第四章 やらかした! 金髪少女の痛いミス

第30話 アレ

「優ちゃん。ねぇ、優ちゃんってばー」


 お風呂での騒動の後、動けるようになったリナさんを部屋へ連れて行った僕は、自分の部屋でベッドの中へ潜り込んで卵の様に丸くなっていた。

 頭から被った布団の外から、リナさんの甘える様な呼び掛けが続いているけれど、それに応えるだけの気力が無い。

 というのも、僕はリナさんが意識を失っていると思い込んで、口移しで水を飲ませた。つまり受身ではなく、僕自らリナさんへキスをしてしまったのだ。しかも二回も。

 その上、リナさんと優子に全裸を見られ……いや、僕もリナさんの身体を覆うバスタオルを剥がしたし、今日に限らず何度か全裸を見ちゃっているけどさ。

 いやだけど、あぁぁぁ、もう無理。リナさんにも、優子にも、明日香にも……どんな顔を向ければ良いんだよっ!


「優ちゃん。さっきはウチを助けようと思って、動いてくれたんやろ? 言ってみたら、救護活動みたいなもんやん。人工呼吸に文句を言うような人は居らんやろうし、明日香さんも分かってくれるって」


 リナさんが僕の心を読んだかのように、気にしている事へフォローをしてくれる。

 だけど、僕が思っている事はこれだけではないんだ。


「それに元はと言えば、ウチが日本の習慣を誤って解釈しちゃったのが悪いんやし。そもそも優ちゃんには何度も胸とか見せている訳やしさ、ウチを全裸にした事も気にする事なんて全くあらへんで?」


 これについては、リナさんというか優子が全面的に悪いと思うのだが。

 まぁ優子も故意にリナさんへ誤った話を教えた訳ではなく、大前提となる価値観や文化の違いのせいで、話の解釈が異なってしまったのが原因らしいけどね。


「それと言い難いけど、ウチは……その、優ちゃんの、というか夫のアレを何度も見ている訳やし、優ちゃん――優斗さんのアレを見ちゃったけど、男の人のアレを初めて見たって訳でも無いから……」


 リナさんが一生懸命フォローしてくれようとしているのは十二分に分かるのだけれど、布団越しでも気まずさが伝わってくる。

 しかし優子に関してはさて置き、リナさんは人妻なので、見せてしまった……という事に関しては、確かに僕が気にする必要は無いのかもしれない。

 僕が見られたという事に対するショックは少なからずあるけれど、リナさんのフォローによって多少気持ちが戻りかけた所で、


「ただウチは、夫のしか見た事がなかったから、優ちゃんのがちょっと大きくてビックリしちゃったけど……」


 今の僕には不要な追加情報が呟かれる。

 それはフォローのため? それとも事実? いや、別にどっちでも良いというか、どうでも良いけどさっ! というか、僕自身も他の人と比べた事なんて無いから……って、何の話だよっ!


「えっと、優子ちゃんも優ちゃんのを見たのが十歳の頃以来らしくて、その成長っぷりに……」

「リナさん。そろそろ僕の心が力尽きそうなので勘弁してください」


 リナさんが人妻だからだろうか。男性のアレについて、長々と話せるのは。

 リナさんはフォローのつもりで言っているのだけれど、この話を黙って聞いているだけで僕の心が削れていくため、力を振り絞って布団から出ると、


「優ちゃん! ごめんね。それから、ちゃんと言えてへんかったけど、ありがとう。ウチを助けようとしてくれて」


 すぐさまリナさんが抱きついてきた。


「いや、その……人を助けようとするのは当然というか、当たり前の事をしただけなので」

「ううん。人を助けるっていうのは、誰にでも出来る事やないって。流石は優ちゃんの……」


 リナさんが慌てた様子で、突然口を噤む。

 一体、どうしたのだろうか。何か言いかけて止められると、凄く気になってしまう。僕の……何だろう? そう思って聞いてみたけれど、


「あの、リナさん? 何かありました?」

「え!? な、何でも無いねん……それより、優子ちゃんから聞いてんけど、優ちゃんがミウをずっと抱っこしてたらしいやん」


 リナさんが露骨に話題を変えてきた。

 何か言い難い事があるのだろうけれど、それよりも、この件については謝らなければならない。


「それは無我夢中だったというか、必死だったというか。でも、いずれにせよ全裸でミウちゃんを抱っこし続けて、すみませんでした」

「え? 何の話なん?」

「ですから、僕が全裸でミウちゃんを抱っこしていた話ですってば」


 二歳に満たないとはいえ、女の子のミウちゃんを、赤の他人である僕が全裸で抱きしめていたのだ。

 親の立場からすれば、さぞかし頭にくる事だろう。


「へ? そんなん別に構わへんよ? まぁ、十五歳くらいで同じ事をされたら困るけど」

「しませんよっ!」

「あはは、分かってるって。ただ、優ちゃんが変な事を気にするんやなーって思って。でもそうじゃなくて、ウチが言いたかったのは、優ちゃんが一人の時にミウを抱っこしても、大丈夫やったって事やで」

「……あ、言われてみれば確かに」

「別の――ウチの事に気を取られていたからっていうのもあるかもしれんけどさ。でも、きっと優ちゃんは大丈夫。絶対に、子供が苦手っていうのは克服出来るから」


 それから、リナさんが僕とミウちゃんの事について暫く話した後、男性のアレについて興味津々な様子を示してきたので自分の部屋へ追い返す。

 だけど、いつの間にか気にしていた事が嘘の様に消えていて、僕はリナさんに感謝しながらベッドへ入る。

 いろいろあったけれど、明日香との事も何とかなるはずだと楽観的に考えられるようになって、穏やかに夢の世界へと旅立った後、


「優ちゃん! お願い、助けてっ! ミウが、ミウが大変なのっ!」


 未だ外が明るくなる前に、泣きそうな表情を浮かべたリナさんに起こされた。

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