勝者の都の宝物

降川雲

第1話

「ふーん。国の重要な施設だっていうのに、警備はザルみたいだな」


 大事な「仕事」の最中だというのに、そんな独り言を漏らしてしまうほど、ウィンクルム王国の中枢であるウィクトル神殿は、警備の兵もおらず、がらんとしていた。


「まあ、作戦通りだけどな」


 そう心の中でほくそ笑んでいるこの男は、通称「怪盗マルム」と呼ばれる大泥棒である。マルムはウィンクルム王国に向けて、こんな予告状を出した。


「今夜、月がウィクトルの城の真上に上る頃、貴国の宝を貰い受けます──怪盗マルム」


 この手紙を受けて王国は、城の宝物庫の警備を厳重にしたらしい。馬鹿な奴らだ、と思いながら歩みを進める。もうすぐ「宝」の元へたどり着けるはずだ。

 修道女たちは規則正しい生活を旨としているせいか、皆寝静まっている。当直の神父も、得意の催眠術で眠らせた。神殿内の地図は、事前に情報屋に頼んで、隠し通路まで調べさせたものを、頭に入れている。隠し通路の仕掛けを解き、狭い穴を抜けると、お目当ての場所に辿り着いた。


 そこは神殿の居住区の最上階で、人の住む部屋の中では最も大きな部屋に当たる。天井には、ストーリー仕立てらしい絵が描かれているステンドガラスがある。ベッドには天蓋が付いていて、カーテンが閉められている。

 マルムは、音を立てないように、ベッドのカーテンを開けた。中には少女が寝息を立てて、ぐっすりと眠っている。のんきなもんだな、と内心呟きながら布団を引きはがす。少女の顔は一瞬だけ歪んだように見えたが、マルムが薬をかがせると、すぐに夢の世界へ戻ったようだった。


 そして少女の枕元に一枚のカードを置き、少女を起こさぬように抱き上げ、自作のバンドで少女を背中に固定した。そして窓を開け、ウィクトルの都のはずれにある森の高木に向かって、鍵縄を投げ窓から森の方へ、助走をつけてジャンプした。

──翌朝、ウィクトル神殿にある、ルーメン教「巫女」の寝室から、

「予告通り、「宝」を貰い受けました──怪盗マルム」

という、犯行声明のカードが発見された。




 ここはいったいどこなのだろう。神殿の居室で眠りについたはずの自分が、こんなうっそうとした森の中にいるのだろう。「巫女」としてルーメン教の中で重要な立場だった彼女には、見知らぬ男に手錠で左腕を繋がれる状況なんて、想像すらしたことはなかった。隣の男は、木に寄りかかり、舟を漕いでいる。

 はあ、とため息を吐いたとき、隣の男が、

「起きたのか」

と、不機嫌そうに声をかけてきた。男が伸びをしたせいで、自分の片腕が男の方に引っ張られる。


「起きたのか、じゃないです! これは……この状況はいったいどういうことですか! 巫女の私に対して、こんな仕打ち、許されるとでも思っているのですか?」


 そう、彼女が言うと、男は舌打ちをして、ナイフを取り出し、彼女の喉元にそれを突き付けながらこう言った。


「てめー、自分の置かれた状況が分かってねえのか? お前は俺に誘拐されてんだよ。お前がルーメンの巫女だろうが、俺には関係ない。『ルース』ってところまで一緒に来てもらうぜ? 抵抗したら、お前の顔に傷が付くかもしれねえけどな」


 彼女は聞き馴染みのない地名と、状況を掴みきれていなくて混乱する頭で、「わかりました」と返答を搾りだすことしかできなかった。

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