第 5話 巨人族の長レギン


「とりあえず、長の家に案内するからついてこいよ」


 門番の男はそういうとロプトの返答も聞かずに歩き始めた。

 ロプトは慌てて男の後ろをついていく。

 村の中は夜の闇に包まれていたが、家から漏れる火の灯りでぼんやりと辺りが照らされている。それに空には半月が浮かんでいて、その柔らかい明かりが地面を照らしていた。

 門番の背中を見失わないようについていくと、村の奥にある大きな建物についた。

 他の家に比べると一回り大きい藁葺き屋根で石レンガの壁の立派な建物だ。

 門番はノックもせずに両開きのドアを開ける。

 家の中は壁に据え付けられた松明が明るく照らしていた。

 そのまま門番はずかずかと家の中に入ると、中にいた中年の女性に何か言いつけた。

 それからロプトの方に戻ってくると笑みを浮かべて肩をたたく。


「じゃあ俺は失礼するぜ。旅人は貴重だ、滞在する間は長が面倒見てくれるから安心しな。食事や寝床の心配はしなくていい」


 そこまで言うと門番は顔を近づけて小声になった。


「……女を用意してくれるかはアンタ次第だがな」


 驚くロプトに門番はニヤリと笑って、バシンと背中を叩いた。

 そして笑いながら出て行ってしまった。

 なんともつかみどころのない男だった、だがどこか憎めない。


 ロプトは所在なさげに入り口の辺りを見回す。

 家の中を見渡すと入り口の近くは広間になっていて、長い机と無数の椅子が置いてあり、食堂のようにも見える。使用人らしき者たちが机の燭台に火をいれていった。

 室内が暖かい光に包まれる。夜だというのに大分明るくなった。

 惜しみなく明りを灯すのは歓迎の証なのだろう。


「俺の村にようこそ、旅人よ」


 野太い声に振り仰ぐと恰幅の良い中年の男が階段から降りてくるのが見えた。

 見るからに縫製のしっかりとした毛皮の服を着て、立派な髭を生やしている。

 赤みがかった髪を短く刈り込み、お腹も丸々としているが、肩幅も広く、腕も太い。単に太っているというよりはガタイが良い、存在感の大きな男だ。

 門番の男と同様にこの男も腕に複雑な模様の刺青を入れている。

 これが長なのだろう。

 長はロプトの前まで来ると両手を広げた。

 ロプトはちょっと戸惑ったものの自分も両手を広げて軽く抱擁を交わした。

 こうするべきだ、というのは何となく分かったのだが、慣れていないのか自分でもぎこちないのが分かる。

 しかし男は気にした様子もなく笑う。


「旅人が訪ねてくるなんてずいぶんと久しぶりだ。滞在する間はこのレギン・レイナードが面倒を見るから安心してくれ!」

「ありがとう、ございます。ロプトと言います。こっちは相棒のナルヴィ」


 ちょっと緊張しながら自分と足元の狼(ナルヴィ)を紹介する。

 ナルヴィはしつけの行き届いた犬のように、周りにあるものに一切反応せずに大人しくロプトの足元に伏せている。


「こんな時間にたどり着くとは、満足に食事も取れておらんだろう? 今用意させておるから、エールでも飲みながら旅の話を聞かせてくれ」


 レギンに促されて壁際のテーブル席についた。

 そこは広間のすべてを見渡せる一段高い位置にある席だ。

 座ると、使用人らしき女性が木製のコップと銀の瓶を一つ持ってきた。

 白い肌に青い瞳、頬にそばかすがあるが、それがかえって愛嬌に感じられる笑顔の可愛い女性だ。肩から胸元まで大きく開いた服を着ていて、その豊満な胸が大きな谷間を作っていた。


