマスコミは割りと場所が固まっていて、特に有楽町線界隈にはラジオ局と出版社が多い。美島たち宣伝部員には居住地に関係なく有楽町線の定期券が支給されるくらいだ。

 やっかいなのは関東ローカル局で、埼玉のNACK 5とテレビ埼玉、千葉のBAY FMと千葉テレビ、神奈川のFM横浜とTVKは、どこも移動距離が長い上に駅から遠い。

 特にテレビ埼玉と千葉テレビは駅からバスに乗らないといけない。

 千葉テレビは千葉刑務所より遠いのだ。

 BAY FMはスタジオが千葉駅と幕張駅の2つにあって、幕張のツインタワーの二十七階にあるスタジオには望遠鏡が備え付けてあるくらい眺めが良い。

 FM横浜も桜木町から動く歩道に乗り、みなとみらい地区のランドマークタワー十階にある。

 美島は楽天家なので、いつもリゾート気分でプロモーションに周っている。

 欠点は、いつもCDを何百枚と抱えていかなければいけないところだ。

 業界用語で「短冊」と呼ばれるシングルCDだとまだマシだが、アルバムを百枚、二重にした紙袋に詰めて歩くのは辛い。

 美島はいつも「アナログのLPの時代はもっと辛かったんだろうな」と思う事で自分を慰めている。

 特に駅から遠いところは、夏は地獄だ。

 電車での移動距離も長いので、ついつい居眠りをしてしまう。

 美島は「なんか最近、不眠症気味だなあ」と思っていたのが、昼間の移動中によく電車の中で寝ていたからだと気付いて自分で笑ってしまった事もあった。


 今週の美島の主なスケジュールは、純邦楽バンド「神楽隊」の資料作りだ。

 純邦楽というのは、笙(笛)や琴、太鼓、鼓といった日本古来の楽器を使った雅楽の事だ。

 神楽隊は若手の雅楽アーティストが集まって結成したバンドだ。

「父親が鼓の人間国宝」というメンバーもいて、みんな小さい頃から雅楽の英才教育を受けているサラブレッドなのだ。

 ベースやギターも弾けるメンバーがいるので、ロックのカヴァーとかもやっている。

なかなかに面白いアプローチのバンドなのだ。

  

