最終話 『ドゥルキス』ありがとうございました。

 ドゥルキスの入り口まえ、今日だけ設置したテーブルには色取り取りのブリザードフラワーやメッセージカードが並べられてあり、今までのイベント内容や店内での写真などが飾られ、ウェルカムボードにはキャスト全員からの一言が四隅一杯に書かれてあった。



「本当に終わっちゃうんだね」


 ヴィバルディを頭に乗せた四季は、懐かしそうに目を細めながら写真を見つめているマサムネに話し掛けた。



「何にしてもお前が店の外に出てくるのも久々だけどな」


 写真からは目を離さずにマサムネは答える。


「確かに 私は座敷わらしなのに、座敷にいた。ためしもなかったけど。あっ これ懐かしい」


 見つめる先には開店時に撮った、マサムネと四季が並んでドゥルキス前でピースをしている写真があった。

 マサムネも目線を移すと照れ笑いしながら呟いた。



「ホントだ。この時は今みたいに、お客様も大勢入るとは思わなかったな」

「だね。毎日が必死だったし、セイラや氷芽にビラ配りさせて、キャッチさせてた事もあったもんね」

「あったあった。ちゃんとゴブリンのお客様捕まえて来てたけどな。それに、お前が企画したアイドルの『ドゥルキス』とメイドカフェ『どぅるきす』の影響が大きいよ。ありがとな。セゾンにも感謝と報告しないと」



 四季は恥ずかしさを隠すように俯くと、黙り込み頭に乗せたヴィバルディの背中を撫でた。


「ホント色んなお客様がいたよな。さぁ、俺とお前の店だ。一緒に入るぞ」


 マサムネはそんな四季を見て微笑むと、ヴィバルディを撫でている四季の手を取って力強く握りドゥルキスのドアを開けた。



『いらっしゃいませ』

『お帰りなさいませ。ご主人様なのです』


 2人がドゥルキスに足を踏み入れると、バーとカフェの全キャストが揃っていた。



「マサムネ。何を突っ立っている、早く座って飲もうではないか、今日のシャンパンは全て私からの奢りだ」

「ディアボロス。それは俺も貰って良いんだよな!」

「仕方ないから今日は、マサムネとチビにもバラを持ってきてやったぞ」

「先生! お待ちしておりましたよ。ラップバトルでも最後にしますか? 」


 テーブル席には既に飲み始めていた。ディアボロスとアベル、デストラに三郎と言った常連客も来ており、皆がマサムネと四季を迎え入れた。



 恥ずかしそうに四季とマサムネが席に着くと、カウンター越しにはセイラとシャーロットが並んでいた。



「ふふ。今日だけ特別にキャストとして、マサムネとついでに座敷さんをおもてなししますね」

「シャーロットちゃん、王立オーケストラ隊を呼んで、演奏してるなかマサムネたちを迎え入れようとしてたんだよ」


 マサムネと四季は話を聞きながらも改めて店内を見渡すとピンクやクリーム色など明るい色をした風船やバルーンが、そこかしこに浮かんでおり、賑やかな浮遊感を出していた。壁にはウォールフラワーが飾られ、立体照明により花が浮かび上がってるかの様に、さりげない存在感を出していた。



 マサムネと四季が感情を込み上げるのをグッと堪えていると、不意に鼻腔をくすぐる甘い匂いが漂ってきてはメイドカフェのキャストである、蘭子とニーナが奥のキッチンから姿を表した。


「お待たせしました」

「あら 見た目も可愛らしいし美味しそうですわ」

「にゃにゃ。匂いがすでに反則にゃ」


 蘭子とニーナは一緒にケーキスタンドを運び、空いているテーブルに置いた。マカロンやカップケーキ、華やかな色をしたスイーツが盛られているのを見ると、氷芽ひめとアイリがすぐに駆け寄った。


