第29話 ガブリーラ様が見てる

「い いらっしゃいませ~。あぁ、久しぶり~ 最近、来てくれないから寂しかったんだよぉ」



 セイラは満面の笑顔で両手を振りながら、入ってきた客に近付いて行くと、客は少し困惑していた。



「え? 俺、初めて来たんだけど、どっかの店で合いましたっけ?」



「え? あ~。えっと~。あっ ほら! 前に私がモンスターに襲われてる所をあなたの魔法で助けて貰ったじゃない」



「そんな雑に嘘をつかれても……」



 バックバーで様子を見ていたガブリーラはため息を付いた。



「教えたことをすぐに実践するのは良いことだけど~、使い方を間違ってちゃ意味ないわよ~」



 隣で同じくセイラの様子を見ていたマサムネは罰が悪そうに頭を軽く下げた。



「す すみません。あいつはネジが緩んでるので」



「マサムネ君。知っていると思うけど、この世界での記憶力って、すっごい大事なのよ~。一度、付いたお客様を忘れてるなんて言語道断だし、逆もしかり。一見さんのお客様に久しぶり。とか有り得ないわ~」



 とりあえずセイラは笑顔で挨拶をしつつ、お客様をカウンター席へと案内すると、おしぼりを渡し注文を伺った。



「じゃあ、俺はジントニックで、セイラちゃん、若そうだけど僕と同じ、学生さん?」



「了解です! そう見えますか? 違いますよ。勉強嫌いだから私。学部とかって何ですか?」



 ガブリーラはメガネを外すと、満足そうに頷いた。



「良いわね~。最後は質問で返す。質問を振っていかないと、お客様と会話が止まってしまうわ~」



「初対面だったんですよね? 何処かであった気がしたんですけどね~。イケメンさんを忘れるはずないんだけどなぁ。あっ 私も一緒に乾杯して宜しいですか?」



 ガブリーラは、ふ~ん。と呟くとマサムネに向き直った。



「なによ~。あの子、まぁまぁ出来てるじゃない。そんなに悪くないけど~」



「最初は良いんですよ! あいつは集中力がなくて、頑張ろうとはしてますが、途中から雑になるんですよ」



 しばらくお客様とのやりとりを見ていたガブリーラは、メモを取り出し何か書き始めた。そして、1人目のお客様を無事に送り終えたセイラを呼び出した。




「ハイ。まずはご苦労様~。見てたけど、そんなにセイラちゃん。悪くはないわよ~」



「あ ありがとうございます。 ひゃん く くすぐったいですぅ、ガブお姉さま……」



 ガブリーラは右手でセイラの長耳を弄ぶと、左手に持ったメモに視線を落とした。



「セイラちゃんの耳、すっごい良いわぁ~ ピクピクしちゃって、ふふ、かっわいい~ はぁ~」



「が ガブお姉さま、ゆ… 許して下さい……」



 ガブリーラはセイラの耳に吐息をかけた。



「ホントは、このままハムりたいけど、我慢するわ~。で、セイラちゃん。さっきの男がお店に来た理由ってな~んだ?」



 セイラは耳をさすりながら遠慮がちに答えた。



「楽しく飲みたい。から……?」



 メガネを人差し指を使い押すとガブリーラはクスッと笑った。



「う~ん。50点ね~。複数で来るお客様とかなら正解に近いかもだけど~。1人で、しかも一見さんなら可愛い女の子から『モテたい』からよ~。特に学生さんや、年齢が若いお客様に多いわね~。そういう人には、とにかく外見でも、持ち物でも良いから褒めて上げること。『イケメン』って、言ってたのは凄い良かったわよ~。第一、褒めるとこが1つもねー野郎を、無理矢理褒めてやってるつ~の~。で、ある程度に年齢が行ったお客様なら、承認欲求でしょうね~」



「し しょうにんよっきゅう? あぁん が ガブお姉さま。や 辞めてくだ…さい」



 ガブリーラはセイラの首筋に甘噛みした。



「これは単なる私の欲求ね~。で、承認欲求ってのは、誰かに認められたい。って事よ~。バリバリに仕事をしている男性に多いわ~。そういうお客様には、とにかく聞き手になって、話を良く聞いた上で最後は褒めて上げるのよ」



「む 難しいです」



「難しくないわよ~。くそつまんない、仕事の話をお客様がしてきたら、『すごく仕事熱心なんですね~。そういう男性って素敵ですよね~』って、最後に誉め言葉を付け加えれば良いだけよ~。第一、本当に仕事熱心なら、しょっちゅう店に来られないだろ!ってね~」



