第25話 接近
ミハイル機が右手にビームソードを、左手にライフルを手に戦場を駆ける。前線を任された彼は、追われているニカーヤたちを合流させ、最も損傷の少ない機体を中心に前線を構築していた。損傷した機体は後方へ下がり支援射撃をライサ機とともに行うことで役割分担をしている。
≪五菱のカッシーニもどき君、中々やるじゃないか≫
「ミハイルです。恐れ入ります」
通信の主を見て思わず構えるが、警戒の必要はない。通信の主、セカンド・アリアにはディフィオンのレナートが乗っている。彼は先ほどマルクのニカーヤとともに主戦場に追いつき、敵機に奇襲を仕掛けた。その効果は絶大で、すでに2機のセカンド・アリアを撃破している。
≪総員、敵が退いた。こちらも一度体勢を立て直すぞ≫
同じく最前線で戦っていた鮫島から、唐突に通信が来る。戦場にロードが減ったおかげで通信障害が軽くなり、レーザー通信でなくとも通信が可能になったのだ。
セカンド・アリアたちは鮫島の通信と同時に撤退を開始し始める。長年の経験か、勘なのか鮫島は予知のような物言いをすることがある。今回もそれで、彼の言葉から数秒後に敵は撤退しはじめた。
≪噂に違わぬ観察眼だな。"スケアクロウ"は。兵士としてだけでなく指揮官としても素晴らしい才がある≫
≪立て直す、ということは反撃するってことだね。やられっぱなしじゃディフィオンの名折れ。いいよね?マルク≫
≪ああ。ただし行くのは俺たちだけだ。他は帰還させる≫
≪と、いうわけ。いいよね、五菱?≫
≪勝手に決めるな。話は艦に戻ってからだ≫
ディフィオンや鮫島の会話からこのまま目的地に一気に攻めるのだろうと考える。機体の状態を確認するが、ライフルのエネルギーと推進剤以外は目立った消耗はない。ディフィオンの二人や鮫島が場を動き回っていたおかげで大した損傷なくこの場を切り抜けられた。
「ライサさん、連戦になるみたいだけど大丈夫?」
≪当たり前じゃない。それに私はもう補給済ませているし、あとはあの飛行大好き人間次第じゃないの≫
病み上がりということもあってライサの心配をするが、それはいらぬ心配だったようで彼女はすでに次の戦闘に向けて備えているようであった。
ライサの言葉にミハイルはふと空を見上げる。この戦闘に参加していない機体、ヴィルヘルムが上手くやっているかを心配してのことだ。
***
コックピットにサックスの音が響く。それに合わせてパイロット、東条はサブモニターのパネルを指先でたたく。彼、東条が単独任務をするときの習慣といってもいい。彼は大の音楽好きで、許されるなら戦闘中であっても自らが選んだ曲を聴きながら操縦する。そのせいで鮫島からは"パイロットとしては"一流になり切れない"と評されているが。
彼が最近好んでいるのは、これといったジャンルはないがあまり激しすぎないドライブなどに適した曲たちだ。現在もその曲を聞きつつ眼下の雪原をヴィルヘルムのセンサーでスキャンしながら雲間を飛行している。
「おっと、ビンゴか?」
楽曲の音量が一時的に低くなり、地形データと合致しないエリアがあることを知らせるアラートが鳴る。メインモニターにはそのエリアが赤枠で強調されており、そこには確かに何かの建造物が映っていた。
拡大すると、そこには数機のロードが警備にあたっているのが確認できた。それに建造物も、ただの施設とは思えない形状のものばかりだ。明らかに怪しい。
「ん?こいつは――」
何かを見つけ、五菱への通信回線を開く東条。直後、激しい揺れがヴィルヘルムを襲った。
***
「どうもうまくいってないようだな」
サイラスや渡がいる施設の指令を務めている男が目の前に表示されたリストを眺めながらつぶやく。リストは出撃中の機体の反応を示しており、すでに3分の1が黒く塗りつぶされ"OFFLINE"という文字に上書きされている。
「撤退だ。相手に押され始めている」
指令の横で見ていたサイラスも、厳しい表情で撤退を進言する。
「よろしいので?」
「どうせこの基地は俺たちが去れば跡形もなく破壊する予定だ。それに、奴らはここが目的地だからな。ギリギリまで俺も出よう。ワタリ君はシャトルに乗せておけ。彼の性格じゃあ出撃したらシャトルに戻れないだろうからな。ああ、それと五菱には航空戦力も保有している。対空防御と航空戦力の展開も怠るなよ」
「わかりました。それでは打ち上げは予定通りに。ことが済めば私たちも撤退しますので」
「ああ。ご苦労」
サイラスは防寒用のコートを指令に預けると指令室を後にする。それほどのんびりもしていられないため右耳に取り付けられていた通信デバイスをオンにして現場に直ちに状況を伝達した。
「アルヴァーリ起動準備。私の部下はすべてシャトルで待機するよう指示。残りのアーリア、セカンド・アリアはすべて出撃させろ。相手は手強いぞ」
***
強襲揚陸艦ファランクスの格納庫にパイロットたちは集まっていた。彼らを囲むようにしてヴォイジャー、レグルス、カッシーニ、ニカーヤがハンガーに収まっていた。
