第58話 メルヘン・でも変
「あぁー! シャーロットちゃんが、また来たぁ」
ドゥルキスのドアが開き、思わずセイラはバックバーから指を差してしまったが、堂々と勝ち誇る様な笑みを浮かべながら、シャーロットはカウンター席に腰をおろした。
「指を差す何て失礼ですよ。まぁ、今日の私は機嫌が良いので許して差し上げますわ」
長い豊かな金髪の髪を指でクルクルと巻きながら、シャーロットは片肘を付いてはテーブル席に顔を向けると、咄嗟に笑顔になり片手を軽く上げひらひらと振った。
その視線の先にはテーブル席を片付けていたマサムネの姿があり、マサムネも笑顔で会釈を返した。
2人だけにしか見えない線があるようで、セイラは少しムッとしながらもオーダーを取った。
「侯爵令嬢が片肘を付くのもどうかと思うけどなぁ。で、シャーロットちゃん何を飲むの? 」
「え? セイラ、何か言った? 」
「ドリンクは何にするのかな!?」
セイラには視線を合わせずに、マサムネの動きを微笑みながら目で追っていたシャーロットに、苛立ちを覚えたのかセイラの語気が強まった。
「な 何よ。そんなに強く言わなくても良いじゃない。少し前にマサムネと桜を観に行ったのよね……だから、今日は『チェリーブロッサム』甘めでお願いするわ」
わざと挑発するように口角を上げてくるシャーロットに、セイラは軽く返事をすると、マサムネが忙しそうだったので自分でチェリー・ブランデーやオレンジ・キュラソーなどをシェーカーに入れてはシェークし始めた。
カクテルグラスには蠱惑的な赤褐色が注がれ、シャーロットの手前に置いた。
「甘め。って言ってたからチェリーブランデーを多めにしたよ」
「ありがとう。セイラ、『チェリーブロッサム』のカクテル言葉って知ってる? 」
セイラは少し考えてから首を横に振った。
「『印象的な出逢い』だろ」
「そう! 思い返せば、全てそこから。私に取っての印象的な出逢いはここ『ドゥルキス』ですから…………って、このカボチャさんはどなた!? 」
相変わらず片肘を付けながら目を閉じては、感傷的な雰囲気に浸っていたシャーロットであったが、突然の横からの言葉に驚き目を開けた。
「分かるなー。俺もここで印象的な出逢いをしたからなー。今でも瞼の裏には、最初は喧嘩してたものの、最後にはウインクして見送ってくれた氷芽が出てくるよ。だのに! 何故、今日は氷芽がいないんだーー」
「デストラは美化しすぎだよ。それに仕方ないよ。氷芽ちゃんは大型連休で実家に帰省中らしいし」
デストラはカウンターテーブルを叩きながら伏せると顔だけを横に倒しシャーロットを虚ろげに見上げた。
「ってか、アンタ捜索令状が出てるんだろ? カボチャって言ったのは許してやるから出頭しな」
「捜索令状? そんなもん出てないわよ! 何も隠してないし悪いこともしてないわ。侯爵令嬢よ侯爵令嬢!」
「くっそ~ 俺にも氷芽に捜索令状が出せればな~」
シャーロットはカウンター越しにセイラを手招きし、セイラが前のめりになると耳打ちを始めた。
「ちょっと。このデストラとか言うカボチャさん。全然、こっちの話を聞かないんだけど」
「う~ん。前からこんな感じだよ。一途に氷芽ちゃんLOVEなジャックランタンだからね。落ち着いてる時なら会話は成立するから大丈夫だよ」
ジャックランタンの響きにシャーロットは、手を口に当てると目が輝き出した。
デストラが体をお越し、座り直すとさらにシャーロットはデストラに近付き興奮気味に話し掛けた。
「まぁ。ただのカボチャだと思ってましたが、ジャックランタン何て、素敵なメルヘンですわ!」
「あ あまり近付き過ぎると火傷するぜ! 物理的な意味でな」
体を近付け目を輝かせるシャーロットの圧に、デストラは少し戸惑い始めた。
「シャーロットちゃん。メルヘンが好きなの? 」
今度は両手を合わせ握るとセイラの方に体を向け直した。
「好きよ! だって素敵じゃない。魔法を使ったり、動物が話し掛けて来たり」
「いや。私たちエルフも相当なメルヘンだと思うけど。それに
途端に頬を膨らませながらシャーロットは腕を組んではセイラを睨み付けた。
「まぁまぁ。で、捜索令状さんは、どんな魔法を使ってみたいんだ? 」
「侯爵令嬢です! そうですね、馬車をカボチャにしたり、ドレスをカジュアルな私服にしたり……」
