第23話
「ちょっとあんた達、勝手に私とそんな古着ジャンパーを賭けて勝負を始めないで」
「そうですよ。副長、ビギナーにあのコースは無茶ですよ。現に何人も怪我人を出しているコースなんですから」
翔子が達也の腕を押さえ、次郎が哲平の腕を押さえる。
しかし達也と次郎は押さえるふたりを引きずって、お互いの顔を近づけ睨みあった。もうすぐ額が触れ合いそうだ。
「おいペケジェー、次郎が言ったことは嘘じゃない。下手すれば命を落とすぞ。今のうちにおとなしく、翔子の前から消えた方が良いんじゃないか」
「いや、翔子さんは絶対にあきらめません」
『えっ?』
そんな達也の返答を聞いて、不思議に翔子の顔が火照る。たとえ嘘でも、男にそんなことを言われたのは初めての経験だった。
「でも…その方がおっしゃるように自分はビギナーですから、少し準備の時間をください」
「おいおい、急に弱気になったな…まあ、いい…どのくらい必要だ」
「できれば…1年」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんだけ時間があれば結婚式あげて、子どもが産まれちまうじゃねえか」
「ならば…1カ月」
「わかった」
ようやく、ぶつかりそうに近づけていた距離を離した。
「来月の今日、朝7時にララバイコースへ来い。場所は翔子が知っているはずだ」
哲平が腕組みを解き、ジャンパーの襟を正して翔子向き直った。
「邪魔したな、翔子。先生と叔母ちゃんによろしく言っておいてくれ。おい、いくぞ、次郎」
肩を怒らせて大股に歩き始めた哲平の後を、次郎は慌てて追った。
ふたりの姿が境内から消えると、翔子は達也の両腕を取り自分に向き直らせる。
「あなたって、こんなに短気な人だったの?」
「いえ、短気って言われたことありません…」
「じゃ、何でそんなに意地張るのよ!」
「自分も理由がわかりません。それに…」
「それに、何よ」
「こんなに言い争ったことも初めてです。しかもあんな怖そうな人を相手に…」
達也の顔がなぜか笑っていた。
「なんか気持ちがすっきりしました」
「馬鹿なこと言わないでよ」
翔子が首を振りながら、ため息をついた。
「ララバイコースを知らないから、そんな悠長なこと言っていられるのね」
「どんなコースなんですか?」
「あれを4分以内で走るなんて、半端じゃないわよ…とにかく、そんなことしなくていいから」
「いえ、こうなったら後には引けません」
「どうして?」
「いえ…まあ…理由はとにかく、男同士の約束ですから」
翔子は達也がこだわる理由を確かめたかったが、達也は曖昧な言葉でその問いをかわした。
「さっそく明日から特訓を始めます」
「どうやって?」
達也はじっと翔子を見つめた。達也の目は、病院で初めて会った時と同じ目をしていた。
「ちっ、ちょっと待ってよ、私は教えられないわよ」
「どうして?」
「どうしてって…人に教えられるような技術なんてない」
「嘘でしょう。もとはと言えば、翔子さんがお見合い話しをかわすために、自分を巻き込んでこうなったんですから、協力してくれてもいいじゃないですか」
翔子は口をつぐんで答えようとしない。今度は達也が翔子の両腕を取って迫った。
「お願いです。どうか助けてください」
達也は必死に頼みながら、背中を丸めて翔子の顔をのぞき込んだ。
「あら…戻ってくるの早かったかしら」
「おい、おふたりさん。キスはいいけど、叔母ちゃんの言う通り、子どもは結婚式の後だぞ」
戻ってきた父親と叔母に声をかけられて、慌てふたりは身を離した。
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