 会社に着いた美島は、最近会社に導入されたパソコンを起動させた。

 MacのPerformaだ。

「美島さん、ちゃんとパソコン使えます?」

 後輩の山崎が茶化してくる。

「この前、フロッピーのスロットルにCDシングル入れようとしてたでしょ?」

「だってお前、サイズぴったりじゃん!」美島がブーたれる。

「いや、そうですけどね」

「お前だってこの前『画面が固まった! 何やっても動かない!』って騒いでたけど、マウスが外れてただけだったじゃん!」

「便利だけど不便ですよねー」

「それは言いえて妙だな。まあ、これからはコイツが扱えないと仕事にならなくなるんだろうな」

「覚えるまでがたいへんで、覚えたら楽しくなるのは楽器と似てますね」

 山崎はバンドでギターを弾いてたのだ。

「なに、喧嘩売ってんの?」

 美島はまったく楽器が弾けない。

 もっとも、そんな事はまったく関係ないくらい魅力的な声を持っているのだが。

「美島さん、チューニング出来なくてギター諦めたんでしょ?」

「だって、何度やっても弦切れるし。あれって怖いじゃん!」

「ギターだけならまだしも、ベースの弦まで切ってたらしいですね。この前の打ち上げで宗崎さんに聴きましたよ」

「アイツ、余計な事を…」

 宗崎は何度も美島に楽器を教えようとしたが、最後は匙を投げた。

人の話を聞かず、こらえ性の無い美島には「根本的に向いてない」と悟ったのだ。

美島は基本的に機械ものには弱く、パソコンも今のところは必要最低限度しか使えない。

ただ、メールだけは女性とのやり取りで一番使いこなしていると、専らの噂だ。

一度山崎が美島に訊いた事がある。

「一般の女性でメールやってる人ってそんないないでしょ? 編集者とかライターさん狙いですか?」

「いや、業界の人間に手を出すと、後々面倒臭いから」

「でも普通の人ってメアド持ってませんよね?」

「ふっふっふ」美島はメーラーの一覧を見せた。

 メアドの末尾が~ac.jpのものが多い。

「これってなんスか?」

「大学のアドレスだよ。みんな女子大生だ」

「え?」

「今は大学の研究室とかでアドレス持ってるんだよなあ」

「なんで美島さん、そんな娘たちと繋がりあるんスか?」

「それはまあ、いろいろと」

 詳しく教えるつもりはないらしい。

 実際、美島はモテる。

ルックスも人当たりもよく、マメで優しくて話も面白い。

 おまけにレコード会社勤務という「業界の人」だ。

 女子大生からしても、つきあえば友達に自慢出来るレベルだろう。

「いーなー! 今度合コンセッティングしてくださいよー」

 同じく宣伝部員の沢口が懇願する。

「それはお前らの心掛け次第かな」

 かくして、山崎と沢口の二人は美島に頭が上がらなくなった。


「ところで美島さん、今度ベイで和樹がレギュラーやる事になりそうなんですけど」沢口が美島に話しかける。

 ベイとは千葉のBAY FMの事で、和樹というのは今度デビューする新人歌手の西村和樹だ。

 沢口は西村和樹のアー担なのだ。

「あー、水曜日の15時からだっけ?」

「そうです。30分番組で」

「正式に決まったら編成兼制作部長の東雲さんに挨拶行かなきゃな」

「なんか怖い人らしいですね」

「柔道の有段者で、忘年会の余興で電話帳を素手で破くって噂だ」

「うわー! キツッ!」

「どっかのプロモーターが怒らせて一本背負い喰らったって話も聴いたから、粗相のないようにな!」

「大丈夫ですかねえ…」

「ディレクターの国富さんはやさしいから、味方につければ大丈夫だよ。俺なんかアーティストが生放送に2時間遅刻してどうしようもない時に、ゲストの順番入れ替えて貰ってどうにかなった。あん時は生きた心地しなかったなあ」

「心臓に悪いですね…」

「総武線は強風が吹いたら止まるし、横浜線は雨に弱いから気をつけるようにな! 某メーカーのプロモーターなんか、雪の日に電車止まって、その日に初めてオンエアされる予定の大物アーティストの音源抱えてタクシー乗ってる時に、車内のラジオから『○○レコードの××さん、早く来てくださいね。待ってまーす!』って呼びかけられて、タクシーの中で駆け足をしたらしいからな」

「電波媒体の宿命とは言え、怖い話ですねえ」

「俺なんか、お姉ちゃんとの待ち合わせにも1時間前に現地行って、茶店で待つ癖ついたよ」

「職業病ですね」

「ま、お姉ちゃんは時間通りに来ないんだけどな」


 美島がお昼に近所の蕎麦屋でかつ丼とざるそばのセットを食べ終わって社内で一息ついていると、宣伝部長の多岐川に呼び出された。

「美島、明日時間あったら一緒にアメイジングに行ってくれないか?」

 アメイジングとは、業界でも大手の事務所で、強面でも有名なところだ。

「…なんかキナ臭い話ですか?」美島も警戒している。

「まあ、キナ臭いかどうかは行ってみないとなんとも言えないんだが…」

 多岐川も奥歯にものが挟まったような言い方をする。

「でもホラ、お前なんでか知らないけど纐纈さんに気に入られてるだろ?」

 纐纈さんとは、アメイジングの社長で「業界のドン」と評されている人物だ。

「良い話にしろ悪い話にしろ、いろいろ面倒臭くなりそうですねえ」

「まあ、そう言うな。我々としてもつきあってて損はしない人だ」

 もちろんメーカーが大手芸能事務所に逆らえる訳が無い。

 美島がビュースターに入社して宣伝部に配属になった時に、まだ課長だった多岐川はこう言った。

「いいか、美島。テレビの音楽番組のブッキングってのは、8割は大手事務所が押さえてる。我々は残り2割を取れるように頑張るんだ!」

「芸能関係の事務所相手だと、なまじっかな法律なんかより、力関係や慣習の方が優先されるのを忘れるなよ」

「あそこのタレントに関して、勝手な事をやるとトラブルの元だから、必ず俺を通して、直接連絡しないようにな」

 別の宣伝部員で「スキャンダルもみ消し係」と呼ばれている「浪速のモーツアルト」みたいな髪型をした人からは「どうだ、美島! ちったあ芸能界に慣れたか?」と言われた。

(芸能界じゃなくて音楽業界に入ったつもりだったんだけどな)とは思ったが、一応「はあ、まあ、おかげさんで」と口を濁した。

 美島は、山崎や沢口も元々はロックな奴らなので芸能界の仕組みには戸惑うかもしれないと思い、自分の時に多岐川が水先案内人になってくれたように、なるべくソフトランディングに芸能界という特殊な村社会のしきたりを教えようと固く心に誓っていた。

 それでも根が楽天家の美島には、芸能仕事も合っていた。

 だからこそ、ドンの纐纈社長にも気に入られたのだ。


(ま、明日の事は明日考えるか!)

