第28話 強襲と離脱 3

≪航空部隊、全滅しました≫


「はあ?あの変形するヤツはまだ戻ってきてないはずだろうが!」


 更新された味方機の状況に誰にでもなく、悪態をつくサイラス。それもそのはず。航空戦力として配備したマヒトツが地上からものの数分で全滅させられたのだ。よほどの腕を持った狙撃手でも苦労するパイロットたちが乗っているのにも関わらずあっさり全滅させられたという事実に、いや、それほどのパイロットたちをあっというまに殲滅した敵パイロットに驚愕した。


「五菱という企業は小さいくせに妙に強い連中しかいないのが厄介だな。まあ、それが面白いところではあるが」


 落ち着きを取り戻したサイラスは敵機へと向き直る。先ほど接敵し、お互いの腕を潰した。そいつは仕切り直しだと言わんばかりに距離をとり、ロングソードを構えている。


「さて、お望み通り仕切り直―――っ!?」


 突如目の前を駆け巡った電流を最後に、アルヴァーリのメインモニターが真っ暗になる。操縦に関わる機器をいくつか動かそうとしてみるが、何の反応も示さない。


「炉が停止したのか?再起動は?あんな大掛かりなもの、貯蔵エネルギーでもなければ稼働時間は限られるはずだ」


 何度か再起動を仕掛けると、何度目かでようやく炉が動き出した。アルヴァーリの頑丈な見た目にふさわしい重厚な音が炉から鳴り響き、それが徐々に高い音へ変わっていく。

 それと同時にモニターが外の画面を映し出した。


「ぬおっ!?」


 衝撃が機体を襲う。見れば先ほどの敵機、レグルスが目の前にせまって赤く光ったロングソードを振り下ろしたところだった。

 赤い刀身がアルヴァーリの無事だった左腕を根元から溶断していく。いくら頑丈な装甲と言えどもそれはビーム兵器に対してはそれほど効果を発揮しない。


≪僚機、6機撃破されています≫


「この短い間でか?よくできた作戦だ。しかし!」


 モニターの表示にまた驚きつつも、打開策を考える。幸いシャトルはやられていない。伏兵は無事だったのだろう。先ほど失った6機以上の損失はない。

 推力を一気に最大まで上げると、そのままレグルスへと突撃を敢行する。

 頑丈な装甲を生かした体当たりは見事レグルスへ命中し、その衝撃からレグルスはロングソードを手放してしまった。


「残念だが時間切れだ」


 突如の機能不全に加え、両腕を失いながらもレグルスと対等に戦って見せたサイラスは笑顔でレグルスとそのパイロットに言い放つ。その時の彼の顔を見れば誰もが"戦闘狂"と思うほどの歪んだ笑みを彼は浮かべていた。



***



 一瞬の電流。その後に彼方からロードのマニピュレータ1本ほどの閃光が6本、停止したセカンドアリアを貫いた。腕、脚部、胴、頭部とまるで子供が絵をかくときのペン先のような不安定感で機体のあちらこちらを焼き切りながら無力化すると、使い古しのライトのようにいくらか点滅した後に消える。

 しかし、運よくその攻撃の対象にならなかった機体もあった。 


「……再起動、完了。状況確認」


 そのうちの1機のセカンド・アリアが再起動を果たす。ノイズとともにモニターが再び外を映し出した。


≪全機、基地はいい。シャトルの防衛に専念しろ!聞こえているか!シャトルの防衛に専念しろ!≫


 復旧した通信から部隊長であるサイラスの指示が飛ぶ。


「了解。シャトルの防衛にあたります」


 淡々と了解したことを伝えると、倒れていた機体を起こす。機体に目立った損傷はなく、先ほど相手をしていたカッシーニにやられた右肩の装甲以外は無事だ。

 持ち場を離れ、シャトルの発射場へと急ぐ。遠くには起動直後にコックピットを焼かれる僚機や、運よく再起動し指示されたポイントへ急ぐ僚機が見える。


≪別動隊は変形するヤツを抑え続けろ!まもなく発射だ。全機粘って見せろよ!≫


 前方にサイラスの乗るアルヴァーリが飛び出してくる。最新鋭の水陸両用機は両腕を失い、装甲もいくらか傷ついてしまっており、それが戦いの激しさを物語っていた。

 続けて片腕を失ったレグルスが深紅に光ったロングソードを片手に現れる。レグルスも失った片腕のほかに胴の装甲にいくつかへこみがあり、両者が一歩も譲らない戦いを繰り広げていたことを表していた。