「では始めよう。手短にな」
滝沢が手を叩き、会議の始まりを告げた。
「これから我々は当初の目的通り敵基地を強襲するわけだが、現在の戦力はレグルスタイプが2機、ヴォイジャー1機、カッシーニ1機、あとはヴィルヘルム。リノセウスは3機ほどあるがパイロットが足りていない」
「あとアーリアタイプとニカーヤが1機ずつね。あ、アーリアタイプにディフィオンのエンブレム描いといて」
たまたま通りすがったメカニックに自機の識別を頼むレナート。彼はどのような状況にあってもブレることはないようだ。
「うちの者がすまない。敵の総数は先ほどの2倍から3倍。最大で20機はいるだろう。ついでに、我々が頂いてきた施設の情報だ。提供しよう」
マルクが手のひら大の円盤状の機械を皆の前に投げると、そこから光が投影され始め、ホログラムが形成される。それはおそらく目的地であろう敵の基地らしき建造物だ。
「間違いないわ。シャトルの発射場もある。ここが奴らの基地ね」
「なら、早急に策を練らねばなるまい。数ではこちらが劣っているし、敵の腕もそれなりだ。突撃して勝てるあいてじゃあない」
敵のアーリアタイプ、セカンド・アリアはその性能はカッシーニを凌駕し、そのパイロットも並の傭兵などより腕がいい。先ほどは不意打ちと連携で数機撃破できたが、今度は万全な準備をしたうえでの迎撃が予想される。
「おっと、お困りのようだねパイロット諸君。私の発明の出番じゃないかな」
作戦に頭を悩ませるパイロットたちにここぞとばかりに声をかけたのはドクタークレスト。自身なら完璧な作戦を用意できると言わんばかりの顔をしている。
「なら、聞かせてもらう。ドクター」
もったいぶるクレストにしびれを切らしたのか、マルクが声を荒らげて説明を促した。
***
「クソッ!五菱!応答しろ!」
飛来するミサイルや弾丸を回避しつつ母艦への通信を図る東条。しかし、運悪く敵の索敵に引っかかってしまったようで、回避に精いっぱいなのが現状だ。ここは一旦撤退をしたほうがいいが、そう簡単に帰してくれそうにもない。
「気に入らねえな……!」
敵は基地の広範囲に展開しており、1機で攻めきるのは不可能に近い。しかし、航空戦力ぐらいは削れる。東条が出撃してからそれなりの時間が経つ。余計な足止めを食っていなければ近くまで来ているはずだ。
雲へ突入し、一度敵機の視界から逃れる。それと同時に人型へと変形し、追ってきた敵機、マヒトツをすれ違いざまに切断した。
「残りは4機!」
雲を抜け、基地に接近。防衛設備の機銃やビーム砲を2,3ヴィルヘルムの胸部に4門備えられているビーム砲で無力化した。地面スレスレで人型に再度変形し、両足のスラスター等の推進器でバランスを保ちつつホバー移動のまねごとをして、器用に飛んでくる弾丸をよけながら基地を駆け抜ける。
「シールドッ!」
建物の間から突如現れたセカンド・アリアがロングソードを振るう。東条は半ば反射的に使う武装を叫び、シールドライフルでその刃を受け流した。反撃を試みようとするが、東条の近くに味方機がいるというのに止まない弾丸を避けるのを優先する。
再び上空へと上がり、自身の得意な領域での戦闘に専念することにした。3次元の動きならば誰にも負けないという自信がある。
「やられるかよ!」
高度を取ったところを先ほどの4機のマヒトツが待ち構えていた。先の襲撃の時と同じくライフルのみを装備したマヒトツは人型へと変形しており、ライフルの銃口からビームの剣を形成させている。それをヴィルヘルムの動きに合わせて振るうべく構えていた。
斬りかかってくるマヒトツの内、1機目は難なくよける。2機目と3機目は両肩のシールドライフルを少しだが犠牲にすることによって致命傷を避けた。しかし、4機目。3機目までの回避で体勢が大幅に崩れたヴィルヘルムのコックピットめがけて放たれた4機目の突きは損傷したシールドでは防ぎきれない。
「ッ!」
一瞬、死を覚悟する。それでも何とかしようと機体を動かすが、まるでスローモーションのように機体の動きは鈍く、敵機のサーベルの動きもまた遅く感じた。そしてそれが死の恐怖を東条の中で増幅させる。
銃声が聞こえたような気がした。
あと少しで光の刃が機体を貫くか、といったところで突如マヒトツは制御を失い自由落下を始める。
≪いらぬ助けだったかしら?≫
コックピットに響いた声はライサのもの。先ほどのマヒトツは胴に大きな穴が開き、もはや動くことはない。
「いや、助かった。恩に着る」
≪援護するから一度戻りなさい。もうすぐミハイル達もそこに着くわ≫
「了解。じゃ、しばらく頼むぜ」
残った3機のマヒトツをライサの狙撃に任せ、東条は一度補給のために艦へ帰還を開始した。
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