 切り替えが早いのも、美島がこの仕事に向いている証拠だ。


 夕方からは神楽隊のレコーディングをする事になってる「スタジオ・ノバ」でメンバーとの打ち合わせが入っていた。

 ノバは八王子にある広めのスタジオで、真ん中に20畳くらいの大きいブース、そこから放射線状に小さいブースが4つ設置されていて、それぞれのブースは防音の二重扉で区切られていた。

 通常のバンドのレコーディングだと、真ん中のブースにドラム、その他のブースにギターやベース、ヴォーカルが入る。

 ミキサーの入ってるコンソールルームやロビーも広いので、スタッフ陣もゆったり出来る。


 美島がスタジオに着くと、一足早く企画制作部の前野がいた。

 ビュースターでは制作部が4つあり、その中で企画制作部は通常とは別の企画色の強いものを扱ってる部署だ。出すCDも、単発のものが多い。

 今回の神楽隊も、ちゃんとしたバンドではあるのだが、話を持って来たのが民謡や雅楽、環境音楽なんかを専門にしてる前野ディレクターだったので、企画制作から出る事になったのだ。

 通常、企画の宣伝を宣伝部で扱う事はほとんどないのだが、今回は純邦楽の大物の息子たちと言う事で、特別に宣伝部が関与する事になった。

「前野さん、お疲れ様です」

「美島ちゃん、お疲れ。今日はシクヨロ!」

 口調で分かる通り、前野は「ザ・業界人」だ。

「レコーディングは明日からですよね? どれくらい籠るんですか?」

「強行軍だよ。予算無いし。10曲録るのに、TD、マスタリング込みで十日間だからね」

「ここ、マスタリングも出来るんですね」

「まとめてやるからって事で安くしてもらったから」

 前野はベテランなので、いろんなスタジオに顔が利く。ここのスタジオも、オープン当初からのつきあいのようだ。

「で、今日は夕方からスタジオ空いてるんで機材搬入と打ち合わせに使って良いって言われたんでね」

「助かります。カメラマン呼んでるんで、後でアー写撮らせて貰いますね」

 アー写とはアーティスト写真の略で、プロモーションに使われる。

 スタジオで機材もあるのなら、それっぽい写真も撮れそうだなと美島は思った。

「ここはロビーも広いし、あそこにある真っ赤な手すりのらせん階段の前なんて良いんじゃない?」

「ですね。さっき散策したら庭もいー感じでしたね」

「さすが美島ちゃん! 手が早いねえ」

「それを言うなら『目が早い』です!」

「手も早いって噂は聴いてるよ~。いっぱいチャンネーをコマしてるんでしょ~?」

 前野が下品なジェスチャーを始めた。

ベテランには敵わない。

「あ、丁度良いや。おーい、山ちゃん!」

 前野がスタジオの事務所から出て来た初老の男性を呼び止めた。

「山ちゃん、ウチの宣伝の美島」

 美島は慌てて名刺入れを探す。

「こっちはこのスタジオ・ノバのオーナーの山本さんね」

「初めまして、美島と申します。今回はありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ使って戴いてありがとうございます」

