第31話 リリムさんは語りたい

「リリム~。振られちったよ~ 俺のこと『最初は好きにならなかったけど、どんどん好きになっちゃう。ずっと一緒にいたい』言ってたのに~ ちくしょう。女なんか信用出来ねぇよ!」



 カウンター席では1人の男が俯き、片手でカウンターテーブルを叩きながら、もう片方の手でビールを持ち、愚痴を溢していた。それをカウンター越しにサキュバスのリリムは、愛煙している細長い煙草を燻らせ、男を蔑む様に見ている。



「あなた以上に女は信用してなかったんじゃない?」



 男は赤らめた顔を上げると口角泡を飛ばしながら、興奮気味に喋り出した。



「俺は本気だったんだよ! 煙草もギャンブルも嫌いだ。って言うから辞めたし、彼女が嫌がるだろうから、こういう店にも来なかった。全部、本気だったから……」



 男はそのまま持っていたジョッキをテーブルに叩くように置くと、力なさげにうつむいた。リリムは表情を変えずに上を向いて、ゆっくりと煙を吐き出してから口を開いた。



「……そう。で、別れた原因は何なのよ?」



 男は再度、顔を上げるとすがり付くような目でリリムを見つめる



「それが……分からないんだよ~ 彼女に他に好きな人が出来た訳でもないし、俺に非がある訳でもないけど、もう大嫌い。別れたい。の一点張りで……理由が分からずに振られたから、余計にモヤモヤして悔しいんだよ」



「たんにあなたに飽きたか、言えない理由があるのでしょうね……」



 男はビールを一気に流し込むと、追加でビールをオーダーした。リリムは男の表情や様子を伺ってから、バックバーに置いてあるビールサーバーからではなく冷蔵庫から容器を取り出しジョッキに注ぐと、男に手渡した。



「飽きたなら。そう言えばいいじゃん。切なそうに俺を見て泣きながら大嫌い。とか言われても、嘘だって思うし……優しい嘘の方が傷付く。消化出来ねーよ」



「気持ちは分からないでもないわね……男はフォルダー事に元カノを分けるけど、女は上書きする。って言うから、あなたも忘れられるんだから仕方ないわよ」



 男は渡されたビールも一気に流し込むと、またリリムにジョッキを渡しオーダーした。



「俺は忘れられたくないの! あんな自分好みで大切にしたい。って、心から思える女なんかもう出てこねーよ。ハーフエルフで純ニンゲンの俺とは違うかも知れないけど、それでも大好きだったんだよ~ だいいち彼女の前カレも俺と同じ純ニンゲンなんだぜ」



 真剣に聞いていたリリムの吸っていた、煙草の先からは灰が床に落ちた。リリムは床に置いてある雑巾を足で軽く動かし床を拭くと、灰皿に煙草を押し付けた。



「別に今の時代、他種族同士の結婚や付き合いなんて、取り立てて珍しくもないけど……そのハーフエルフの子も、本当に本気であなたの事が好きだったのかもしれないわね」



「……? どういう事だ? 何で本気で好きなのに振られるんだよ」



 リリムは新しく煙草に火を付けると深く吸い込み、ゆっくりと吐き出し、男に質問を投げ掛けた。



「純ニンゲンのあなたの寿命は?」



「まぁ、100~120年位かな」



「ハーフエルフの寿命は?」



「まぁ。親の結婚相手の種族にもよるけど、3倍程度で300~350年位って聞いたけど……それが?」



 煙草の天井に吸い込まれていく煙を目で追っていたリリムは男に視線を移した。



「その子は前カレも純ニンゲンだったんでしょ? なら、仮に最後まで添い遂げたとしても死別してるわよね」



「それは、種族が同じでも起こり得る事じゃん。そんなの理由にならない!」



 男は身を乗り出すように、椅子から立ち上がった。

 リリムは冷静に男を見つめると、言葉を口に出した。



「それは、あなたが先に逝く方だから言えるのよ。残された方の気持ちは計り得ないわよね? さっきあなたは『最初は好きにならなかったけど、どんどん好きになっちゃう。ずっと一緒にいたい』って言われた。と言っていたわよね」



