第31話 種子島

 日本で宇宙に最も近い場所は?それは今も昔も変わらず種子島だろう。今や民間機を打ち上げる方が多くなったこの地に、五菱の面々は降り立った。

 打ち上げ予定の五菱の艦、ファランクスはすでに大気圏を抜けるためのブースターを装備し、発射台の上にある。着々と進みつつある発射の準備をよそに五菱の面々――といってもパイロットたちだが――は待合室で休息をしていた。


「前回とは警備レベルが段違いだな」

 

 ミハイルがガラス越しに見ている発射台付近には五菱が雇った、もとい縁刀の雇った傭兵の乗るロードが巡回をしていた。前回、とは先の基地攻略の際の護衛のことを言っている。今回警備にあたっているロードの数はそれほど多くはないものの、縁刀が用意した防衛に定評のあるパイロットたちが乗り込んでいる。精鋭とはいえ、制圧任務を得意としている縁刀のパイロットとはやはり違う。


「また、襲撃されないとも限らないからな。敵の目的が不明なんだ。それなりに用心もするさ」


 常盤が一口大のチョコレートを含みながらミハイルのひとり言に返した。彼は緊張すると甘いものが欲しくなる質だ。またいつ来るかわからない敵の存在が彼の気を張らせていた。


「カッシーニやアーリアだけじゃない。シーカーやオービットもいるってことは軍も絡んでいるってことだ」


 鮫島が口を開く。ここ種子島の宇宙センターは2000年代と比べて敷地が広くなっており、それに伴い発射台の数も増えている。五菱のほかに何か打ち上げることがあってもおかしくはない。今日は天候がよく、打ち上げに適した日なのだから。

 五菱を守る傭兵たちからある程度離れたところに、警察や日本のPMSCで使われることが多い量産型ロードのシーカー、量産型ワーカーのオービットがシーカー1、オービット2の3機編成で哨戒にあたっているのが見える。しかもそれは1組だけではない。目視で確認できるだけでも3組はいる。

 性能は良いが、生産コストやメンテナンスの面で難のある珀雷系列の機体と異なり、シーカーは空戦の能力を切り捨て、オービット2機との小隊運用を前提にした比較的安価なロードだ。バイザーこそカッシーニと同タイプのものだが、額に珀雷と同タイプの可動しないモノアイが設置されており、人間でいうところの口にあたる部分には後頭部まで伸びる髭のような、角のようなものがあるのが特徴だ。

 角ばったバケツのような頭部が特徴のワーカー、オービットとの連携攻撃を前提としており、レーダーや自動照準の精度が悪くなるセプト反応炉のジャミング効果範囲内であっても敵機を追尾できるような誘導ミサイルランチャー、自衛軍が採用している104式汎用ライフルを装備している。誘導ミサイルランチャーはオービットが装備している誘導ビーコンシステムでターゲティングされた標的を追尾するもので、これにより炉のジャミングのかかる大規模な戦闘であっても誘導兵器を問題なく使えるようになっているのだ。

 さらに誘導ビーコンシステムは距離も制限があり、1対1ではあるがジャミングされている状況においてもクリアな通信を可能とするまさに優れものである。

 どのような戦況においても1機のオービット、シーカーが戦闘を行い、残り1機のオービットが友軍との通信を行い常に戦況を把握する。それがこの機体たちのコンセプトなのだ。


「おい、東条。なにさっきからぼーっとしてんだよ」


 先ほどからただ景色を眺めている東条に常盤が声をかける。が、東条は上の空だ。


「あ?ああ。少し考え事をな」


「捕虜のことなら気にすることはないぞ」


 常盤は先の戦闘後捕らえた捕虜、つまりアルテという人物についてなのかと思ってのか、東条が気に病む必要はないと言う。

 そもそも捕虜を捕えていたという事実はつい1週間前まで東条と五菱の産業医以外に知る人物はいなかった。器用に自宅まで隠し通した彼は外傷の治療をしたのちに目を覚ました彼女に尋問をした。万が一ばれても言い訳の立つように五菱にとって有益な情報を聞き出したのちに、彼女自身について聞いた。彼女は研究者からすれば素晴らしく命令に忠実な被検体であったのだろうが、助けたときに見た彼女の目は何かを訴えているように感じたのだ。

 


***



 東条は"自由"を好む。彼が宇宙や空が好きなのも、単独行動を好むのも、元をたどれば自由を好んでいるから。いや、ある意味では自由でなくなるのを恐れてすらいるからである。

 彼がそうなるに至った経緯は話せば長くなる。かいつまんでいえば彼は過去、大切な人の"自由を奪ってしまった"のだ。それを悔いた彼は以後、自由や何かを求めている人間を放ってはおけなくなった。


