第7話 起床

「パパァ……だっこー」


 優子が部屋から出て行った直後、その声で目覚めてしまったのか、ミウちゃんが昨日同様に抱っこを求め来る。

 どうやら、ちゃんとリナさんと一緒に――そもそもリナさんが僕の部屋に居るのがおかしいというのはさて置き――僕の部屋に居たらしい。

 だが声はするけど、どこに居るのだろうか。

 僕のベッドは一人用の上に、リナさんが無理矢理潜り込んで来ているから、あまりスペースは無いのだけれど、


「パパァ……パーパ!」


 ミウちゃんの声が足の方から聞こえてくる。

 リナさんが誤ってミウちゃんを蹴ってしまわないようにと、一先ず僕のお腹の上に乗っている脚をどけようとして、右手が予想に反してフニフニとした感触に触れた。

 リナさんの脚なら、スベスベサラサラしていそうだと思っていたけれど、想像とは違う柔らかさが僕の右手を掴んできた。

 掴んできた!?


「パパー! だっこー!」


 何とか首を動かして見てみると、ミウちゃんが両手で僕の右手を握る。

 どうやら僕のお腹の上に乗っていたのは、リナさんの脚ではなく、ミウちゃんだったらしい。

 小さくて、柔らかくて、温かい手。

 明日香や琴姉ちゃんなら、可愛い手だと優しく握り返すだろう。母親であるリナさんも然りだ。

 だけど僕はこの小さな手を握り返す事なんて出来ない。この小さな身体を抱きかかえてあげる事だって出来ない。

 僕はこの子の父親ではないし、隣で眠るリナさんとくっついている事だっておかしいんだ。

 それに僕は、小さな……


「パーパーッ! パパーッ!」

「ごふっ!」


 突然みぞおちに衝撃が走る。

 どうやら、いつまで経っても抱っこをしないからか、ミウちゃんが僕の胸にダイブしてきたらしい。

 そのまま僕の胸に顔を埋め、ミウちゃんがスリスリスリスリと昨日の琴姉ちゃんみたいな事をしてきた。

 だけど押し付けられる顔は小さくて、押し付ける力も弱々しくて、どうしてよいか分からず固まっていると、


「ミウは相変わらず、パパの事が好きやねー。でも、ウチも優ちゃんの事が好きやから、負けへんよっ!」


 突然耳元で囁かれ、左腕から左手までがフニュフニュムニムニと心地良い弾力に包まれる。


「って、リナさん!? 起きてたんですか!?」

「おはよ。さっきの優ちゃんの声で起きてん。で、優ちゃんをミウに取られへんように、ウチもくっつこーって思って」

「ミウちゃんに取られないように……って、子供と争わないでくださいよっ!」

「だって優ちゃんは、ミウの事は抱っこするのに、ウチの事は抱っこしてくれへんやん」

「いや、リナさん二十歳ですよね!?」

「うん。でも、女の子はいつまで経っても、お姫様扱いされたいやん? というか、お姫様やん? だからお姫様抱っこして欲しいやん」


 リナさんは、一体どれだけお姫様抱っこ好きなのだろうか。

 それに、二十歳の女性が女の子って。いや、リナさんの容姿なら女の子とか、少女って言っても全然通じるけどさ。でも、一児の母だよねっ!? 顔は幼いけれど、身体は超高校生級……


「って、リナさんっ! どうしてそんな格好なんですかっ!」

「え? 寝る時はいつもこの恰好やで?」


 それがどうかしたの? とでも言いたげに、キョトンとした表情を浮かべる。

 寝相のせいなのか、それともミウちゃんが居たからか、掛け布団は足元に追いやられているし、着ても着ていなくても代わりが無さそうな服はいかがなものか。


「そうだ。それと、どうして僕の部屋で、いや僕のベッドで眠っているんですかっ!? 昨日、優子がリナさんとミウちゃんの部屋を用意しましたよね?」

「だって、せっかく日本まで来たのに、家族で別々の部屋で寝るとか意味が分からんくない?」

「僕はリナさんの言っている事の方が、意味が分からないんですが」

「またその話? うーん、移動する時に何か事故でもあったんかなー? でも、ウチとミウの場合と違って、優ちゃんは市販のアイテムを使って移動したしなー。変な事はそうそう起こらへんはずやねんけどなー」


 リナさんが不思議そうに目をパチパチさせながら、よく分からない事を呟いている。

 もう分からなさ過ぎてツッコミようがないので、聞こえなかった事にしておこう。それよりも、そろそろお腹が空いてきた。


「えっと、とりあえず朝食にしない?」

「あ、せやね。ミウもお腹空いちゃっているかも……って、ミウ!? 起きてっ! もう朝やでっ!」


 リナさんが僕の左腕を解放して身体を起こすと、優しくミウちゃんの背中を摩る。

 僕よりも年下に見える程童顔なリナさんが、ミウちゃんと接するときはどんな顔をしているのかと目を向け、ほんの数秒前まで僕の左腕に押し付けられて居たものが視界に飛び込んできた。


「ちょ、リナさんっ! 見えてます! 見えちゃってますからっ! というかスケスケなのに、どうして下に何も着てないんですかっ!」

「ん? パンツは履いてるで?」

「わざわざ見せなくても良いですよっ!」

「あれ? もしかして優ちゃん。照れてる? こんな反応を見せる優ちゃんって、何か新鮮やわー」

「新鮮でも何でも良いですから、とにかく早く服を着てくださいっ!」


 とりあえず急いで着替えてもらい、ようやくリビングへと向かったのだった。

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