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馳川 暇

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 また妹が幽霊を拐かしてきた。

 はたして私は少々困った。部屋の空きが無いのである。

「わたしの部屋を使えばいい。それでもいい?」

 妹は女性に尋ねた。まだ亡くなってより日が浅いのか、態度も存在も薄らボンヤリしている。女性は僅かに首を曲げた。縦だ。明朗ではないが、おそらく肯定と見えた。

「よし」

 と、妹は彼女の手を引き、二人はズカズカフワフワと館の二階に向かった。私はポツネンとして広間に取り残され、一言、御帰おかえり、と呟き玄関扉を閉め……思い直し、更に一言、付け加え、

「ようこそ」

 そして閉めた。

 

 

 放蕩するのが妹の特性である。ふらりと出掛けて、暫く帰ってこないなどザラである。独楽が己の行き先を思案しないように、妹はあちらこちら人間じんかんを流離っている。

「ただいま」

 ふらふらして。

 時々は今日のように帰ってくる。同伴者がいることも多い。そのせいで、やしき客室きゃくしつは現状ただのへやになってしまっている。我が屋敷は投宿の有様。しかしてサーヴィスは悪い。清掃も行き届かない。三流である。いや。そも投宿ではないのだ。

 書斎に戻り暫くすると、ようやく妹が挨拶に来たので尋ねた。

「あの女性は?」

「おかえりぐらいは欲しいよ」

「既に言った」

「私の部屋。多分まだ状況を受け入れているところ」

 幽霊には数段階ある。死の受容は最初の試練だ。出現した直後の幽霊とは、知識と記憶のある赤子が道端に置きざりにされるようなものだ。矛盾に、混乱する。

「亡くなって混乱しているところを連れ去られては無理もない」

「人聞きの悪いこと。保護のつもりなのに」

「前後不覚のところを引率してくるのは、十分に誘拐と呼べる」

「帰り道でフワフワしてるのを見掛けたから拾ったの」

「風船ではないのだから拾うべきではない」

「大抵のモノは拾うべきじゃないよ」

 それは尤もだ。尤もだが、幽霊は格別である。

「第一に幽霊はフワフワするべくして、しているものだ」

「そうだけど、なんだか危なっかしくて」

 意味が解らない。往々にして妹の行動と選択は、独自の嗅覚によるものなので、余人には理解できない。なにはともあれ、私の理解は及ばない。感覚的に過ぎる。

「幽霊に身の危険はない」

 彼女ら足無きモノ達の選択肢は二つ。

 消えるか。残るか。いずれにしても生きてはいない。

 死者にとって危機感など無用の長物である。

「危険はなくとも危なくはあったの」

 妹は私の警句など気にも留めずソファで寛ぎだす。正直なところ、私にしても効果があるとは思っていない。無意味だ。経験から推し量るに、兄妹の会話とはえてして無意味なものらしい。

「それに。幽霊ぐらい問題ないでしょう?」

「一体だけならば」

「二度あることは三度あるの」

「二度も三度も、とうに超えているが」

 脳裏で私は客室を数える。廊下にずらりと並ぶ部屋は、けれど既に一杯だ。なぜなら、これまでに我が妹が連れ帰った寄る辺なき客人たちが、何十と住み着いているからである。それに加えて単なる来訪者も泊まっている。

 実情からいえば、彼らは客人というか居候。

 世界において居場所を無くしたものたち。幽霊に妖怪。怪物に魔女まで逗留しているので、私の館は驚愕箱びっくりばこしき百鬼夜行の体である。

 ぐでんとした、だらしのない姿勢で、妹は私に向いた。

「だけど、彼らを追い出さないのがフラットだよ」

 彼女は私を兄とは呼ばない。フラットと呼ぶ。私に氏名はない。だから通称だ。最初に呼び始めたのは妹だった。今では皆がフラットと呼ぶ。

「追い出す理由も無い」

 こちらがそう応じると、

「相も変わらず平坦な表情をしているね」

 と妹は言った。

 平坦な表情。抑揚の無い口調。起伏の少ない感情。フラットの由来はそれらであるそうだ。あまり自覚はない。私にとって自分とは、誰もがそうであるように『そういうもの』でしかない。

 妹は私に瞳を合わせる。そして淡々と事実のみを感想にする。

「虚無的」

 そういうもの。

「無関心」

 つまり。

「吸血鬼らしいね」

 妹は緩々と笑った。応じたつもりだったが、恐らく、私は笑っていなかった。

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