第21話
「そうなの…。どうりで、私が持ってきた見合い話しを避けるわけよね…」
叔母の言葉に達也はピンと来た。
ああ、そう言うわけ…。達也が翔子を見ると、上目使いに達也を見るそのブラウンの瞳が謝っているように見えた。
「で、結婚式はいつ…」
父親の質問に、今度は三人が口に含んでいたお茶を同時に噴き出した。
「やめてよお父さん。まだそんなこと決めてないわよ」
そう言いながら、翔子は顔をしかめて達也にティッシュを渡す。噴き出したお茶が自分の鼻に入ってしまったのだ。達也の鼻の穴からお茶が滴り落ちている。
「そうよ、お兄さん。こういうことは、当人どうして、ゆっくり話しをすすめなきゃ…。でも、できれば赤ちゃんができてからの結婚式は避けてほしいけど…」
ついに我慢の限界だ。達也と哲平が勢いよく立ちあがる。ひとテンポ遅れて次郎も立ちあがった。
達也は、あわてて鼻から滴るお茶を口からすすって、誤解を解こうとした。
「ちょっと待ってください。実はですね…」
翔子が達也の足すねに裏拳を放つ。これには達也もたまらず、呻きながら崩れ落ちた。
「達也は、病院の後継問題で家族関係が複雑でね、今結婚話しを持ち出すどころじゃないのよ…」
「そうか…金持ちには金持ちの悩みがあるもんだな…」
父がしたり顔でうなずく。とかく父親は、娘の嘘を簡単に信じてしまうものだ。
「そんなことより、ふたりとも住職さんに挨拶はすんだの?」
娘の指摘に、父親と叔母は慌ててシートから立ちあがり、連れだってお寺へと向かった。
「哲平も次郎ちゃんも立ってないで、座ったらどう。まだお稲荷さんは残ってるわよ」
「翔子…」
哲平は座ろうともせず、ぎらつく眼差しで翔子に詰め寄る。
「なによ」
「お前よくも団長の墓の前でそんなこと言えるな」
嘘がばれた。さすがに警察官の哲平には見抜かれてしまったのだ。
「ごめんなさい。これには事情が…」
「いいわけなんか聞きたくない。団長の言葉を忘れたとは言わさないぞ」
「団長って…誰?」
疑問に思った達也が割り込んでくる。
「兄ちゃんは暴走族のリーダーだったのよ。で、目の前で怒って立っているのがその副団長。その後ろが族の構成員」
達也は思わず後ずさりする。
「団長がいつも言っていたろう。翔子の彼氏になる男は、このマークが付けられる男じゃなきゃだめだって…」
哲平が上半身をひねり、ジャンパーの背にあるマークを翔子に示した。次郎もあわてて哲平に追従する。
ふたりのジャンパーの背には『交差する雷に梅』のワッペンがあった。
なんだ嘘がばれたわけじゃない。翔子はピンの外れたことを言いだした哲平にすこし安心はしたものの、この嘘をどう収拾したらいいかしばらく考えあぐねた。一方達也は、そのマークを見て鮮明に想い出した。
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