第30話 ベロカンダ先生
今回はあえて、彼は閉店ギリギリにやって来た。それはたんに残業があり、行ける時間が閉店間際しかない。という事もあるのだが、他にも理由があったのである。
「お お久しぶりです。まだ、大丈夫でしょうか?」
「久しぶりですね。いらっしゃいませ、三郎さん。今日はお客様が、最後の方は少なかったので女のコには早上がりしてもらいました。四季なら、この通りですけど、何か飲んでいきますか?」
店内に恐る恐る入ってくる三郎にマサムネはカウンター席を手で示した。その言葉を聞いた三郎は目を輝かせ、カウンター席へと腰を下ろす。隣では四季がヴィヴァルディを頭に乗せながらカウンターテーブルに突っ伏して眠っていた。
「先生は眠ってらっしゃる? 可愛い寝顔で癒されます。 あっ 店長、私には熱燗と、……そうですね。菜っぱとハムのごま和えをお願いします」
(ゔぉりやぁー)
「うわぁ。なに、なに?」
(ゔぉりやぁーゔぉりやぁー)
「……ヴィヴァルディ……どうしたの?」
三郎を見るなり四季の頭に乗っていたヴィヴァルディが炎を出しながら威嚇すると、三郎は驚いて椅子から転げ落ちてしまった。その音と独特な鳴き声のせいで四季は目をこすりながら辺りを見回すと、ヴィヴァルディは今にも噛み付きそうな勢いで三郎を見下ろしていた。
「ダメだよ。ヴィヴァルディ……食べても不味そうだし、お腹壊すだけだよ」
「ちょっと、先生! このドラゴンは何ですか?」
三郎は立ち上がると、ヴィヴァルディを警戒しながら椅子に座り直し、四季は三郎に一瞬だけ目を向けると俯いて黙りこんだ。
「え? 先生、忘れてないですよね? 河童の三郎ですよ」
「そ そんな恥ずかしい名前の河童知らない……」
「三郎さん、熱燗に菜っぱとハムのごま和え、お待たせしました。四季にはお目覚めのココアな」
困った表情で四季が呟くと、ちょうどマサムネが、お酒を持って来た所だった。
三郎は、熱燗に付いてきたお猪口をマイク変わりに持った。
「全然恥ずかしい名前じゃないですよ。ほら、先生! 前にラップを教えてくれたじゃないですか? あれから少し自信が付いて、仕事も上手く行ったんですよ。先生のお陰です」
四季は三郎の顔を近距離で覗き込むと、大声を上げた。
「あーー WCか? トイレか? なんだよー。トイレなら『トイレ』です。って、言えよ」
「ちょっと待ってください。色々と突っ込みたいのですが、近距離で見ないと思い出せないですかね? あと河童であって『トイレ』ではないですね、河童が『どうも、お久っす、トイレです』って言うと思います?私は先生のお陰で自信が付いたんですよ」
四季はカップを持って、三郎のお猪口と乾杯をすると面倒臭そうに言葉を口に出した。
「『先生のお陰』とか恩着せがましい。厚着になるわ!」
「そんな言い方はないですよ。先生、感謝してるんですから、そういえば少し寒いですね……」
バックバーで笑いながら様子を見ていたマサムネが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「すみません三郎さん。女の子たちが帰ったんで、エアコンを切ってます。節約ですね」
「トイレ! そんなに寒いなら、これでも着てろ」
四季はカウンターテーブルに置いてある紙にペンを走らせると、その紙を三郎に手渡した。
「……これは? 飲食代として10万円?? 宛名が三郎になってますが」
「あぁ。喜べ、トイレには『濡れ衣』を着させてやる!どうだ、『あったかいだろ?』」
「微妙に、『あ、たかい』って思わす様なリアルな金額ですね」
四季はヴィヴァルディに合図すると、ヴィヴァルディは口から吹雪を出し、四季は凍えた振りをした。
「えー それは、今のボケが寒いって事ですか? そんな、ドラゴンの使い方ってあります?」
