@Rukiri……
青峰輝楽
1
私には友達がいない。正確には、リアルの友達が。
虐められている訳じゃない。無視される訳でもない。だから、不幸じゃない。
でも、私にはリア友がいない。
中学の頃は何人も友達がいた。漫画好きで集まってとても楽しかった。高校行ったら一緒に漫研入ろうね、って約束してた。でも、親はもっと偏差値の高い所を狙うように言い、流されるままに受けたら合格した。
「高校別れても、一緒に同人やろうね」
約束してたのに、段々疎遠になった。運で受かった進学校で授業についていく為に私は忙しい。メールにすぐ返せない私を、皆は面倒がるようになった。皆は以前と変わらず、集まって楽しくやっている。その空間に、私は要らなくなったのだ。学校も違うし連絡も取りにくい。だったら、一々声をかけなくてもいい。そういう事だ。
『一緒にやりたいならさ、もっとまめにメールチェックしなよ』
その言葉に私はつい、かっとなった。毎日塾があって、その間はスマホは見れない。皆みたいに暇じゃない。
「無理だよ。じゃあ、もういいよ」
『あっそ』
それで、終わりになった。
中学時代の仲間にしがみついている間に、周囲では新しい人間関係が出来ていた。私は取り残された。班では普通に話すし、消しゴムを落としたら拾ってくれる。ただ、一緒につるんでお弁当を食べたり、他愛ない話で盛り上がったりする相手がいないだけだ。どうって事はない。どうって事はないけど……寂しかった。学校へ行って授業を受けて塾へ行って帰る、その繰り返し。リアルの生活には楽しみなんて何もない。ただ、生きる為に生きているだけ。
そんな私に友達ができた。相川るきり。変わった名前……じゃなくて、ハンドルネーム。そう、るきりはネット上の友達だ。
ツイッターを始めてみようと思ったのはただの思いつきだ。
『美空あいりん@Airinmisora イラ交してくれる方、お友達になって下さい』
翌日、メールを開くと、
『相川るきり(@Rukiriaikawa)さんがフォローしました』の文字。
プロフィールを見ると、
『相川るきり@Rukiriaikawa イラスト描いてま~す』
それだけ。アイコンは、淡いブルー系の髪と目をした少女。
もし合わない相手なら、切ればいい。ネット上の関係なんて、切りたくなればいつでも切れる。リアルと違って周りに知られる事もない。よし、と決めてフォロバする。
『@Rukiriaikawa フォローありがとうございます。よかったら仲良くして下さい』
返事はすぐに返ってきた。
『@Airinmisora は~い、仲良くして下さいね~』
そして、私とるきりは急速に親しくなった。るきりと友達になってからは、鍵アカにした。友達は一人でいい。るきりは何人かフォローしているがフォロワーはいなかった。私とるきりはチャット状態で毎晩遅くまで色んな事を話した。同じ学年で、偶然にも隣の市に住んでいるという事。そして学校と本名も知った。K女子の田中彩さん。
でも、私の中では、るきりはるきり。私も自分の情報を教えたが、その話はそこでおしまい。私たちは、るきりとあいりん。それでいい。
イラ交もした。るきりの画は繊細で儚い線。淡い色遣い。
隣の市なんだから、会おうと思えば会える。でも、そういう話は出なかった。互いのメアドは教え合っていない。るきりがリア友になるのが私は怖いのだ。リア友にまた切られるのは、怖い。
るきりは既に以前のリア友よりずっと大事な存在になっていたのに、私はそう思い込んでいた。
そんなある日。
私は、教室で聞こえた会話に、耳を疑った。
「あ~あ~、知ってる! K女子の相川るきり?」
「そうそう、B高の斉藤くんの彼女。怖いらしいよ~」
「あの飛び降り自殺した子、相川グループに散々やられてたらしいし」
「ああ、斉藤くんのストーカーしてたって子ね」
……K女子の相川るきり? るきりはHNじゃなかったんだ!