「私は世界を見たい」


 ベッドに座っている先の任務で捕らえたパイロット、アルテが話し出す。東条の"自身は何をしたいのか"という問いに対しての答えだ。


「世界を見るには上官に認められ、実働部隊に入る以外に道はなかった。だからそうしてきた。これからもそうする」


 彼女は捕らえられているというのに、戦意を失ってはいない。それどころか帰還して、また戦いを続けるような口ぶりだ。


「お前は俺たちの保護下にあるというのになぜ戦いを続けようとする?戻らずに世界を旅したっていいじゃないか。それが"自由"ってもんだろ?」


「それは身勝手だと思うけど。自由じゃない。曲がりなりにも物心つく前に死ぬ運命だった私を拾ってくれた。恩を返さなければ離れられない。見ぬふりをしようとも逃げようとも過去からは逃れることはできない」


 東条の持論を真っ向から否定するアルテ。過去は清算しなければならない。東条にも思い当たる節がある。彼女の言葉を受け、彼は黙った。




 彼女との会話から数時間後、相も変わらず何杯目かわからないコーヒーをすすっている東条に対して、アルテは彼から受け取った女性ものの服を着て今にも彼の家を出ようとしている。


「何もせずに帰してくれるなんて心外だった」


「得るものは得たからな。公私ともに、な」


 それに彼女が東条の家にいることを知っている人物は少ない。返したところで元々いないことになっているのだから問題はないだろう、という少々苦しい言い訳を考えつつ東条はアルテにマグカップを差し出す。


「コーヒー、飲むだろ?」


「ん」


 短く返事をしてカップを受け取るアルテ。警戒するべきなのだろうが、この男には自身に何かするようなことはないという直感にも似た確信があった。

 初めて飲む黒い液体をしばらく見つめると、彼女は一気に飲み干す。口いっぱいに苦みが広がる。


「……苦い」


「ふっ、一流の兵士でもブラックコーヒーは苦手か」


 仏頂面のままで舌を出したアルテを見て笑う東条。心なしか不機嫌になったように見える彼女は適当な場所にカップを置くと、さりげなく彼の足を踏む。


「次に会ったときはあなたを殺す」


「なら、もう一度機体をぶっ壊して中から引きずり出してやる。次に会う時までに過去の清算とやらをしておけよ」


 お互いに宣戦布告をしてにらみ合う2人。数秒の後、東条はアルテに何かを投げる。唐突ではあったが、さすがに強化された兵士。難なくキャッチして見せた。


「甘い……お菓子?」


「口直しにそれでも食え」


 東条を一瞥すると、アルテは袋に包まれた菓子をポケットに入れて彼の家を後にした。


「過去からは逃げられない、か」


 東条はソファーへ横たわり、目を閉じて彼女の言葉を自身の記憶を探るように繰り返した。


 その後、耳ざとい滝沢に事がばれ色々と文句を言われたが、それは東条にとって些細なことであった。


***



「おい、東条。やっぱりお前おかしいぞ?大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ」


「東条さん、上の空ですけど本当に大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」


「この分じゃあこの人の葬式準備した方がいいかもね」


「ああ、大丈夫だ」


 ミハイルが心配している通り上の空の東条を皆が見ている。彼は紙コップに注がれたコーヒーを、腕を組んでじっと見つめていた。

 前にもこういった状況を見たことがあるのだろう、鮫島は席を立つと皆に言う。


「放っておけ。次の出撃までにはシャキッとしてる。それにそろそろ私達も準備する時間だ」


 パイロットたちは他のクルーに比べやることがないと言っても、通常は有事に備え自機で待機する。ギリギリまで機体の調整を行いたいというクレストの要望のため、機体を艦の外に出しているが、そろそろ限界だろう。


「各自、用があるなら手短に済ませて乗機へ向かえ。警備が厳重とは言え、何が起こるかわからない。それは私達が一番よく知っているはずだ」


 鮫島の言葉に先の雪原での戦闘が思い起こされる。五菱の面々が出撃するまでに護衛のほとんどが撃破されてしまった戦闘。あの時は積雪地帯での戦闘に長けていたディフィオンが相手だったので苦戦した。今回もそうならないことを願うが、"敵"の練度を考えればそれは叶わぬ願いだろう。



***



 「各システム、異常なし。レグルス1号機、問題ありません」


 ≪2号機も問題なし。驚いた。前より数値がいい≫


 宇宙への出発を間近に、乗機のチェックをするパイロットたち。彼らの声は外で機体状況をモニタリングしているクレストと国崎へ通信越しに聞こえている。


 ≪当たり前だ。私が改修したんだからな。それと1号機、2号機じゃなくてレグルス・ベルセ、レグルス・ファルケだ。覚えておきたまえ≫


それぞれ神話の戦士と、素早い空の狩人の名を冠された2機のレグルスは全体的にシルエットは変わっていないものの、元の姿とはかなり変化していた。2機とも装甲がある程度排除され、その部分には炉の余剰エネルギーを排出する機構が取り付けられている。装甲より軽く、またフルパワーの炉の余剰エネルギーを放出することから、ヴォイジャーのバリアフィールドと同様の効果が得られるらしい。それほどにレグルスに搭載された炉の性能はいいのだ。

 実際、今までは生成するエネルギーの消費が追い付かず、フルパワーを出してはいなかった。先の戦闘で1号機が寸でのところでシャトルに取りつけなかったのも上昇する出力に機体が耐えきれなかったからだ。


