(11-1) 他愛のない夢物語を最後に

― エピローグ ―


 最後のページを読み終わり、ベットの上で彼女は笑う。


「だからこのタイトル? センスのかけらもないわね」

「センスのなさは自覚していますから。感想も、要りませんよ」

「あら、そう。褒めてあげようと思ったのに」

「不気味なのでやめてもらっていいですか」


 最後まで原稿を書き上げたのは初めての経験だった。


 ただ時間があった。それ以外にすることがなかった。そういう、いろんな偶然が重なって、これまでは持てなかった理由を得て、ようやく書ききることが出来た。真似事だと笑われるのがちょっと怖かったけど、それでも彼女がいなくなってしまう前に書き終えることが出来たのはなかなかの行幸だ。


「パソコンって凄いんだね。私も使ってみればよかったかなー」

「無理ですよ。性に合わないって投げ出すに決まってます」


 ベットの上。液晶に表示されているのは僕らについて語ったものだ。


 僕がこれから先、忘れない為に。そして、僕らがここにいたことを少しでも多くの人に知ってもらうために、僕の書いた物語つくりばなし


 もうじき春がやってくるというのに窓の外では雪がちらつき、蕾を膨らませた桜も、まだしばらくはその姿を見せはしないだろう。

 彼女は静かにもう一度原稿を読み直し、僕はそんな姿を傍で眺める。

 言葉はいらない。口で語る以上の事を文章の上に綴ってしまっているからってのもあるけれど、ただこうして近くにいるだけで満足しているのも確かだった。


 そんな時間はもう、長くは続かない。


 彼女の望みのない手術はすぐそこまで迫っている。


 残された時間、限られた命。出来る事は限られていて、……でも、僕にできることもまた、限られていた。こうして不慣れな物語りを行ったのもその一環であるし、彼女が安心して手術を受けられるようにっていう悪足掻きでもあった。何をしたところで、運命はきっと変わらない。願えば変わる未来なら、救われなかった人々が報われない。


 現実はそう甘くない。思っているよりもずっと残酷で、だけど悲観する程には酷くもない。


 奇跡は簡単に起きるし、それはきっと奇跡なんかじゃなくてただの確率論で。起きないと証明することの方がずっと難しい。


「こんな時間が続けばいいのに」と以前の彼女なら言った。悔いのある日々を昔の彼女であれば送っていた。


 だけど、いまはもう、それもない。


「君との約束はこれで果たされちゃったわけだけどさ。今度は約束の為じゃなくて君自身の為に、書いてくれないかな」


 私がいた事を、忘れない為に。

 私がいたからこそ、君がそうなれたのだと、私の存在を、この世界に残す為に。

 そうやって積み上げられてきた人々の物語れきしの中に、私もまた、いるんだってことを君自身が証明して欲しいんだよね。


 そんな感じの事を彼女は笑って語って、僕は呆れて肩を竦める。


 お世辞にも才能があるとは言えない文体で、これ以上何を語れというのか。もう懲り懲りだって気もするし、一度できたことは、気が向けばまた出来るような気もするし。だけど、別に物語にしなくたって、



「いまの僕がいるのは、冬華さんに出会ったからですよ?」



 それは万が一にも変わらない。



 彼女が僕に出会ってよかったと思ったように、僕もまた、彼女に出会えてよかったと思う。


 これから先、例え、彼女がいなくなってしまったとしても、彼女の物語はこの世界に残り続けるし、彼女の存在もまた、これまでの、いなくなってしまった人々と同じように、残り続ける。そうして僕たちがここにいるように、これから先、僕らがここにいたことを誰かが知ってくれたように。


 僕らの物語はそうやって、終わりを乗り越え、続いていく。誰かがこの本を手に取る限り。


 例えあの彗星が僕らを消し去ろうとしても、必ず。


 僕らがここにいたことは、貴方が知っている。



   — 春にはとける、透明な白のように —



                        秋宮葉流

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