「それ、逆だろ、逆! 馬車をカボチャにして良いことあるのか? エルフの国は食糧難なのか? 何故ドレスをカジュアルに着こなそうとする? 超上級者のお洒落テクニックか? 」
デストラの言葉に耳を傾けずに、恍惚の表情をしながらシャーロットは言葉を続けた。
「それに恋の魔法何て使えたら……あ! 別に私の笑顔や何でもない仕草一つ一つが、もはや虜にさせる魔法でしたね。何て罪かぶりな私……そうよね、近い日にはマサムネから恋の捜索令状を出されて、私の身も心も捕まるのね。もう、そんなの絶対に恋の終身刑じゃない。きゃーっ」
デストラはセイラを手招きすると耳打ちを始めた。
「俺も酔って来てはいるが、お前の友だち凄いな。こっちの話を全然聞いていない」
「う~ん。前からこんな感じだよ、四季ちゃんからは『自意識過嬢』さん。呼ばれてるからね。落ち着いてる時は会話は成立するから大丈夫だよ」
「私がどうかしたの? 」
いつの間にかヴィバルディを頭に乗せた四季が、定位置の端っこに座っていた。
「うわっ! 全然、来たのに気付かなかった。前に俺をくり抜ことうとしてガキじゃねーか 」
「今でもくり抜ことうとしてるよ。種だけ取ってプランターに埋めて無限収穫祭を試みようと思ってる」
デストラは咄嗟に顔を両手で覆うと、こっちに寄るなと四季に手だけを伸ばしシッシッと追い払った。
「冗談だよ。私は西洋カボチャ嫌いだから。日本カボチャなら好きだけどな! 」
デストラは両手の隙間から四季を見ると、四季は意地の悪い笑顔をしていたのか、また両手の隙間を閉じて閉まった。
「ちょっと。あなたたち聞いてるの、私とマサムネのメルヘンな恋物語を」
恍惚の表情を浮かべていたシャーロットが立ち上がり、四季を見ると指差した。
「……くっ! また、出たわねザシキ……ザシキワ……座敷さん!」
呼ばれた四季も視線をデストラからシャーロットに移しては椅子の上に立ち上がり、シャーロットと同じ目線になると笑い出した。
「私は座敷わらしの『四季』だ! そして、指差しとは行儀が悪いなぁ。本当に侯爵令嬢なのか怪しいよ。非侯爵令嬢なんじゃないの」
「うっ! そんな非公式みたいな言い方しないでよ! エルフの国、公式の侯爵令嬢だわ」
四季は腰に手を当て、鼻高々にふんぞり返り笑い声を上げた。
「ほーほほほほ! おっと、ヴィバルディが落ちちゃう。って、髪の毛痛いから!」
ふんぞり返り過ぎたのか、ズルズルとヴィバルディは下がっていき、四季の髪の毛にぶら下がっていた。
ヴィバルディが何とか這い上がり再度、四季の頭に乗っかった。
「では、もう一回。ほーほほほほ! シャーロット嬢、ついにセイラとの決着を付ける時が来ましたわ。10日後に、もちろんここ『ドゥルキス』でお互いにライブをやりますわよ」
四季の目付きが鋭くなると、シャーロットは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに四季を睨み返した。
「まぁ。私たちはグループですから、あなたも助っ人ですとか、お仲間を呼んでも良いわよ。い・た・ら・のお話ですけどね。ほーほほほほ」
四季は声高らかに響かせると、またもふんぞり返った。
「あっ! ヴィバルディ、度々ごめん……」
またもヴィバルディはズリ落ちそうになったが、何とか踏みとどまっていた。
「の 挑むところよ! 私の魔法で素敵なステージにして差し上げますわ」
シャーロットは四季に言い放ってから、セイラに顔を向けた。
「セイラは嫌いじゃないけど、挑まれたとなれば話は別です! どちらの想いが強いか勝負です」
「え? 『想い』って、べ 別に、わ 私は……特にマサ……ムネの事なんて……」
セイラは両手の人差し指を合わせながら俯くと、話し声も小さくなっていった。
「アイドルとしての想いが一番強いのは間違いなくセイラだよ! 自信もってやれば大丈夫だよ」
「え? あっ あ~ うん。そうだよ! アイドルとしての……想いもシャーロットちゃんにも誰にも負けない」
セイラは顔を上げると覚悟を決めたかの様に真っ直ぐとシャーロットを見据えた。
盛り上がる女性陣の隣では、酔い潰れたデストラが呟いていた。
「氷芽……恋の捜索令状持って来た。逮……捕するうぅぅ~」
なんやかんやで、10日後はすぐにやってきた……
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