第18話 まなびまなばせ

「おっす。遅れちったよ」



 ドゥルキスのドアが開くと赤髪ショートに赤目のイフリータであるルナルサが、ジャージ姿で頭に手をやりながら悪びれた様子もなく入ってきた。



「貴様は報連相も出来んのか! 何をやっていた?」



 四季はすぐに叫ぶと場の空気を読むのが上手いルナルサは、すぐに敬礼をして手短に答えた。



「はっ。申し訳御座いません。ジムで体を作っておりました」



 四季はルナルサを睨むと矢継ぎ早に詰問し始めた。



「ミーティングがあることは知っていたな?」


「イエッサー」


「貴様はわざとサボったのか?」


「ノーサー」


「では、ジムを優先したとの事か?」


「イエッサー」



 下らないやり取りを見ていた美雨めいゆいが、テーブルに片手を付きながら四季に詰め寄ってきた。



「女性将官や上司には『サー』は、使わずに『マァム』を使います。知っていましたか?四季』



 四季は椅子にもたれていたが、ビシッと姿勢を正すと美雨に敬礼した。



「ノー・マァム」



「へぇ。そうだったのか。ボクも知らなかったな」



 敬礼を辞めてテーブル席までやって来る。ルナルサに四季は告げた



「よし、ルナルサは罰として、先日遅刻をした氷芽ひめと一緒に掃除を命ずる」



 ルナルサは明らかに嫌そうな顔をしていたが、リリムに肩を叩かれ渋々納得すると、四季はそのままセイラの改善策の議論に入った。



「ルナルサも先月と今月は特に悪いとこもないから、引き続き頼むぞ。で、セイラの改善策だが、どうすれば良いか。案が有るものは挙手をしろ。セイラはしっかり聞いて、しっかり学んどけ」



 氷芽が手を上げると、四季は顎で発言を促した。



「さっきからイライラさせますわね。で、セイラですが集中している時は、良い接客をしてドリンクもテンポ良く貰ってますわ。逆に集中が切れている時が最低な接客なので、接客術よりは、いかに集中を切らせないようにするかが大事だと思いますわ」



