第71話

 1年後。


「あれ?副長。珍しくスーツ姿でどうしたんです?」


 声をかけられた哲平が振り返ると車いすの次郎がいた。次郎のそばには、おんぶひもで乳児を背負う若妻がいて、哲平に笑顔で挨拶する。


「おう、次郎か…その後リハビリの具合はどうだ」

「ええあと1カ月くらいしたら車いすからも降りれそうです」

「そりゃよかった…」


 いきなり後ろから、コッペイが哲平の長い足に飛びついて来る。


「コッペイくんも一緒でしたか」

「ああ、さっきまでコッペイの小学校の入学式に出席してたんだ」

「えっ?父親でもないのにどうして…」

「なあ、どうして入学式を見ると涙腺が緩むんだろうな。なんか、涙がとまらなくてよぅ」


 次郎の問いにもお構いなく哲平が話し続ける。すると、今度は後ろから眩しいばかりの貴婦人がやってきて、哲平の腕を取った。


「それじゃな、次郎。時間があったらまた先生と飲もうぜ」


 哲平はコッペイを抱きあげて、貴婦人と腕を組んで平然と歩き去っていった。次郎一家は呆然とその姿を見送った。


「ねえ、哲平さん。お話ししなければならないことがあるの」

「なんだ、ミカ」

「コッペイに弟か妹ができたらしいの」


 哲平の足が止まった。


「本当か?やったぞ、コッペイ。お前もついにお兄ちゃんだー」


 哲平とコッペイは、抱き合いながら飛び上がって喜んだ。


「だったら早くミカと結婚しなくちゃ。出来ちゃった婚だけど仕方が無いな」

「それがプロモーズの言葉なんですか?まったく哲平さんにはついて行けないです」


 ミカが笑いながら言った。


「でも無事に結婚できるかしら…」

「どうして?」

「私の唯一の身うちは叔父なんですけど、結構怖いんです。許してくれるかしら」

「大丈夫、恐れず立ち向かうのが本当の勇気だろ」

「だって1年前、ガスステーションをめちゃくちゃにした上に、ソマン犯人を勝手に確保して、しかも拷問までしたってすごく怒ってたから」

「えーっ」

「そうそう、あの時あんなワルはいないって叫んでました」

「まさかミカの叔父さんって…」

「そう、テロ対策室長の狩山なの」


 哲平は頭にあの眼光鋭い室長を思い描いた。初めて自分の勇気が揺らぐのを覚えた。

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