第二章 風希を切り捨てて、繰り上がった風希
見えるのにわからない風希、わかっているのに見えない風希
彼女の名は
「本当にごめんなさい、あなたの写真を撮って風希ちゃんに渡してしまって」
「いや気にすることないよ」
ドッペルゲンガーの風希と友達付き合いを始めたら、こうなるだろうことは予想していた。
「わたし、とても驚いてるんです」
学年が同じなのに波来と敬語で話すんだなと少し引け目を感じる。だがそれは置いておくとして。
「風希ちゃんが二人……、わたしまだ信じられなくて」
桔実が驚くのも無理はない、風希が二人いるという事実をどう受け入れたらいいか戸惑っているのだろう。
「僕もまだ信じられないんだ、というか信じていない。何かトリックがあるんじゃないかと思っちゃってね」
もう一人の風希は確かに存在するのだ。
だけど超常現象とか云々以前に、波来はそのドッペルゲンガーに信頼を置いていた。裏切りをしないと約束してくれたドッペルゲンガーを信じたいと心から思っていた。
ところでもう一人の風希がドッペルゲンガーであることをこの桔実に言うべきだろうか。
「桔実さん」
「さんづけしないでください、よそよそしいので」
「桔実……」
「呼び捨てはもっとよそよそしいです」
話しやすいけれど、そう丁寧に扱って欲しくなさそうな感じを桔実は表情に見せる。
「じゃあ、なんて呼べば?」
「桔実ちゃんでいいです」
変なこだわりを持っている子だなと波来は思う。
「桔実ちゃん、僕が昨日会っていた風希なんだけど」
「はい」
とりあえずこのことは話しておこうと波来は心に決める。
「あの風希はドッペルゲンガーなんだ」
「……」
それは「からかわないでください」という顔ではなく、信じたくても信じられない、奥歯に物が挟まった顔だった。
もう少しで信じるところまで手が届きそうな苦悶を浮かべていた。桔実自身、そう簡単に信じることに抵抗があるのだろう。
「かく言う僕もまだ信じられない。けどあの風希はそう答えたんだ」
「ドッペル、ゲンガー?」
桔実は視線を泳がせる。
「大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。けど……」
少し迷った風な顔をしてから、こう答える。
「いいえ、なんでもありません。あなたがわたしを騙すような人ではないことはわかってます。あなたの誠意を信じてあなたの言葉を信じます」
波来自身もまだ信じられてないことを言葉にしてるのに、そうやすやすと信じられてしまうと、彼も困ってしまう。
「波来くん、お願いがあります」
なんだろうか。
「一度その風希ちゃんと会わせてもらえませんか?」
「え、それは」
「お願いします!」
押しの強さで桔実は波来に迫る。拒絶の意思など毛頭ないが。
「いいよ」
「ありがとうございます!」
「いや、断る気はないんだ」
ただ問題として、約束も予定も何もなく神出鬼没に現れるドッペルゲンガーにどうやって会わせるべきかだが。
「けどどうして、その風希に会いたいの?」
ええと、と言いながらいったん口を引き結んで顔を一度だけ背けてから、桔実が波来のほうを向く。
「懐かしい気がして」
「懐かしい?」
「いえ、わたしの知っていた昔の風希ちゃんとどこか似ているような気がするんです」
風希は語り始めた。
「わたしは風希ちゃんと幼なじみです。あ、幼なじみでしたというほうが正確でしょうか。小学校を出るまでは一緒だったんですけど、わたしが別の中学に行くことになったところで、風希ちゃんと離ればなれになって、そしてこの高校に入って風希ちゃんと再会したんです」
波来は頷きながら桔実の言葉を熱心に聞く。
「けど、三年の月日のあいだに何が起こったんでしょう。風希ちゃんの中身が、風希ちゃんという人間が変わってしまった気がするんです」
前はあんな女の子ではなかったと桔実は嘆く。不良を連れて汚く笑う様子を桔実自身も見たくはなかったのだろう。
「昨日、あなたと会話する風希ちゃんを拝見しました。風希ちゃんは昔あのようだった……そう感じられた風希ちゃんが目の前にいて、なんだか懐かしい気持ちになったんです。あのころの風希ちゃんが戻って来てくれたような気がしたんです」
そうか、桔実にとってドッペルゲンガーの風希に出会ったことは、本物の風希と再会したことのように思えたのだろう。
「だから、その風希ちゃんと一度でいいから会って話がしたいんです」
痛切な思いを浮かべた顔で桔実は波来を見る。
「おおかた動画を作るネタだろうけど、あの写真は風希に頼まれて撮ったのかな?」
「はい」
笑える動画のネタ集めに盗撮を命じられ、だが結果として笑えない状況になったわけだ。そして、桔実はわざわざ波来のところまでやってきて、謝罪に訪れたということである。
そしてたぶん、風希当人は彼女がドッペルゲンガーであると認識してはいない。このことは風希に秘密にしておいたほうがいいと波来は考える。
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