第30話 幕間 インターミッション 2
「食べないの?」
テラスのデッキに配置されたいくつかの木製のテーブルとイス。その一つに向かい合う形でライサとミハイルが座っていた。先ほどライサが買ってきたサンドイッチが彼らの前に置かれているが、ミハイルはそれに手を付けない。
「あ、いや。食べるけど」
指摘されたミハイルはサンドに手を伸ばしかけるが、結局手に付けることはない。
「何よその態度。せっかく私が気分転換させてあげようとおもったのに」
雪の降り積もる地から帰還し、しばらくの休暇を得たミハイルだったが、どうにも悩んでいるようで何日も自室にこもりきりであった。それを見かねたライサが彼を近くの飲食店に連れて来たのだが。
「ごめん、その……」
「言い訳はいいの。それに、食べないなら私が食べる」
ミハイルがようやく手に取ったサンドを、ライサは奪い取る。自棄になったように一口に、一口に食べるにはやや大きいサイズのそれをほおばると、彼女は続ける。
「あなたのその態度は何かを隠して、それでいて悩んでいる時。昔からそう。あなたは――――」
「そう、俺は昔から一人で抱え込むタイプ。それは周りに迷惑をかけたくないし、周りの手を煩わせるだけの価値が自分にないと思ってるから」
「ええ、よくわかってるわね……って。ちょっと待って。あなた記憶が?」
予想外の反応に一瞬遅れて反応したライサ。それをミハイルはじっと見ている。
「どこまで思い出した?その様子だと大体は思い出していそうだけど……」
「大体は、いや。昔のことが少しと地球に来た時のことだけ。なんか地球に来たって言葉、言ってて変だ」
「バカ言ってるんじゃないわよ」
茶化したミハイルの足を踏みつけてたしなめるライサ。突如襲った痛みにミハイルは目を丸くして、その後苦悶の表情を浮かべた。
「ごめん。この前の仕事以来、気を失う時があってさ。その度に少しずつ思い出すんだ。実験のことも、逃げたときのことも。地球に降りたとき、あの基地に降りたんだ。だから思い出したのかもしれない」
残り最後のサンドを手に取り、そして口に入れる。
「俺のことはもう心配ないよ。記憶を取り戻したからってやつらと戦うことはやめない。だから俺が逃げてから何があったかを教えてほしい、ライサさん。いや、セラ」
彼の言葉にしばらくの沈黙で返したライサ。ライサ、というのは偽名だ。万に一つでも自身の正体がばれないためについた嘘の1つだ。
彼女の本当の名はセラ。セラ・ツヴァイだ。いや、正確にいえばこれも"本当"の名ではないが。生まれたときに付けられた名などはとうに忘れてしまっている。
ミハイルがライサをセラと呼ぶのなら、彼女もミハイルの問いをはぐらかすわけにはいかない。
「ええ、話しましょう。もう少し後になると思っていたけど、こういう日がくると思っていたし。少し長くなるわよ」
***
東条の顔を見るなり、ベッドから飛び起きたパイロットはそのまま彼に殴りかかった。助けられたとはいえ敵は敵だ。兵士として生かされてきた彼女には攻撃という手段がまず最初に浮かんだのだ。
「おいおい、随分乱暴だな」
彼女の拳を間一髪で、コーヒーをこぼさず避けた東条は素早くカップを置くと彼女を取り押さえる。彼女が突き出した拳を掴み、そのまま背後へと回る。そして床へ押し倒し、背中を右足の膝で押さえつけた。
「離せ!」
「いいや、離さないね。離したら俺を殴るだろ?まずは話し合おうじゃないか。俺は離さないけどね」
妙に軽い物言いの東条にいくらか苛立ち、舌打ちをするパイロットだったがしばらく抵抗した後に観念したのか、暴れるのをやめた。
「降参。離して。聞かれたことには答える」
「よし、約束だ。そこに座れ。あとでコーヒーくらいはごちそうしよう」
イスを彼女の前に持ってきて、背もたれを前にして座る東条。パイロットにベッドに座るよう促す。
「それじゃ、まずは名前から。俺は東条。あんたは?」
「アルテ。何が聞きたいんだ?」
乱暴にベッドに腰かけたアルテは、態度を変えることなく答える。
