30歳童貞、魔法使いになるついでに魔女なJKと女子校に通う
明野れい
第1章 なんで童貞じゃいけないんですか?
第1話 JK占い(健全)
今日、僕は30歳の誕生日を迎えた。
30歳、童貞、フリーター、彼女いない歴=年齢。こうやって書き連ねるとものすごく暗い人生のように思えるけど、僕はそれほど悲観していない。
その証拠に僕は今、晩酌のつまみである鮭とばの入った袋を右手に提げて、鼻歌を歌いながら人気のない夜道を歩いている。
「ごきげんですね」
ふいに横合いから声が聞こえ、僕は思わずびくっとして立ち止まった。
声のした方を見てみると、細い路地の入り口のところに若い女性……というか、女の子がいた。小柄で、顔の輪郭を包むような栗色のボブカット。長いまつげの下の瞳は、暗がりでもキラキラと輝いていて、活発そうな印象を与える。
そんな女の子は道の端に机を置いて、その向こう側の椅子に座っていた。
「……占い師?」
僕は机に貼り付けられた、手書きの張り紙を見てつぶやいた。
女の子は目を丸くした。
「わ、私が見えるんですか……?」
「えっ?」
僕も目を丸くした。
思わず女の子をまじまじ見つめる。
……なんだろう、もしかして幽霊――?
いや、もちろん僕は幽霊なんて信じてない。でも常識なんてふとした拍子に崩れるものだ。サンタクロースはいないと母に言われたときの衝撃はラグナロク級だった。
実際、こんな時間にまだ十代と思しき、しかもなかなかに見た目の整った女の子がこんな珍妙なことをやってるのには違和感がある。よくて補導、悪ければ変なやつに絡まれて、どちらにせよ退去を余儀なくされるはず。
「ま、まさか本当に……」
僕は背筋に冷たいものを走らせながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
「何あれー。占いだってー」
「バカ、客の方よく見ろ。どう見ても援交だろ」
「あはは、それもそうだねー」
一組のカップルが、そんな会話をしながら僕の後ろを通り過ぎていった。
「……ちっ」
女の子が舌打ちをして、さぞ悔しそうに自分の太ももを叩いた。
「ちっ、じゃないよね! みんな見えてるよねやっぱり!?」
「いやまあ、あの人たちも霊感強いのかもしれませんし?」
「ごまかす気なら『ちっ』とか言っちゃ駄目だよね!?」
「それはほら、あれです、なんでしたっけ……ああ、リア充爆発しろ的な意味で」
そう言った女の子は、眉根を寄せつつ小首をかしげる。
「ところでリア充のリアってなんですか?」
「それ今僕に聞いちゃうの!? リアルのリアだけども!」
「なるほど、私はてっきりウェストファリア条約のリアかと思ってました」
「誰がその単語からあえてリアを抜き出して略語にするの!?」
大体、ウェストファリア条約が充実してるって何? 当時条約の内容決めた人たちが自画自賛するために作った略語なの? いやー、充実した条約になったわーって?
僕が渋い顔していると、女の子は一度ゆっくりとまばたきをしてからにっこり笑って僕を見つめた。
「それで、占っていきます?」
話の流れを完全にぶった切って営業してきた。
「……一回いくらなの」
「100です」
「……100万円とか言うんじゃないよね?」
「そんなこと言いませんよー。100リラぽっきりです」
「通貨のチョイスが微妙すぎて高いのか安いのかよくわからない!」
まあ100円よりは高いんだろうけど……。
苦笑いする僕など意に介さない様子の女の子が、あごに手を当てて首をかしげる。
「ところでリラって……」
「昔のイタリアの通貨!」
「なぜ私の言おうとしたことが……やっぱりあなた霊能力者なのでは……?」
「違います……」
なんでこの子は僕のことをこんなに霊感ある人にしたいんだろう。
ツッコミ疲れて小さく息をついていると、女の子は何かを閃いたように目を見開いた。
「リラ……イタリア……はっ、もしかしてリア充のリアってイタリアの――」
「リアルのリア!」
本当に疲れるなあ、もう!