「ねえ、その話、詳しく教えて!」
いきなり会話に割り込んできた私を、三人のクラスメイトは一瞬ぽかんとした顔で見た。私は必要な時以外、誰にも話しかけない人だと思われているからだ。でも、三人はすぐに笑顔になった。彼女たちは『誰にでも親切なタイプ』だから、嫌な顔なんかしない。
「どしたの、沢田さん。まさか相川るきり、知ってるの?」
「え、いや、その、彼氏をストーカーしてた子が自殺したの? いつ? 今日?」
昨夜もるきりと話したけど、彼氏がいるなんて初耳だ。
「え、新聞にも出たじゃない。K女子の自殺。三ヶ月前の話だよ?」
……三ヶ月前? ちょうど、るきりと仲良くし始めた頃だ。そう言えば新聞で見たし、るきりに、
『学校の子が自殺したって?』
と尋ねた。るきりはあの時ただ、
『らしいね』
と答えた。
「ねえどしたの、沢田さん? 顔青いよ? 大丈夫?」
心配顔で尋ねてくる竹内さん。本当は心配なんかしてないくせに。
「自殺した子を知ってたの? でも相川るきりってさぁ、すごい怖いらしいよ? 一見可愛い系だけど元ヤンで裏で色々ツテ持ってるらしいよ。絶対関わっちゃダメだよ」
「瑠璃色の霧って意味で、瑠璃霧って書いて、るきりだって。読めないよね~あはは!」
そんな彼女たちの言葉もろくに耳に入らない。礼を言って彼女たちから離れた。
元ヤンで、彼氏のストーカーを自殺に追いやった? それが、るきりの本当の顔なの?
怖い。私はどうして、リア友よりネット友達の方が解り合える、なんて思ったんだろう。私はるきりの事なんて、何も知らなかった。パソコンの画面に映るアイコンと文字。それが、私の知るるきりの全て。たったそれだけなのに、私はるきりを親友だと思い込み、るきりの心を何でも解っていると思い込んでいた。
私はその夜、3ヶ月ぶりにパソコンを開かなかった。次の日も、その次の日も。
数日後。登校してみると、あちこちから奇妙な視線を感じた。
竹内さんが私を見つけて飛んできた。
「沢田さん! ヤバいからやめろ、って言ったじゃん!」
「え、何……?」
「何、って、ラインで相川瑠璃霧に喧嘩売ったんでしょ? すごい噂になってるよ!」
私は頭がくらくらした。
「私、今はラインやってないよ。そもそも、その人のラインも知らないよ。何それ。私、知らない」
「相川瑠璃霧、激怒して、沢田さんをシメる、って言ってるらしいよ! 本名と高校名出して罵倒したって?」
「そんな……人違いだよ」
私は涙目になってしまう。何この状況。私が急にツイッターをやめたからるきりが怒った、っていうのならまだ解る。でも、ライン? そんなの、知らない!
「私……どうしたらいいの?」
駄目だ、頼っちゃ。そう思いながらも、涙が止まらない。竹内さんは、私の肩を抱いてくれた。
「人違いなら、大丈夫だよ。私の友達に、相川瑠璃霧の取り巻きに口きける子がいるから、その子から言ってもらうから」
「本当……に?」
「勿論だよ。とにかく、一人になっちゃだめだよ」
眼鏡の奥の親切そうな目。私は竹内さんの肩にすがって泣いた。
その日は、竹内さんたち三人とその彼氏たちも一緒に帰ってくれて、何事もなかった。三人の事もよく知らないし、ましてその彼なんて、顔も知らないよそのクラスの人で居心地は悪かったけど、でもそんな人たちが私を助けてくれようとしてるのは、素直に嬉しいと感じられた。竹内さんが声をかけてくれたおかげかも知れない。リアルもまだ捨てたものじゃないな、と思えた。
でも。私はるきりと向き合わなくちゃいけない。
殆ど無言で夕食をかき込む。
「愛、明後日から中間試験でしょう? パソコンはいい加減にしなさいね!」
親はどうせそんな事しか言わない。うるさく言われないよう、親が寝るまで勉強して、静かになってからネットに繋いだ。
『@Rukiriaikawa こんばんは』
勇気が要ったけど、話しかけてみる。すぐに返事が来た。
『@Airinmisora 久しぶり! どうしたの、心配したよ!』
屈託のない返事に胸が詰まる。なんで? 私をシメるって怒ってるんじゃなかったの?