 山本は腰の低い、優しげな人物だった。

 物言いも柔らかい。

「前野さんとは私が別のスタジオでアシスタントやってた頃からだから、かれこれ30年近くのつきあいになるんですよ」

「あ、そういうご縁だったんですね」

「ホントはね、もう隠居しようと思ってるんですよ。長野辺りに引っ込んで、蕎麦屋でも始めようと思ってて」

「山ちゃんは蕎麦打ちが趣味で、玄人はだしなんだよ」前野が補足説明をする。

「明日もスタジオ休んで長野の不動産屋巡りですよ。早くしないと東京は地震とか怖いし」

「相変わらず心配性だなあ、山ちゃんは」

「前野さんみたいに楽天家じゃないんですよ」

「この美島も相当なもんなんだよ」

「社風ですかねえ」

 他のビュースターの社員が聞いてたら異議を唱えてただろう。

 二人は社内で一、二を争う楽天家なのだ。


 やがて神楽隊のメンバーもやって来た。

「おはようございます、前野さん、美島さん。とりあえず、楽器降ろしちゃいますね」

 リーダーで鼓の和泉菊央が仕切る。

 彼はこのバンドだとベースも弾く。

 普通のバンドと違って、楽器が面白い。

 アンプとドラムセットが無い代わりに、和太鼓と銅鑼が機材車から降ろされて来た。

 後はみんな手持ちのコンパクトなものばかりだ。

「じゃあ、楽器はまだスタジオに入れないで、ロビーで広げちゃって。ここで写真撮るからね。着替えと化粧が終わったら、またロビー集合ね」美島が指示を出す。


 そうこうしてる内にカメラマンの吉野剛とアシスタントが到着した。

 吉野はぽっちゃり体型にちょび髭でいつもサファリジャケットを着ているので「カメラマン」と書かれた名刺を渡された人全員がなんとなく納得するルックスをしている。

「おはようございます、美島さん!」

「おはようございます、吉野さん。こちらディレクターの前野です」

「初めまして、カメラマンの吉野と申します。今回はお世話になります」

 前野も名刺を貰って納得した顔をした。

「美島さん、どこで撮ります?」吉野が指示を仰ぐ。

「とりあえずはこのロビーで、後ろに赤いらせん階段が写るような感じでどうでしょう?」

「あ、いいですね。じゃあここにお店を広げますかね」

 アシスタントがてきぱきと照明の機材を運んで来てセッティングを始めた。

「じゃあ、衣装を見ないと出来ないセッティングもあるでしょうから、メンバーを紹介しますね」

 美島は吉野を神楽隊のメンバーが着替えをしている一番広いブースに案内する。

「みんな、今日のカメラマンの吉野さんね」

 全員、納得した顔をしている。

「吉野さん、こっちからリーダーで鼓とベースの和泉、笙の小池、琴の三沢、太鼓とパーカッションの大塚」

 琴の三沢綺乃は女性メンバーだ。彼女だけは家から和服のまま来ている。

「いやあ、和服はやっぱり華やかですねえ」

「撮り甲斐あるでしょ?」

「ですねえ。バックシートは紫色なんか合うんじゃないかな」

「いいですね、高貴な色だし」

「じゃあ、早速セッティングして来ますね」


 吉野も神楽隊もセッティングを始めたので、美島と前野は暇になった。

 前野が美島に語りかける。

「実はさ、レコーディング五日目に、メンバーの父親の人間国宝様がゲストでいらっしゃる事になっちゃってね」

「え? 鼓の?」

「そうそう。なんで、山ちゃんに事前に言うと、心配性だから『粗相のないように』ってカチカチになるんじゃないかと思ってまだ言ってないんだよね」

「どうせバレるんだから、早めに言った方が良くないですか?」

「いやあ、どうにかなるんじゃないかな。大丈夫だよ、多分」

 前野は元祖Mr.C(ミスター・ツエー)なのだ。


 着替えを終えた神楽隊がロビーに現れた。

 みんな、時代劇風というか大衆演劇風な白塗りに近い化粧だ。目張りが凄い。

 三沢は振袖だが、男性陣は動きやすいように簡易裃のような法被っぽい和服を着て、それぞれ楽器を手にしている。

「じゃあ、最初に個人ショットをバックシートの前で撮って、その後機材をカタしてから、らせん階段の前で集合写真を撮りましょうかね」吉野が段取りを説明する。

 

 ポラロイドの試し撮りを確認すると、フラッシュを焚き過ぎたのか、鼻が穴しか写っていないくらい白く飛んでいた。

「でも、これも面白いですね」

 美島も前野も、基本面白がり屋なので、普通のアー写じゃ満足出来ないのだ。

「いっその事、目いっぱい飛ばしますか?」

「うん、鼻が写らないくらいやっちゃってください!」

 メンバーはそんな事になってるとは知らない。

 前野と美島は「ま、どうにかなるか」と思っている。

 前野は若い頃ジャズマンだったので「人生はアドリヴ!」を座右の銘にしているのだ。


 無事撮影は終了し、翌日からのレコーディングに備えてスタジオに機材を搬入する事になった。

 

 ここで大問題が起こった。

 和太鼓が、ブースの入口の二重扉を通らないのだ。

 僅か数センチではあるが、つかえてしまう。

 無理矢理通そうとすると傷が付く事は間違いない。

「大塚君、これって高いよね?」美島が恐る恐る尋ねる。

「そうですね。これで中太鼓なんですよ。大太鼓ほどではないけど100万円は超えてますね」

「大太鼓っていくらくらいするの?」

「モノにもよりますけど、良いものは1000万円くらいはしますよ」

「ベーゼンドルファーやスタインウェイのピアノ並みだなあ」

「ストラディヴァリウスのヴァイオリンに比べたら安いもんじゃない!」前野が能天気に言い放つ。

「あれは億ですからねえ。しかし困ったな。無理矢理やっても通りそうにないし、傷つける訳にもいかないしなあ」

「ま、レコーディングは明日からなんだから、取りあえず今日はロビーに置かせて貰って、また明日考えようよ!」

 前野が呑気に締めくくった。


 翌日。

 美島は多岐川と共に麻布にあるアメイジングの事務所に来ていた。

 社長室に通されると、纐纈社長が待っていた。

「やあ、わざわざお呼び出てして申し訳ない」

 纐纈は70代手前、非常にエネルギッシュで脂ギッシュな見た目をした「ザ・芸能界」の人だ。

 ただ、この歳にして未だに慧眼は衰えておらず、耳も良い。

 ちゃんと自分で「この曲、このアーティストは売れる!」と判断が出来、実際ヒットさせるだけの力を持っている。

「ご無沙汰しております、纐纈さん」多岐川が深々と頭を下げる。

 美島もそれに倣う。

「いやいや、そんな堅苦しい挨拶は良いから。美島君も久しぶりだね」

「纐纈さんもお元気そうで」

「君、今からでも表舞台に立つ気は無いの?

