リーダーで応える風希、オーダーに応える風希
「で、どういうことなの?」
白い砂浜、青い海、四人は海へと足を運んだ。
水着にも着替えず、海の家を前にする波来たち四人。
桔実が三人の前に出て、彼女の後ろにおじちゃんおばちゃんと言うのが適切そうな年齢の夫妻がいた。
「今日からお世話になる後藤さん夫妻です、ほら頭下げてください波来くん風希ちゃん」
「よ、よろしくお願いします」
波来は緊張で顔が張った状態で頭を下げる。
後藤夫妻は優しいおじちゃんおばちゃんの顔をして、そんなにかしこまらなくていいのよと言いつつ。
「よろしくね、皆さん」
「ほう双子ちゃんと格好いいお兄ちゃんかい、桔実ちゃんもいい友達連れてきたね」
「ふ、双子!?」
風希本人が素っ頓狂な声をあげる。それもそうだ、桔実は風希本人とドッペルゲンガーの風希を双子として紹介していたようなのだ。
だが、双子扱いされてさすがの風希本人も隣で何事もなく壊れない笑顔でいる風希を見て、身体がぞわっとするよう仰け反る。
「こんなのと一緒にしないで」
こんなの、とは失礼なと波来は思う。
話を整理しておこう。
桔実によると今日から波来たちはこの海の家で働くらしい。
バイト代も出る上に、この海の家とは別で夫妻が経営する民宿にタダで泊めてくれるという。
「海で遊ぶんじゃなかったんだね」
戸惑いつつも波来が言うと、桔実がウインクして、へへへっと笑う。
このような計らいをするということは、何か桔実には狙いというものがあるのだろう。
「私は嫌よ」
わがままにも風希本人が嫌がる。
「じゃあ風希ちゃんはここで野宿する?」
桔実によると最寄りにあるホテルでもここから三〇キロ離れたところにあるらしい。ちなみに後藤夫妻の民宿は徒歩五分だ。
「野宿する? それとも働く?」
「……、わかったわよ、働けばいいんでしょ働けば!」
「うん、それでこそ風希ちゃんよ」
「私はそんなに人のいい人間じゃないわよ」
「そんなことないよ、風希ちゃん。それじゃあ頑張りましょう!」
桔実が腕を上げる。ドッペルゲンガーの風希も腕をあげて「おお!」と言う。
テンションが高いのはこの二人だけだった。
ハイタッチをして波来たちは仕事を始める。ハイタッチといっても、風希本人は嫌々しながら手をあげるだけで、三人にその手を叩かれるだけだった。
まだ八時の早い段階だったので、利用客はゼロの状態だから、四人は準備作業から始める。
風希本人はサボってるも同然で、数メートル離れて、腕組みしながら三人を静観していた。
海を眺めながら飲食ができる敷地内のゴミを拾い、簡易テーブルをセッティングして、パラソルを開く。
桔実は手際よくパラソルを開く。不器用ながら波来もパラソルを開く。
しかし、この場で手伝いに参加してる風希はパラソルを開くのに難儀していた。
「固くて開きにくい、開けない」
波来に助けを求めるも、波来もなかなか開くことができない。
「まったく!」
息を切らせて、風希本人が二人のほうに歩み寄った。
「こうするのよ!」
彼女がパラソルを奪い取り、一秒もかけずにバッと開いた。
「おお! さすが」
「凄いね!」
波来と風希はあまりの鮮やかさに、手を叩いて喝采した。
「何やってるのよ! とっとと動きなさい!」
「おお怖っ、はいはい」
「頑張るよー」
それから三人がテーブルとパラソルのセットを頑張る。
だが、それが次第に四人になってきた。
「このパラソルはそっちがいいわ! そこだとそっちの席の邪魔になるわ!」「そこにゴミ落ちてる! 砂の中にゴミがまだある、もうちょっと注意してやりなさい!」「ああ、そこパラソルがちゃんとささってない。もうちょっときちんと固定しなさい!」
さすが不良を仕切ってただけある。指示の手際のよさに引けを取らない。
パシリにされているという感覚ではないが、風希本人の裁量で三人はスムーズに動くことができ、利用客がまだ来ぬ前に、スピーディーでなおかつ綺麗にセッティングができた。
「あらあら、皆さんはじめてにしては上出来ね」
「こんな丁寧に仕事をしてくれたバイトさんは始めてだ」