「これは蘭子ちゃんとニーナで頑張って作ったのですよ」

「我ながら美味しく出来たと思いますので、皆さんでどうぞ召し上がってください」



 それぞれが思い思いにドゥルキスでの出来事や日常話を食べたり飲みながら楽しそうに話していた。

 マサムネと四季はカウンター席から、その光景を少しでも目に焼き付けようと、みんなの表情を眺め回した。



「あら~ マサムネ君。全然飲んでないじゃない~ グラス持ってきたから受け取りなさい~」

「そうそう。何を感傷に浸ってるのかしら。マサムネはシャンパンで良いけど、四季には最近暑いしラムネを持ってきたわよ」



 不意にマサムネの後ろからガブリーラとリリムが声を掛けてきた。

 リリムが四季にラムネを渡し、ガブリーラはマサムネにグラスを持たすと手に持ったシャンパンを注ぎ始めた。


「正直リーズナブルでもキャストの質と雰囲気が良いって事で『ドゥルキス』にお客様が少なからず流れてた部分もあったから、私は複雑な思いよね~」

「それもガブリーラさんの教えがあったからですよ。ありがとうございます」


 マサムネはガブリーラに頭を下げた。


「四季、和風おかっぱ頭にラムネは似合います。今日だけは呪うのをやめて祝って差し上げます。これはヴィバルディに、最高級のミルクですよ」


 珍しく美雨めいゆいが優しい眼差しで四季を見つめると、ヴィバルディ用のミルクを持ってきた。


「ボクも今日は悪酔いしないようにラムネでも飲もうかな」

「お嬢様が呑むのは、もうそろそろ実家に戻るという条件だけで御座います」

「オズワルド『飲む』違いだ。お前は悪乗りが過ぎるぞ」


 美雨はミルクが入ってある深皿をカウンターに置くと、ルナルサとオズワルドに体を向けた。


「ルナルサ。オズワルドさんは先ほどウォッカを飲んでいたので、ほんとの悪酔いです」

「げっ! 最近、少しくらいアルコールに慣れたからって調子に乗って」

「お嬢様。オズワルドが乗っているの『ワル』でございます。これがチョイ悪親父でございます」

「だから、それを悪乗りって言うんだろ!」



 マサムネがグラスを空けると、キャストが次から次にシャンパンを持ってきてはグラスに少しずつ注ぎ始めた。


「マサムネ。今までありがとにゃ! 元魔王を支配下に置いたアイリは無敵にゃ。ほんとーに楽しかったにゃ」

「バラが増える一方でデストラには苦労させられましたけど私も楽しかったですわ。ありがとうございました」

「九尾狐の元婚約者が来た時は支えてくれてありがとうございます。感謝してます」

「サキュバスの妖気に屈しなかったのは認めて上げようかしら、Thank You マサムネ これはオマケ」


 リリムはマサムネの頬に口付けをした。


「ボクの口付けもいるかい? 冗談だよ。お金貰えながらお酒が飲める何て最高だったよ、ありがと」



 並々に注がれたグラスを様々な想いと一緒にマサムネは一気に飲み干した。


「じゃ。四季ちゃんには『どぅるきす』の私たちから。オニィも仕事が忙しいからあまり来られなかったけど、私を働かせてくれていつも作ったものを美味しい。って全部食べてくれてありがとう」

「あわわわ。目から水が止まらないのです。ニーナは優しく強い四季さんが大好きなのです。大好きすぎて言葉が出てこないのです。って、くすぐったいのですよ」



 ポロポロと落ちてくるニーナの涙をヴィバルディがペロッとすると、ニーナはいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべた。



「蘭子もニーナもありがとう。私の金儲けだけの為に始めたメイドカフェが、あのラストライブでバズるとは思いも寄らなかったや。本当に2人には感謝してもしきれないよ。2人のグッズの売り上げは、これからも私に入ってくるシステムだが、忘れた頃に権利云々を持ち出したり、変な知識を持とうとはせずにな」