「基地はあのあと爆発して木っ端みじんになっちまったから聞きたいことは山ほどあるんだが……。個人的に一番興味を惹かれるのはお前たちパイロットの異常な戦闘能力だ。今はまだ何とか渡り合えているけど、あの反射神経は異常だ。1人や2人なら才能で片づけられるかもしれない。でもそれが10人20人単位となれば話は別。どんな軍隊だって訓練であそこまでは身体能力は強化できた試しはないんだからな」
「話の長い奴は嫌いだ」
東条の言葉にうんざりした様子で、アルテは返す。自分が話したいのか、こちらの話を聞きたいのかはっきりとしない中途半端な男、という印象がアルテの中で形成されつつある。
「悪いな。話を外堀から埋めていきたくなる俺の悪い癖だ。つまり、俺が言いたいのは"なぜあそこまで戦闘技能の高いパイロットが山ほどいるのか"って話だ」
「そんなの簡単な話だ」
アルテは一瞬いやな顔をしたが、東条に悟られぬようそれを隠して続ける。
「大なり小なり私たちは体をいじくられている。薬漬けにされたもの。脳を弄られたもの。多少の違いはあれど人為的に兵士として造られたのが私達」
「そう、か。やはりそうだったか」
東条には似たような動きをする機体を随分前に見たことがある気がしていた。まだ鮫島のスケアクロウがカッシーニだった頃だ。その時は友軍としてであったが、驚異的な反応速度で敵の弾幕を避けながら敵陣へ突入していったその機体の動きは今でも目に焼き付いている。
任務後、その機体について調べたところ、薬物投与によって神経を異常なまでに過敏にし、場合によっては第六感すら自由に扱えると謳っていたプロジェクトに行き当たった。
そのプロジェクトはその性質上肉体も精神も成長しきってない人間、つまり子供が最も適した被験者であり、実際に被験者は子供が多かったという。
東条はそれ自体に何か思うところがあるわけではない。人道的でなかったとしても、被験者本人が望んでやったことならば何も言うことはない。だから彼は質問を変えた。
「アルテ、お前の望み……、一番やりたいと思っていることはなんだ?」
「私の望み……」
「そ。自ら望んだことをしてこそ、生きている意味がある。俺はそう思うけどな」
東条の言葉にアルテは俯く。彼女の望み。それはあったとしても決して口に出したことはなかった。彼女の育った環境でそんなことを口走ろうものなら、まだ強化の余地ありと判断されてもっと過酷な訓練を受けていただろう。
しかし、それを教えてくれと彼は言うのだ。そんな今までとのギャップにアルテは困惑していた。
「私は――――」
アルテは意を決したような表情で口を開いた。
***
様々な身体強化プランが立案され、実行された。その中でもミハイルが被検体となって実行されたプランは他のプランとの比較のための"基準"とされることが多かった。そして、比較されるたびに"常識の範囲内"で行われた強化プランと"被験者を省みない"強化プランの結果には差が表れていった。
他の被験者に比べ健康な体を保てたミハイルは幸運なのだが、同時に"自分は弱い、弱くなくてはいけない"という実にこじれた固定観念を生んだ。
そんな彼がキール博士の手引きで脱出した数日後、最終試験と称した被検体同士の殺し合いが行われた。最も強い兵士を生み出したプロジェクトを決定するとともに、それ以外のプランを被検体ごと抹消する、都合のいい最終試験はわずか数名の生存者を残して終了した。その時の夢をライサことセラ・ツヴァイはよく見る。
彼女が悪夢だと評するその試験はひどいものだった。それぞれの機体に乗せられ、命を懸けて戦った被検体たちのほとんどは死体が残らない程の激しい戦闘を2日も続けた。
生き残った数名の中で最も兵士の量産に向いた1つのプランが採用され、採用されなかったプランの被検体たちは、次に機体や装備のテスターとして"使用"された。