 セイラはなるほど。と、頷くと、記憶するように復唱し始めた。それを見たガブリーラがメモとペンを渡した。



「あなた。メモりなさい~。メモは見返す際にも便利だし~。ガールズバーならいらないかもだけど、名刺に何か書き足したり、お客様の趣味嗜好、年齢や外見的特徴をメモするのは大切よ。で、最後に一番多くて面倒くさいお客様が疑似恋愛希望ね~」



 セイラは渡されたメモに書き始めた。



「お店だけで彼氏面するお客様なら、まだマシよね~。そういうお客様なら、言うことに全部肯定してあげて、軽~くボディタッチして上げるだけで、ドリンクがっぽかっぽだから楽ね~。こっちにもプライベートなら選ぶ権利あるから、ぜってーに、テメーなんかの彼女にはならねーわよ~。ってね。全部に同じだけど~。可愛さ+αをしてあげれば良いだけ~。あなたは可愛いんだから、楽よ~」



 セイラはメモをして顔を上げると、ガブリーラの手を取った。



「ガブお姉さま。聞いてたら私、出来そうな気がしてきました。考えたら、けっこう実践出来てる気がします」



 ガブリーラは思わず、そのまま抱き締めるとセイラの長耳を唇で挟んだ。



「あ~ん。もう、持って帰りたい~。私が神だったら、あなたを星座にしてあげたいわ~」



「ひゃん ガブお姉さま……それ、私を殺してますよね」



 それから何組かの客をセイラは接客したが、いつも通り接客をこなせばこなすほど、雑になっていった。



「ガブリーラさん。やっぱ、雑になりましたよ。集中力が足りないんでしょうね……」



 ガブリーラは一通りの接客を見た上で結論をマサムネに突き出した。



「……とても言いにくいけど~ あれは集中力が切れてるんではなくて~。たんに酔っているだけよ~。多分、あの子お酒弱いでしょ~。そんなもんも気付かずに見てたわけ? 頑張ってドリンク取ろうとしてるのは良いけど、マサムネ君のせいで裏目に出ちゃったてるわね~ 次からは、あの子のオーダーは薄めかフェイクを出して、出来るだけ酔わない様にして上げなさい~」




 マサムネは心外な顔をして否定した。



「ですが、程よくでしか顔付きも変わってないですし、口調も酔った感じがしませんが……」



 メガネを外したガブリーラは、マサムネのネクタイを掴むと引き寄せて、顔を近付けた。



「そんなの個人差によるだろ! あんたは自分んとこのキャストのアルコール適量も分からずに、キャストのせいしにして勝手に怒ってただけ!キャストが可哀想ね。こんな店長の元で使われちゃって。私のお店なら、そんなことは絶対にない」



 マサムネは呆気にとられていた。



「第一、あんたは稼働中に何を見てた訳? 少し前に氷芽ひめちゃんが、泥酔客に絡まれてて困ってたし、美雨めいゆいちゃんはお客様と上手く会話出来ずにお客様は早めに帰ったし、ルナルサちゃんはお客様に無理に飲ませてたし、そこであんたは特別フォローに入る訳でも、たしなめる事もなく、突っ立ってただけじゃない。目ン玉ついてんのかよ? 下半身にしか玉ついてないんじゃない」



 ガブリーラは引っ張っていたネクタイから手を離すと、マサムネはよろけてしまい、後ろにお尻をつけてしまった。そのままマサムネを見下ろす様にガブリーラは話を続けた。



「店が流行る流行らないわね。キャストもそうだけど、一番はあんたの力量で決まるの。あんたの実力不足よ。簡単な事だったじゃない。同業に教えてやってんだから、感謝しなさいよ」



 ガブリーラはマサムネの頭を軽く小突くと店を出ていった。マサムネは慌てて追いかけた。



「なによ~? 私も暇じゃないから帰るわよ~」



「ありがとうございました! キャストの誰よりも一番ダメなのが自分だと気付かされました。本当にありがとうございました。あなたの店を超える事が目標になりました」



 ガブリーラは店外で頭を下げ続ける、マサムネの横を通り抜ける際に言葉を残した。



「私の店を超えるって~1000万年早いわよ~。ただの、ニンゲンの癖に。ネジ緩んでる~。セイラちゃんの長耳で締めて貰いなさいね~」



 マサムネは頭を上げて、振り向くとガブリーラは片手だけを上げて手を振っていた。

 

大天使の羽のオーラなのか、マサムネにはガブリーラの後ろ姿がとても大きく見えた。

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