さすがにアイドルとかは年齢的にキツいけど、舞台とかミュージカルだったらまだまだイケると思うんだけどなあ」

「いえいえ、私は裏方で」

「そんなタマじゃないだろうに」

 纐纈は美島に会う度にこうやって口説いてくるのだ。

「ところで本題に入らせて貰うと、今度ウチで売り出す女の子がいるんだよ」

 纐纈は宣材写真とプロフィールを二人に手渡す。

「倉敷まどか。18歳だ」

 写真には、エキゾチックな美女がほほ笑んでいた。

「これはまた綺麗な子ですねえ。ハーフですか?」

「クウォーターらしい。おじいちゃんがドイツ人だとか」

「あー、そんな感じですね」

「実は今日、ここに呼んでるんだよ」

「え?」

「別室に待機させてるんだけどね。写真なんかより、実物を見て貰った方がよく分かると思って」

「それではこの娘のデビューをウチでって事ですか?」多岐川が尋ねる。

「そうなんだよ。実は逆指名でね」

「え? どういう事ですか?」

「この娘が出来るならビュースターでデビューしたいって言うんだよ」

 多岐川と美島は顔を見合わせる。

「それは非常にありがたいお話ですが、正直頭の中がクエスチョンでいっぱいです」多岐川が二人を代表して答える。

「まあ、そこら辺も本人から訊いた方が早いだろう」


 纐纈は内線電話を掛ける。

「あー、連れて来てくれるかな?」


 倉敷まどかが社長室に入って来た時、美島は息を飲んだ。

(こりゃまた、凄い上玉だな!)

 綺麗なだけなら、モデルでもいっぱいいる。

 芸能関係で働いてる以上、そういった子たちは飽きるほど見ている。

 だが、目の前にいるまどかは、その外見に負けないくらいの強烈なオーラを纏っていた。

 写真では分からない部分だ。

 そして瞳の色が薄い。灰色に近い色だ。

 それが18歳という年齢を感じさせないような色気を醸し出している。


 おそらく多岐川も同じ意見だろう。

(こりゃあ、売れるな!)と。

「初めまして、倉敷まどかです」

 声も良い。

 そして、笑顔が抜群だった。

 美しい顔が、笑うと途端に人懐っこくなる。

 そして歯並びに清潔感がある。それだけでも、CMが決まるだろう。

 実際、纐纈がその気になればアメイジングで押さえてあるCM枠はいくつもある。

 この子の芸能界での成功は保証されているようなものだ。

「実は来期の連続ドラマの主役ももう決めてる。最初は深夜だけど、若者に人気のある枠でね」

 纐纈が多岐川に耳打ちする。

 纐纈はテレビ局各局の編成にも影響力を持っているのだ。

「その後のゴールデンの主役の時に主題歌歌わせようと思ってて、それをビュースターで出して貰えないかな?」

 ビュースターにとっては願ったり叶ったりだ。濡れ手に粟で看板歌手が手に入る確率が高い。

「それは是非ともお願いします!」多岐川は深々と頭を下げた。

 どんな条件を出されるのかはまだ分からないが、編成会議を通らない事はまず無いだろう。

「纐纈さん、それでさっきの話なんですけど…」美島が恐る恐る言う。

「そうだったな。まどか、自分で説明しなさい」纐纈が鷹揚にまどかを促す。

「初めまして、美島さん」

「え? 私、名乗りましたっけ?」

 美島は戸惑う。

 記憶をスキャンする。

(まさか昔、なんかあった娘じゃないよな?

でも18歳なら守備範囲外だし、こんな綺麗な娘を忘れるはずもないし、いや、ひょっとして…)

「私、父が関内で『エアポケット』っていうジャズクラブやってるんですよ」

美島の思考を遮るようにまどかが言った。

「え? あ、倉敷って本名なんですね」

 エアポケットのオーナーである倉敷譲司は宗崎の紹介で美島も会った事がある。

ダンディな口髭を生やしたなかなかの男前だ。

 そういえば宗崎が「倉敷さんの奥さんってハーフで凄い綺麗な人らしいんだよね」と言っていたのを思い出した。

「はい、父が凄く心配性で、私が芸能界に入るのもずっと反対だったんですけど、最後には折れてくれて。で、交換条件として、せめて自分の知ってる美島さんに面倒見て貰え、と一方的に条件つけられてしまって」

「そういう訳なんで、美島君、まどかのアー担になって貰えないかな?」

 もちろん、ドンにこう言われては美島に選択肢はない。

 当然、多岐川にもだ。

「実は私、本当は美島さんは初めましてじゃないんですけどね」

「え?」再びスキャンする。

(こんな可愛い娘、忘れるかなあ?)