セラはそのような生活を続ける中で脱出の機会をうかがい、準備をしていた。そして、ミハイルの担当であったキール博士の手引きでレグルスを奪取して逃れた。武装試験の隙を突き、最も動かせる機体が少ないタイミングでの脱出をしたため、追ってくる機体のほとんどが宇宙用の改造を施した程度のアーリアであった。
射撃戦において優秀な成績をを残していたセラは接近される前に脅威となる敵機を優先して撃破し、命からがら地球へ降りた。
これが彼女、セラ・ツヴァイが経験した脱出までの概要だ。
しかし、ミハイルには1つ疑問が浮かび上がった。それはある人物についてだ。
「話してくれてありがとう。でもノアは?俺たちと一緒にいたあいつ。知らないとは言わせない」
実験時代にセラとともに過ごしていた少し年上の男。3人の中で一番厳しいプランの対象であったが、いつも冷静で兄のような存在だった。
「彼は……。死んだ。私をかばって死んだわ」
「え?そう……なんだ。おかしいな……」
ノアという青年は最終試験でセラをかばって大破した。機体の機能を駆使し、守りぬいてくれたのをセラは目の前で見ている。その後彼がどうなったかは分からないが、機体の状況を見る限りは十中八九死んでいるとみて間違いない。
「おかしいって?」
「いや、なんとなく生きてるって気がしたから。気にしないで」
「ふーん。あなたのカンって結構当たるから意外と生きてるかもね」
ミハイルの言葉を軽く流すセラ。彼女は問いを続ける。
「それで、あなたはこれからどうするの?記憶を取り戻すまではこのまま、って言ってたけど。今はどうなの?」
「これから、か」
いままでのミハイルは記憶を取り戻すために戦い続けていた。それが無くなった今、――正確にいえば完全に取り戻したわけではないが――どうするのか、セラは気になっていた。その問いにミハイルは
「当然キールを助ける。きっとあの人は優秀だからその能力をいいように使われているんだ。だから助けに行く。単純明快だよ」
「なるほど、あなたらしいと言えばらしいわね」
***
五菱の格納庫を一人の男が歩く。この会社の社長、滝沢である。彼の表情は硬い。速足で目的の人物まで歩いていく。
「ドクター。次の任務が決定した。改修作業の状況はどうか」
その相手はボロボロになったロードを1カ月近くかけて改修しているドクタークレスト。彼はボロボロになったレグルス1号機をはじめ、搭乗者が決まっている機体を全力で修理、改修している。
「お疲れ様です、社長。進捗は見ての通りですよ」
悪役風の見た目とは違い、いや逆に見た目妙にマッチするような丁寧な態度で答え、目の前の機体たちの方へ手をやった。
「スケアクロウはカッシーニのテミス機、回収したアーリアタイプの部品を使って真っ先に改修しました。次に一番ひどかったレグルス1号機。こちらは2号機とともにパイロットに合わせた改修を。システム関連は未知の部分が多かったので、こちらは主に運動性と武装強化を主に」
6つ目の頭部からカッシーニ本来の頭部へと戻ったスケアクロウ、正式名称をパワードカッシーニと、外観に大きな変更はないものの性能向上のされたレグルス2機が彼の手の先にいる。
次にクレストは反対側に手を向ける。
「2番目に損傷が激しかったヴォイジャー、それとカッシーニのセレン機は大きな改修はしませんでしたが、エネルギーに余裕が持てるよう大破したハーシェルの炉を拝借して装備させました。これでビームを撃ちまくってもエネルギーは不足しませんし、ヴォイジャーの方はバリアフィールドを数秒ですが展開可能です」
「素晴らしい。感謝するよ。出発は5日後だ。パイロットも十分に英気を養えただろうし、借りを返しに行こうじゃないか」
短い期間で機体を素晴らしい状態へ仕上げてくれたクレストに感謝すると、東条は自身を鼓舞するように呟く。先日の作戦で敵を逃して悔しい思いをしたのはミハイルだけではないのだ。
滝沢は睨みつけるように天井のガラス越しに見える空を見上げた。
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