 ミハイル機、ベルセは腰の右側にヴォイジャーと同型のビームソード。左側に先の戦闘データをもとに改良したビームを纏う実体剣、"ハーフクレイモア"を下げている。ファルケとの連携を前提にしているため、射撃武器は両腕部に装備された速射性のある2連装機関砲のみだ。各部スラスター、アポジモーターの性能が全体的に上昇しており、より格闘戦に適した機体になった。

 対してファルケはベルセと同様に機動力、運動性の上昇が行われているが、この機体の場合は狙撃時の素早い位置取りや射撃時の変則的な方向転換を目的としているため出力自体はベルセほどではないが燃費という点では性能が上だ。

 また、ファルケは兵装が大きく変わっている。左肩には射出型の観測機が装備されており、長距離狙撃の精度を上げてくれる。背部に懸架している長距離ライフル"トリニティ"は、銃身が巨大化し銃口も3つに増えた。銃身自体はグリップ付近のレバーによって回転し、撃ちすぎたときに冷却を待つ必要性が低くなった。また通常弾、ビーム、ペネトレイト弾の3種を技量が必要にはなるが、同時に撃ちだすことが可能になった。


≪ヴォイジャー、システム正常。補助リアクターも問題なし≫


≪カッシーニも問題なしです≫


 レグルスと同様に改修された2機ではあるが、こちらは量産機であるため市販のパーツを使って損傷個所を修理した後、先の戦闘で大破したハーシェルに搭載されていたワーカーサイズの炉を補助リアクターとして取り付けた。そのため、今までよりエネルギーを食う兵装の使用が可能となっている。


≪スケアクロウ、各兵装問題なし。慣れるのに少し時間がかかりそうだ。慣熟訓練がてら、打ち上げまで私も出よう≫


≪なら俺も。ヴィルヘルムも打ち上げまで警備にあたる≫


 ヴィルヘルムは損傷個所の修理だけだが、スケアクロウは大きく姿を変えた。両脚を失いロードの複雑な操作が不可能になったテミスの乗機をパーツとして、回収したアーリアタイプやカッシーニ、ハーシェルのパーツを装備させた。"前のスケアクロウ"の腕はバックパックの側面へ取り付けられ、サブアームとなった。各所に武装を取り付けられるハードポイントがあり、様々な局面に対応可能だ。両脚には展開式のツメがあり、反動の大きな武器を扱う時の使用が想定されている。両腕は秘密裏に回収した珀雷の丸いフォルムの腕を取り付けており、その総合性能は現在量産されているカッシーニを軽く上回るだろう。しかし、様々な規格の部品を使用しているため、機体の癖がつよくなっており、乗り手を選ぶ機体に仕上がった。


≪2人の出撃を許可する。他の者は調整を終えたら艦へ。ドクター、調整はあとどれくらいだ?≫


 通信に割って入った滝沢がクレストに状況を確認する。するとクレストは自信満々に答えた。


≪もうすぐ。スケアクロウとヴィルヘルムは終了済み。残りはあと10分ってところです≫


≪素晴らしい。さすが縁刀の奇才だ。うちに鞍替えしないか?≫


≪ああ、それ。超前向きに検討してますよ。縁刀は中々退屈でしてね≫


 2人の長い会話が始まったとき、ライサからミハイルへ別回線の通信が入る。ミハイルはそれを確認すると、開いていた回線を閉じ、代わりにそれを開いた。


≪ねえ、ちょっといい?≫


「ええ、なんです?」


≪あなたがどれくらい記憶を取り戻しているかはしらないけど、これからの戦闘はつらくなるわよ?≫


「分かってる」


 今まではただの敵を撃破してきただけ、という認識だったが彼の記憶が戻ったことで"かつての仲間を殺す"という認識に変わった。もしかすると仲の良かった人物と戦い、殺しあうことにすらなる。それにミハイルは耐えられるのか?


≪あなたは昔から優しかったから。今はある程度割り切ってるけど。実験時代は辛そうな子と模擬戦をするときはわざと手を抜いて、それ以上実験がきつくならないようしてたでしょ?≫


「あー、まあそうなんだけど。いや、今は一番大切な人を守るためならなんだって、ってやつだよ。全員助けるなんてできないことぐらい分かってる」


≪ミハイル……≫


「ライサさんもそうでしょ?宇宙へ上がればキールを助けるまであと一歩。踏ん張りどころだよ……って痛っ!」


 すべて言い終える前にベルセの胴目がけて、ファルケのトリニティの銃床が叩きつけられる。手加減はしているのだろうが、突然の衝撃は心臓に悪い。


「何するんです?びっくりしたんだけど」


≪あなたってホントにバカね≫


 ライサは不機嫌そうにそう言うと回線を切った。それと入れ替わるようにクレストから通信が飛んでくる。


≪おい、仕上げたばっかりの機体に傷をつけるなよ。痴話げんかなら機体からおりてやってくれ≫


「バカ言わないでくださいよ!」


≪バカ言ってんじゃないわよ!≫


 機体状況を示すモニターを見て最終チェックをしているクレストのからかい交じりの注意に二人は同時に反応する。機体越しに睨まれたクレストは肩をすくめた。


≪でも息ぴったりじゃないか≫


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