第47話 介入者 1

 突如乱入した白い機体、アウストリウスの影響で戦場は混乱に陥りつつあった。その中で五菱の母艦、ファランクスの艦長を務める滝沢が事態を収拾しようと各所へ指示を出していた。


「自衛軍本隊、まもなく合流完了します」


「よし、そのまま敵量産機の対応をするよう要請!こちらの戦力は!?」


「テミス機大破、収容中です。ヴォイジャー、カッシーニは健在なれど消耗激しく補給の必要あり。ベルセは中破、ファルケは目立った損傷はなしでこちらへ向かっている模様。スケアクロウは、鮫島機は……識別信号ロストしています……!」


 オペレーターの一人が驚きを隠せない声色で告げる。五菱最強のパイロットであり、ロードの開発初期からパイロットとして戦い続けて来た男がこうもあっけなくやられるとは信じがたい。

 だが、いまは感傷に浸っている場合ではない。


「カッシーニ、ヴォイジャーは再度補給させろ。ベルセ、ファルケであの白い機体を止められるな?」


「レグルス2機は白い機体へ接近、仕掛ける模様です」


≪艦長!セレンは下がらせる。俺はあいつらの盾代わりになって援護するぞ!≫


 セレンのカッシーニを連れ後退してきたヴォイジャーに乗る常盤からの提案に滝沢は反射的に却下する。これまでに経験したことのない長く厳しい戦いに身を置いていたせいか、常盤にはいつもの冷静さがかけているように思えた。


「お前まで死に急ぐ気か?セレンもテミスも……。戦線は珀雷とレグルスが持たせてくれている。せめて補給をしてから行け」


≪持たせるだけじゃダメなんだよ!あの白いのは別格だ。レグルス2機でも圧倒しきれない。それに防御ならヴォイジャーでも第3世代に引けはとらない!≫


 常盤の言う通り、ヴォイジャーは瞬間的にではあるが、機体周囲の任意の地点にバリアフィールドを形成することが可能だ。それを要所要所で使用すれば防御面では第3世代機に引けを取ることはないだろう。しかしそれは理論上での話だ。実際にそれを実行できるパイロットはほんの一握りだろう。滝沢には常盤にそれができるとはとても思えなかった。


「しかし……」


≪いまのセレンは使えない。東条もまだ戻ってこない。なら俺が加勢してやらなきゃ誰がやるんだよ。ファルケはともかくベルセ、ミハイルとならいくらか連携には自信があるし、弾は空だけど近接戦闘はできる≫


ヴォイジャーは艦橋を一瞥すると答えを聞かずに白い機体の方へと向かっていく。


「あぁ!うちの社員は自分勝手な奴ばかりか!仕方あるまい。友軍に伝達!敵量産機の撃滅を最優先に、白い機体は五菱が受け持つ!」


 咄嗟に自衛軍への連絡を指示すると、格納庫へ回線をつなげる。呼び出しに出たのは整備班をまとめている城崎だった。彼の背後では半ば墜落するような形で格納庫へ納められているリノセウスと、次々に来る修理要請で慌ただしいスタッフたちが見える。


「補給は?」


≪もうだいぶ消耗している。テミスのリノセウスはもう廃棄した方がいいレベルだ。テミス自身も重症らしい。今応急処置をしているがこちらも芳しくない状況だ≫


「こちらもギリギリか。人員にもこれ以上被害は出したくないが……」


 艦砲射撃もこうなってしまえば大した意味をなさない。それどころか味方の邪魔になってしまうだろう。それに主砲の使用でエネルギーが足りていない状況だ。実弾の対空防御用の機銃しか使えないのが現状だ。

 これ以上できることがないという現実に行き当たり、滝沢は思わず舌打ちをする。しかし、今はパイロットたちを信じる以外に何もできない。レグルスたちが起こす戦闘の光を見ながら、これ以上誰も死ぬことのないよう滝沢は祈った。



***



 背後からアウストリウスを狙った的確な射撃が放たれる。ミハイルはそれを分かっていたかのように動いた。ショートソードを回避が予測される位置へ振る。


「ダメか!」


 動きを止めることには成功したが、ショートソードは柄の辺りで受け止められ、ファルケの放った弾丸も装甲の一部を削るにとどまった。


「暴走状態のわりに動きが的確すぎだろ!」


 悪態をつきつつも次の一手へ。場当たり的に攻撃していては長引くばかりでいいことはない。こちらの行動一つ一つがアウストリウスを詰ませるための一手になるよう心掛けつつ動く。