「はぁ……」
なんなんだろう、この子。もういっそ幽霊だった方がよかった気がしてきた。幽霊というのが僕のイメージ通りの存在なら、もっとずっと物静かで、僕はこんなツッコミ地獄を味わったりしなくて済んだはず。
「お兄さん、いい人ですね」
「何? 藪から棒に。お金ならないよ?」
「いえ、ただの感想です。こうして私とのおしゃべりにも付き合ってくれますし、私が幽霊のふりをしても頭ごなしに否定しませんし。なんというか……ピュア?」
「……単に今日は気分がよかっただけだよ」
とはいえ、別に普段でも邪険にはしないと思うけど。単にもっと気持ち的に疲れてげんなりしてただろうな、というだけだ。
でもピュア、という点についていえばあながち間違いでもないか。何しろ童貞だしね。
そこら辺のスケコマシたちとくらべればだいぶピュアだとは思う。よくも悪くも。
「へえ、お兄さん童貞なんですか」
「まあね。なかなか機会がなくて」
「歳はおいくつなんですか?」
「今日30になったところ」
「あ、気分がいいって言ってたのはそれでなんですね。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
……って、うん?
「今僕、童貞だって口に出した?」
僕がふと我に返ってそんな疑問をぶつけると、女の子は目を瞬かせて首を傾けた。
「出してませんよ」
「そっか、やっぱり言ってないよね。よかった。考えてることが無意識に口から出てたのかと思ってちょっと焦った」
「あはは、ご心配なく」
「いやぁ、人付き合いが少ないとついつい独り言が多くなってさ」
「あー、わかります。私も友だち多くないので」
「へえ、それは意外」
……って、うん?
「じゃあなんで僕の考えてることわかったの!?」
僕がまたまた我に返って尋ねると、女の子は吹き出した。
「本当にいい人ですね。答えはまあ……私が占い師だから、ということで」
「いや、そんなので納得できるわけないって」
もちろん女の子への対応の仕方とかで童貞だってバレること自体はそこまでおかしいことではないと思う。でもあのタイミングで、まさに僕の思考を読んだかのように言われると何か裏があるように思えてならない。
「たまーに人の心の声が聞こえるだけですから。あんまり気にしないでください」
「……それは、超能力ってこと?」
「超能力ではないですよ。魔法です、魔法」
立てた人差し指を、魔法の杖のように軽やかに振り回してみせる。
「魔法……」
僕が真面目な顔でつぶやくと、女の子は破顔した。
「ふふ、本当にピュアですね」
「……冗談?」
少しむっとしてにらみつけるように言う。女の子は肩をすくめて目を伏せた。
「さあどうでしょう? ご想像にお任せします」
「……まあ、別にいいけど」
からかってるだけならそれでいいんだけど。別に本当に心を読まれたんだとしても、やましいことを考えてるわけでもないからなんの問題もないし。
「では楽しい時間を過ごさせていただいたお礼に、特別に無料で占ってあげましょう」
「それはどうも」
僕は相槌をうちながら、自分の座る椅子を探した。
「あ、椅子用意してませんでした」
「最初から占う気ゼロだよね?」
九分九厘わかってたことではあるけど、この子は絶対に占い師なんかじゃない。
僕は机の上にも疑いに細めた目を向けた。
「水晶玉とかは?」
「ありますよ」
笑顔でそう言って、女の子は服のポケットに手を突っ込んだ。
……ポケットに? 水晶玉が?
見た感じ、とても水晶玉が入るような大きさのポケットには見えないけど……。
「ほら」
そうして笑顔の女の子が突き出した手には、確かに透き通った球体があった。
「ビー玉だよ!」
「ビー玉ですよ。可愛くないですか?」
「可愛いけど占いには使えないような……」
いや、水晶玉のそもそもの意味とか役割はよく知らないんだけど。意外とビー玉程度でもよかったりするんだろうか。
「大丈夫ですよ。これだけじゃないですから」
などと、少し期待させるようなことを言う女の子は、反対側のポケットに左手を差し入れた。うん、もうなんとなく予想はつくよね。
「じゃーん、ジ・アザー・ビー玉です。アザーとアナザーの使い分けは今日授業で復習しました。まあすでにうろ覚えなんですけどね」
「……うん、それで?」
小さい姪っ子とかがいたらこんな生暖かい気持ちで見守るんだろうなぁ、なんて思いながら、僕は適当に相槌を打つ。
「もちろん、こうです」
女の子は口の端を釣り上げて言い、二つのビー玉をそれぞれ左右の目の前にかざした。
「むむむむ……」
そして芝居がかった声でうなりながら、ビー玉越しに僕を見つめる。見つめるといっても、光の屈折のせいではっきりとこちらを見通せてるわけはないんだけど。
「見えました! 女難の相が出てるでしょう」
「…………」
僕は無言で女の子を見つめた。
女の子は何度かまばたきを繰り返してからポンと手を打った。
「って、私のせいか」
女の子は真顔になってビー玉を下ろした。
冷たい風が真夏の街を通り過ぎた。
……なんというか、うん……気づいてくれてよかった。
それから僕は女の子の占いごっこにしばらく付き合ってから、改めて帰路についたのだった。
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