「私の母がドイツにいた頃からレプリカンツのファンで、来日してからも横須賀のライブに行ってたみたいで」

 また予想の斜め上からの発言が飛んできた。

「まだ小学校の低学年くらいだったんですけど、ライブに連れて行かれたんですよ。その時『歌ってる人、綺麗だなあ』って思ったの覚えてます」

「美島君、バンドやってたの?」

 一番知られたくなかった纐纈に訊かれた。

 無視する訳にもいかず、美島は「はあ、まあ、若気の至りで…」としか言えなかった。

「お母さんっておいくつ?」

「19の時に私を生んだんで、37歳です」

それくらいだと、確かにレプリカンツを聴いていた世代だ。

「なに、美島君、お母さん狙ってるの?」

 纐纈が茶化す。

「いえいえ、旦那さんが知り合いですからさすがに」

「ああ、なんか女性口説くにもいろいろルールを課しているらしいねえ」

 ドンは情報通なのだ。


 会社に戻ると、多岐川は制作本部長、第一制作部長と共に社長室へ入って行った。

 今後の対応を協議するのだろう。

 美島は5th STREETに電話を掛ける。

 今の時間だと、宗崎が一人でいるはずだ。

「もしもし、達ちゃん? エアポケットの倉敷さんの娘さんの話は訊いてる?」

「うん、知ってるよ。倉敷さんから相談受けたから」

「なんで黙ってたんだよ!」

「だってサプライズの方が面白いじゃん。倉敷さんにも『美島にはまだ黙っててください』って頼んだし」

「ひでえ!」

「いや、あんな綺麗な娘が『美島さん知ってます』って言ったら佳太の頭の中がグルグル廻るだろうなって思って」

 完全に見透かされている。

「で、どうなの? アメイジングに預けても大丈夫っぽい?」

「そりゃあ業界大手だもん。いろいろ噂はあるけど、所属アーティストにはやさしいところだし、何より力があるからねえ」

「それを聴いて安心したよ」

「とりあえず、夜にでも顔出すよ」

「あ、じゃあ倉敷さんにも連絡しとこうか?」

「そうだね、今後の事もあるからね。今日はこれから八王子のスタジオだから、閉店間際になると思う」

「わかった、じゃあ倉敷さんにもそのくらいの時間でって伝えておくよ」


 スタジオノバに行くと、丁度一段落して休憩中の前野がいた。

「聴いたよ、エアポケットのジョージの娘をやるんだって?」

「あれ? 前野さん知り合いですか?」

「僕、あそこ出てたんだよ。ジャズマン時代に」

「顔広いなあ」

「まだジョージがあそこのバイトだった頃だけどね。その後店長になって、前オーナーが引退する時にお店引き継いだんだよね」

「人に歴史ありですね」

「彼、若くして結婚したからね。綺麗な子だったなあ。みんなでお店でお祝いライブやったんだよね」

「後でそこら辺、詳しく聴かせてください。ところで昨日の和太鼓の件はどうなりました?」

「ああ、なんか知らないけど入ってるよ」

「え?」

「僕が来たら、既にスタジオの中にあった」

「え? どうやったんですか?」

「さあ? 僕は入った後しか見てないから。『あれ? 入ったんだねー』で終わり」

 前野は深く考えない人なのだ。

 美島はスタジオに入り、和太鼓の大塚を捕まえる。

「あれ、どうやって入れたの?」

「実はこのバチ、スモールライトなんですよ」

「そんなボケはいいから!」

「いやまあ、単純な話ですよ」

「おーい! そろそろやろうか!」前野がコンソールルームからトークバックと呼ばれるマイクで呼びかける。

「はーい、じゃあ美島さん、また後で!」


 スタジオから追い出された美島は悶々としていた。

 レコーディングが一段落するまで真相は聴けそうもないが、美島はこの後横浜に行かないといけないので、最後まで付き合えないのだ。

 レコーディング初日はリズム録りがメインだ。

 全員が一緒に演奏するが、リズム楽器である太鼓を中心に録って、他の楽器は仮演奏なので後で差し替えるのだ。

 なので大塚の身体が空く事は無かった。

 断腸の思いで美島は八王子を後にしないといけなかった。


「どう思う? 達ちゃん」

「うん、単純な話だね」

