第52話 おしえて! リリムさん

 今宵のドゥルキスにはクーデターを起こし、服役中である冬将軍ことソレシア唯一の腹心であった『ノルデン』と言う軍人が来ていた。



「ごめんなさいね。氷芽も四季も用事や風邪で休んでるのよ。私は『リリム』よろしくね」



 サキュバス特有の淫靡な雰囲気を醸し出すリリムをカウンター越しに、真っ直ぐノルデンは見つめると軍人らしい低くも聞こえやすい声が響いた。



「そうか。それは残念だ。『ソレシア』からの手紙で、素敵な女性だと伺っていたのでな」



「脱走した際ここに逃げ込んだらしいわね。で、何を飲むのかしら?」



 ノルデンはメニュー表に視線を落とし、すぐに顔を上げた。



「ラスティネイル。リリムも好きなのを飲むといい」



 リリムは微笑むと氷をロックグラスに入れて、スコッチウイスキーとドランブイ注ぎ、軽くかき混ぜた。



「お待たせ。『ラスティネイル』よ。私は赤ワインで良いわ」



 2人は乾杯を済まし無言のまま時が過ぎていった。



「ノルデン。『ラスティネイル』はカクテルの色から錆びた釘と言われてるわ。カクテル言葉は、『私の苦痛を和らげる』どう? 少しは和らげたかしら?」



 ロックグラスを片手で持ったままノルデンは、自嘲気味に笑うと話し始めた。



「ドランブイが甘くほろ苦い。ソレシアはゴッドファーザーが好きだったな……なあ、リリム。この世界にはニンゲンもいれば妖精も妖怪も人外もいるが、殺しをしてはいけない。ってのは本当か? 」



 リリムは質問の意味を図りかねていたが、タバコに火をつけると時間をかけて吸い込んでは煙を上に吐き出した。



「タバコ失礼するわ。そうね……ルール上はそうでしょうね。もちろん食材としての家畜や害虫なら別だけどね」



「家畜なども宗教観などで禁止されている場合もあるだろ? 私にはその線引きが分からない」



 ノルデンはロックグラスを回すとラスティネイルを口に含んだ。リリムは吐き出しゆっくりと上に昇ってく煙を目で追っていた。



「宗教と政治とスポーツの話は、こういう店ではしない方が無難よ。楽しく飲めるかも怪しくなるわ」



「そこまで考えなくていい。単純に不思議なのだよ。何故、殺してはいけないのか? が……」



 ノルデンはジャケットからシガーケースを取り出すと葉巻を出しシガーカットで吸い口をカットし、シガーマッチを使い、先端に火が当たるようにゆっくり葉巻を回し焦がした。



「知らないけど、倫理観や罪悪感が生まれるから。ってのは後付けよね。性善説や性悪説にも関わってくるけど」



 ノルデンは葉巻の先端から白っぽくなっていくのを確認すると葉巻を人差し指と親指で挟み他の指を添えて、ゆっくりと味わうかの様に煙を口に含み吐き出した。



「私からしたら何故、法律というルールを決めているのかが分からない。古代から宗教戦争や国境争い。食糧や水の奪い合いで殺し合いはされてきた。正当な理由があれば良いと言うのかね? 」



 リリムは短くなった煙草をカウンターに置かれた灰皿に押し付けると、頬杖を付いた。



「法律がなかったら、あちらこちらで勝手にに殺し合いになっちゃうじゃない。それも殺すために正当な理由を付ける。って場合もありそうだし、争い者同士が互いに正当な理由を盾にしそうだし。知らないけど」



「私はクーデターを起こした際に、死人が出るのもやむ無し。とソレシアに軍事行動が一番早いと何回も提案したが、ソレシアは首を縦に振らなかった。結局、知っての通りクーデターは失敗し、ソレシアは祖国から追放された挙げ句にここ王都で服役中。私は証拠がないからと謹慎だけで済んだが祖国を追われ王都義勇軍になった」



