第43話いなり、こんこん、恋人は。

「事前告知しなくて良かったな。告知してたら店に入れないお客様も出てきただろうから」



 バックバーではマサムネがグラスを磨きながら店内を見渡していた。

 その隣では接客を終えたばかりのセイラが恨めしそうに、テーブル席で接客をする美雨めいゆいを見つめていた。



「でも、マサッじゃなかった。店長、美雨ちゃん。どんな歌かはまだ聞いてないんだよね。曲に合わせての躍りは一応やったけど」




 マサムネはグラスを磨き終わると、壁に備え付けられている時計に目をやった。



「ふ~ん。あんま、乗り気ではなかったからな美雨は。もうそろそろ時間か。四季を呼んでくるわ。あいつ大物ぶりやがって、『頃合いを見て呼んでちょうだい』とか言いやがって」



 マサムネは控え室に向かうとドアをノックした。



「四季さ~ん。お時間で~す。宜しくお願いしま~す」



 中から返事もなく四季は無言で出てくると、スマホをマサムネに手渡した。



「前と同じく、このスマホから曲を流せば良いんだな」



 四季は横目でマサムネを見ると、何も言わずそのままカウンター席に向かって行った。



「態度わるっ! 少しだけ有名になって来たからって、勘違いしやがって、すぐに干されるわ」




 四季はカウンターまで進むとマイクを持ち、テーブル席を空けさせた。



「なんと。本日3回目のセンターは九尾狐の『美雨』ちゃんです。普段の美雨ちゃんとは違った美雨ちゃんが見られるかも知れません。楽しんでいってね。あっ もちろんワンドリンクは強制だから、宜しく」



 美雨は大きく深呼吸をすると、覚悟の表情でセンターに立った。その後ろにアイリとリリム。そして3列目に端から氷芽ひめ・四季・セイラ・ルナルサが並び、セイラの呟きが漏れた。



「また裏センターってポジションね。でも裏から見たら私は表だわ! そうよ私、挫けないで、おもてを上げるのよ『セイラ』」



「ちょっと、セイラうるさい」



 四季に注意されたセイラが黙り、店内は暗くなると美雨にスポットライトが当たった。美雨は真っ直ぐと見据えると、マイクを持つ左手を腰に当て、右手をカウンター席に向けて伸ばし人差し指を指した。



「こんな所まで来てバッカみたい! あんたもあんたもあんたも、み~んなバカ!

 良い? 化けて出てやると思ったら大間違いなんだからねっ! 見てなさい九尾狐の意地」



 美雨が言い終わると同時に、スポットライトはキャスト全員を照らし曲が流れた。



「コンコンコンコン♪ あなたはノックもせずに心に踏み込んできたくせに♪ どんどんどんどん 出ていく時は想い出も香りも残していくのね♪ 卑怯な人 2度と会えないし戻らない日々♪ なのに記憶だけはいつでもトップ画面に♪ いつかは消せるかも知れない ♪でも今はまだ残しておきたい♪ それくらい良いよね……」



 美雨の凛としているも、どこか物悲しい歌声と歌詞はコード進行と相まって切ない曲調になっていた。



 曲が終わると美雨は恥ずかしさのあまり、軽く礼だけをして控え室へと、さっさと戻っていった。残された6人にカウンター席からの喝采が上がった。



「今日も良かったぞー! 一曲だけじゃ物足りないから3曲くらいやってくれー」



 四季はその言葉に嬉しそうに笑うと手を振って応えた。



「美雨嬢!非常に素晴らしかったですぞー! このイフリートのオズワルドの恋心は純粋な少年の様に、一途に烈火の如く燃え上がってますぞー! もう爆発寸前、恋爆弾ですぞー」