「そうね。私も同意見かなぁ」



 リリムは頷くと、シュンと耳が垂れ、下を向いているセイラに優しく問い掛けた。



「セイラはエルフだから弓は得意でしょ?。弓で目標を狙う際は集中出来てるのかしら?」



 下を向いていたセイラは顔を上げリリムを見ると、小さい声で答えた。



「弓を扱う時は、集中出来てます……」



 テーブルを叩いた音がすると同時に四季の大声が響き渡った。



「声が小さーーーーい!!」



 ケットシーのアイリの猫耳とエルフのセイラの長耳が細かく震え出しては二人とも耳を抑えた。




「無駄に声が大きい。氷芽には意図的にイラつかせようとしてますが、私は素であなたにイラついてます。これ以上イラつかせたら、本気で呪うからね、分かりました?」



 美雨はいつもより低い声音で四季の耳元で囁くと、小さい声で四季が答えた。



「イエス・マァム」



 リリムは完全に空気と化しているマサムネを見た。



「前に控え室で弓矢を見たけど、まだあるかしら?」



 マサムネは気を抜いていた所を突然、話し掛けられたので全く話を聞いていなかった。



「貴様、指揮官の癖に話を聞いてないとは、何たる失態か! 次はないと心得よ。弓矢があるのか? と、聞いている」



「あ。あぁ……すまない。弓矢なら、キューピットのコスプレをセイラがした時に、弓も本格的なのが良いって事で、そのまま控え室に仕舞ってるぞ。持ってくるわ」



 そう言い残すとマサムネは控え室に入っていき、すぐに弓矢とコスプレ衣装のキューピットの羽まで持ってきた。



「俺は少しやる事があるから、控え室にいる。何かあれば言ってくれ」


マサムネはリリムに手渡すと控え室へと入って行った。


「羽はいらなかったわ。弓矢は意外と本格的なのね。これ、キューピットの矢っぽくはないわね」



「おおー。格好良い。ちょっと貸して」



 リリムは羽と弓矢を受け取ると、横からルナルサが奪っては羽を付け出し、そのまま弓を引く構えをし出した。



「ルナルサちゃんがやるとぉ、精神的ってよりぃ、物理的に刺さりそうだよぉ。キューピットってよりもぉ。何かぁ戦闘の神っぽいもん」



 アイリの言葉に満更でもない顔をルナルサがすると、氷芽に羽と弓矢を手渡した。氷芽は手に持ったまま不思議そうにルナルサを見ている。



「何で私に渡すのですか?」



 ルナルサはいたずらっ子の様な笑顔を浮かべた。



「単純に見たいから。お願いだよ。掃除は私一人でやるからさ」



「氷芽。ついでにこれも頭に巻いてちょうだい」



 リリムがカウンターに置いてあった、タオルを細くして氷芽に手渡すと恥らないがら、頭に細くしたタオルを巻いて背中に羽をつけ始めた。



「やっぱ、羽はなくて良いや」


 笑いを我慢するかの様にルナルサが言ってきたので、氷芽は羽だけ外し始めた。



「服を脱ぐのと一緒な位に恥ずかしい気分だわ」



 頭に細くしたタオルを巻いた氷芽が弓を引く構えをすると、皆が一斉に笑い出した。特に大笑いをしていた四季は涙目になりお腹を抱えながら、氷芽を指差した。



「貴様、何だそれは? 夜襲を受けた挙げ句、城を枕に討ち死にを覚悟した城主の嫁か? もう炎はそこまで来ているのか? 結局は幸薄い人生だったな。姫様。いや氷芽様」



 氷芽はおそるおそる、横を振り向き備え付けの鏡を見ると、そこにはハチマキを頭に巻いて、炎の中を連想させる、くすんだ白い着物を着た女が、自決を始める5分前の様相で弓を構えていた。



 氷芽は弓矢を下に投げ落とすと、四季に向き直り無表情で冷めた言葉を口に出した。



「この怨み晴らすべからずか」



 四季は笑うのを辞め。氷芽から視線を反らした。

 ルナルサは弓矢を拾い上げると今度は美雨に手渡そうとした。



「やりませんよ」



 ルナルサは手を合わせてお願いしたが、美雨には通じなかった。




「あのー。私は一体どうすれば宜しいのでしょうか?」



 セイラが律儀に挙手をしながら、遠慮がちに口を挟んだ。



「あぁ。すっかり忘れてたぁ。セイラちゃんの集中力だよぉ。リリムさぁん」



 リリムは今、思い出したかの様に手を叩き答えた。



「全然、忘れてないわよ。えぇ。セイラの集中力だったわね。弓の際に発揮できる集中力を常に思い出していれば良いわけでしょ?」



 リリムは一旦、言葉を止めるとバックバーの冷蔵庫に入っているリンゴを持ってきた。



「第一回、ウイリアムテル、四季バージョン」



 リリムは一人で拍手をしたが、それ以外はキョトンとしていた。四季は嫌な感じがしたのか挙動不審になっている。



「説明いりますか?」



「イエス・イエス・マァム」



 四季は明らかに震えていた。



「じゃあ簡単に。四季の頭の上にリンゴを乗せて、遠くからセイラが弓矢で射抜くだけよ」



「何故、私なんだ? 他にもいるだろう?」



 四季は両手を胸の前で合わせて祈りを捧げるようにリリムを見つめた。



「頭の形がおかっぱで平らだから、一番リンゴが乗せやすいのよ」



 四季は自分の頭を叩き出し、今度は恨めしそうにリリムを睨み付けた。



「頭の形が変わってしまった。これではリンゴは乗せられない。他の人に頼むしかないかな……?」



 美雨が前に出てくると、なかなか見せない満面の笑みで楽しげに四季に告げた。



「ノー・マァム」



 美雨はそのまま弓矢をセイラに手渡すと、四季を椅子から立たせ、壁際まで連れてこうとしたが、四季が必死の抵抗を始めた。それを見ていた氷芽は美雨に加勢し、四季は両側から腕を持たれ、死刑囚の如く壁まで引きずられた。

 覚悟を決めて壁を背に立つと四季は俯きながら、自嘲気味に笑い出した。



「くっ。これがクーデターか。こうやって独裁政権は終わりを告げるのか。だが、私が死んでも次の独裁者が産まれるだけだ。同じ道を辿りたくなければ、この私を反面教師にすると良い」



 そう言うと四季は目を瞑り顔を上げた。そして目を開けると、真っ直ぐと弓を構えるセイラが映った。




「ちょ。私まだ、リンゴすら乗せられてないですけど・・・え!?」



 ヒュン。ズガッ……



 セイラの放った矢は、見事に四季の頭上ギリギリで壁に刺さっていた。

 一瞬の静寂の後、四季の大声が響いた。



「貴様ーー! 寿命が10年は縮んだぞ。あれほど準備を怠るな。言っただろ!リンゴ乗せなくて良いなら、私以外で良かっただろーが」



 セイラは手応えを掴んだ表情をして、活き活きとみんなに話した。



「やっぱり、弓を放つ時は勝手に集中モードになるみたい。ってことは、集中が切れそうな時は四季ちゃんにお願いして、いまのをやれば良いんだね?」



「ノー・マァム」



 四季はうなだれながら、力なく答えた。



 控え室からマサムネが戻ってくると、四季とセイラの二人を交互に見てから、四季に近づいて頭を撫でると、四季は顔を上げマサムネに抱き付こうとした。



「四季とセイラ。お前たち二人は壁に穴開けたみたいだから、セイラは減給で四季は一週間、掃除の手伝いだ」




『『イエッサー』』



 二人の悲しく小さい声がハモった…………

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