≪私に合わせなさい!≫


「言われなくとも!」


 唯一の武器であるショートソードを止められているため、攻撃手段は限られる。蹴りなどは容易に想像できる攻撃だ。今までのミハイルとの近接戦闘経験を十二分にいかしつつあるアウストリウスは、これをまともに食らってくれるほどバカではない。そこでミハイルがとった行動は――。


「食らいやがれ!」


 機体を急激に上昇させ受け止められているショートソードを持つ腕がアウストリウスに向くように調整させると、そこからワイヤーを射出した。ロード1機程度なら引き上げられるほどの耐久性を有したワイヤーがアウストリウスの頭部めがけて飛んでいく。

 しかし、それが直撃することはなかった。すんでのところで最小限の動きで回避されたのだ。さすがの反射神経といったところか。


「まだだ」


 狙いを逸れたワイヤーだが、それで攻撃が空振りに終わったわけではない。ワイヤーの先端がアウストリウスの後方に漂っていた、撃破されたセカンド・アリアの残骸に当たり、磁力により吸着する。そしてそれをアウストリウスとの距離を取る形で後方に下がった際に思い切り引っ張った。引き寄せられた残骸の先にはアウストリウスがいる。真正面からベルセの動きを見ているだけでは慎重に距離を取ったように見えるだろう。

 しかし、その2段構えの攻撃はまたしてもアウストリウスに回避される。分かっていたような動きで機体を降下させたアウストリウスはすぐさまベルセとの距離を詰めにかかった。


「これも経験済みだってのかよ……!」


 ミハイルの脳裏に縁刀の演習場で対峙した時の記憶がよみがえる。あの時も確か同じようにワイヤーを使った動きで意表を突いた。ワイヤーを利用した攻撃はあまり効果を発揮しないようだ。


≪避けて!≫


 ライサが援護の弾丸を送る。しかし避けるよう言ったのはライサが射撃をするからではない。


「何!?」


 いかにも距離を詰めて近接戦闘を仕掛けようとしていたアウストリウスは、ベルセの背後にムーンレットを回り込ませていた。自律機動兵器だからこその運用の仕方と言えよう。

 ファルケの射撃によって1機は破壊できたが、残り数機が完全にベルセに取りついた。


≪ダメ!間に合わない!≫


≪いいや、まだだ!≫


 ムーンレットが粒子の光をたたえ始めた瞬間、何かがベルセを突き飛ばした。突き飛ばしたそれは接近してきたアウストリウスの振りぬいたビームの刃を、瞬間的に発生させたバリアフィールドで防ぎ、背後からのムーンレットの攻撃はショルダーシールドを背後へ回すことで防ぎ切った。


≪成功したッ!≫


「常盤さん!」


 割って入ったのは常盤が駆るヴォイジャーだ。扱いづらい機能ながらも、今まで以上にヴォイジャーの性能を引き出しつつ攻撃を防ぎ切って見せた。続けてヴォイジャーは居合気味に腰部に格納されていたビームソードの柄を振り抜く。それは一瞬ではあるが防御のために鍔迫り合いとなり、アウストリウスの動きを止めた。しかし、器用に受け流されてしまい、ムーンレットとサーベルでの反撃で防戦に転じるしかなくなってしまう。


≪ミハイル、早く立て直しなさい!ヴォイジャーじゃ力負けするわ!≫


 ファルケがムーンレットを狙撃しつつミハイルに促す。ベルセとは違い一応は五体満足の状態で戦闘を継続しているヴォイジャーではあるが、アウストリウスとの圧倒的性能差はいつまでもごまかしきれるものではない。ファルケの援護が前提ではあるが、損傷はしていようともベルセの機体性能であれば一応は互角の戦いができるはずだ。


「分かってますよ。常盤さん、ベルセで相手をしますから無理はしないで!」


 2機の間に割って入り、ヴォイジャーを下がらせたミハイルは再び刀身が赤く染まったショートソードを構えた。

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