「あわわわ。さっきの涙を返して欲しいのです」

「そうよ。グッズ自体知らなかったのに」



 カウンター越しからシャーロットが身を乗り出した。


「マサムネ まだ飲める? 」


 マサムネが頷くと空になったグラスにシャンパンを注ぎ始めた。



「お花見に一緒に行った事は忘れません。あの桜の枝も大切な思い出です」


 桜の枝に反応したかの様に、2人を見ていた四季と美雨と氷芽は揃ってそっぽを向いた。


「あの『ソメイヨシノ』の花言葉は『純潔』『優れた美人』そう、まさに私の為にあるような言葉」

「出た。自意識過嬢」


 四季はボソッと呟くもシャーロットの耳には入らなかったのか何も返さなかった。。


「マサムネ。私が優れた美人だからと言って、臆さなくても良いのよ。公爵令嬢だからって、何の身分もない貴方と釣り合わないからって卑屈になることはないわ……」

「上から目線で今度は講釈令嬢かよ」


 再度、四季はボソッと呟いた。



「だって愛さえあれば関係ないわ。あぁ、何故私は公爵令嬢なのでしょう。何故私には有り余る才能と美貌が与えられたのでしょう。ガラスの靴何て忘れなくても、男どもが勝手に追い掛けてしまいたくなる、この魅力溢れる……」



 目を閉じながら悦に入るシャーロットの話が途切れる事なく延々と続いていたが、マサムネのグラスは空になっており最後にセイラが注いだ。


「ま マサムネ……私がセンターの時に言った言葉って聞き取れてた? 」


 マサムネは黙って頷いた。


「そっか。初めての言語だったから合ってるかわからなかったけど……」

「けっこう心に響いたぜ」

「べ 別にそんなに重くないよ軽い方でしょ」

「そんなにメンタル強くねーよ。公開処刑だろ」

「え? ちょっと待って あれ? 何か間違ってたのかな……」



 セイラは人差し指で自分の頭を小突いた。


「お前は何て言ったつもりなんだよ?」

「恥ずかしいから一緒に『せーの』って言ってから答えよう」

「面倒くせーな。まぁ 良いけど」


『せーの!』


 言い終わると同時に四季がマサムネの口を塞いだ。



「ふがふく」

「I like you」



『え?』


「何すんだよ四季! 」

「それよりセイラは『アイライクユー』って言ってたの? 」

「うん。何か、軽い友だちノリでの好きを表す気持ち。って聞いたけど? って、マサムネは何て聞き取ったのよ? 」

「え? おれ……は~ その~ 何だっけっかな~『最悪』って口の動きしてたから……控え室でセイラを見たときに、嫌われてんのか~思って慌てて顔を逸らしたんだけど」


 セイラはお腹を抱えると目に涙を浮かべて声を上げて笑った。


「そんな『最悪』だと思う人と今後も『ニホン』まで行って仕事をしようとは思わないから」


 マサムネも連られたように笑うと席から立ち上がった。


「全員、聞いてくれ。今日はこんなに素敵な移転祝いをありがとう。今のうちに言っておくが『ニホン』はここと違って、ニンゲンが多くまだ他種族が少ないから、辛いことも苦しいことも多いかもしれない。だが、キャスト全員が付いてきてくれる。言ったことで覚悟をより強く決めた。俺が全員を守る! 絶対に楽しく稼いで働ける様にする」



 マサムネはキャスト一人一人に視線を合わせた。


「だから……だから、今後も俺を支えてくれ! 宜しくお願いします」


 深々とマサムネは頭を下げた。


「にゃ。今後もアイリは無敵にゃ! でぃあちんも時間もそんなに掛からないから、いつも通り飲みに来る。言ってくれたにゃ」

「デストラも同じことを言ってましたわ。まだまだバラの本数が増えますわね」

「支えてくれた分、今度は支えます。九尾狐はしつこいですから」

「サキュバスの妖気にやられても私は知らないけど」

「ボクもこんなに最高な仕事を止める訳がない」


「マサムネ頭を上げてよ。これからも私たちの店長はマサムネだけだよ」


 最後にセイラが述べるとキャスト全員が満面の笑みを浮かべていた。マサムネは頭を上げると嬉しさを噛み締めながらもいつもの言葉で締めた。



「マサムネじゃなくて『店長』だ」



 第一章完結


 第二章 開店準備中。


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