「援護します。シャトルへ急いでください」


 まさにアルヴァーリに斬りかからんとしたその時に、セカンド・アリアは間に割って入った。無事だったシールドがロングソードを受け止めるが、わずかに軌道をずらすにとどまりその役目を終える。

 盾を溶断した深紅の剣はセカンド・アリアの損傷した肩の装甲を切り落とし、関節を露わにさせた。が、それだけだ。

 盾を失ったセカンド・アリアはその腕を曲げ、レグルスに肘鉄をかます。近接戦闘用にカスタムされていないロードならば関節がいかれてしまうが、セカンド・アリアは各関節に防護の装甲が取り付けられている。肘鉄と言っても実際はその装甲を叩きつけているのだ。


≪機転の利くやつは俺の好みだ。そのまま俺を守って見せろよ、12番機!≫


 アルヴァーリのモノアイがぐるりと背後に向くと、サイラスからの激励が飛ぶ。彼は任務を完璧に遂行するためには味方をも切り捨てる非情な人間だと思われがちだが、自身が目をかけた人間にはとことん入れ込むタイプの人間だ。事実、傭兵の渡は彼のお気に入りで、任務以外でも色々とかかわりがあるようだった。

 彼に気に入られれば使い捨てにはならない。もっと多くのことを体験できる。12番機のパイロットはそれを目的に、文字通り命を懸けた戦いを生き延びてきた。


「了解」


 残った盾をパージし、機体バランスを調整しつつ牽制目的でシールドと腕の間にあった2門の速射砲をレグルスに向けて撃つ。牽制とはいえそれなりに狙った射撃ではあったが、かすりすらしない。レグルスは体の各所から緑色の粒子の光を漏らしながら、まるで引力に引っ張られているように右へ、左へ回避していく。推進剤を使用した動きではない。


≪邪魔するな!≫


 レグルスが突進を仕掛ける。回避をこころみようとするが、後ろに通してしまえばシャトルへ向かってしまうだろう。回避するのをやめ、速射砲で迎え撃つがやはり当たらない。当てられないのだ。そして、激突。その拍子に敵パイロットの声が聞こえる。若い男の声だ。


「退けない……!」


 ロングソードの切っ先を向かってくるレグルスに向けると、衝突の数瞬前にコックピットを狙った突きを放つ。狙いすましたそれは、確実にコックピットを捉えていた。

 しかし、レグルスは寸でのところで体勢を変え、前宙の要領で回転しつつセカンド・アリアを通り越していく。


「何!?」


 そしてその瞬間にロングソードでセカンド・アリアの左半身を斬りつけた。さらに、それだけでは飽き足らず、背部を蹴り、踏み台として加速していったのである。

 

「機体損傷、モニターにダメージ。ハッチ開放」


 衝撃で機体が前方へ倒れる。それと、ロングソードによる損傷でモニターが死んでしまったためハッチを開放し、前方だけでも視界を確保する。同時に、機体の詳しい損傷チェックを行う。


「左腕出力低下、70%。右腕出力、問題なし。機体出力は……64%」


 左右のモニターはなにも映さないが、解放されたハッチからは基地の景色とともに冷たい空気が流れ込んできた。


「さっきのやつは?」


 振り返ると、レグルスはすでに先へと進んでおり、アルヴァーリの姿は確認できなかった。


「アーリア12より各機へ。レグルスタイプに突破された。異常な機動力で攻撃がすべて躱された。注意されたし」


≪こちらアルヴァーリ。各機シャトルを狙うヤツだけ狙え!シャトルの護衛が最優先だ。繰り返す、動けるものはシャトルを護衛しろ!私もギリギリまで粘る!≫


「了……解!」


 推力全開でレグルスの去った方角、シャトルの方へと機体を飛ばす。それが命令だから。それが生きるための唯一の道であるから。



***



「まて!」


≪言っただろう!時間切れだ、レグルス。これ以上は相手はしてられん!≫


 シャトルの方へ向かう両腕を失ったアルヴァーリとそれを追いかけるレグルス。アルヴァーリはレグルスの攻撃を紙一重で避けつつ確実にシャトルへと進んでいた。


「クソッ!さっきの邪魔が入らなければ!」


 先ほどのセカンド・アリアの攻撃。恐らくアルヴァーリを援護するためのものだろうが、随分と腕の立つ兵士だった。あのセカンド・アリアの邪魔が入らなければ、完全にアルヴァーリを捉えていただろう。

