第17話 幼女元気

『ドゥルキス』では月に一回、定休日にキャスト同士のミーティングが開かれる。



 話し合う内容と言えば、先月の各自の上げた改善点がしっかり改善されているのか。そして今月の足りなかった点を反省するとともに、どう来月に繋げるのか。その為に下記の3つがキャスト同士で話し合われるのである。



 ①接客レベルを上げ客単価の売り上げにどう繋げるか。

 ②どんなイベントをやれば集客がUPするか。

 ③その他(男性受けの良い、ヘアメイクやファッション)



 そして外側から見ている座敷わらしの四季がメインとなり、店長のマサムネは基本は口を挟まずに、最後のまとめだけを共有して終わるのである。




「全総員。せいれーつ! 」



 四季の大号令の元にドゥルキス店内で各々、行動をしていたキャストが四季の周りに集まり出した。



 四季は定位置であるカウンター席の端ではなく、ミーティングの際はテーブル席に座っており、その斜め後ろにある壁掛けタイプのホワイトボードには、マサムネがミーティング内容を書くためにペンを持ち立っていた。



 ホワイトボードには普段は各キャストが1日交代で、好きな一言を書いているのである。



「チッ。アイリ遅いぞ貴様。撤退の際は遅れを取った者から死ぬ」



 四季はファッション雑誌に夢中になり、整列に遅れたアイリに舌打ちした。



「ごめ~ん。四季ちゃん。許してにゃん」



 ケットシーであるアイリは猫耳をピクピク動かし舌を出した。

 四季は侮蔑の目を向けると、拳を作りテーブルに叩きつけた。



「諸君、我々は軍人である。気の緩みが死へと繋がる。いつ何時、如何なる時も戦闘の準備を怠るな!」



 セイラは四季を見ながら、隣にいる氷芽ひめに小声で囁いた。



(あの子の今度のキャラは何なのよ?)


(知りませんわよ。大方、前に元軍人が来ていたので、触発されてのでしょう。すぐに飽きますわ)



 二人のヒソヒソ話しを見逃さない四季は時計を指差すと、セイラに向かって問い掛けた。



「そこ! 何をコソコソやっておる。セイラ。今の時間を言ってみろ」



 セイラは時計を見てから答える。



「午後15時10分です」



 四季はニヤリと笑うと足をテーブル乗せた。



「新入り。覚えておけ。軍人ならば『ひとさんひとまる』が正解だ!」



「四季、行儀悪いです。足を下ろしなさい。そして前置きが長いです」



 九尾狐の美雨めいゆいが呆れたように呟くと、四季は大人しく従った。昔から四季は子供扱いを一切しない、美雨だけは苦手だったのだ。



 四季はコホンと咳払いすると本題に入った。



「さて、戦友諸君。先月の反省点は、今月改善されたのか聞こうではないか。リリムから半時計回りに言ってくれたまえ」



 サキュバスのリリムは相変わらず肩を全開に出し胸の谷間がくっきり現れる、オープンショルダーのタイトドレスを着ていた。



「そうね。取り立てて反省点がなかったから改善点もないわよ。極力、露出を抑えて男どもの精気もセーブして奪わなかったし。でも、大分お金は使わしたかしら」



 四季は満足気に頷くと、テーブルに置いてある紙に目を落とした。



「実によろしい。この資料を見ても客単価が一番高く、延長も多い。指名制があれば間違いなく一番だろう。このまま頼むぞ。次」



 マサムネがホワイトボードに要点をまとめて書いていると、お馴染みの頭頂部にツインシニョンをしたチャイナドレスの美雨が報告を始めた。



「途中に色々あって、落とした日もあるけど、それが終わってからはスッキリしましたので、そこからは挽回し先月比は越えてるわ。12月と言う季節要因はあるでしょうが」



「ふん。九尾狐の婚約してた元カ…………。次!」



 美雨は全力を目に込めて四季を睨んだ。狐目特有の威圧感と呪われそうな目付きに、四季は最後まで言い切れずに慌てて隣のアイリに目を向けた。



 ワンピースニットを着ているせいで、余計に爆乳が目立つ褐色肌の黒ギャルが、人差し指を頬に当て舌っ足らずに答える。



「アイリは~。え~と。う~んと。あれ? 何だっけ?」



 四季は溜め息をつくと資料に目を通した。



「貴様は知能が胸にまわったんじゃないのか? アイリは接客時間は長いが客単価は最悪だ。ただ、あのシャンパン魔王。ディアボロスのお陰でプラスには持っていっている」



 アイリは両手を叩くと思い出したかの様に喋り始めた。



「そうだった。アイリ。でぃあちんのお陰で、なんとかプラスだったんだ~。でぃあちん。また来ないかな~」



 四季は資料から目を離しアイリを見つめ指摘した。



「あの魔王は、お前の事を胸が本体で後は飾りだと思ってるぞ。太客を持つのは大事だが、ガールズバーだ。全方位から、好感を持たれなければならない。そのように努力しろ。次!」