 倉敷はまだ来ていないようで、片付けの終わった5th STREETには宗崎と美島しかいない。

「その単純な話が分からないんだよ!」

「まあ、そこら辺は多分倉敷さんも分かると思うよ」

「え? なんで?」

「同じ悩みを共有してるから」

「ますますわかんないよ!」

「ところでさ、まどかちゃん会ったんだよね?」

「うん、綺麗な子だね」

「俺が会ったのはまだ制服着てた時で、すっぴんだったけど、プロのメイクさんが仕上げたら、そりゃあ綺麗になるだろうね」

「素顔はどうなの?」

「素顔でも超綺麗だったよ。とにかく肌が透き通るようにピカピカだし」

「なんか、おれらオヤジ臭くなってね?」

「しょうがないよ、18歳から見たら実際オヤジなんだし」

「プロフィール見たら、スタイルも凄いんだよね。痩せてるのに胸大きいし」

「俺は手の平サイズで充分だけどな」

「達ちゃんの手の平、B5の紙を全部覆うくらい大きいじゃん!」

「ま、一応ベーシストだから」


 そこに倉敷が現れた。

 宗崎は不毛で不謹慎な会話を聞かれなくて良かったと思うと同時に、事務所が防音がしっかりしてて助かったと思った。

「美島君、ご無沙汰してるね」

「倉敷さん、お元気そうで。相変わらずダンディですね」

「美島君に言われちゃあなあ」

 倉敷は50歳を過ぎている。

 奥さんとは一回り以上違う訳だ。

「びっくりしましたよ。あんな綺麗なお嬢さんがいたなんて」

「いや、申し訳ない。本当は直接事情を説明しなきゃいけないと思ってたんだけど、宗崎君が内緒にしときましょうって言うんでね」

 倉敷も悪戯っぽく笑ってるところをみると、そのたくらみに乗ってみようと考えたのだろう。

「まあ、我が娘ながら、小さい頃から『この娘は陽の当たる場所で咲くんだろうな』とは覚悟してたんだけどね。実際、よくスカウトもされてたみたいだし」

「あれだけ綺麗じゃしょうがないですね」

「実は下にもう一人娘がいて、その娘も我が娘ながら美人なんだけど、なんというか表に出るのを嫌がってて『私は裏方の方が好きだから、お父さんみたいな仕事したい!』って可愛い事言っててね」

 完全に顔が崩れてしまって、ダンディさの欠片も無くなってしまっている。

「子宝に恵まれましたね」

「幸せ過ぎる人生だけど、だからこそあの娘たちには幸せになって欲しくてね」

「わかります。まあ、アメイジングと纐纈さんがイチ押しで行くと決めてるみたいなんで、間違いなく売れるとは思います」

「問題は、その後なんだよ」

倉敷は顔を引き締めてダンディさに磨きを掛ける。

「私は自分の子どもには真っ当に育って貰いたい。18やそこらで成功してお金も入って周りからチヤホヤされたら、浮ついた人間になるなっていう方が無理があるし、実際こういった仕事してるとそういう人間をいっぱい観て来たしね」

 倉敷は実に真っ当な事を言って来た。

 外見だけでなく、考え方もダンディなのだ。

「そこで、美島君にはお目付け役としてまどかを厳しく見ててほしいんだよね」

「うーん、まあ私は一介のレコード会社のアーティスト担当で、マネージャーみたいに四六時中一緒にいる訳じゃありませんから、やれる事に限界はありますけど」

「出来る範囲で充分だよ。よろしくお願いしますね」

 倉敷は映画のワンシーンのように、実にダンディに頭を下げた。

 本当に娘が可愛いのだろう。

「アメイジングの方も家まで来てくださって丁寧に説明してくれてね」

「あ、そうなんですね」

「で、テレビの主役の話もその時聴いたんだけどね。実はエアポケットの前オーナーってテレビ局どこでも凄く顔が利く人だったんだよ」

「それはちょっと意外ですね。そういうのとは無縁の感じなのに」

「テレビ局って創生期は大学のジャズ研出身者が多かったんだよ。まだその頃は海のものとも山のものとも分からない業界だった時代だしね。その名残でテレビ関係者って逆さ言葉使うでしょ? あれってもともとは『ズージャ言葉』って言ってジャズメンの隠語だから。『ツエーマンゲーセン(一万5千円)』とかね。だから、私も前オーナーの紹介で、テレビ局のお偉いさんたちは知ってる人多いから、その内挨拶に行こうと思ってるんだけどね」