 リリムは頬杖を辞めると、空になっていたノルデンに同じラスティネイルを作りカウンターに置いた。



「あなたは個人同士の殺しと、戦争等での殺しは違うと思っているの? 」



 ノルデンがロックグラス持ち揺らすと、中の氷がカタッと乾いた音を立てた。



「無論違うであろう」



「何故? 被害者や加害者の数が違うだけで同じではないのかしら? そこに崇高な理由があろうとなかろうと、殺した事に変わりはない」



 ノルデンの葉巻はいつの間にか灰が先端を染めており、灰皿の底に斜めに葉巻を押し当て灰を落とした。

 リリムは言葉を続けた。



「知恵がない低級な生き物であれば、『何故』という疑問にも辿り着かないでしょうから、本能のまま殺し合いをするかもしれないわね。でも知能を持った生き物であればあるほど、理由を付けては殺し合いを始めるのかしら」



 ノルデンは灰が進んだ葉巻をそのまま灰皿に置いて、吸うのを止めるとラスティネイルに口をつけた。



「私は祖国を追われたが祖国の政府に不満を今でも持っているし祖国に戻りたいし出来うるなら革命を起こしたいと思っている。その為には当然死者も出るであろうが、私たちのジハードであれば必要な血だ」



「はぁ~ こうなるから宗教や政治絡みの話は嫌だったのよ。もう『ジハード』やら『必要な血』だとか言われたら私は何も言えないわよ。議論や討論をしたいのなら、支援者や他の革命家さんと話なさいよ」



 リリムは呆れたようにワインを飲み干し、箱から最後の1本を取り出しタバコに火を付けた。



「そうだな。少し熱くなってしまった。すまない…が、どうしても私には殺してはならない理由が分からない」



 リリムは空箱を手で握り締めると無造作にカウンターに放った。



「ダメな理由があれば殺さないわけ? 知らないけど。ルール無しに殺しあってたら『滅亡』するからじゃないかしら? 昔はルールなんてなく殺し合ってたと思うわ。それだと『滅亡』してしまうから、ルールやら倫理観やら綺麗事で殺したらダメ。って、なったんじゃないの? ってか、本当に知らないしどうでも良いけど」



 リリムは勢いよくタバコの煙をノルデンに吹き掛けると、言葉を続けた。



「言葉だけじゃ通じない相手もいるだろうし、問答無用で殺しに来たら正当防衛ってのもあるし、別にあなたがしたいことをすれば」



 ノルデンは吹き掛けられた煙を受け流すと、初めて笑顔を浮かべた。



「ふっ 面白い。なるほど、殺し合いが続くと滅亡するからか……ふははは。確かにそれは本末転倒だな。いたくシンプルだがその通りだ」



 リリムは何気なく放った言葉を拾われたので驚いた顔になったが、腕時計に目をやると終了の時間になっていた。



「もう終わりの時間だけど、頑張ってね革命家さん」



 ノルデンは席を立つとカウンター越しに身を乗り出してリリムに告げた。



「あぁ。まだやり方は色々あるから練り直しだな。リリム、1つ教えて欲しいのだが、サキュバスとの性的行為は『氷の洞窟』に入るのと同じだと伝えられているが本当か?」



 リリムは妖しく微笑むとノルデンの耳元で囁いた。



「どうかしら? 私に入った男は、もれなく全員お亡くなりになるので……あなたが試してみれば?」



「悪魔の囁きだな。私はまだ死にたくないのでな」



 ノルデンが店を後にすると、リリムの隣で酒を作りに来たマサムネがいたがいつもより手際が悪く、マリブを溢しては指に引っ掛かってしまった。



「あら、マサムネ。溢しちゃってダメじゃない。指に付いてるわよ。ふふ あま~い」



 リリムはマサムネの手を取ると口許まで持っていき指を舐めた。



「なによ。私の中に入るのと氷の洞窟に入るのは同じ。って、本当ですか? って気になるのかしら~ ……教えて上げないわよ。ってか、私自身知らないわ。どちらにしてもマサムネには100年は早いわね~」



 そう言い残すとリリムは控え室へと消え、いつもの店長だ。の台詞もなくマサムネはマリブをグラスに注いだまま氷のように固まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る