『怒ってるんじゃないの?』
文字を打つ指が震えたけど、そう返信する。
『怒る? なんで?』
違う。怒ってるのは私の方だ。
『私に嘘ついてたでしょ? 本名とか。るきりは瑠璃霧で本名なんでしょ?』
これにはすぐに返事がない。私は更に
『ラインに書き込んだのは私じゃないよ。私はただ、ネットでるきりと交流出来たらそれでよかったの。るきりが本当はどういう子かなんて、関係ないよ』
るきりはどういうつもりで私と交流したんだろう? 彼氏のストーカーを自殺に追いやる瑠璃霧……ほのぼのイラ交とガールズトークで盛り上がるるきり……どっちが本当の顔なのか。瑠璃霧なんて存在、知りたくなかった。そうすればずっと楽しい時間が続いたのに。
『あいりんは、本当の私には興味がないの?』
『るきりが元ヤンだとか、そういうの関係なく仲良くしてたかった、って言ってるの!』
『どうして私が元ヤンだとか思うの?』
『だってそれHNじゃなくて本名なんでしょ? ちゃんと聞いたんだから!』
『るきりはHNだって最初に言ったじゃない。どうして嘘だって決めつけるの?』
……そう言えば、そうだ。もしかしたらるきりは瑠璃霧とは関係なく、たまたまそういうHNにしただけなのかも知れない。私は混乱してきた。
『るきりは相川瑠璃霧って人とは違うの?』
『違うよ! あんな奴と一緒にしないで!』
『るきり、相川瑠璃霧を知ってるの?』
『知ってるよ』
『じゃあ、なんで嫌いな人の名前をHNにしたの?』
『忘れない為に』
『何を?』
『私を殺した事』
私はぞくっとした。今は夜中なのだ。
『何それ、どういう意味?』
『何って……まだ解らない?』
『何を?』
『私が死んでる事』
『やめてよおかしな冗談。趣味悪いよ』
私は本当に怖くなってきた。早くパソコンを切った方がいい。そう思うのに、手はキーボードから離れない。
『何が冗談なの? 本当の私はどうでもいいんでしょ? 本当の私が三ヶ月前に飛び降り自殺してたって、どうでもいいんでしょ? 今まで通り仲良くしようよ♪』
田中彩。るきりはそれが本名だと言ってた。
K女子の田中彩。それは、もしかして……。
『私はストーカーなんかじゃない。ただ、電車でよく見かける斉藤くんが気になって、ある時勇気を出して家までつけて行ってしまっただけ。相川瑠璃霧の彼だなんて知らなかったし』
『なのに、それを気づかれてからひどい事いっぱいされて、友達もみんな怖がって私から離れていった。リアルは怖いよ、あいりん。ネットで仲良くしよ♪』
『あ、それから、相川のグループラインにあいりんの名前で書き込んじゃってゴメンね~。あいりんが急に話してくれなくなったから、ちょっとすねてやっちゃったんだヨ』
目前に流れてくる画面上の文字。私はどう答えればいいのか判らない。そんな事、ある訳ない。
『死んでるとか、あり得ないし。嫌がらせはやめて』
『なんであり得ないと思う訳? 死んでもツイートしてる人、私以外にもたくさんいるよ? どこの誰かも知らない話し相手が、どうして生きてる相手って決めつけれる訳?』
『死人がどうやってネットに繋げるのよ!』
私が今すべき事は、すぐにパソコンを切る事。解っているのに、どうしても出来ない。
『死んだら魂がどこに行くかなんて誰も知らない。私は死んで、気づいたらネットの中にいた。ここは、とても居心地いいよ。言いたい事言って、嫌な事はスルー&ブロック。それで済んじゃうんだから。あいりんもおいでよ……』
『私はるきりの事、何も解ってなかった。こんな事やめよう。るきりが死んでるなんて信じないから!』
私はウィンドウを消そうとする。もう嫌だ、耐えられない。
でも。
いくら押しても画面は消えない。私は焦って、パソコンを強制終了させようとした。
『だめだよ、あいりん。逃がさないから。私の友達……』
不意に画面が変わる。水色の髪の少女。るきりのアイコン。画面いっぱいに顔が映り、そして、アイコンはニヤリと笑った。
「沢田さん、心臓麻痺だって?」
竹内美佳は泣いた。
「部屋で倒れてたって……」
「やっぱ、ライン事件がショックだったのかな」
葬儀から帰って、美佳は沈んだ気持ちのままで自室に向かう。沢田さん、泣いて助けを求めてたのに。助けてあげたかった。まさか死んじゃうなんて。
気分を変えようと、パソコンに向かう。ツイッターは日課だ。あ、新しいフォローが来てる!
『美空あいりん(@Airinmisora)さんがフォローしました』
@Rukiri…… 青峰輝楽 @kira2016
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