 

≪ミハイル!こっちへ来い!≫


 弾幕をかいくぐって一機の航空機が迫ってくる。ヴィルヘルムだ。こっちへ来いというのは乗れ、という意味だろう。かつて宇宙でリノセウスがそうしたように、レグルスも飛び上がり、ヴィルヘルムの上に乗る。


「助かります」


≪気にすんな。あの新型のところにしっかり送り届けてやるよ≫


「ありがとう。本当はシャトルが最優先なんでしょうけど、あいつは俺を知ってるんです」


≪ああ、皆まで言うな。お前の望みは分かっているつもりだ≫


 東条はミハイルの言葉を詮索せずに、ただ分かっていると告げる。五菱に入ってからミハイルと過ごしていった中で、東条とミハイルの仲はかなり良好だと言えるだろう。だから、東条は色々なことをミハイルに教えたし、ミハイルも相談をした。気ごころの知れた仲といってもいいくらいには仲が良い。


「すみません」


≪謝るなよ。さ、そろそろだ。気ィ引き締めろよ!≫


 地上からの迎撃を避けつつシャトルに急接近するヴィルヘルム。


≪レグルス2、しばらくエネルギーチャージで援護できなくなるわ。各機自分で何とかなさい≫


 実弾の弾丸に加え炉から供給されるエネルギーも使いつくしたのだろう。ライサからの通信が入る。後方で支援射撃をしているだけとはいえ、要所要所で的確な援護をして部隊を支えていたのだ。使用する弾薬やエネルギーは半端ではなかっただろう。

 口には出さないが、ライサに感謝する。彼女は自信がないと言っておきながらもよくやってくれている。


≪飛べ!奴を逃がすな!≫


 やっとの思いでたどり着いたシャトルは、すでに発射寸前といったところで、アルヴァーリもロード専用の搬入口からシャトルの格納庫へ入ろうとしていた。

 ヴィルヘルムから飛び降り、赤いロングソードを振り上げながらミハイルは叫ぶ。


「逃げるな!」


 アルヴァーリはそれに気づくと、後ろへ飛び、それを間一髪のところで回避した。あのパイロットの勘はまさに野生のそれだ。


≪お前もしつこいな!ああ、クソ!時間か!≫


 シャトルのブースターに火がともる。アルヴァーリはレグルスを無視してシャトルに飛び乗ろうとするが、ミハイルがそれをさせない。


「やらせるかよ!」


≪それはこちらのセリフ!≫


 突如聞こえた通信とともにアルヴァーリを追うレグルスに突如衝撃が走った。見れば、先ほど邪魔をしてきたセカンド・アリアの姿があった。セカンド・アリアはレグルスの左足を掴んでおり、ロングソードで炉に一撃入れようと逆手に持って振りかざす。


≪ミハイル!≫


 ヴィルヘルムが人型に変形しつつ、セカンド・アリアを突き飛ばす。そしてそのまま両肩を掴んで遠ざかっていく。いくら新型のアーリアタイプとはいえ空中戦を念頭に置いたヴィルヘルムに推力ではかなわない。


≪こいつは俺に任せておけ!≫


「任せます!」


 あと少しで、いや、腕があればシャトルに届くというところまで来ていたアルヴァーリがゆっくりとこちらを向く。


「届けぇぇぇ!」


 深紅の剣が、出力を上げた影響で血のようなうっすらとした黒さすら纏ったそれがアルヴァーリの胴を捉える。それはロングソード自身の刀身すら融解させながらアルヴァーリの装甲をいとも簡単に溶かしていった。


≪危ないところだった。次はお前にもっと注意するとしよう≫


 切断された上半身にあるコックピットが開き、中からパイロットスーツを着た男が出てくる。その男はまだスラスターが生きている上半身を登っていき、シャトルへと飛び移った。落ちそうになりながらもなんとか非常口であろうドアへたどり着いたそれは、レグルスを一瞥するとシャトルの中へ消えていった。


≪リアクター、出力限界。強制冷却します≫


「なっ……!クソ!また、届かないのか……!」


 オーバーヒートにより各部に配置された冷却フィンを機能させるために装甲がせりあがり、フィンから蒸気を出しながら放熱を開始する。セプト反応炉はひとたび出力限界を超えてしまえばそう簡単に再起動はできない程の熱を発する。コックピットもサウナのような熱さになっており、ミハイルは自身の力不足を呪いながら雪原へと落下していった。

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