第59話 マサムネと青い鳥

 季節は木々の青葉を揺らす緑風の候。

 外は汗ばむ程の陽気であり、ここドゥルキスでは一足早く、スポットライトという真夏の太陽が輝き、灼熱と化していた。

 後に伝説として語られる天下分け目の大ライブ合戦。マサムネヶ原が始まろうとしていた。


「シャーロット孃! ライトこんなにいる? 熱すぎて氷芽がホラー映画の主役になってるんだけど」



 イフリータである、ルナルサには何でもない熱さたったが、雪女である氷芽ひめは長い白銀の髪をだらっと垂らしながらテーブル席に突伏ていた。



「何よ。アウェーなんだし私のステージですから、好きにさせてください。あなたたちは控え室で見ていれば良いですことよ」



 突伏ていた氷芽は立ち上がるとカラコンすら乾いて外れたのか、白目剥き出しで足取り重く、控え室へと向かっていったが歩く度に、ピチャ、ピチャ。と、汗が滴り落ちていた。



「雪女ってよりゾンビか貞子です」



 ルナルサの隣には、いつものケモ耳を隠したツインシニョンにチャイナドレスを着ている美雨めいゆいがいた。



「にゃ。まさにここが『リング』ってことにゃ」



 ドヤ顔で爆乳黒ギャルのケットシーであるアイリがネコ耳を前後にピクピク動かすと、カウンターテーブルに寄りかかりながら煙草を吹かしていたサキュバスのリリムが呟いた。



「別にその例えかた、上手くもないわよ」



 アイリのネコ耳はシュンと垂れてしまい、場は何とも言えない緊張感に包まれると、控え室のドアが開き四季が現れた。



「な なに? この変な雰囲気は、まるで、この中に殺人犯がいるにも関わらず『そんな奴と一緒にいてられるか! ワシは部屋に戻る』って言って、次に殺されるであろう人を見送る時の雰囲気じゃないか」



 リリムは上を向いて煙草の煙を勢いよく吹かした。



「別にその例えかたも上手くないわよ。言いたかっただけなのがバレバレね」



 トコトコとリリムの近くまで四季は歩み寄ると、ジャンプしてリリムの煙草を奪うと灰皿へと押し付けた。



「ちょっと。何するのよ! 」



「もう、時間だからシャーロット以外は控え室に入ってよ。セイラと氷芽はもう入ってるから」



 リリムがブツブツ呟きながら戻ると、アイリとルナルサも後ろに続いた。



「あ! 今日のライブはネット配信して、リアルタイムで見ている人からの反応があるからね。一応、マサムネにはタブレットで反応を確認してもらう事になってる」



 それぞれが返事をしながら控え室へと消えていった。

 四季はシャーロットに近付くと手を差し伸べた。



「四季! 私は欲しいものは必ず手に入れてきたわ。『侯爵令嬢シャーロット』の名にかけて、マサムネは頂くわ」



 差し出された手を力強くシャーロットは握ると、ありったけの力を込めて四季は握り返した。



「その言葉をそっくりそのまま返しますわ。私こと『超絶可愛い。可愛いの最高峰にして究極。可愛いの権化……』」



 シャーロットは思いっきり手を引っ張り離すと、スマホから誰かに通話し出した。置いてけぼりになった四季は舌打ちをすると独り言の様に小さく呟いた。



「私の方が戦を知っている。欲しいものを手に入れるのは私だ」



 シャーロットは通話が終わると、スピーカーの調整やら客席の準備をしていたマサムネの元へと後ろから近付いた。



「ま マサムネ!」


「うわっ。びっくりした」


「ご こめん。今日は曲は知り合いに作って貰いましたが詞は私がマサムネを想って作りましたので、恥ずかしいですが、しっかり聴いて下さいね」



 動かしていた手を止めると、はにかんだ笑顔をマサムネはみせた。



「それは嬉しいですね。分かりました。しっかり聞いてますので頑張って下さいね」



 マサムネの笑顔にシャーロットは握りこぶしを作った。



「ハイ! 見てなさい。『エルフのアレキサンドライト』と言われた私の輝きを」



 少しすると続々と観客が集まりだした。今日の客は事前に応募し抽選で選ばれた者のみが観る事が出来ており、ルナルサの執事であるオズワルドやジャックランタンのデストラの姿が見えた。

 そして、観客も席にある程度が着き出した頃である。ドアが開くと大小様々な楽器を持ったオーケストラが入ってきては、燕尾服のオールバックをしたエルフがシャーロットの元へと寄ってきて深く頭を下げた。



