第46話 その瞬間をパックしたい

 日差しが強くなってきた5月のある日、5時間目の体育の授業でのこと。


 男女共に準備運動を終え、女子がまずハードルを跳んだ。

 島田さんの髪に、いつもユルくくっついているクマは今はいない。きっと更衣室に置いてるんだろう。

 そうぼんやりと考えながら靴紐を直していると、

「……くん、安藤くん」

 僕を呼んでいる声がした。

「……ぁあ、島田さん?なに?」

 突然のことに赤面する暇もなく、ただ、声が上ずる。


「靴の紐、蝶々結びが縦になってるよ」

「い、いつも僕は上手く結べないんだ……」

「もー不器用なんだから!見てて、こうやるの!!」

 ぷくっと頬を膨らませた彼女は次の瞬間、僕の前に屈んで、僕の右足の靴紐を、丁寧に綺麗な蝶々の形に結んでくれた。


「左足は自分で出来る?」

「いや、出来ないよ」

 僕は高鳴る心臓の音を悟られないように、出来るだけつっけんどんにそう答えると、もう片方の紐を結んでくれる彼女のうなじを、ただジッと見つめた──。

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