天霧朱雀

前半:枯山水

 縁側から見える風景は秋の暮れ。日本庭園と呼ぶには少し狭いが、風情のある枯山水。植えてある木々は落葉しているが、それもまた手入れが行き届いているから故、あまり気にならなかった。太い幹には麻縄が括ってある。青空もいつまでもつか分からない時雨の季節だったから、手持無沙汰でキセルを吹かせていた。ぼんやりと眺める風景は夢心地で、いっそ本当に夢だったらいいのに、なんて柄でもない事を考えていた。


「茶色ばかりの風景だ」


 カンッとキセル盆に打ち付けて灰を捨てると「それ、痛むからやめなさんな」怒り口調で日比谷が口を挟んできた。


「あぁ、居たの」


 こっちも思わず素で返す。あきれた様子で日比谷は「そらぁ俺の家だもの、いるさ」なんて言い出すもんだから、「てっきり出かけたのかと思ったよ」と思ったことをそのまま返答した。


「なんで客人が居るのに出かけると」

「俺の事、まだ客だと思ってくれてるのか?」


 腐れ縁、高校から続いた仲。日比谷家の平屋は目をつぶってだって歩ける程通い詰めた。大学だって同じ学校だったし、昔は小鳥遊と佐々波を入れて徹夜麻雀したものだ。夏だって海で一緒にナンパに勤しみ、冬は鍋だってつついた。春は別れることなく、こうして家に上がり込んでは飲んだり食ったりする。


「いいんだよ俺は。特別だろ」

「最悪の方で言う特別だけどな」

「人生にはそれくらいの縁があった方が楽しいだろ」

「はぁ?」


 大学の旧友で、日比谷と同じ頻度で会っている友はいない。高校からなら尚更だ。二十八歳、早くも遠縁になっている人間だって数知れない。むしろ今でも利益なんか関係なしにツルむ友人なんて片手で数えるくらいだろう。


「本当は、楽しかったんだ。日比谷と話すのだって」


 キセルを休めると「なんだよ急に」とやけに動揺したようすで日比谷は俺の隣に座った。


「ほら、そこに楓の葉が落ちていたから」


 庭先に散らばる赤色の絨毯を指さすと、俺より博物学に詳しい日比谷は何かを察したようで「……椛ケ丘のクセにそういう事、言う?」と疑った様子だった。


「言うんだよ、たまには」


 美しき思い出、なんてガラでもない。自分でもわかっていたが、そういう事にでもしていないと理屈に合わない。ただでさえ、照れるような言葉を平然と言えるキザ心は持ち合わせていないタイプだ。俺も、日比谷も似たもの同士。そんな気でいままで接してきている。


「なんかさ、説教くさい事はいいたかねぇんだけど、」


 だからこそ、俺は日比谷に言いたい事があったのだ。


「なんだよ」

「毎日、誰かを蹴落として、何かを食ってまで、生きてるこの世界でいったいなにができるんだろうなって」

「なんもできやしないだろ」

「まぁな、日比谷ならそう言うだろうなって思った」


 言葉を選んで話していると「全然、話が見えないんだけど」なんて言ってくる。荒唐無稽な話をするつもりはないはずなのに、やけに慎重になっていた。


「いや、だから、未来が見えたらつまんないだろ。一寸先は闇、五里霧中。これくらいがちょうどいいんだろうけど」

「だからなんの話をしてるんだ」

「ストレートに言うと、俺は日比谷を殴りたい」


 捉えかねた言葉の意図に、こっちも気が長い方ではない。思わず本音をぶつけてしまった。無論、条件反射の様子で「はぁ?」と疑問形をぶつけて来るから、どうやったら伝わってくれるのか回らない頭で思案した。


「高校からの付き合いだけど、俺はあんたを一番信用しているんだ」

「なんだよ急に」

「三年の時。俺がタバコで生徒指導に捕まった後、クラスのみんな距離を取り始めた。そらそうよ、受験前だ、不祥事なんてまっぴらだろう。でもお前だけはなにも変わらなかった」

「それだけの理由で?」

「そうだよ。それ以上にない」


 言った後で血圧が上がっていると自覚する。妙に頬が熱く、脈拍を感じる。まるで告白でもしたかのようで、気色が悪い感覚だった。


「おめでたい人間だな」


 冷めた声色で日比谷がそう言うと、「そらぁ、そうよ。知っているだろう」と我ながら肯定する。自分でもマゾかメンヘラか、そういう次元なんじゃないかと思ってしまった。


「いや知らんわ、それに今日の椛ケ丘ちょっとキショいぞ」

「いや俺の話なんてどうだっていいんだ」


 そういう事を言いたいわけじゃない。本題から少し離れてしまって脱線するから、いつも肝心な事を言い忘れてしまう。今度はちゃんと言えるように、日比谷の両肩を両手で掴んで揺すった。


 やっとすこし真面目な顔をして、日比谷は「……それで、?」と話の続きを急いだから、俺だって神妙な面持ちで喉でつっかえていた疑問形を吐いてやった。


「なんで自殺なんだ?」


 庭先の大きな楓の木に括られている麻縄。それは垂れ下がった尾をくるりとしばって輪になっている。風に揺れるブランコのようにたゆたっている。そこにあるのが当たり前のように鎮座してるのが、常識的に考えてとても妙であろう。


(後半に続く)

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