「雪女の氷芽はセイラのボケに付き合うのが面倒臭いときは、いつも吹雪を出して、防御してる」
「雪女の無駄使いですね。あと、いい加減トイレは辞めて三郎って言って下さいよ。先生!」
四季は菜っぱとハムのごま和えに箸を伸ばそうとしたが、三郎が先に箸を伸ばし菜っぱを食べ始めた。
「河童 菜っ葉 かっぱらった」
「はい?」
「私から、河童 菜っ葉 かっぱらっ いたっ……」
「あっ。ベロ噛んだ先生…………っほんと すいません。今度からは一度、頭のなかで言ってから、大丈夫かどうか見極めて言葉にします」
四季はヴィヴァルディに合図を出すのを辞めた。
「で、三郎。ダム工事は順調なの?」
「先生! ちゃんと覚えてるじゃないですかぁ。先生も人が悪いなぁ。順調ですよ。自信が付いてからは、決断するのも早くなりまたし、無茶な事には拒否する事も出来る様になりました」
四季はココアを飲むと満足そうに頷いた。
「『河童のここぞの決断力』って、ことわざが出来るんじゃないかって心配で…………うわぁ。ドラゴンの吹雪は辞めて下さい。すいませんすいません。で、先生はラップよりもアイドルをやってるって聞きましたが」
四季はカップを置くと遠い目をしだした。
「なぁ 三郎。神ってのは残酷なもので、私のやりたい、やりたくない。に関わらず、私にアイドルとしての類まれな、天性の素質を植え付けてしまってたらしい……」
四季は視線を三郎に移すと勝ち誇ったように笑った。
「私の中にはいたんだよ。天才的アイドルって、化け物が……………三郎は、ホントの化け物だがな!」
「ちょ 最後、何で語尾強めたんですか? 失礼ですが先生もあまり変わらないですからね……うわぁ。炎は辞めて下さい! 皿が干からびちゃう! 河童生命に関わります」
三郎は両手で頭に付いている皿をガードすると、ようやくヴィヴァルディは炎を出すのを辞めた。
「いやぁ。なんだかんだ、やっぱり先生と話してると楽しいですね」
「私は全然楽しくないがな!」
(うぉりゃあぁ)
四季の言葉に同意するかのようにヴィヴァルディは一声鳴いた。
「酷いなぁ。先生! 私は一生、先生に付いていきますよ! 今度のライブには絶対に参加します! そうだ、先生。この紙にサインお願いしますよ。書きやすいように折りますね 」
「え? サインとかしたことないよ。 でも、そうだよね。いつかは書きまくるだろうから、練習はしとかないとなぁ~ どうしよう、形とかもまだ考えてないやぁ」
「最初ですから先生! 普通の名前で良いんですよ。それが後に貴重なサインとなりますし。別に三郎さんへ。とかはいらないですよ」
四季は照れながら紙を受け取ると、いつにもなく真剣にサインした。
「ハイ。こんなもんしか書けないけど、三郎が第一号だから貴重に保管しなさいよ」
「ありがとうございます。先生! うん。しっかり綺麗に書けてるじゃないですか。じゃあ、先生これお願いします」
三郎は受け取ったばかりの紙を四季に戻した。四季は不思議そうに戻ってきた紙を開くと、そこには宛名の欄に『ドゥルキスセンター座敷わらし♡四季』と記載された領収書になっていた。
「私もなかなかでしょ?先生! 見事に引っ掛かりましたね。 私が立て替えますが、しっかり領収書はありますから、後でちゃんと返して下さいよ」
四季は領収書を握り締めるとヴィヴァルディに指示を出した。
「『ヴィヴァルディ』この領収書を燃やしてから、あの河童を干からびにして、ミイラにしなさい」
「それは反則ですよ先生! 証拠隠滅です」
三郎は抗議の声を上げると椅子から下りて逃げまわり、その後をヴィヴァルディはパタパタと炎を吐きながら追いかけていったのです。
そんなこんなで本日のドゥルキスは閉店になります。
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