謎解きのないミステリー
流々(るる)
対象(ターゲット)
時間が気になって仕方がない。
さっきから何度も見ている腕時計に目をやると、六時二十五分になっていた。
予定通りならば、あと五分で
失敗は許されない。
俺にとっては初めての大きな
もし、しくじったら……二度と任されることはないだろう。
ヤレて当たり前の世界、代わりはいくらでもいる。
六時二十六分。
もう一度、対象までの距離や位置関係を確認する。
直線距離で約五十メートル、いや、ここからは三十度ほどの俯角だから六十と言ったところか。
角度調整も何度も済ませた。
そう、練習通りにやればしくじる訳がない。
六時二十七分。
視線を下に移すと、既に多くの人を目にすることが出来た。
七、八百人はいるのだろう。
しかし、こちらを注視するものは誰一人としていない。
ほんの少し注意深く見上げれば、すぐに見つかるはずなのに。
ここへは彼らのざわめきも聞こえず、ただ俺の心臓の音だけが響いてくる。
六時二十八分。
暑い。
喉が渇く。
不安に押しつぶされそうになりながら、ふいに初めての仕事の時を思い出す。
無事に終えてテンションが上がっていた俺は、うっかり愛機に触れてしまい腕を火傷したっけ。
思わず苦笑いを浮かべながら、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。
六時二十九分。
「落ち着いてやれよ」
指示用のインカムからヤマさんの声が聞こえてきた。
今夜はサポートとして右のポジションにいるはずだが、既に廻りは薄暗く、ここからは見ることが出来ない。
あの辺りからは角度もなく、対象を狙うには難しいだろう。
やはり、俺がここでやるしかない。
もうすぐ時間になる。
照明は全て落とされる手筈になっていた。
それが、始まりの
照明が消えた。
一際大きなざわめきが起きたが、すぐに暗がりの中へ収束していく。
対象が現れた。
ゆっくり歩いてくるのが分かる。
胸を狙うのではなく、顔を狙わなければ。
絞り込んで――今だ!
「待たせたなー、Zepp 東京ォォォ!!」
ステージ中央のヴォーカルへ、ピンスポットがきれいに当たる。
観客のヴォルテージも一挙に高まり、熱いステージが始まった。
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