 男は少し冷静さを取り戻し椅子に座り直した。リリムは言葉を続けた。



「彼女は彼女で、好きになっちゃダメだと思ってたけど、あなたに惚れちゃったのよ。でも本気になればなる程、残された時の気持ちが辛いから、手遅れになる前にわざと『大嫌い』って言ったんじゃないのかしら。まぁ、ありがちよね」



 男は喉が乾いたのか、いつの間にかリリムが注いでくれていたビールを一気に流し込んだ。



「じゃ じゃあ。本気だから、俺のことが好きだから別れを選んだってか? なら、俺の気持ちは? 俺の本気の想いはどうすれば良いんだよ!?」



 男は空になったジョッキをまたリリムに手渡した。リリムは同じように冷蔵庫の容器からジョッキに注いだ。


「それは私に聞く事ではないわ。でも、あなたには残された方の気持ちは分からないでしょ? こういう事があるから、他種族同士の結婚は珍しくはないけど、幸せなまま終わる。って事も少ないのよ」



「リリムは……リリムはこのまま別れて、お互いに同じ種族と付き合って結婚した方が 幸せだ。って言うのか?」



 ため息をつくとリリムは、カウンターテーブルにほほ杖を付いた。



「そうとも言ってないじゃない。あなたは、さっきから何でも答えを欲しがるのね……探しても答えなんか出てこないと思うわよ」



 男はどうしていいか分からずに黙りこんだ。



「逆にあなたは、ハーフエルフの彼女と共に過ごしたとして、あなたが死んでいく時に、残していく彼女をどう思い、その時に彼女に何が出来るのかしら」



 男は何か考えているようだったが、何も出てこなかったのか答えられずにいる。



「ね。答えなんか出てこないわよ。彼女はそれを一度体験してるんだと思うわ。『愛したら愛した分だけ、辛さで返ってくる』とか、とんだ呪いよね」



 男は小さい声で呟き出した。



「……それでも、同じ時間を一緒に過ごしたい。先に俺が年取って死んでも、残された彼女が辛くて辛くて、どうしようもなくなっても……俺の我が儘なんだろうけど、彼女と出来るだけ年を重ねていきたい! 彼女がどうとかは、もちろん関係あるけど俺が一番したいのは彼女と結婚して、苦しくても支えあって、二人で成長していきたい。死ぬまで彼女と笑って過ごしたい! あぁ。もう、俺酔ってるから何か分かんねーけど、彼女以外にいねぇよ」



 男は最後は叫ぶように言うと、ジョッキを持ち一気に飲み干しテーブルに置いた。リリムはクスッと笑い、また冷蔵庫の容器からジョッキに注いだ。



「あなた気付いてないの?途中からノンアルに変わってるけど、それ」



 男はジョッキに注がれた液体を鼻で嗅いでから、口を付けると、驚いた顔をした。リリムはお腹を抱えて笑うと男に告げた。



「酔ってない素面の台詞で、良くそんな恥ずかしい事を言えるわね。どうなるか分からないし、何が正解かも分からないわよ」



 リリムの言葉を聞くと男はノンアルを飲み干し真顔になった。



「もう一度、話すだけ話してみるよ。ダメならダメできっぱり諦めるさ。でも、このままじゃ、俺も彼女も良くないと思う。彼女の思いを知った上で話してみる」



「その結果。あなたたち二人で出した答えが、正解なのか不正解なのかも分からないのよ。まっ せいぜい頑張りなさい。答えがない愛ってのも悪くないんじゃないの 知らないけど」



 男は椅子から立ち上がると笑顔でリリムを見つめた。



「ノンアルだとは思わなかったけど、常にリリムが俺のジョッキを満たしてくれてたのは知ってたよ。俺も彼女を常に満たせる存在でいたいんだ」



 男はそう言い残すと会計を済まして店を後にした。




「ガキが一丁前に。彼女と上手く行かなくても、ここに来れば『リリム姉さん』で満たされるけどね~」



「さすが、『リリム姉さん』素敵だな~」



 リリムの独り言は、いつの間にかカウンターを片付けに来ていたマサムネに聞かれていた。



「……ちょっと、めっちゃ恥ずかしいんだけど……マサムネ記憶から消してちょうだい」



 テーブル席へとニヤケ顔で戻っていくマサムネからは、フォルダーに保管する。あと、マサムネじゃなくて、店長だ。の声が聞こえてきた。

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