「オズワルド! うるさい。大声で叫んでも控え室までは聞こえないから」



 ルナルサは片手から炎を出すとオズワルドに投げつける構えをした。



「ルナルサお嬢様ー! 小さい頃は人前に立つのが苦手で、ピアノや演劇での発表会の時は、スカートの裾を摘まんではボロボロ泣いていたお嬢様が、こんな人前で……」



 オズワルドはルナルサの投げた炎に包まれて、最後まで言えずに大慌てで店を出ていった。

 とりあえずキャスト全員が控え室へと戻っていった。



「ちょっと、ルナルサちゃん。オズワルドさんは大丈夫なの?」



 控え室に戻るとセイラが、余計に力を使ったせいで汗を大量にかいているルナルサに聞いた。



「あぁ。爺やもイフリートだから炎耐性はあるから問題ない。火傷はしないが熱いには熱いがな」



 氷芽は迷惑そうにルナルサを見ると、言葉を口に出した。



「熱いのは嫌ですわ。今度からは気を付けて下さいな。あと、オズワルドさんは『ラブボンバーマン』とお呼びしますわ」



「ラブボンバーマンってか、炎に包まれて店を出ていったオズワルドは自爆テロリストそのままだろ。ルナルサ、本当に気を付けてくれ、ドゥルキスが燃える。ん? 美雨はどうかしたの?」



 四季がルナルサに苦言を呈していると、テーブルに両肘を付き頭を抱えブツブツ言っている美雨の姿があった。



「恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい…… 」



「そんなに恥ずかしくないわよ。美雨は立派だったじゃない。皆の前で幼少の話をされたルナルサの方が恥ずかしいと思うわよ」



 見かねたリリムは美雨の隣まで行くと、頭を抱えている美雨の肩に手を置いて優しく擦った。



忸怩じくじたる思いよ。慚愧ざんきに耐えない。口にするのもはばかれる。穴があったら入りたい。そうだ、アイリ! 今すぐ穴を掘りなさい。女性1人が数年は快適に暮らせるくらいの穴を」



 ロッカーの前でタオルで汗を拭いていたアイリは振り返った。



「にゃ? アイリは猫にゃ。犬じゃにゃい」



「じゃあ リリムで良いです。私を夢の世界に連れて行って」



 美雨は頭を上げると、リリムを見上げた。



「そんな百合属性みたいな台詞を言われても、私は百合属性は持ち合わせてないわよ」



「ほらほら、終わった事をいつまでもグチグチ言ってんじゃないよ。だから、婚約破棄されてもいつまで……」



 四季は美雨の目力に負け途中で言うのを辞めた。



「コホン。今日の美雨は素晴らしかった! 皆、美雨に拍手」



 控え室は美雨に向けた拍手に包まれた。



「で、先ほどお客様も言っていたが、1曲だけでなく、次は3曲やろうと思ってる」



 セイラは長耳と手を真っ直ぐに上に伸ばした。



「なんだ? 万年裏センター」



「ぐっ それは四季ちゃんの陰謀ね。3曲ってことは、センターも3人ってこと?」



 四季は頷くと言葉を発した。



「あぁ。次のセンターの3人は、アイリ・リリム・ルナルサだ。メドレー式にやってもらう」



「わ 私は? 四季ちゃ~ん。私を飼い殺しにしようとしてるでしょ~。四季ちゃん抜かせばアイドルに本気なのは、セイラちゃんなのに~」



 セイラがうそ泣きを始めると、四季はため息をつきセイラに優しい眼差しを向けた。



「セイラは順番的には、最後って決めてたんだよ。それまでにアイドルとしての『ドゥルキス』の知名度を高めて、最後にセンターがセイラで客の反応は『どっか~ん』だよ」



「クスン。オズワルドさん爆発しちゃったの?」



 ルナルサがすぐに口を挟んだ。



「その『どっか~ん』じゃないだろ。人の執事を爆発させないでくれ」



「セイラにはドゥルキスを背負って欲しいし、それだけの人気を背負えるアイドルだと思ってる。だからこそ満を持してのトリだ」



 セイラはうそ泣きを止めると、四季に近付いて四季の両手を握った。



「四季Pを信じる!」



「あぁ。私にまかせろ。因みにセイラのトリが終わったら、メイドカフェのアンダー16の2人も歌わせようかと考えてるがな!」



「それはトリじゃなくて繋ぎじゃないのさ~」



 控え室では和やかな雰囲気が続いていたが、一方で店内では……



「店長、女の子はまだかよ!」



「店長、さっき頼んだビールまだ来ないけど」



「店長、なかなかイケメンだし、俺は男も大丈夫だから店長こっち来なよ」



「すみません。今、来ます! ビールも持っていきます! 忙しすぎて無理です!」




 店長のマサムネは1人、大変な思いをしていた。



「くそ。あいつら、アイドルに本気になりすぎてるだろ! 本末転倒だよ。早く戻ってこ~い」



 マサムネは心の声がついに外にまで出てしまった。

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