風に吹かれて ―Blowin' In The Wind―

「離さない」

 彼女までいなくなってしまったら、一人ぼっちになってしまう。

 そんなのは嫌だ。


「どうして?」

「だって……。どこか遠くへ行くつもりだろ?」

「ふふふ。どうかなぁ」

 笑ってはぐらかす。

 いつも、そう。

 意地悪な小悪魔なのか。

 でも、こうして最後まで僕のもとに残ってくれた。心優しい天使なのかもしれない。


「一緒に……いてくれる、よね?」

 捉まえているのは僕だけれど、主導権は彼女にある。

「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「何だい?」

「たくさん周りにいたときには、私のことなんか見てくれなかったよね?」

「えっ……」

 返す言葉が見つからなかった。



 そう。そうなのだ。

 小さくも、たくさんの華やかな彼女たちに囲まれている時には、その中のひとりに目を留めることなどなかった。

 いつしか成長し、彼女たちがかろやかな美しさを身にまとった時でさえも。


 ずっと一緒にいてくれるのが、当たり前のことだと思っていた。


 一人去り、二人いなくなり、一度に何人も離れていく様をこの目にして、はじめて己のエゴと残される不安を知った。だから、彼女には恋慕だけでなく後悔と哀願といった感情が複雑に絡み合っている。

 こうして掴んでいるのに、もし彼女が離れていこうとしたならば、抗うことなくこの手を放してしまうだろう。

 僕には自由もなければ、彼女を止める権利もない。



「答えはないの?」

「……ごめん」

「正直なんだから。嘘でも『そんなことない。君を見ていたよ』って言ってくれたらいいのに」

「ごめん」

 気の利いたことも言えず、同じ言葉を繰り返す。

「うふふ。謝ってばかり。でも、そんなところが好きよ」

 怒っているわけじゃないのは分かる。


 けれど、もう……。


「あなたは真っ直ぐな人。見た目よりも芯が強く、ずっと守ってくれた。あなたからすれば、私は大勢の中のひとりだったかもしれないけれど、私にとってはあなたしかいなかった。

 でもね、もう私も成長したの。あなたが知らない場所でも、一人でやっていけるわ。……今まで、ありがとう」

「あっ!」

 初夏を思わせる風を頬に受けながら、そっと手を放してしまった。



 ただ一つ残っていた白い綿毛が飛び去り、まっすぐに立つ蒲公英たんぽぽだけが残った。

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