第72話

 気温45度を超える過酷な南スーダンは、しっかり3食を取らなければ身がもたない。それだけ体力消耗が激しいのだ。


 達也はここでほんの小さな達成感と巨大な挫折感を味わっている。過酷な環境の中で、助けられるいくつの命を失っただろうか。

 翔子から別れてから、改めて自分のやりたいことを考え、自分の行き先をしっかり見据えた。父の反対を押し切り、使命に燃えて国境なき医師団に参加したのだ。そしてここ南スーダンに派遣されたのはいいが、想像を越える悲惨な状況にいかに自分の認識が甘かったかを思い知った。


 今日も疲れた目を瞬きながら、砂ぼこりの舞い上がる砂漠の向こうを眺めている。薬品のストックが底をついて、その補充を待っているのだ。その薬品が補充されたところで、病やけがに苦しむ人々の数に比べれば焼け石に水。結局麻酔の無い手術を受ける患者や栄養が取れない乳児の狭間で、医者でありながら何も出来ない自分に気付く。今自分ができるベストを尽くそうと何度も言い聞かせるが、ここにやってきた初志がくじけそうになっている事も事実だった。


 達也が眺める遠い先に砂煙が立った。やがて、その砂煙から一台のバイクが姿を現した。過酷な環境を走ってきたのだろう。バイクもヘルメットも泥だらけだ。バイクが到着し、ライダーが荷台に積んだ箱を持って達也のところにやってきた。


「Good job(ご苦労さん)」


 そう言って達也が箱を受け取り、中身を確認する。

 ライダーが受領書を差し出して、達也にサインを求めた。達也がサインをして診療室に戻ろうとすると、ライダーが彼の肩を手で押さえ、もうひとつ荷物があると指を一本立てた。何かと思って、達也が立ち止まるとライダーは、手に持っていたバイクのキーを達也に差し出す。


 達也は戸惑いながらキーを見つめていたが、ハッと思いあたってライダーのメットの埃を拭う。真っ赤な色が現れた。そしてライダーがゆっくりとメットを脱ぐと、そこから長い髪が懐かしい輝きを放ちながら飛び出してきた。

 やはり翔子だった。1年間のアメリカの旅はどんな旅だったんだろう。前にも増して、凛とした女性らしい美しさに溢れている。


「いい加減にしてよ。南スーダンまでバイクを返しに来るはめになるなんて。あたし聞いてないわよ、まったく」


 翔子の笑顔が強い南スーダンの日差しに弾けた。


「ほらキーを受け取ったら、さっさとこっちの受取書にもサインして」


 達也が見るとその受取書は婚姻届だった。もう妻になる人の欄に翔子の署名がある。


「翔子さん…プロポーズくらいさせてくださいよ」


 翔子は半泣きの達也の肩を優しく抱いた。


 それから翔子は達也を手伝いながら南スーダンの診療施設で過ごした。

 翔子の登場で勇気を盛り返した達也は、無事任期を終えて、翔子と手を握りながら帰国する。達也は翔子のテールを追う癖が、まだまだ抜けないらしい。【了】

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弾-丸-翔-子 さらしもばんび @daddybabes

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