風希本人は口以外まったく動かしていないが、それでも彼女の助けによって仕事は進められた。
利用客が入り始め、三人が接客に回った。
波来も苦手ながら宣伝に苦慮して、いらっしゃいませぜひ来てくださいと言いながら客の呼び込みをした。
彼の手には黒いボード、「特製レモン焼きそば二百円」と書かれていた。
「波来、あなた客の呼び方がなってないわね」
風希がイラついた表情で波来を叱りつける。
「ごめん、どうすればいいの?」
「表情が固いのよ! もう、ちょっと私にやらせなさいよ!」
ボードを奪い取り、風希本人はそれを実践に移した。
「皆さーん、来てやってくださーい。レモン焼きそばがおいしいですよ、ぜひ来てやってくださーい」
本当にこの風希は風希なのだろうか。不良風情の彼女からは絶対に想像できないほど、笑顔を振りまいていた。いつもの形相がない。あの風希じゃない、こんなの。と思えるほど波来は驚いている。
「怖い顔してないで、ぜひ入っていってください、って客に呼び込むのよ!」
指導もテキパキとしてて、本当にこの風希本人はクズではないんだなと思う。
「レモン焼きそば美味しいですよー、ぜひ入っていってくださーい」
「その大声いいわね、さぁ一人でも多く客を呼び込むわよ」
いつの間にか風希本人はこの場をしきっていて、自分から積極的に仕事に加わっていた。
この旅行、何かありそうだ。そんな雰囲気を波来はひしひしと感じ始めた。
◆
「桔実ちゃん、レモン焼きそば三人前だって」
「ありがとね、風希ちゃん」
そう言いながら、彼女は鉄板の上で焼きそばをどんどん作っていた。
シークワーサーのボトルを手に、味加減を調整する。
桔実はこの海の家で何回か働いているのだが、レモン焼きそばというものをオリジナルで考案してから、客からおいしいと評判があがり、この海の家のメニューになったほどだった。
香ばしい匂い、このアクセントに酸味の利いた味に舌鼓を打つ客は多く、評判になっている。
「はあい、レモン焼きそば三つできたよ、風希ちゃん!」
「ありがとう、三番テーブルさんレモン焼きそば三つできました!」
そう言いながら風希は笑みと優しさを振りまきながら、テーブルに料理を置いていった。
風希が笑顔になって給仕をするので、客もまた笑顔になっていた。
「この子もやるわね」
「はじめてにしては上出来だよ」
後藤夫妻がそう言いながら、四人の様子を見ていた。
決してお世辞ではない。当初、桔実も不安にはなっていた。けれど、ここまで融和的に物事が進むとは思っていない。うまくいきすぎて桔実はかえって不安になるほどだった。
「レモン焼きそば、五人前お願ーい」
「はあい、風希ちゃんオーダーありがと!」
そう言いながら、桔実はレモン焼きそばを手際よく作り続けた。
「風希ちゃん、大丈夫?」
オーダーが一通り終わり、新たな利用客と追加オーダーがない頃合いを見て、桔実は風希に話しかける。
「風希ちゃん、疲れてない?」
「大丈夫だよ、私楽しいから」
仕事が楽しめるくらいやれるなら……と、桔実は安堵の表情を見せる。
「風希ちゃんは何でもできるんだね」
「何でもじゃないよ、私のできることは笑顔を見せることだけ、それだけだから」
「それだけじゃないよ……でも、笑顔になれるっていうのは何もできないうちに入らないよ、風希ちゃん」
「桔実ちゃん……」
「その笑顔をこの旅行のあいだでずっと忘れないで」
近いうちに消えてしまいそうな笑顔を、桔実はじっと見ていた。
「そんなに見つめられると照れちゃうよ、桔実ちゃん」
「笑顔なんていくら見ても減らないよ」
笑顔が減らないと口にしてみたが、本当にそうだろうか。
風希といられる時間は残りわずかかもしれない。
それでも桔実は自分のやっていることに間違いはないと、そう考えながら桔実も笑顔を見せる。この笑顔がいつまでも忘れられませんようにと願いながら、風希に笑顔を返した。
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