「は~い。アイリ。頑張りま~す」



 アイリはビシッと手を上げると、ニットの下から爆乳が突き破りそうな勢いでくっきりと現れた。




 四季から目で合図された、雪女の氷芽は、素っ気なく答えた。



「私は先月と変わらずですわね。可もなく不可もなく。常に平均以上はやってますわ」



 四季は必要ないにも関わらず、置いてあったペンを逆さに持つと、テーブルにトントン。と一定のリズムで叩いた。



「聞かなくても分かってしまうな。氷芽はいつも同じだからな。必要以上の努力もせず、かといって手を抜くわけでもなく。普通にやってクラスでは成績は5~7番目。特別な事はしてないわよ。でも、可愛さはクラスで3番目。みたいな!」



「四季。何か癇に障る言い方してるわね」



 四季は相変わらず一定のリズムで、ペンをテーブルに打ち付ける。



「氷芽よ。お前は努力をすれば、もっと数字も伸ばせるし上に行ける。普段が白目だからカラコンは良いと思うが……他はどうだ? その薄汚い着物に草鞋って。幸薄いにも程がある。どうせ、振り向いてはくれないのを承知で、好きになった男を想い続けて、私って可哀想。とか思ってんだろ? あぁ。重い重い。エレベーターで我慢出来ずに誰もいないから、しちゃえ。って、オナラしたら思いの外、臭すぎて慌ててる所に突然、次の階で止まり人が乗って来て、鼻を抑えられた時の空気より重いわ!」




「最初の方は何を言ってたのか忘れしまったわ。そして、エレベーターもそんな経験ないから知りませんわよ。それにこの着物も草鞋も、雪女の正装ですから、四季、あなたは全雪女を敵に回しました。『座敷わらしVS雪女』の全面対決になりますわよ」



 美雨が四季の持っていたペンを取り上げた。



「その音、不快ですから辞めてくださる? そして話が長いです。最後のセイラに行きなさい」



 四季は慌てながら資料を手に持ち、セイラを見た。



「じゃ。じゃあ、最後にセイラ」



 今日のセイラの髪型は、オーソドックスなポニーテールをしており、タートルネックのセーターと、赤と黒のチェック柄のミニスカートが長い手足を映えさせていた。



「私はいつだって絶好調! 気合い・愛嬌・根性に。見つめられたら虜になる『』めいたエメラルドグリーンの瞳。触りたくなる瑞々しい『』溢れる健康的な肌とスタイル」



「備品を壊し、客に酒を溢し、クリーニング代で消えてく『』めいた売り上げ~」



 四季は途中で口を挟んだ。



「ひ、酷いや四季ちゃん。一生懸命やってる結果だよぉ」



 エルフであるセイラの長い耳がシュンと垂れた。



「セイラはプラスをマイナスに。チャンスをピンチに。どうやったら、そうなるのか教えて欲しいものだね」



 セイラは両手の人差し指を胸の前でくっ付けたり離したりしては言い訳をしてきた。



「ほら。私って、頑張る気持ちは強いんだけど、集中力がないって言うか、良かれと思ってやった事が裏目に出ちゃう。っていうか、まぁ、愛嬌で何とかなるっしょ! 集中力が続かないだけで、やる気は誰よりもあるからさ」



 四季は不敵に笑うと、椅子から立ちあがり、テーブルの周りをゆっくりと歩き出した。



「諸君はこんな話を知っているかね? 軍人は4つのタイプに分類される。有能な怠け者は司令官にせよ。有能な働き者は参謀に向いている。無能な怠け者も連絡将校か下級兵士くらいは務まる。無能な働き者は銃殺するしかない。有名な組織論だ。そしてセイラよ。貴様はどれに当てはまるのだろうな?」



 セイラは自分のセーターの袖を掴むと苦笑いしながら答えた。



「さ、さんぼう。かな……」



「喜べ。銃殺か刺殺か絞殺か撲殺は選ばせてやる。次いでに臓器提供はご希望ですか?」



「ひ、酷いよ。私だって無能なのは分かってるよぉ。だからこそ頑張ろうとしてるのに~」



 セーターの袖を掴みながら、顔を伏せ泣き真似をするセイラに氷芽が止めを刺しに来た。



「無能な働き者の見本ではないですか」



 セイラはビクッとして肩を震わせると氷芽を悲しそうな目で見て、本当に泣きそうになっていた。

 そんなセイラにアイリは近寄ると髪を撫で励ましていた。


「セイラちゃん。よしよし。セイラちゃんは良い子だよぉ」


「はいはい。セイラも泣かない。お遊びはここまでにしましょ。何の為のミーティングなのかしら。ここからはどうやったら売り上げが伸びるかを話し合いましょう」



「くすん。リリムしゃん。まだ、泣いてないもん」



 リリムは胸の谷間からポケットティッシュを取り出すとセイラに手渡した。



「分かってるわよ。これで鼻かみなさい」



「あなたは何処からティッシュを出してるのですか?」



 冷静に氷芽が突っ込みを入れている間、セイラの鼻をかむ音が店内に響いた。




「諸君。これからは改善策。主に『セイラ』の。そして集客UPの為の作戦。主に『セイラ』の。そして男受けするファッション。主に『氷芽』のを開始する。その前に一旦、休憩だ。新入りは食える内に飯食ってろよ! 最後の飯になるかも知れないからな」


氷芽は思いっきり睨んでいたが、四季は気付かない振りをしていた。


 小休憩が終わった店内では再度、四季のテーブルに集まり、ホワイトボードにはマサムネが反省点を書いており『主にセイラ』と大きく囲われていた。



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