「シャーロット様。お待たせしました。我がエルフ国が誇る王立オーケストラ隊でも選りすぐりのメンバーを集めました」



「ご苦労様です。オーランド、無理を承知ですみません」



「いえ。シャーロット様の父上にはいつもお世話になってますから、我がオーケストラ隊は完全に仕上げてあります」



 オーランドは、そう言い残すと指示を出し始め、オーケストラ隊は綺麗に配置された。



「ふん。オーケストラ隊だか知らないけど、ファン層を知らなそうね。これくらいじゃ私たちは負けない」



「私の歌を聴いても、同じ言葉が吐けるのかしら」



 言葉を投げ掛けて来た四季にシャーロットも応戦すると、四季は悔しそうに唇を噛みながら控え室へと戻っていった。



 ザワザワとしていた観客もオーランドが指揮棒を持ち手を上げると静まり返った。

 マサムネはバックバーでタブレットを確認すると、ネット配信を観ている視聴者からの呟きに目を通した。



 名無し:なにこれ? オーケストラ隊とかアイドルじゃなくね?


 名無し:まぁ、これはこれでありでしょ。しかし、本格的だな


 レベル99:あの真ん中のエルフ可愛いな。グラマラス過ぎだけど、金髪ロングとか生意気そうな目とか鼻が俺は好きだぜ。ツルペタだったら最高だったのに


 至宝の山脈:>>レベル99 キショ。こいつ、炉利ろり決定。


 レベル99:>>至宝の山脈 うるせー 人の好みにケチつけてんじゃねー。俺は何ヵ国語も喋られるし、起業してる天才だぞ。




「なんだ、こいつら?どっちも何か気持ち悪いなぁ」


 マサムネが呟いた時である……オーランドの指揮棒が振られると、一気にオーケストラ隊の迫力ある統率された音色がドゥルキスに響き渡った。


 名無し:前言撤回。すげー


 名無し:こんなネット配信で本格的オケが聴けるとはw



 そしてオーランドが指揮棒を一旦止めると、スポットライトが一斉に真ん中に立つシャーロットに当てられた。



「♂§х%§ ф◇□◇£ £▽§~」



 名無し:めちゃくちゃ上手いけど、まさかのエルフ語?


 名無し:くっそ~ すげー神々しい声で讃美歌みたいに綺麗なのに歌詞が分からん。誰か分かるやつ解説してくれ



「確かに俺への想いだ。って言ってくれたけど、全然分からん」


 マサムネは呟きタブレットを確認した。



 至宝の山脈:俺は部下でエルフもいたから、大体は分かるよ


 名無し:>>至宝の山脈。訳してくれ~


「おっ! 至宝の山脈、良いね。これで俺にも分かる」



 至宝の山脈:男なんて嘘つき。男なんて信じない。いつまでも昔の女を引きずって前にも進めないで馬鹿でクズで汚いわ


 名無し:マジか? けっこう怨念型な歌詞だな。ってか、合ってるかどうかも分からんなw


 至宝の山脈:>>レベル99。なら、お前何ヵ国語も喋られるんだろ? エルフ語も知ってるよな。 合ってるだろ?


 レベル99:お おう。エルフ語くらい話せるわ! 大体は合ってる。ただ、最後は『汚いわ』じゃなくて、『大嫌い』だな。



「え? シャーロットの俺への想い。って、実はめちゃくちゃ嫌われてたの……」



 タブレットを観るマサムネの眉間には深くシワが刻まれた。



 至宝の山脈:>>レベル99。バ~カw 俺はエルフ語知ってても、今のは適当に言っただけwww こいつ騙されてんの! 草が禿げ散らかるわwwww



 レベル99:>>至宝の山脈。ホントはてめーもエルフ語知らねーんだろ! てめー 表出ろ! ぶっ潰してやる!!!



「なんだよ! 嘘かよ!! ってか、こいつら本当に気持ち悪いな」


 名無し:ってか、このエルフ凄い美人だし歌も上手いし、めちゃくちゃ売れそう


 名無し:確かに! ただでさえ美形が多いエルフでも、これだけ歌が上手くて美人なのはいないな。音楽と女優の二つで天下取れそう。



 マサムネは自分が褒められたかの様に笑みをこぼした。



「~~私の全てを貴方に捧げます~愛しいマサムネ……」


 名無し:なんだ~ 最後だけ共通語で公開告白!?


 名無し:自分が言われた感じになって鳥肌立った!やべー マサムネって人、幸せもんだね



 シャーロットは礼をすると、手を振ってから控え室へと消えていった。



 名無し:8888888 これは拍手とスタンドオベーションもん。拡散で呟きまくるわ


 名無し:888888 だね。青い鳥で呟くわ!これは次も期待出来そう。ってか、マサムネって人の顔が観たい



 レベル99:何か、伊達眼鏡かけた優男だぞ! マサムネ。言うと、店長だ!って言ってくるぜ



 当のマサムネの顔は真っ赤になっており、タブレットから視線が移せなくなってしまった。

 そして、いよいよドゥルキスの登場です。

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