「はい、どうぞ」


 コップを持たされて、そこに銀の瓶からエールが注がれる。

 女性が瓶を傾けると、衝きたての餅のような柔らかそうな胸が零れ落ちそうになって、おもわず視線が釘付けになる。

 谷間が離れて行くのを目で追っていると、いつの間にかコップにはなみなみとエールが注がれていた。

 ロプトが慌てて女性の顔を見ると、女性はたしなめるような顔をしてニコリと笑って隣のレギンのコップにもエールを注ぐ。

 見透かされたのが恥ずかしくて頬が、かぁ、と熱く火照る。


「まずは、出会いに乾杯だ」


 レギンがこちらに笑いかけながら、コップを掲げてくる。

 気まずく思いながらコップを掲げると、勢いよくコップをぶつけられた。

 随分と豪快な乾杯だ。

 ロプトがこぼれないように慌てている横でレギンは美味そうにエールを飲む。

 コップの中身を覗き込むと、そこには松明の明かりに照らされた黄金色のエールが揺らいでいた。少し発泡しているが泡は少なく、ほのかにハーブの香りがする。


 恐る恐る一口飲むと、麦芽の甘みとハーブの香りが口の中を通り抜けていった。

 まずいわけではないが、旨い旨いと飲むものではなさそうに思えた。

 見るとレギンも味わって飲むというよりは、喉に流し込むような感じで飲んでいる。

 発泡による喉越しを楽しむ飲み物なのだろう。

 それに飲みやすく、全力疾走した身にはありがたかった。

 給仕をしてくれた女性は、一度厨房らしいところに行ってから水の入った桶をもってきて、ナルヴィの前に置いてくれた。

 ナルヴィが許可を求めるように見てきたので頷くと、桶に顔を突っ込んで猛烈な勢いで水を舐め始めた。あれだけ走ったから喉が渇いているのだろう。


「色々と助かります、レギンさん」


 給仕の女性に会釈をしつつ、レギンにお礼の言葉を伝える。

 ナルヴィもお礼しているように、わふ、と吠えた。


「気にするな、旅人を歓待ぐらい出来んと長としての器を疑われるからな。ロプトに不自由させるようではレイナードの名が泣くというものよ!」


 そういってレギンは笑う。

 おそらくこうして旅人に過剰なぐらいの施しを与えることで、自分の度量を周りにしめしているのだろう。

 またそれだけでなく、旅人が貴重というのも嘘ではないだろう。

 さっき村の外で見たように夜になると亡者が出るような場所では土地を離れて移動する旅人というのは情報を得る手段として貴重なはずだ。

 この状況はロプトにとって都合が良い。

 なにせロプトは金銭や交換可能な価値あるものを一切持っていないのだ。

 

 しばらくここに来たいきさつを話していると、使用人たちが料理を持ってきた。

 ハーブと一緒に焼かれた鶏肉、豆のスープ、パン、焼いた魚、酢漬けの野菜、チーズなどが机一杯に並べられる。とても二人で食べられる量ではない。


「こんなにたくさん……」

「なぁに、残り物は使用人連中が食べるから遠慮せんでくれ。むしろ旅人が来たのにいつもの食事では連中もがっかりするだろうからな。遠慮なくすべて手をつけてやってくれ、その方が喜ぶ」


 チラリとロプトが使用人たちを見ると、こっそりと、しかし期待した目でロプトを見ていた。さっき給仕してくれたセクシーな女性もニッコリと笑いかけてきた。

 使用人たち用の料理があるわけではなく、彼らの食事は主人や客人の食事の残り物になるのだろう。それも単に残り物というよりは、ある程度はわざと残すようだ。

 ロプトは期待の視線を背中に受けつつ、なるべく全てのメニューちょっとづつ食べるようにして食事を堪能した。

 味付けは塩かハーブのシンプルなモノだが、腹が減っていたこともあってかなり美味く感じた。パンなどは朝に焼いたものなのか普通に食べるには固くて噛み千切れないが、スープに浸して柔らかくすればこれはこれで悪くない。


 食事中はレギンに旅の様子を話した。

 とは言え、実際にロプトは旅してきたわけではないので、山から下りて村までの道のりのことしか語ることは出来なかった。

 だがその話にレギンは驚いていた。


「あの『嘆きの山』を越えてきたのか?」

「『嘆きの山』、ですか?」

「うむ、あの山は中原の神族どもが一柱の邪神を封じた、という伝承のある山でな。封じられた邪神が呻く声が年中聞こえるから『嘆きの山』と呼ばれておる。ロプトも山を越える時に聞かなかった?」

「い、いえ、俺が山を移動している時には聞きませんでした」

「なんと、何年も音の止むことの無かった山が、何かの前触れかもしれんな」


 真剣な顔でロプトの話を吟味しているレギンを見つつ、ロプトは内心動揺していた。

 封じられた邪神、ロプトを縛っていた磔台、神殿のような場所。

 無関係とは思えない。


「と、ところでその中原の神族っていうのは、何者なんですか?」


 ロプトが逸る気持ちを抑えて尋ねるとレギンは顔をしかめた。


「力ばかりが強くてロクでもない連中だ。流木にイタズラに命を与え、その人形どもに自分たちを崇めさせて神を気取っておる。儂ら巨人の神もあやつらに殺された」

「巨人の、神。そういえばここは最後の巨人族の村って聞きましたけど」

「おう、そうかロプトは儂らを知らんか。儂らはこの地の最後の巨人族、偉大なる神ユミルの子にして巨人の祖であるベルゲルミルの末裔だ」


 ロプトは思わずレギンの身体を見つめる。

 確かに恰幅は良く、全体的に厚みのある『大きい』身体をしているが、その大きさはロプトと比べても極端に変わりはない。

 巨人というにはいささか小さい気がする。

 そんなロプトの気持ちを感じ取ったのかレギンは笑う。


「わははは、違う違う。『巨』というのは大きいという意味ではない。大いなるという意味なのだ。かつてはその力は神にも匹敵したらしいが、今はちょっと力が強く、身体が頑丈なぐらいだ。ほんの少し魔力を使えるものもおるが、普通の人間と変わらんよ」


 レギンは機嫌よくそう言うと、銀瓶を傾けて空になっていたロプトのコップにエールを注ぐ。

 ロプトは慌ててコップにエールを受けた。


「……おかげであのクソ神族どもと戦うことすら出来ん」


 その時、ぼそりと呟いたレギンの言葉にロプトは悪寒を覚えた。

 その声音は憎しみに満ちていて、殺意が滲み出るようだった。

 結局、ロプトはそれ以上神のことを聞くことが出来ずにレギンとの食事はお開きとなった。

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