「それで思い出しましたが、弊社の前野がよろしくとの事でした」

「あ、前野さん? 元気してる? 相変わらず?」

「多分昔から変わってないと思います。白黒コンビの靴にカイゼル髭生やしてます」

「まあ、あの人は変わりようがないか」

 そこで美島は再び二重扉の謎を思い出した。

 倉敷にかいつまんで説明する。

「それは単純な話だよ」

「そうなんですか?」

「多分、その太鼓の子の持ってるバチが…」

「スモールライトじゃありません!」

 倉敷のボケを美島が途中でぶった切った。

「余裕が無いなあ、美島君。宗崎君もわかってるんだろ?」

「はい、ウチも同じような境遇ですし」

「境遇ってどういう事?」美島が尋ねる。

「スタジオノバの山本さんって僕も知ってるけど、あの人心配性でしょ?」倉敷が言う。

「ですね。今日も東京は地震が怖いから長野に引っ込みたいって言ってて。実際不動産屋巡りやってるらしいです」

「実はウチも、家内が地震が苦手でね」

「そうなんですね」

「ドイツで生まれ育ったからだと思うんだけどね。あの国ってほとんど地震がないから」

「そうなんですか?」

「生まれてから一度も経験なかったのが、日本に来たら頻繁に揺れるんで凄く怖くなったみたいでね」

「あ、なんか聴いた事あります。ヨーロッパから来日したバンドが公演中に地震が来たんでライブが中止になったとか」

「ヴォーカルがとっさの機転で地面に顔を押し付けて『今、地球の鼓動を聴いてるんだ』ってカッコ良い事言ったみたいだけど、実際は死ぬほど怖かったらしいね」宗崎も知ってる話のようだ。

「エラいなあ。エンターテイナーだなあ」

「でね、そんなだから家内もウチのお店にいる時に地震が来たらどうしようと思ってね」

「そりゃあ怖いですよね。パニックになるし」

「なにより怖いのは防音の二重扉がもし地震で曲がったりしたら閉じ込められちゃうんだよね」

「うわー! 確かに。閉所恐怖症じゃなくてもそれは怖いですね」美島も想像してブルっと来たようだ。


「で、対策としてどうしたかというと、気休めなんだけど二重扉の蝶番をすぐに外せるようにした」


「え? あれってそんな事出来るんですか?」

「簡単だよ。そもそも扉自体が重いから、その重みで固定されるし」

「重いって言っても男二人で持ち上げられるしね」宗崎も補足説明をする。

「具体的に言うと、二つの蝶番の上のボルトを1本ずつ外して上に持ち上げるだけで二重扉は外せる。5thでも一度試した事あるよ」

「扉は分厚いから、それを外せば数センチくらいのスペースは出来るからね」

「そんな単純な話だったのか…」

「だから最初に言ったじゃん」宗崎は微笑む。

 確かに「扉は動かせない」という固定観念に囚われていたのかもしれない。

 言われてみればこれ以上ないくらいシンプルなやり方だったのだ。


「そういえば倉敷さんの奥さん、おれらのバンドのファンだったって聴いたんですが」

「え? それ初めて聴いた!」宗崎が驚く。

「ああ、みたいだね。なんでもドイツでデモテープ聴いたって言ってたよ。日本に来た目的も君たちのライブが観たかったからのようだしね」

「へー! それでなんでまた倉敷さんと?」

「来日して横浜のドイツ料理店で働いてたんだよ。可愛いんで看板娘になってね。で、やっぱり芸能界からスカウトが来た」

「ひゃー! やっぱり血は争えませんねえ」

「それが結構タチの悪いところでね。困ってたところを僕が助けたんだよね」

「男前だなあ」美島がひやかす。

「まあ、そこの事務所が前オーナーも知ってるところだったんで『ウチの子に手を出すな!』って。ホントはウチの子じゃなかったんだけど」

「前オーナー、さすがですね」

「で、成行き上ホントにウチの子になってもらって」

「それって多分に照れが入ってません?」宗崎もひやかす。

「いやあ、ホント可愛かったんだよ」

「まあ、それじゃしょうがないですね」

「君たちのファンだってのは昔から聴いてたんだけど、家内は恥ずかしいから黙ってて欲しいって言っててね。君たちに顔見られるのも恥ずかしいって」

「僕、覚えてますよ」

「え? なんで? 達ちゃん!」

「だってハーフの可愛い子なんて目立つじゃん。ウチらのファンの中じゃ年齢も結構上だったし。倉敷さんの奥さんだってのは知らなかったけど」

「えー! まったく気付かなかった!」

「美島君が気付いていなくて心から良かったと思ってるよ。いろいろと武勇伝は聴いてるから」

「いえ、俺はファンには手を出しませんから」

「そうなの?」

「ついでに言えば、スタッフとタレントにも手を出さないのはポリシーなんで、安心してお嬢さんをお預けください!」

 倉敷はちょっと心配そうに宗崎の方を見る。

「そうですね、その点は僕も保証しますよ」

「宗崎君がそう言ってくれるなら安心だね」

「…なんかちょっと引っかかるけど、今後ともよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、頼りにしています」

 美島と倉敷は固く握手を交わした。

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